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🔖優しく散らしましょう



 ファルコン号はドマ城がある島に向かっている。ケフカが川に毒を流し……城中、皆殺しにされた国。
 裁きの光によって大陸から引き離されたので、生き残った人が戻ることも困難になり、無人島のようになってしまった。
 それでもまだ蘇るチャンスはあるとユリが言う。

「エドガーとロックが見た時、誰かが死者を弔った形跡があったって。ケフカの脅威さえなくなれば戦争で逃げてた人も帰って来ると思う」
 ドマの人は特に死者への想いが深いと聞く。故郷に昔の姿を取り戻すため、国を離れていた人々も戻ってくる。
 人が戻れば再び港ができて町が栄え、城に生気が蘇る。
 その、いつか帰る日のために、城を綺麗にしておきたいのだと。

 ユリはカイエンと話をした。彼が静かに頷き、自分もそうしたいと言ったので、私たちはドマ城へ行ってみることになった。
 城に行くのは私とカイエンと、彼に縁の深いマッシュとガウ。他の皆は城の周辺を探索して、魔法で毒を取り除けないか試してくれる。

 ユリはなぜか悲しげな顔で私たちを見送ってくれた。
「信じて待ってるからね」
 カイエンの故郷……きっと、変わり果てた風景を目にするのはとても辛いことだわ。
 モブリズでもディーンとカタリーナが言っていた。
 ふと目に留まる家々に誰もいないことが悲しくて堪らない。
 家族の、友人の、つい先日まで生きていた人たちの墓を作る……手ずから土を被せていると、もう二度と彼らに会えないことを実感して辛いのだと。


 城の内外を流れる川には未だ毒が残っている。この土地に毒を根付かせるために魔導の力が使われているのが分かる。
 エスナを唱えたけれど効果は薄かった。
 この城から、この地から、毒を根絶させるにはどうしたらいいか。私たちには分からない。

 城中を隈無く探したけれど、エドガーたちの後に誰かがここを訪れた形跡は見られなかった。
 せめて何か未来のためになることをと荒れた港を四人で片づける。
 船さえ着けば、たとえ少しずつでも城を蘇らせるのは不可能ではない。
 ただ、毒を取り除けなくては意味がないけれど……。

 なんだかとてつもない徒労感に襲われ、私たちは休息をとることした。
 明日の朝にはファルコン号に戻る。
 思ったよりも城が綺麗なままでよかったと笑うカイエンに歯痒い気持ちを感じた。


「カイエン?」
 夜明け過ぎ、マッシュの声で目を覚ます。寝ぼけ眼でガウも身を起こした。
 カイエンは眠っている。まるで息をしていないように見えて血の気が引いた。
「どうしたの?」
 どこからかクスクスと嫌な笑い声が聞こえ、驚いたガウがマッシュにしがみつく。空間が歪み、妖精のようなものが姿を現した。

「私の名前は、レーヴ。この人の心はいただいた」
「私の名前は、ソーニョ。この人の心はいただいた」
「私の名前は、スエーニョ。この人の心はいただいた」
 不快な声を響かせてカイエンの周りを飛び交う三人にマッシュが殴りかかるけれど、彼の拳は妖精に当たることなくすり抜けた。
「てめえらがカイエンを……」
「我ら夢の三兄弟」
「今日は、ごちそうだ!」
 まるで涎を垂らした獣のように、愉悦を浮かべた三兄弟がカイエンの体に吸い込まれるように消えた。

「追いかけなきゃ!」
「だが、どうやって?」
 心を食らう魔物……操りの輪と同じ。かつて私を縛った魔法を思い出せば、三兄弟を追えるかもしれない。
 マッシュとガウ、最後は自分自身にスリプルを唱えた。カイエンの見ている夢の中へ……!


