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🔖似た者同士



 幻光河を渡るのは夜になりそうだ。それもこれも順番待ちを最後にされてしまったから。
 河の美しい景色を肴にお酒を飲みすぎて酔っ払ったジェクトがシパーフに斬りかかったのだ。
 シパーフの怪我は僕とブラスカの回復魔法で癒すことができた。でも痛々しい傷跡は残ってしまった。
 それに何より、僕たちの財布にも大ダメージだ。

 河辺に座り込んで珍しく消沈しているジェクトをここぞとばかりにアーロンが撮影している。
 この映像も奥さんと子供に見せるのかな。想像したら、ちょっと居たたまれない。
「だぁから、何度も頭下げたじゃねえか。もう二度としねぇよ……約束する」
「約束だと? 酔って忘れてしまえば意味はない」
 一緒に雷平原を越えて以来、少しずつ距離が縮まってきたように思ったのに、ここに来てまたアーロンのジェクトに対する好感度が急下降した。

 見るに見かねてブラスカが声をかける。
「ジェクトも反省しているんだ。それくらいにしてやれ、アーロン」
 それでも不服そうなアーロンをちらっと見て、ジェクトが立ち上がった。
「よし、決めた! 俺は酒をやめる!」
「えっ」
 何もそこまで極端にならなくてもいいんじゃないかな。
 ジェクトは元々お酒好きらしく、旅行公司や小さな集落に寄るたびに“召喚士御一行様”に出されたものを嬉しそうに飲んでいた。
 好きなものをやめるのは大変だ。

 量さえ抑えるのなら断酒までしなくてもいいのに、とブラスカが言うけれど、ジェクトの意思は固そうだった。
「スピラを救う大事な旅なんだろ。くだらねえことで足引っ張って……みっともねえ真似しちまったら……家族に顔向けできねえよ」
「まあ、このシーンはあんまり見られたくないだろうね」
「ぐっ……。だから、酒は今日限りで飲まねえ!」
「その誓い、しっかり撮っておいたからな」
 容赦ないアーロンの言葉にジェクトも「のぞむところよ!」と威勢よく返す。いつまで続くかな。
 健康のためにも、お酒を控えること自体はいいと思うけれど。


 日が暮れて、心なしか態度がそっけない御者の案内のもとようやく幻光河を渡ることができた。
 ジェクトが斬りつけたシパーフは大事をとってお休み中だ。
 ……そのせいで稼働しているシパーフが一体だけになって、待ち時間が大幅に増えたんだ。

「しかし夜の幻光河を渡るのもなかなかいいものじゃないか」
 夜になると咲く幻光花から無数の幻光虫が舞い上がり、神秘的な景色を作り上げている。
 この河の底には大昔の遺跡があって、水面から見えるその街並みが千年前の戦争を思わせ、本来ならあまり楽しめる場所ではないらしい。
 でも今は光が太古の傷跡を隠してくれる。

 なんとなく、河底に沈んだという街並みも見てみたくなった。
 どんな街だったんだろう。どんな人が住んでいたんだろう。……千年前の人々は、どうして戦争なんかしたんだろう。
 幻光虫で隠されているけれど、ところどころ崩れたビル群が見えた気がした。
 その瞬間、体が傾いた。
「リツ!!」
 ブラスカたちの声が重なり水音に掻き消される。

 河に落ちた。そう気づいた瞬間、恥ずかしさが込み上げる。これじゃあジェクトのことを笑えない。
 でもすぐにそんな考えも吹き飛んだ。
 幻光花が咲くよりも下まで落ちて、シパーフに乗っていては見えなかった景色が目に映る。

 荒れ果てた街、飛び交う幻光虫が僕に群がってくる。
 心臓が鷲掴みにされたような気がした。
 この光景を見たことがある。この光景を二度と見たくないと願ったことがある。
 でもそれはいつの話だ? 一体どこで?
 僕は……。
 幻光虫を集める体質。それがあなたの役に立つなら、それで大切なものが守られるなら、僕はこの命を捧げたって構わない。


 何かに腕を引っ張られ、見るとジェクトが必死の形相で僕を掴んでいた。
 水面に出た途端げんこつが落とされる。
「痛い……」
「おい、泳げねえならそう言っとけよ!」
「ごめん。でも泳げないわけじゃない。ボーッとしてただけだよ」
「なお悪いっつーんだ!!」
 そんなに怒らなくてもいいのに……。

 普段から小言が多いアーロンならともかく、まさかジェクトに説教されるなんて。
 屈辱に打ちのめされる僕をブラスカが嗜める。
「怒ってるんじゃないよ。君が浮いてこないからジェクトは大慌てだった。心配してたんだ」
「うるせえな。溺れてんのかと思ったんだよ」
 そうか。怒ってないのか。じゃあげんこつはやめてほしかったな。
「……ありがとう」
 でも、なんでだろう。頬がゆるむ。

 ブリッツ選手だったというジェクトが素早い泳ぎで僕を救出したのを見て、長引いていたアーロンの怒りもおさまったみたいだ。
「多少は汚名を返上したな」
「へっ!」
 ずぶ濡れになってしまったけれど、彼らの仲直りに一役買えたなら落ちた甲斐もあるというものだ。

 ……ただ、気になることもある。
 河の遺跡と幻光虫を見て何かを思い出せそうだった。
 掴みかけた記憶は指をすり抜けてどこかに消えてしまったけれど。


 長いキノコ岩街道を抜けてミヘン街道に差しかかった時、初めてシンの姿を遠くに見た。
 どうやら近くの村が襲われそうになり、いちはやく気づいた討伐隊が進路を逸らしてくれたお陰で辛うじて助かったようだ。
 それでも村の近くで畑仕事をしていた十人ほどが亡くなってしまった。

