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🔖ぬくもりを恋う冬の夜



 ぐったりとソファに身を沈める僕を見てブラスカが苦笑していた。
「お疲れ様。ユウナの相手をしてくれてありがとう」
「……べつに……大丈夫。楽しかったし」
 それは嘘偽りない本音だ。疲れたのも事実ではあるけれど。
 ブラスカの子供、ユウナは七歳の女の子。体力が有り余っているらしく遊び相手を務めた僕はボロボロになっていた。

 旅立ちの前にとブラスカの家に立ち寄った僕らを迎えたのは、ユウナと普段彼女の世話をしてくれているという女性だった。
 お母さんの姿は見当たらない。ブラスカ自身も、アーロンもそのことについて何も言わない。だから僕とジェクトも尋ねはしなかった。

 ユウナは僕にありとあらゆる質問をぶつけてきた。
 あなた誰? お父さんの友達? なんでそんなお爺さんみたいなの? ガードなの? 魔法使える? 強いの?
 僕は、ほとんど答えられなかった。でも彼女と一緒に悩むことで頭の中が整理できた気がする。何を分かっていないかを分かったんだ。
 今の僕は祈り子の間で目覚めた時ほど空っぽじゃない。ユウナが新しい知識や疑問をぎゅうぎゅうに詰め込んでくれた。

 召喚士とは。ガードとは。シンとは。エボンの教えとは。
 そういった、この世界の“当たり前”を知ることができたのはとてもありがたいと思う。
 疲れ果てるまで遊んだ甲斐があった。
 ……ちなみにお爺さん扱いされたのは灰色の髪のせいらしい。
 鏡で見た自分の容貌は……やっぱり、見覚えのないものだった。


 日が暮れてきたので、ブラスカはユウナを寝かしつけるべく部屋に向かった。
 アーロンは剣の手入れをしているみたいだ。そしてジェクトは、何やらリビングを物色している。
「何してるの?」
「おー。見ろよ、えらく旧式のスフィアカメラだぜ。こいつも持ってくか!」
「勝手に持ち出しちゃダメだよ」
「かまやしねえって。持ち主も一緒に行くんだからな」
 そういう問題かな、とは思いつつ、確かにブラスカは文句を言わなそうなので僕も黙っておく。

 ジェクトはカメラの録画スイッチをオンにして僕に向けた。
「お前よぉ、何も覚えてないんだろ? こいつで“今”を記録しとこうぜ」
「なんで?」
「思い出した時に、忘れてたってことを忘れちまうかもしれないからさ」
「……よく分からない」
 忘れてたことを忘れてしまう? なんだか言葉遊びみたいだ。

「いいから、ほら、年寄り臭いのは見た目だけにしとけ。笑ってみろ」
「あははははは」
「真顔の棒読みで笑うんじゃねえよ! 怖いだろーが!」
「いきなり言われても笑えないよ」
 根拠のない予想だけれど、僕は自分のことを思い出しても“今”を忘れたりしないと思う。

 祈り子の間で目覚めるまでの記憶がないのは、それをなくしたせいじゃない。
 今もちゃんと僕の中にあるんだ。ただ、誰かが記憶を隠している。そんな気がする。
 記憶がないのに不安じゃないのは、無意識にそれの在処を知っているからかもしれない。
 昔……自分のことを思い出してはいけないと言われた気がする。

 どこからどうやって現れたのか、何者なのかもさっぱり分からない僕。
 記憶はしっかりしているけれど、今は滅びたザナルカンドからやって来たなんて主張をしているせいで変な人扱いされているジェクト。
 二人でスピラに関する知識を共有しているうちに結構な時間が過ぎていた。
 ユウナが眠ったようで、ブラスカが戻ってくる。
「……それじゃあ、出発しようか」


 グレート=ブリッジと呼ばれる長い橋からベベルの街並みを眺める。
 ところどころ灯りがともる家もあるけれど、月明かりの下で街は寝静まり、ほとんど真っ暗だ。
 なんだか不気味な光景だった。