 目を覚ますと……いいえ、眠りにつくと、私は暗闇が広がる空間にいた。真っ黒い景色の中に階段や扉が浮かぶ奇妙な光景。
 マッシュとガウの姿は見当たらず、レーヴと名乗った妖精が私を見つめていた。
「夢の中まで追ってくるとは」
「カイエンはどこ?」
「三人揃わず戦うのは、分が悪い。ここは一旦、おさらばしよう」
 私の問いに答えることなく妖精は姿を消した。どこかで扉が閉まる音がする。……マッシュたちを探さなくちゃ。

 遠くの方は見えないけれど、細い道や階段、扉がぼんやりと光っていくつも交差している。夢の迷宮といったところかしら。
 最初に見つけた扉を開けて、しばらく進むとガウを見つけた。
「がう……ござる、カイエン、いない」
「一緒に行きましょう。きっとすぐに会えるわ」
 モブリズの子供たちに教わったように、優しく笑いかけて手を握る。
 誰かが手を繋いでくれたら安心する……それはガウも同じだったようで、元気を取り戻した彼と共にまた歩き出した。

 いくつも扉を越え、階段を昇って降りて繰り返し。まだマッシュは見つからない。
 彼も私たちを探しているとしたら、合流するのはとても大変なことかもしれない。
 内心で焦りを感じ始めた時、ガウがふと座り込んで床の匂いを嗅いだ。
「ガウ! ここ、とおった。おれのにおいする」
「同じところをぐるぐる回っているみたいね」
 迷子になったのかしら? マッシュが見つけてくれるのを待つべきかも……。

 立ち止まってしまった私の手を引いて、ガウが遠くの扉を指差した。
「あっち、ござるのにおい!」
 小さく頷き、ガウについていく。ドアノブに触れる直前、向こうから扉が開いてマッシュが顔を出した。
「マッシュ! よかった……」
「おう。ずっとさまようはめになるかと思ったぜ」
「ござる、まいご。まぬけ」
「だからござるは俺じゃないし、迷子になってるのはお前も同じだっての!」
 じゃれ合う二人に自然と笑みが溢れてきた。あとはカイエンを助け出すだけね。


 ガウが私たちの残した匂いを嗅ぎ、まだ通っていない道だけを選んで進み続ける。
 この迷宮にもちゃんと出口はあったようで、扉を守るように三兄弟が立ちはだかっていた。
「我ら夢の三兄弟」
「三人揃ったからには」
「逃がしはしない」
「よく言うぜ。逃げてたのはそっちだろ」

 彼らにはさほどの脅威を感じない。マッシュも同じように考えたらしく、魔法を唱え始めた。
「あの赤いヤツにブリザガだ」
「ガウ!」
 青いソーニョは氷属性の魔物らしく、ブリザガもあまり効いていない。

 二人がレーヴとスエーニョを追いつめている間に、私はトランスして得意のファイガを唱えた。
「ううぅ……ま、まずいぞ……」
 ブリザガに打ち砕かれて兄弟が消え去ると、ソーニョは踵を返してまた逃げ出そうとした。
 魔石を掲げ、オーディンを召喚する。
 駿足の神馬に跨がったオーディンはあっという間にソーニョを追い越し、抜き様に斬鉄剣の一閃を喰らった妖精は呆気なく事切れた。

「えらくあっさり片づいたな」
「カイエン、いない!」
「他に黒幕がいるみたいね」
 あの三兄弟では夢に侵入するのが精一杯、カイエンの精神を支配するほどの力があったとは思えない。
 彼に悪夢を見せている別のモンスターがいるはずだわ。

 扉を開けた先は奇妙な部屋に続いていた。地面が微かに振動している。
 マッシュには覚えのある景色だったらしく、ぽつりと呟いた。
「……魔列車か」
「魔列車って?」
「亡くなった人の魂を霊界に運ぶ列車だとさ。どうやらカイエンの記憶を使って、迷宮を作ってるみたいだな」

 帝国に攻め込まれたドマ城、ケフカが流した毒で亡くなった人たちは、カイエンの目の前で魔列車に乗り込んでいったという。彼の奥さんと子供も……。
 そんな悲しい記憶を使って何者かがカイエンを支配している。
「カイエンのなわばり、あらしてる。わるいやつ!」
「そうだな。どっかに隠れてるそいつをぶっ飛ばして、カイエンを助けよう」

