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🔖真心



 たったの四往復、と甘く見ていたかもしれない。この重量物を私の細腕一本で倉庫まで運ぶのはなかなか難儀だ。
 しかも奇怪な形をしているから壁や扉にぶつけたりしないか気も使う。
 誰か手伝ってくれる人、いま寮にいないかなあと目を閉じた隙に声がかけられた。

「ユリくん。その芸術的な帽子掛けは玄関に置くのかな?」
「帽子掛けじゃないです」
 誉さんだったかぁ。救いの神かと思ったけれど、この細身では戦力として期待できないな。
 理想を言うなら丞さんか臣さん、せめて太一くん辺りに来てほしかった。
 でもまあ誉さんが助っ人になってくれたら私一人よりはマシだろう。

「誉さんいま暇ですか?」
「いや、詩興の誘いに身を任せているところだよ」
「暇ならちょっと手伝ってください! これ四つ、倉庫に運びたいんです」
「今のは暇ではないという意味だったんだが……。レディに力仕事を押しつけるのも紳士らしからぬ振る舞いか。何をすればよいのかな?」

 ローマ字の“n”を縦に引き伸ばしたようなケースが四つ。中身を作り込んであるのでこれが結構重いのだ。
 誉さんと二人で車から倉庫へとケースを運び込む。
 筋肉自慢なタイプではないのにさすがは男の人、私が一つ運んでいる間に誉さんが残る二つ持ってきてくれて、最後の一つは一緒に運んだ。
 さっき戦力外通告をしたのは心の中で謝っておきます!

「ところでこれは何なのかね? 随分と独創的な形をしているが」
 誉さんに独創的とか言われると褒められてるのかどうか迷う。というか、あなたに言われたくないって感じだ。
「羽入れです」
「……羽入れ? ああ、もしや『天使を憐れむ歌。』かな?」
「そうです、その天使の羽です。トルソーに引っかけっぱなしじゃないですか。あれをちゃんとしまっておきたくて」

 数日前に倉庫の掃除をしていてふと気づいた。全体の重みに負けて、ほんの僅かに型崩れを起こしていることに。
 あの羽は幸くんたちの血と汗の結晶だ。できればまたいずれ他の公演でも使ってほしい。
 だからなるべくきれいな形のまま保存しておきたいと常々考えていた。
 繊細な作りなので埃避けのカバーもかけられない。といってそのまま置いておくとすぐに薄汚れてしまう。
 それで考えたのが、この羽入れだった。

「鉄郎さんと相談しながら、羽に負担を与えずに保存できる専用のケースを作ったんです」
 トルソーにかかっていた羽をそっと持ち上げて、形を整えながらケースにしまう。
「おや、ぴったりだね」
「そうでしょう! ちゃんと四人それぞれ違う羽の形に合わせたんですよ」
 蓋をしてケースを自立させれば衣装として身につけている時と同じ状態になる。羽が落ちてしまうことも、隙間に埃が溜まることもない。

 これでいい。天使は羽を休めて、また出番が来るまで倉庫で眠っているだろう。
「いつかまた天使役か……鶏役とかでも使えるといいですね」
「鶏は分からないが、ワタシとしても別の天使は演じてみたいものだよ」
 確かに誉さんの一見尊大で人間離れした雰囲気はメタトロンに合っていた。次にまた天使役が来るとしたら紬さんが演じたような儚くて優しい天使もいいな。
 それに今度は東さんの天使役も見てみたい。儚げで神秘的で、とても似合うと思う。

 さて、無事に全員分の羽をしまったので埃っぽい倉庫からはさっさと退散、と思ったところで何かを足に引っかけた。
「あれ?」
 虫メガネだ。掃除したばかりなのにどうしてこんなところに落ちているのか。踏んで割れたら危ないじゃない。
 また三角くんがサンカク探しにでも来たのかもしれない。それで丸いから放置されたのか。哀れな虫メガネ。

 拾い上げてどこにしまおうかと辺りを見回していたら、悲鳴じみた声が響いた。
「そ、それは!?」
 誉さんが大慌てで私に駆け寄ってくる。
「ユリくん、いけない!」
「えっ!?」
 そう言うなり虫メガネを取り上げられた。
 も、もしかすると貴重品だったのかな。持ち手に落書きがあったし、ボロボロの安物に見えたけれど。
 実は丁寧にアンティーク加工された小道具だったのかもしれない。
 はっ、そういえば!

「前に冬組でミステリーやりましたよね。その時に使った小道具ですか?」
「む、いや、これは小道具ではなくて……」
「まごころルーペなんて物騒なこと書いてましたもんね!」
「物騒? なぜ?」
「孫を殺すルーペでしょ?」
「そういう略語ではないよ!?」
 なんだ。ミステリーっていうから遺産相続が絡む殺人事件だったのかと思った。

 私はどちらかといえば明るくて楽しい、夏組がやるようなコメディが好きだ。
 だから殺人事件で始まるという『主人はミステリにご執心』は観てないんだよね。
 ミステリーってなんだか難しくて感情移入もしにくいし。
 冬組のお芝居は、終わったあとに「楽しかった!」と笑うのではなく、いろんなことを考えさせられるものが多い。

 誉さんは虫メガネを不思議そうに見つめている。小道具じゃないなら誉さんの私物だったのかな?
「小学生の時、虫メガネでアリを燃やしてる子がいたなぁ」
「ほう……子供とは純粋ゆえに残酷だね」
 虫メガネを棚の抽斗の奥にしまい込んで、誉さんはなぜかホッとした様子だった。私物でもないの?

