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🔖ひとりぼっち
スフィアプールという大きな水槽の中を選手たちが縦横無尽に泳ぎ回っている。
その動きを一生懸命に追いかけていたら目が回りそうになった。
ザナルカンドで有名なブリッツ選手だったというジェクトは、ルカで行われていたブリッツの試合に瞳を輝かせていた。
客席で身を乗り出し、ボールの動きに合わせて体が反応するのが見ていて面白い。
本当なら選手として参加したかったんだろうな。なんだか子供みたいでちょっと微笑ましい。
いつもなら「ブラスカ様の旅の予定を乱すな!」なんて怒るはずのアーロンも今日は優しく見守っていた。
僕も少し熱をあげすぎたみたいだ。試合が終わると自分が運動したわけでもないのに疲れていた。
「おう、アーロン! 今のちゃんと撮れたか?」
「ああ。だが、何のためにわざわざ撮影したいんだ? あんたのザナルカンドにもブリッツはあるんだろう」
「分かってねえなあ」
何が? という顔をする僕とアーロンをよそに、ブラスカはジェクトの言わんとしていることが分かったらしい。
「研究というわけか」
「ま、ジェクト様にはどうでもいいけど、ガキがよ」
自分の子供をガキって呼ぶの、反抗期の子供が親をのこと「あいつ」って呼ぶのに似てる。
ジェクトの奥さんと子供はいろいろ大変だろうな、と密かに思う僕の横で、ブラスカが目を細めていた。
ユウナのことを思い出してるのかな。彼女は今頃どうしてるんだろう。
このルカの街で行われる試合は通信スフィアで各地に中継されているらしいけれど。
たまに観客席に向けられるカメラに向かって手を振ってみる。ユウナがこれを見てたらいいな。
試合が終わり、観客席でごった返しているエントランス。僕らも興奮を冷ますためにベンチで少し休憩することになった。
アーロンが撮影したスフィアを熱心にチェックしているジェクトに、ブラスカが声をかける。
「君の息子もブリッツを?」
「おう……」
ブラスカとユウナはなんとなく似ていたけれど、ジェクトの子供って想像がつかない。ジェクト自身が子供みたいなのに。
スフィアをアーロンに返し、ジェクトは照れ臭そうに頭を掻いた。
「あのガキんちょ、生意気にも俺に対抗意識を燃やしててよ。俺様みたいになるのは無理だってからかってやったら、半泣きしてムクレやがるんだ」
「性格悪いなあ」
「ほっとけ!」
そんなにいとおしそうな目をしてるくらいなら素直に喜んであげたらいいじゃないか。
やっぱり、ジェクトの奥さんと子供は大変そうだ。
「もう、ずいぶん会ってねえんだよな。ちったあ背も伸びて、たくましくなったかな……」
遠くを見つめて柄にもないことを呟いているジェクトの姿をすかさずアーロンのカメラがとらえていた。
「おら、こんなところ撮るな! 撮るんじゃねえよ」
ジェクトはこの映像を見た息子さんに、逆にからかわれてみたらいいよ。
僕の視線に気づいたジェクトが手を伸ばしてくる。そしてそのまま、頭をグシャグシャと掻き回された。
「ま、考えてみりゃベベルで会ってからリツのサイズが変わってねえんだ。あのチビも、チビのまんまだろうよ」
「失礼だな」
それに力が強すぎる。ほんとにもう、顔も名前も知らないジェクトの子供に同情するよ。
キーリカ行きの船が出るまでまだ時間がある。どうせ帰りにまた寄るのだけれど、せっかくだからルカの街を観光していくことにする。
スタジアムでも思ったけれど、スピラで初めてこんなにも大勢の人間を見た。
ちゃんと人間が暮らしていたんだと安心する。
だってベベルを出てからここまで小さな集落ばかりで、もうほとんどシンに滅ぼされつつあるんじゃないかと心配したくらいだ。
出店を冷やかしていたら、とある物が目を惹いた。
「ブリッツボールアイス……」
その名の通り、ブリッツボールの形をしたアイスクリームだ。オフィシャルボールの模様も再現されている。
正直言って、食欲を減衰させる色合いだ。
でもまるくて可愛らしいお陰か、これを手に歩いている女の人や子供たちが結構いる。
「リツ、買うかい?」
「……ブラスカが食べたいなら」