 所々で機械に翻弄されるカイエンの幻を見ながら列車内を抜け、ようやく降りた先にはプラットフォームではなく炭坑が広がっていた。
 今度はナルシェ……。
 家族と故郷を失ったばかりだというのにカイエンは、ナルシェと幻獣を守るために仲間として戦ってくれた。

 坑内でもたびたびカイエンの幻を見かけた。どうやら彼は帝国兵に追われているらしい。
 彼の姿を探しながら、私たちはいつの間にか魔導アーマーに乗っていた。
 手に馴染んだ感覚に寒気がする。私はこれに乗って、いつも……何を感じることさえなく、いつも……。
 彼を苦しめているものと私と、何が違うのだろう。

「これもカイエンの辛い記憶なのね」
「あー、その、これは機械が苦手だから印象に残ってただけだと思うよ。魔導アーマーがカイエンの悪夢ってわけじゃないさ」
 不器用に気遣ってくれるマッシュの優しさが嬉しかった。
 でも、理解しておかなければいけないことなの。カイエンの故郷を滅ぼしたのは私だったかもしれない。私も同じことをしていたのだと。
「ありがとう、マッシュ。私は大丈夫よ」
「お、おう……」

 炭坑を出ると再びカイエンの後ろ姿が見えた。
 ただの幻か、彼の本心なのか、私たちから逃げるように橋の向こう側へ去っていく。
「カイエン!」
 彼を追いかけようとしたところで橋が崩れた。目の前が真っ暗になって、また世界が変わる。

「ここは、ドマ城?」
 気づけば眠りについたのと同じ部屋にいた。でも、ベッドにカイエンの姿がないのでまだ夢の中だと分かる。
 ガウが何かの気配に驚いて私の手を掴んだ。
「誰だ!?」
 武器を構えようとしたマッシュを制止する。ぼんやりと浮かび上がってきた人影に敵意は感じられない。
 綺麗なひと……彼女と手を繋いでいる子供はどこかカイエンと似た顔立ちだった。

『お願いします……カイエンを助けて……』
「あんたは確か、カイエンの……」
『夫は自分を責め続けています……ドマを守れなかったこと、世界を救えなかったこと……、そして、私たちのことを』
『アレクソウルっていうモンスターがパパをつかまえてるんだ! パパをたすけてあげて、おねがい!』
『どうか……カイエンを……』
 それだけ言うと、二人の姿は消えてしまった。

 今のも幻? でも、カイエン自身の記憶が持つ気配とはどこか違っていた。
 もしかしたら本当に、彼女たちの心がここにあるのかしら……。


 ドマ城には、他と比べ物にならないほど多くの幻が現れた。きっとカイエンの思い出のほとんどがここにあるんだわ。
 フェニックスの洞窟でロックが言っていたように……カイエンが失ってしまった真実が、ここに。

 中庭で、さっきの子供がカイエンに剣の稽古をつけてもらっている。
『なかなかよい筋をしておる。もっと修行を積めば、ドマで一番の剣士になれるでござる』
『わ〜い、ほめられた〜! ママにじまんしてこよ〜っと!』
 飛び跳ねるように駆けていく子供を見送り、微笑むカイエンの後ろから若い男の人が顔を出した。
『親馬鹿だな、カイエン』
『へ、陛下! なぜこのようなところに!』

 ドマの国王。顔は全然違うのに、なんだかエドガーと似てる。
『堅いことを言うな。……シュンはいい子だ。きっと、なれるだろう。おぬしのように立派な、ドマで一番の剣士に』
『陛下……、ありがたき御言葉!』

 城壁近くの川辺で、親子が釣りをしている。どちらの釣竿にも魚はかからず、退屈した子供が唇を尖らせた。
『さかなつりなんて、つまんないよ〜』
『これも修行の一つ。待つことを知るのも、侍の道には大切でござる』
 侍になるためと言われ、慌てて動かない釣竿に意識を向ける。
『ぼく、さかなつりだいすき!』

 城の中、カイエンの部屋だったと思われる場所には先程の女性と語らう彼がいた。
『ねえ、あなた。私のこと愛してる?』
『まったく何を言うかと思えば……武士たるものは、そのような言葉を口にするものではない!』
 どうして……どうして、こんなに胸が痛むのだろう。二人はあんなに幸せそうな顔をしているのに。
『あ……いして……る……。愛しているでござるよ』
『あなた……私も……』

