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🔖やわらかい指



 ポルト=キーリカに向かう船の上。風は強いけれど暖かくて気持ちがいい。
 ぼんやりと陽気を浴びるジェクトは珍しく大人しかった。
「ビサイドで召喚獣を手に入れたら……どうするんだ?」
「ここまでの道を逆戻りだ。ベベルから北に向かい、霊峰ガガゼトを越える」
 アーロンの言葉に僕も思いを馳せた。ブラスカの旅も折り返し地点。そしてガガゼト山を越えたら。
「その先が……ザナルカンドだ」

 僕がブラスカと出会う少し前にガードとなったジェクト。
 始めのうち、ジェクトの目的地はザナルカンドだった。
 だけどスピラを旅するうちに彼はそのことをあまり口にしなくなってきた。
「へっ。千年前の遺跡ねえ……」
 ブラスカが目指すザナルカンドと、自分の故郷とに違和感を抱き始めたようだ。

 自棄っぱちにも見えるジェクトを励ますようにアーロンが言葉を継いだ。
「言い伝えではそうだが、真実は分からん。本当にあんたの故郷があるかもしれん」
「気休めは止せよ」
 風に当たってくると言ってジェクトは立ち去った。しばらくして、ブラスカも彼を追いかけるように離れていった。


 甲板に立ち、アーロンと二人で風を浴びる。遠くに島影が見えていた。あれがキーリカだろうか。
「ねえ、ジェクトのザナルカンドって本当にあると思う?」
「……俺にも分からん。始めは戯言だとしか思えなかったんだが」
 だが、ってことはアーロンも今では実在を信じつつあるんだ。
 だとしたら僕は少し意見が違うな。
「きっとスピラにはないよ」

 アーロンが困ったように眉を寄せた。ちょっとキッパリ言い切りすぎたみたいだ。
 僕もべつにジェクトがシンの毒気にやられてるだけだとか考えてるわけじゃない。慌ててフォローを入れる。
「だって今までにもシンを倒した大召喚士がいたんでしょ。ザナルカンドが廃墟じゃなくて普通の都市だったら、交流ができてたはずだよ」
「だが……あいつが嘘を言っているとは思えん」
「うん。僕も同感」
 ただそれでも、ジェクトのザナルカンドは“彼のザナルカンド”であり、スピラのどこを探しても見つからない気がする。

「きっと、どこかにある。でもそれがどこかは分からない……」
 ジェクトは帰るべき場所を見失っている。とても他人事とは思えなかった。


 しばらく進むと魔物が海中から飛び出して、船に乗り込んできた。
 すかさずブラスカが召喚獣で撃退する。ガードが出るまでもなかった。喝采のあと、彼の周りに人集りができた。
 みんな召喚士様を拝むように感謝を述べている。
 あなたがいてよかった。召喚獣は本当に強力だ。それを従える召喚士はまさしく偉大だ。どうかスピラをお守りください。
 幻光体である召喚獣は役目を終えると空気に溶けるように消えていった。

 祈り子は、かつてシンを倒すため召喚術に身を捧げた人間だ。
 石像の中で永遠の眠りにつき、召喚士が起こしに来るのを待っている。
 そして召喚士は幻光虫を糧にして祈り子の“意思”を召喚獣の形にかえる。
 ……考えてみるとあの獣たちは遠い昔の死者の夢。

「案外ジェクトは死人だったりしてね」
「おい……リツ、さすがに笑えんぞ」
「自分が死人だって気づいてない、ってこともあり得るでしょ? ジェクトだけじゃなくて……僕だって」
 僕だって同じだ。ベベルからはるばる南下してきたけれど僕を知っている人なんてどこにもいなかった。
 そして僕も、これまでの道中で見知った場所など一ヵ所もなかった。