僕はべつに食べたくて見つめてたわけじゃないし。なんて口の中でモゴモゴ言ってる間にブラスカは笑いながら二つ買っていた。
まったく。これじゃ完全におのぼりさんじゃないか。
ブラスカとアーロンはスピラで一番大きな都市ベベルの出身なのに田舎者みたいにはしゃいじゃって。
だけど大きさ以外の部分ではベベルよりもルカの方が“都会”って感じがする。
なんてったって……人混みに紛れて、ガード二人を見失うくらいだから。
「アーロンとジェクトは?」
「おや? ……はぐれてしまったかな」
アイスを食べながらブラスカは呑気にそんなことを言っている。
ついさっきまで剣につけるブリッツボール型のホルダーを買う買わないで喧嘩していた。
その後どうなったのかは分からないけれど、僕らがアイスを買っている間に二人ともどこかへ行ってしまったんだろう。
想像できる。きっとジェクトがあれやこれや目移りしてウロウロするのを諫めつつ、アーロンもついブラスカから目を離して後を追ったに違いない。
「……僕らは港で待ってようか」
「そうだな。キーリカに向かうのは二人も分かっているし、船着き場で合流できるさ」
問題はジェクトとアーロンが一緒にいなかった場合、ジェクトが港を間違える可能性が高いということだけれど。
まあ……仮にも妻子ある大人なのだから、自力でなんとかしてもらおう。
これもガードの試練ってやつだ。
右手でアイスを食べながら歩き出す。自分のアイスを持ちかえたブラスカが右手で僕の左手を握った。
手なんか繋がなくたって、僕はあの二人じゃないんだからはぐれたりしない。
他のことに興味をそそられたとしてもちゃんとブラスカに注意を向けている。
でも、離す気になれなかった。
手を繋いでアイスを食べながら二人で港に向かう。ブラスカはきっと本当は、ユウナとこうしたかったんだろうなと思いながら。
旅を続けるうちに以前は気にならなかったことが気になるようになってきた。
とても重要なことだ。僕が何者で、どこから来たのかという疑問。
ブラスカのお陰で“今”なにも不自由していない……だからいいやって、思っていたけれど。
ふとした瞬間に記憶の断片が頭をよぎる。なのに決してそれを掴まえられない。
僕には、すごく大事なものがあったんじゃないかな。
ジェクトにとっての家族みたいに愛すべきもの、アーロンにとってのブラスカみたいに守るべきもの。
ブラスカにとってのユウナのような、かけがえない存在。
「ルカに来たら、リツを知っている人がいるかもしれないと思っていたんだ」
ぽつりとブラスカが呟いた。それでカメラに映ってみたり、いろんな店を巡ったりした。でも反応はなかった。
ベベルも住民は多いけれど人の動きはあまりない。観光客がたくさん集まるルカの街ならあるいは、と彼は考えていたらしい。
「僕は……“ブラスカのガードのリツ”でもいいんだけどな」
「そう言ってくれると嬉しい。でも君の親御さんのことを思うと、やはり気になるよ」
「……僕の親」
ほら、まただ。あと一歩で思い出せそうなのに、上げた足をどっちに下ろせばいいのか迷っている。
僕にだって家族がいたはずだ。生きているのか死んでいるのかはともかく、“いる”のは間違いないんだ。
アーロンの両親は早くに亡くなったらしい。上官に勧められた見合い話を蹴ったから妻子はいない。
ジェクトの家族はザナルカンドで彼の帰りを待っている。でもスピラのザナルカンドは千年前の廃墟だ。
ブラスカの奥さんはシンに殺され、ユウナはひとりぼっちでベベルの街にいる。
僕の家族は……このスピラのどこかにいるんだろうか。いなくなった僕を心配しているだろうか。
だとしたら僕は帰らなくちゃいけない。無事でいると知らせてあげなければいけない。
なのに僕は、家族のことを何一つとして思い出せずにいる。
ぎゅっと手に力を籠めるとブラスカも同じ強さで握り返してくれた。
淋しいとは思わない。ただ自分がひどく薄情な人間に思えてならなかった。
家族の記憶がごっそりなくなっているのに、頭の中で「忘れていなさい」と囁く声がするんだ。
僕はそのなくした記憶を、ようやく“思い出したい”と願い始めている。
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