 顔を真っ赤にしながらも寄り添う二人に、こっそり部屋の外から様子を窺っていた子供が嬉しそうにはしゃぎ始めた。
『わ〜い、きいちゃった、きいちゃった! アイシテル、アイシテル〜、パパはママをアイシテル!』
『これっ! シュン!』
『きいちゃったもんね〜〜』
 パパはママを、愛してる……。

 視界が赤く染まり、戻らない。
 消え去った幻の後には倒れ伏した二人の姿。
 カイエンの腕に抱かれた彼女が言葉を紡ぐことはなく、その目が開かれることもない。
 そこにあるのは悲しみと怒りと、拭われることのない憎しみだけ。
ーーこんなことが許されていいのか。
 許されていいのか。許されて……私は……。


 血の色に染まったドマ城を駆け抜け、玉座に辿り着いた。
 カイエンの心が傷つき倒れている。冷たい骨の魔物がそれを見下ろしていた。
「貴様がアレクソウルか。カイエンを返してもらうぜ」
 怒りに震えたマッシュの言葉に動じるでもなく、アレクソウルは嘲笑する。
「もう遅いわ。己が無力に絶望し、己が無力を責め続けるこやつは我に逆らえぬ。悲しみ、怒り、憎しみこそ我が力の源」
 景色に滲むようにアレクソウルは消えた。

「どこに隠れやがった!?」
 カイエンは……無力なんかじゃないわ。悲しみ、怒り、憎しみ……そして愛する心を、彼は知っている。
 帝国の兵士だった私やセリスを受け入れ、世界を守るために私たちの仲間に加わり、いつだって共に戦ってくれた。

ーー本当に?

 償いのために愛を知ったふりをしているだけではないの。
 今まで殺し、壊し、奪い、苦しめた分だけ、あの子たちを守れば許されるとでも思っているのね。
 私のことを許してくれるひとなんて、もうどこにもいないのに。私が殺してしまったのだから……!
 こんなことが許されていいはずがない。私が許されていいわけがないのよ!

 心を揺さぶる闇に絶望し、膝をついた私の前には一人の女性が立っていた。私……この人を知っている。
『それでも私は、あなたに生きてほしいわ』
「おか、あ……さん……」
 静かな笑みを湛えた彼女は決して私に触れてくれない。遠い、どこか遠いところにいる。でも……私は、彼女がくれたぬくもりを知ってる。
『消えてしまいたいと思っていた。世界も自分も憎くて、死んでしまうつもりだった……その絶望と虚無の果てにマディンと、あなたに出逢えた』
「おかあさん、わたし……」
『自分で自分が許せなくても、誰かがあなたを許してくれる。誰かがあなたを憎んでも、あなたが生きることを願う者がいる』

 私は知っている。私が生きていることが、お父さんとお母さんの愛の証。
 それを絶やさないためならどんな悲しみにも怒りにも、憎しみにだって耐えられる。
『あなたが幸せになることを、ずっと願っているわ……ティナ……』
 この心の中に芽生えたものを守り、育むためならば!

「……ティナ! 大丈夫か!?」
「マッシュ……?」
「驚いたぜ。いきなり意識を失っちまうから」
 気づけばマドリーヌはいなくなっていた。
 今のは何だったのかと困惑する私の横で、ガウがふらりと体を傾ける。
「おや……じ……?」
「おい、今度はお前かよ!?」
 しっかりしろと呼びかけるマッシュの声に反応を示すこともなく、ガウは虚空を見つめている。

 アレクソウルが取り憑いている? 記憶を掘り返し、絶望を植えつけ、虚無で塗り潰すつもりなの。
「どうなってんだ、あの野郎が何かしてるのか?」
 ガウは自分の意思をなくしてしまい、どうすればアレクソウルを引き剥がせるのか私もマッシュも分からない。

 困惑し、途方に暮れる私の手の中で魔石が輝いた。お父さんの魔石……。
 解放された魔導の力を制御できずに暴走していた私を、優しく宥めてくれたあの暖かな光。私にお父さんとお母さんの記憶を教えてくれた。

 光に焼かれ、ガウの体から黒い靄が這い出した。眠気を追い払うようにガウが頭を振る。
「ガウ、大丈夫か!」
「ウーッ! あたま、ボーッとする!」
「はは、元気そう、だ……?」
 マッシュを見上げ、ガウが怪訝な顔をする。今度は彼が……!?