 それに、世界をめぐる旅の始まりはこんなあっさりしているものなんだろうか。
 明日の朝、ユウナが起きて、挨拶してから出てくればよかったのに。
 でもそんな疑問を感じているのは僕とジェクトだけみたいだった。

 やや急ぎ足で先を行くブラスカとアーロンを見つめ、ジェクトが声をあげる。
「お、そうだ」
 カメラ、本当に持って来たんだ。いきなり撮影し始めたジェクトに対してアーロンが声を荒げた。
「おい、何を撮ってるんだ」
「長い旅になるんだろ? 珍しいもんがたくさん見れそうだからな。あとで俺の女房とガキにも見せてやるんだよ」
「この旅は遊びではないんだぞ!」
 遊びじゃない旅行って、ピンとこない。

 怒るアーロンに肩を竦め、ジェクトはカメラごとブラスカに向き直った。
「しっかしよお、シンと戦うショーカンシ様の出発だってのに、まるで夜逃げじゃねえか」
「これでいいさ。見送りが多すぎると決意が鈍る」
「そんなもんかねえ……」
 多すぎるも何も、見送りなんて一人もいない。
 召喚士というのは皆に敬愛される偉大な存在だと聞いたけれど、ブラスカは寺院で孤立していたようだ。

 なんとなく沈んだ空気をジェクトが笑い飛ばす。
「ま、帰って来た時は賑やかになるだろうさ。シンを倒した英雄として、ハデに凱旋パレードよ!」
 その瞬間……ジェクトは気づいてないみたいだったけれど、なぜかアーロンが彼を睨んでいた。
「はは、そうだな。シンを倒したら、花火でも打ち上げてもらうとしよう。……さあ、そろそろ行こう。夜が明ける前に」
 シンを倒して帰って来たらユウナは大喜びするんだろうなあ。
 僕もこの旅で体力をつけて、もっとたくさん一緒に遊んであげられるようになっておこう。


 数日後、マカラーニャの森を通り抜けて雪原に出た。辺り一面の雪景色は祈り子が放つ冷気によって作られているものらしい。
 すごく寒い。
「……っくしょん」
「リツ、大丈夫かい?」
「むり」
「もう少しで公司だから頑張れ」
「おめえ頭が白いから雪に紛れそうじゃねえか。離れんなよ」
「はい……」
 防寒着なんて意味がない寒さが体を突き刺す。極寒地獄だ。まるで冷蔵庫の中にいるみたいな……冷蔵庫の中に入った経験はないと思うけれど。

 雪原に入る前、森で道が分岐していた。
 南に進むと幻光河と呼ばれる河がある。僕たちは西へ進む道を選び、マカラーニャ寺院を目指しているところだ。
 もう少しというブラスカの言葉通り、数分後には宿が見えてきた。
 アルベド族が経営している旅行公司というチェーンホテルだ。今夜はここに泊まることになる。

 野宿が続いたあと初めての宿泊施設ということで、ジェクトはブラスカにカメラを託して記念撮影を始めた。
「僕、先に入ってていい?」
「どうせ部屋の取り方も分かんねえだろ。一緒に映れ、ほら!」
 馬鹿。寒いから風邪引く前に早く屋内に避難したいんだよ。記念撮影なんて僕はどうでもいい。
 なのに、しっかり腕を掴まれてしまって逃げ出せない。こうなったらもうさっさと撮影を終わらせた方が早そうだ。

 仏頂面のアーロンはジェクトに近づこうとしない。
「アーロン、もう少し寄ってくれ」
「早くして寒い凍死する」
「…………」
 俺は不満に思っているぞという態度を充分に示してから、やっとアーロンが僕の隣に立つ。
「そんなに嫌がんなよ、カタブツ」
「うるさい」
 ブラスカは僕らと看板をカメラにおさめ、ジェクトはいずれこのムービーを見せられる予定の妻子に向けてピースサインなんかしている。

