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🔖濡れ衣を着る



 越すに越されぬ雷平原、一年を通して平原中に雷が鳴り響いている旅の難所。
 召喚士にしろ観光客にしろ、この場所で命を落とす人は多いらしい。
 南方の人が気軽に聖ベベル宮を参拝できない第一の要因でもある。

 服が濡れると動きも鈍くなる。全員に水を弾く魔法をかけて、平原に足を踏み入れた。
 ついでなので雷も魔法で回避することにしよう。
 僕が補助魔法で傘の役をして、ブラスカたちは戦闘に専念してもらう。


 それにしても、本当に雷が多い。
「なんかもったいないね」
 遠く近くで鳴る轟音の合間に僕が呟くと、何のことだと三人が振り返った。
「これだけの雷をエネルギーに変換できたら三つくらいの街で電力を賄えるんじゃないかと思って」
 いまひとつ理解できていないブラスカとアーロンをよそに、ジェクトが笑う。
「スピラで一番立派だって話のベベルがあれじゃあ、三つどころか十や二十の街でもいけるんじゃねえか」
 ……否定できない。スピラはあまり電気を使わないみたいだものね。

 このスピラという世界において機械は禁忌とされている。
 昔、機械が発展しすぎて戦争が起き、その結果としてシンが生まれた。
 機械は人の罪。シンは人間に課せられた罰。
 だから罪を償うために、人々はなるべく機械を使わないで生活しているんだ。
 でも、ここの雷をスフィアに変換したら禁止されている機械を避けても便利に使えると思うんだけどな。

 僕自身、機械を使ってはいけないという意識はなかった。
 記憶がないせいだとは言い切れない。だって本当に重要なことは、感覚として朧気に覚えているんだ。
 無為に鳴り響く雷をもったいないと感じるように、もしかしたら僕は。
「やっぱりおめえ、俺と同じようにザナルカンドから来たんじゃないのか」
「……実は僕も、ちょっとそう思い始めてる」

 まだ目覚めて日も浅いからたくさんの人とは比べられないけれど。
 少なくともブラスカやアーロンよりはジェクトと似た価値観を持っていると思う。
 僕は、機械に囲まれた生活を送っていた気がする。

 でも……時々ジェクトが語ってくれるザナルカンドの話は、あんまりピンとこないんだ。
 何かが足りない、どこか間違っているような気がしてならない。


 雷平原の中程まで来て、雷が落ちにくい場所を見つけた。
 ジェクトは早速スフィアカメラをアーロンに渡して記念撮影を始めている。
「こら! ちゃんと映せ!」
「どうして俺が……」
 ぶつくさ文句を言いながらもアーロンは暗い空を背景にジェクトを撮っている。

 真面目すぎるアーロンと不真面目すぎるジェクトはほとんど毎日なにかしらで口喧嘩している。
 協調性のなさではどっちもどっちという感じ。
 ブラスカは、そのうち仲良くなるさと放ったらかしだ。
 まあ確かに子供じゃないんだから自分たちでなんとかするのだろうけれど。
 ジェクトが能天気なのでケンカになっても空気が悪くなったりはしない。
 ただ、一緒に旅をしているのだからできるだけ仲良くしてほしいとも思う。

 連続する稲光をバックに自分がすごいことをしている気分になったらしいジェクトがはしゃいでいる。
 アーロンはうんざりした様子で彼から目を逸らし、ぼんやりと空を見上げるブラスカに声をかけた。
「ブラスカ様、どうされました?」
「ん? ああ……少し考え事をね」
 妙な感じだな。切なそうな、いとおしそうな表情。何を思い出していたんだろう。

 ふと見ればブラスカの僧衣の裾が少し濡れている。
「防水加工とれてきたみたい。こっち寄って」
「ありがとう、リツ」
 バウォタとバサンダをそれぞれブラスカとアーロン、そして自分にかけ直す。
 そんなことをやっている背後でジェクトが騒ぎ出して……。
「こら、ちゃんと映せって! 大事な土産なんだぞ」
 振り返り、あっ、と叫ぶ暇もなかった。

「おわっ!?」
 ジェクトのすぐ近くに雷が落ちてきて彼は尻餅をついてしまった。
「大丈夫か?」
「お、おお……」
 ギリギリだけれど避けてくれてよかった。ここでジェクトが雷に打たれて死んだらとても嫌だ。