 心の深くに入り込もうとするアレクソウルになんとか抗っているらしく、彼の拳が固く握り締められる。
 もう一度お父さんの力を借りようとしたら、玉座の方から凄まじい光が放たれた。見たことのない幻獣が召喚される。
 ゴーレム? 違う……大広間を埋め尽くす巨体が断罪の光を放つと、マッシュは意識を取り戻した。
「なるほど……二人とも……あの野郎に、取り憑かれてたってわけかよ。ティナ! 俺ごと斬れ!」
「そ、そんなことできないわ」
「まずは俺の中から追い出さなきゃ倒せねえ!」

 殺戮ではない。マッシュを守るためにやるのよ。……でも……。
 剣に手をかけるけれど、切っ先を仲間に向けることがどうしてもできない。
 マッシュの中にいるアレクソウルだけを斬る……そんな“剣”を私は持っていない。
 その時、彼の声が聞こえた。
「ティナ殿、退きなされ!」
「……カイエン、」
 刀を抜いた様子は見えなかった。けれど確かに、何かがマッシュを斬った。彼を縛っていたものを。

 膝をついたマッシュの額から汗が噴き出す。私とガウも緊張が切れてへたり込んでしまった。
 マッシュが強靭な精神を持っていなければ、カイエンの研ぎ澄まされた剣技がなければ一体どうなっていただろう。
「カイエン……あ、ありがとう……!」
 アレクソウルの支配を断ち切った彼は、切なげに目を伏せつつも頷いた。
「妻と息子が呼んでいる気がしてな。その声に励まされ、諦めずにいられたでござる」

 ここはカイエンの夢の奥深く。きっと霊界にだって想いは届くわ。ほんの少しの間、魂を呼び戻すことも。
 フェニックスの魔石に祈りを捧げる。どうか……彼に許しと絶えることのない愛を。
 あなたの幸せを願う人が、あなたの心の中にもいると教えてあげて。

『あなた……』
「ミ、ミナ!?」
『やっぱり、パパはつよいや!』
「シュン……お前たち……」
 伸ばされたカイエンの手は彼女たちの体をすり抜けた。
 最後に抱いたのは悲しい記憶。それでもあたたかな思い出は胸の奥に残されている。家族のぬくもりはこの腕が覚えている。

「……拙者は、お前たちに何もしてやれなかった。あの時も……そして、今も……拙者は、不甲斐ない男でござる」
『いいえ。あなたに頂いたものは、私たちには充分すぎるほどでしたわ』
『パパ、だいすきだよ。ずっと、ずっと!』
 フェニックスの力が途切れ、夢の城が崩れると共に彼女たちの姿も消えていく。

「待ってくれ! 拙者も……」
「カイエン!」
 取り縋ろうとしたカイエンの腕をマッシュが掴み、ガウが彼の腰にしがみついた。
「マッシュ殿……、ガウ殿……」
 目が眩む。彼女たちは消える間際、カイエンに微笑みかけた。

 いとおしさが彼の悲しみを包み込んでいくのを感じる。悪夢が愛の記憶に塗り替えられていく。
ーー私たちはいつだって、あなたのそばに……。
 私が生きている。そのことを覚えている。心に記憶がある限り、失ってしまうものなどないの。
 大切な人は、いつだって私のそばにいてくれる。

「そうだ。ミナとシュンは、拙者の心に生きている。もう、過去に縛られはせぬ。己の信ずる道を行くのみでござる」
「カイエン……、一緒に帰ろう」
「うむ……。我々の世界へ」
 静かに目を閉じて、カイエンが刀を抜いた。城の風景が音もなく断ち切られる。
 やさしい夢は胸にしまって。私たちを信じ、待っていてくれる人たちのもとへ帰ろう。


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