 改めて思ったことがある。こんなに寒いのは、男四人で旅してるせいだ。
 もしユウナが一緒に来ていたら気分的にはマシだったんじゃないだろうか。少なくとも心は暖かくなる。
「なあ、おめえも映っとけよ! ユウナちゃんにいい土産になるぞ」
「ああ……、そうだな」
 まだ七歳のユウナに世界一周旅行は大変かもしれないけれど、ひとりぼっちで留守番させるのも可哀想だ。
 シンと戦う時はどこかで待っていてもらうとして、寺院をめぐる旅には連れて来てあげればよかったのに。

 自分を入れての構図をたっぷり撮ったあと、ジェクトはブラスカに指示して旅行公司の周りをぐるりとまわって隅々まで撮り始めた。
 いい加減に中へ入らせろと僕がキレる前にアーロンが怒鳴る。
「ブラスカ様、こんなことをしていては時間がいくらあっても足りません!」
 そうだそうだ。
「なぁにを焦ってんだか」
 焦ってるんじゃなくて寒いんだよ。

 口を開けると冷たい空気が入ってくるので黙ったままアーロンを応援していたけれど、どうやら彼は寒いから急いでいるわけではないらしい。
「この旅がどういうものか教えてやろう!」
「アーロン! ……ジェクト、宿に入ろう。続きは明日の朝、撮ればいい」
「おぉ……ま、いいけどよ」
 なんだか変な空気になってしまった。

 この旅がどういうものか……?
 スピラ各地にある寺院をめぐって祈り子と会い、召喚術を得ながら修行をして、最後には北の最果てザナルカンドで究極召喚を授かる。
 その唯一無二の奇跡を使って、スピラを害するシンをやっつける。
 ……他にも何かあるんだろうか。ブラスカが慌ててアーロンを止めるような、言いにくいことが。


 公司で部屋を取り、部屋のぬくもりに人心地ついたところでブラスカが旅の予定を話してくれる。
「マカラーニャ寺院を最後にしようと思う」
「しかし、ブラスカ様……それでは……」
「きっとその方がいいんだ」
 森の分岐をこっちに来たんだから、このままマカラーニャ寺院に行くんだと思っていた。
「マカラーニャ寺院って遠いの?」
「近くもないが、そう遠いわけでもない。ここに寄ったのはただ、野宿が続くのは良くないと思ったからだよ」
 ベベルから次の宿までは遠いらしい。それで小休止を挟んだのだとブラスカは言う。

 ジェクトがつまらなそうに呟いた。
「泊まったついでに寺院まで行っちまえばいいじゃねえか」
「……不本意ですが、それについては俺も同感です」
「よく分かんないけど僕も賛成」
 スピラの地理を完全に把握しているとは言えないけれど、ベベルが最北にある寺院で、そのやや南にあるがマカラーニャだったはず。
 南端まで旅して戻って来る予定なんだ、北から順番に回ればいいだけのこと。

「どうしてマカラーニャが最後の方がいいの?」
 僕がそう聞くと、ブラスカはそっと目を逸らした。
「ここでマカラーニャに寄ると、復路でベベルに寄ることになる。マカラーニャ寺院を最後にすれば、雪原を迂回してナギ平原に行けるだろう」
 まるでザナルカンドに行く前にベベルに寄るのを嫌がってるみたいな言い方だ。
 ジェクトも不審そうに眉をひそめていた。
「妙な話だな。旅の最後の方だってんだから、シンと戦う前にもっかいユウナちゃんに会いたいじゃねえか」

 ため息がひとつ。アーロンは相変わらず眉間にシワを寄せてジェクトを睨んでいた。
「ブラスカ様のお気持ちは分かりました。ここで一泊したら、南下して先にジョゼ寺院を目指しましょう」
「すまない」
「……」
「リツとジェクトは反対かい?」
「べつにそういうわけじゃねえ。決めるのは召喚士、だろ」
「うん」
 明日あの寒い中を歩かなくて済むのはありがたいけれど、またいずれ来なくちゃいけないとなると素直に喜べないな。