 慌ててジェクトにも魔法をかけ直した。
 スフィアカメラを回したまま、アーロンが真顔で言う。
「今の姿、しっかり撮っておいたぞ」
「うるせえっ!」
 二人のやり取りに笑っているブラスカを見てなんだかホッとした。


 聞いてみてもいいのかな。再び南を目指しながら、横を歩くブラスカを見上げた。
「さっき何を考えてたの?」
 すると彼は横手にそびえる塔を指差した。
「……避雷塔のことだよ」
 あれは雷に対する囮みたいなものだ。
 避雷塔が雷を引き寄せてくれるお陰で、塔の付近では雷に打たれる心配をせずに歩くことができる。
 今でこそ雷平原の南北を縦断するように建っているけれど、昔はこんなものなかったらしい。

「この塔を建てたのはアルベド族なんだ」
「ふぅん……」
「だがそれは、公表されていない」
「アルベドが寺院と敵対してるから?」
「そうだね。アルベドが偉大な功績を残したなんて、外聞が悪いのさ」
 でも避雷塔のお陰で死者がずいぶんと減ったのだから、そこは歩み寄ればいいのに。
 アルベドの功績を素直に讃えた方が寺院に対する印象だって良くなると思うけれど。

 スピラの考え方はよく分からない。腑に落ちない気分で避雷塔を見上げる。
 雷鳴に紛れそうな声が聞こえた。
「私の妻はアルベド族なんだ」
「……そうだったんだ」
 それでベベルを出発する時、誰も見送りに来なかったのか。
 だから……アルベド族が建てた避雷塔を見つめ、何とも言えない顔をしていたのか。

「ジスカル様がグアド族にエボンの教えを広めたように、我々もアルベドに歩み寄り、アルベドの皆にもエボンの教えを理解してもらえたら……よかったんだが」
 ブラスカは実際にそれを試したらしい。アルベド族のもとへ赴いて、彼らの言葉を覚え、話をした。
 結局その歩み寄りは失敗したけれど、一人の女性は教えに理解を示して彼の奥さんとなった。

 旅の道中で出会う人たちはブラスカに対して優しい。召喚士だと知ればなおさら、敬意を払ってくれる。
 ……でもそれは、その敬意は“召喚士”に向けられたものだ。
 アルベド族の女性と結婚した、ブラスカという人間に向けられるものではない。
 召喚士であってさえ、エボンの総本山であるベベルにおいてブラスカの扱いはぞんざいだった。
 それほどまでに溝は深い。なぜだろう。

 ただ寺院が少し機械を認め、ただアルベドが少し機械を控えればいいだけのこと。
 どうしてこんな簡単な譲歩ができないんだ。
 ……争ってまで己の主張を押し通すよりも、僕だったら……。
 僕だったら、自分の意思を引っ込めて相手に委ねてしまうだろう。

「ブラスカは偉いね」
「え?」
 思わず溢れた言葉にブラスカが不思議そうな顔をする。
「エボンの教えも召喚士の立場も大事にしながら、ちゃんと自分のやりたいことやってるんだ」
 アルベド族の女性を愛し、その思想に染まるわけでもなく。彼女や一族にエボンの教えを押しつけるでもなく。
 双方が納得いく結末を求めている。だからこそ、その難しさに悩み続けている。


 避雷塔の陰から巨体の魔物が飛び出してきた。
 アーロンとジェクトが剣を抜き、ブラスカも召喚獣で支援する。
「リツは何か、したいことは見つかったかい?」
「まだよく分からない。今はとりあえず、ブラスカのガードとしてちゃんとできてればいい」
「それは充分にやってくれているよ。……ほら、もう戦闘が終わった」
 俺様の出番を奪うなとジェクトが僕に怒って、アーロンはそんな彼にため息を吐いている。

 僕のやりたいこと。
 成り行きでついて来ているだけだったけれど、今はブラスカがシンを倒せたらいいなと思う。
 他の召喚士じゃなく彼が成し遂げられるように、僕も手伝いたいと願う。
 そうすればきっと、彼の意思をもっとスピラに広められるだろう。
 落ちこぼれの召喚士なんかじゃない。ブラスカという人間の想いを、もっといろんな人に知ってほしい。


🔖


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