 悲嘆に暮れる村の広場で、ブラスカが異界送りを舞っている。
 僕とジェクトは離れたところから彼を見ていた。
「あれが、シンか」
「……うん」
 死者を悼む輪の中に、なんとなく僕たち二人は加わることができずにいた。

 理不尽な暴力への怒り、呆気なく命を奪われた人々への同情、悲しみ、そしてシンという圧倒的な存在に対する恐怖。
 そんな当たり前の感情も、もちろんある。
 でもそれだけじゃなかった。あの巨体を見て感じたのは恐ろしさばかりじゃなくて……。
 不思議と、どこか懐かしいような気分になったんだ。

 ジェクトが神妙な顔で僕を見下ろした。
「あいつらにゃ言ってねえけどよ。俺は前にもシンを見たんだ」
「……どこで?」
 彼はベベルの牢獄に捕らえられていて、ブラスカがガードにするために解放したんだ。シンを見かける機会なんて……あったとしたら、ああ、そうか。
「ザナルカンドの海で泳いでたら、そいつがいた。大人しいもんだった。クジラかなんかだと思ったんだ。……そんで、気がついたらベベルにいた」
 妙なくらい胸がざわつく。ジェクトの話は僕の正体にも関わりがある気がする。

 ザナルカンドとはスピラ最北にある千年前の遺跡群の名だと、ブラスカたちは言う。それがスピラの常識だ。
 でもジェクトにとってのザナルカンドは違っていた。
 眠らない街ザナルカンド。夜でも明かりが絶えず、巨大なスタジアムで毎日ブリッツの試合が行われ、人々は熱狂する。
 シンの脅威なんてものは存在しない機械に溢れた夢の街。スピラとは正反対だ。

 そのジェクトのザナルカンドにも、シンが現れた。
「シンがジェクトをスピラに連れて来たの?」
「さあな。だが、あれを見た限りそんな“意思”があるようにゃ見えねえよ」
「……そう、だよね」
 さきほど遠目に見たシンは、まるで竜巻のように村の近くで暴れて、満足したのかどこかへ去っていった。
 シンって一体、何なんだろう。人の罪とか罰とかそんなんじゃなくて……あれは“何物”なんだろう。


 異界送りを終えたブラスカを取り囲み、村の人たちは熱心にお礼を言っている。
 村の貯蓄物と思われる食べ物を捧げようとするお年寄りに、ブラスカは慌てて断っているようだった。
「なあ、リツ」
「うん」
「俺もおめえも拾われモンの余所者だ。でもよ……シンの野郎を、ぶっ倒そうぜ」
「僕はとっくにそのつもりだよ」
「言うじゃねえか!」
 嬉しそうにひとの背中を叩くのはやめてほしい。

 シンを倒すのがブラスカの目的なら僕も手伝いたい。
 それは紛れもない本音なのに……。
 あの暴虐の化身のような姿を見て、胸に沸き起こる切なさの理由が知りたい。


 ミヘン街道の中程に旅行公司を見つけて、久しぶりに屋根のある場所で眠ることができた。
 そこで厄介な魔物の噂を聞く。
「チョコボを襲う大型の魔物か……」
 ミヘン街道はキノコ岩街道よりもずっと長いから、ここからルカの街までチョコボに乗って行く予定だった。
 そのチョコボを狙って現れる魔物がいるとなると困った話だ。

 危険を承知でチョコボに乗るか、それとも慎重に徒歩で進むか。
 悩む僕らをよそに、ジェクトが剣を振り回しながら叫び始めた。
「おらぁ、魔物野郎! どこに隠れてやがる!? とっとと出てこい!」
 いや、出てこないでほしいんだけど。

 闘争本能に火がついたのか、どうも魔物と戦いたがっているジェクトにアーロンが呆れたような視線を送る。
「わざわざ呼ばんでもいいだろう」
「なぁに言ってやがる。みんな困ってんだろ、召喚士御一行様が退治してやらねえでどうするよ。シンを倒す練習ってなもんだ!」
 ……あ、意外としっかりした考えがあったんだ。
「それも……そうだな」
「よし、やるか!」
 アーロンとブラスカもその気になってしまった。
 仕方ないな。チョコボに乗って楽するためにも魔物退治といこう。


 襲われて逃げ惑ったであろうチョコボの羽根を追っていくと、その大型の魔物はすぐに見つかった。
「うっし! アーロン、仕留めるぞ!」
「おう!」
 先んじてジェクトが剣で斬りつける。さすがにそれで怯むことはなく、反撃してこようとしたところをアーロンが大太刀で防いだ。
「リツ、サポートを頼む」
「任せて」
 辺りの幻光虫を集めてブラスカを支援する。強化された召喚獣が魔物を圧倒し……近くの森に逃げ込まれてしまった。

 倒しきれなかったのは残念だけれど、痛めつけたのでしばらく街道には近づかないだろう。
「仕方ない。帰りがけにまた出会うことを祈ろう」
「いや、出会わないならそれに越したことないんじゃないの?」
 ブラスカって意外と好戦的だね……。
 でもまあ、戦闘を繰り返すごとにジェクトとアーロンのコンビネーションも良くなってきてるし。
 旅は順調そのもの、と言ってもいいんじゃないかな。
 この調子で早くザナルカンドに行こう。ブラスカの夢を叶えるために。
 ……もう一度、シンと会うためにも。


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