 翌朝、またしても逃げるようにして公司を出ていく。
 ブラスカもアーロンも口数が少なくて重苦しい空気だった。
 雪が遠退いてマカラーニャの森が見えてきたところで、二人に聞こえないようジェクトが僕に囁いた。
「なんかよぉ、蚊帳の外っつー感じだな」
「……うん。気分悪い」
 僕とジェクトは本当のことを教えてもらっていない。そのせいでブラスカを沈ませ、アーロンを苛立たせているようだ。
 だったら全部話してくれたらいいのに。

 マカラーニャの森はちょっとした難所だった。僕にとっては、という意味だけれど。
 この辺は幻光虫が多いみたいでちょっと歩くとすぐ僕のまわりにわさわさ集まってくる。前が見にくい。
 これで僕が魔道士だったらとても強力な魔法が使えたのだろうけれど、あいにくと攻撃魔法は大の苦手だった。
 多少の回復や、補助魔法は得意なんだけどなぁ。

 マカラーニャで買った剣を振り回し、ジェクトが僕のまわりの幻光虫を払ってくれる。
「ところでよ、ユウナちゃんを置いてきたんなら、なんでリツは連れてきたんだ?」
 ちょっとムカつく言い方だけれどそれは僕も少し気になっていたことだ。
 ブラスカは、辺りを漂っている色とりどりの光を見つめながら答えた。
「幻光虫を集めやすい体質。時折そういう人はいるが、リツの場合あまりにも顕著だ」
「そうですね。ここまで見事に集られている人間は見たことがない」
「記憶がない上に立っているだけで数多の幻光虫を惹き寄せる……ベベルのお偉方の目に触れさせたくなかったんだよ」

 つまるところ、僕がベベルにいると良からぬ企みに利用されたかもしれないから連れてきたってことでいいのかな。
 ジェクトは腑に落ちない顔をしていたけれど、アーロンはなるほどと素直に頷いていた。
「それに……リツは目立ちますからね」
「そうかぁ? 雑魚っつー感じだがな」
「ほっといてよ」
「その髪色はベベルでも滅多に見ない」
 ブラスカの家で鏡を見たところ、僕は灰色に近い銀髪だった。お爺さんならともかく子供でこの色は珍しいらしい。

 何にせよ、僕のためを思って旅に連れ出してくれたということだ。それならできる限り恩を返したいな。
「あのさ。ブラスカは召喚獣っていうのを呼び出せるんでしょ?」
「ああ。落ちこぼれとはいえ、歴とした召喚士だからね」
「その召喚獣って、幻光体なんだよね?」
 ブラスカが頷くのを見て僕も自分にできることを確信した。

「あそこの敵、召喚獣でやっつけてみよう」
 木々の向こうにキマイラの一種がうろついている。僕たちには気づいてないみたいだ。
 僕の提案にブラスカは首を傾げる。
「厄介な相手だ。気づかれないうちに、すり抜けた方が良くはないか?」
「いいから」
 そんなに言うならばと、ブラスカが錫杖を掲げながら舞って召喚獣を呼ぶ。

 翼を生やした漆黒の巨体が木々を薙ぎ倒して現れる。
 召喚獣は魔物が物音に振り返るよりも早く一撃でそいつをバラバラにしてしまった。
「うおっ、すげえ!」
「ブラスカ様、また腕をあげたのでは?」
 感心しているジェクトとアーロンに、呆然とした様子のブラスカは首を振った。
「違うな……今のは、リツが隣にいたからだ。そうだろう?」
「うん。たぶんね」
「幻光虫がよく集まるお陰か。私の実力以上に召喚獣が強化されるようだ」

 感心の視線が僕に移り、むず痒い気分になる。
 幻光虫を引き寄せるのは体質であって、僕自身が何かしてるわけじゃないから複雑な気持ちだ。
 でも、ただくっついていくだけじゃなくて、ブラスカの役に立てるならよかったと思う。

 何も為せずに死んでいくよりは、大切な人の糧となる方がずっと……。


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