 なんとなく虫メガネが気になりつつ、誉さんが触れたくないようなので聞けなかった。
「君はその“遊び”をやらなかったのかい?」
「ん〜。興味なかったです。アリの巣探しならやりましたけど」
「そうか」
「アリの巣探しと有栖川って似てますね!」
「そ、そうかね……?」

 さりげなく誉さんに背中を押されて倉庫を出る。
 なんだかよく分からないけれど彼はどうしてもあの虫メガネを避けたいらしい。
「午後三時か。せっかくだからティータイムをご一緒にどうだい、ユリくん?」
「いいですね。私が淹れましょうか」
「それは遠慮するよ! キミの紅茶はたまに飲むだけでワタシの胸が一杯になってしまう」
「要するに紅茶淹れるのが下手だって言いたいんですね。事実だからいいけど」
 じゃあ、ありがたくいただこうかな。アリだけに。

 誉さんが淹れた紅茶が喉を潤してくれる。そして染々と言葉がこぼれる。
「美味しい……さすが誉さん」
「お褒めにあずかりとても光栄だよ」
 どうして誉さんが淹れるとこんなに美味しいんだろう? 私ではこうはいかない。同じ紅茶なのに。
 同じと言えば同じお茶なのに麦茶と緑茶と紅茶の味の違いも謎だ。

「やっぱり、芸術的センスってやつですかね」
「うん?」
「私のアンテナ受信力が弱いんですよ。だから美味しい紅茶も淹れられないし、誉さんのポエムもよく分からないんだ」
「キミが紅茶を淹れられないのはお湯を沸かす段階から気もそぞろで温度に気を配らないせいだよ。そしてワタシのポエムは凡人には理解の及ばないもの。気にすることは、」
 得意気に語っていた誉さんは急に言葉を止めて私の顔をじっと見つめた。

 なんだろう、と待っていても続きはない。誉さんは食い入るように私を見ていた。
「あ、あの、なんですか?」
 黙っているとただの美形なんだからあんまり見つめないでほしいんですけど。
「……ワタシはキミの不器用なところも凡人なところも好きだよ」
「んぐっ!?」
 紅茶噎せそうになった。

「い、いきなり告白まがいのこと言わないでください!」
「先ほどの言葉でキミを貶していると誤解されたのではないかと心配になったんだ」
「べつにそんなの気にしないですよ?」
 誉さん、意外と繊細なことを気にするんだなぁ。

「私が紅茶淹れるのヘタクソでも、誉さんが美味しく淹れてくれるし平気です」
「それは平気と言っていいのだろうか……」
「だけどカンパニーの皆、今の公演で必死だから過去の衣装や小道具の管理まではできない。私はそこに目を向ける。それでいいじゃないですか」
「ふむ。お互いに相応しい領分があるといったところか」
 誉さんに限らず、私や鉄郎さんのような裏方も含め、MANKAIカンパニーの面々はそれぞれ違った個性を持っている。
 だからこそ成り立っているんだろう。誰かの目が届かない場所にも他の誰かが気づいてくれる。

「それに私、芸術的センスはないけど凡人なりに誉さんのポエム好きですよ」
 私の言葉に誉さんは意外そうな顔をする。
「だって私には絶対思いつかないような言葉がポンポン出てきて楽しいもの。いつも新鮮な気持ちになるから、理解できなくてよかったって思う!」
「理解できなくて、よかった……」
 噛み締めるようにそう呟いて、誉さんは首を振った。

「違うな。キミは理解できないのではない、理解しようとしてくれるのだ。先ほども……ワタシが慌てるのを見て、あのルーペに対する興味をしまい込んでくれた」
「まあ、なんかよく分からないけど触れられたくないことみたいだったし。誰にでもそういうものあるでしょ?」
「ユリくんにもあるのかい?」
「そりゃ一応、やたらめったら人に話せないことはありますよ……」
 だからこそ相手が触れられたくないことには触れずに済ませるのだろう。

 誉さんは、まだ私を見つめている。
 いつも雄弁なくせにこんな時に黙られたら、あの奇天烈なポエムよりも何を考えてるか分からない。
 ポエムを聞いているのは楽しいのに、誉さんの沈黙は私を動揺させ、混乱させ、思考させる。
 ミステリーは苦手だ。もっと分かりやすく感情に訴えかけてほしいのに。

 誉さんが視線をティーカップに落としたので私もなんだかホッとする。
「あのルーペ……」
「え?」
「いや、必要になったから出てきたのだとしたら、キミはどう使うのかと考えていたのだよ」
「んん? 私、目は悪くないんで虫メガネは使わないと思いますけど」
「そうなのだ。ワタシの結論も同じだった。キミはあれを使わない。キミには目と言葉と真心があるからね」
「……いつものポエムとちょっと違いますね?」
 これは詩ではないよと笑う誉さんは満足そうだ。

 一体どういうことなんだろう。狐につままれたような、っていうのか、今日の誉さんは変だ。
 いや、いつも変ではあるけれど。
 不可解な言葉ばかりで何を考えてるんだかさっぱり分からない。
 いや、いつも分からないけれど。
 ……そして私も変だ。あの虫メガネが何だったのかよりも、私を熱心に見つめていた誉さんの心ばかりが気になっている。


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