 アーロンはムッとして押し黙っている。でも反論できないんだ。
「可能性で言うならジェクトより僕の方が怪しいよ。ブラスカが入った時には無人だった祈り子の間に、誰も知らないうちに入り込んでたなんて」
 しかもいつからそこにいたのか自分でも覚えていないんだ。
 僕はひょっとしたら自覚のない死人なんじゃないか、という思いつきにはとても真実味があるように感じられた。

 もしもジェクトが千年前の死人なら、彼の故郷とスピラのザナルカンドが一致しないのも頷ける。
 だって彼は「ザナルカンドでシンを見た」と言っていた。それが千年前の出来事だとしたら?
 長い時を経た今この時代にジェクトは死人として甦ったのかもしれかい。

 もしも僕が死人だとしたら。
 ……それが真実だったとしても、どうして空っぽでベベルにいたのか、何の答えにもならない。
 死人ならそれはそれで構わないと思う。けれど僕を満たす答えにはならないんだ。


「さっき、船員さんが話してるのを聞いたんだ。召喚士の犠牲……ってやつ。シンを倒した召喚士もガードも、帰って来ないんだって」
 あまり大きな声では言えないから風に掻き消されないか心配だった。
 でもアーロンが消沈してしまったところを見ると、しっかり聞こえたみたいだ。
「……すまない」
 生真面目に頭を下げる彼に思わず苦笑する。
「気まずいからって謝らなくてもいいよ。アーロンは何も悪くないんだから」

 ガードは召喚士を守るためにいるのだけれど、旅の終わりに召喚士は死んでしまうんだ。
 景色の一つ一つ逃さず目に焼きつけるようなブラスカの眼差しに、そんな予感はしていた。……外れてほしかったなぁ。
「ジェクトにも言うんでしょ?」
「ああ。ビサイドで伝えると、ブラスカ様が仰有っていた」
 ザナルカンドに帰ることを期待できない今、ジェクトにはビサイドや他のどこか、たとえばルカの街に残るという選択肢もある。

 究極召喚を使った召喚士は命を落とす。それを知ってたらジェクトはガードにならなかったかもしれない。
 でも始めから知っていたアーロンも覚悟の上でガードになったくらいだし、結果は同じだったかな。
 第一、たとえ守ってくれる人がいなくてもブラスカは一人で旅に出ただろう。
 もし僕が死人だとしたら、身代わりになれたらいいのに。ブラスカもジェクトも、アーロンも、帰りを待ってる人がいるんだから。
 僕にはそんな人、いないのだから。


 桟橋が見えてきた。もうじきポルト=キーリカに着くと船員の声が聞こえてくる。
 視線を落とし、自分の手を見つめた。戦いを知らないきれいな指だ。
「昔、誰かが僕を守ってくれてた気がする。剣も持てない、魔法もろくに使えない僕を……でも僕はその人たちのこと、忘れてしまった」
「それこそリツのせいではないだろう」
 大体、お前のような子供に昔もなにもあるかと笑われた。確かにそうだ。

 岸に着く前に、改まってアーロンに向き直る。誰よりも早くブラスカを守ると決めた人に言うべきことではないけれど。
「ガードが召喚士のために命を擲つものなら、アーロンよりジェクトより先に、僕にその役目をください」
「リツ……いや、駄目だ。お前は、」
「まだ子供だって? 年齢なんか関係ない。僕には“ブラスカのガードであること”しかないんだ。何かあったら、僕が彼の盾になりたい。お願いします」

 深く下げた頭を優しく撫でる彼の手は、戦士の手だった。
「俺もガードだ。ブラスカ様に危険が迫れば勝手に体が動く。お前に譲ってやる余裕はない」
「……そうだよね」
「だが、お前の気持ちは尊重する」
 不器用な彼なりの精一杯の優しさだ。だからそれ以上のことは言えなかった。

 シンを倒す時、ブラスカは死んでしまう。彼自身が決めたことならば他の誰にも止められない。
 だったらせめて僕は彼を守りたい。彼の夢を叶えたい。
 召喚士としての使命を果たす、彼の糧になりたい。


🔖


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