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🔖今だけのモーメント



 ラウンジで寛いでいたら、今日の夕食当番であるユリがバンッと派手にドアを開けて入ってきた。
「ジャガイモが芽吹いてしまいそうなのでカレーライスを作ります」
 唐突な宣言に呆然としている皆を無視して彼女は続ける。
「辛口がいい人ー? はい!」
 すぐさま挙手した辛口派はユリと兄貴、そしてストラゴスの三人。
 挙手しなかった甘口派はティナ、カイエン、セリス、ロックにリルムと優勢だ。

 この船においてティナとセリスは大きな発言力を持っている。
 食事のメニューは基本的にあの二人の好みで決まると言っても過言ではなかった。
 まあティナの場合、自分の好みってものがまだあまりないので、ユリかセリスに合わせてるだけみたいだが。
 ちなみに食えれば何でもいい派の俺とガウとシャドウ、モグ、ウーマロ、ゴゴはその時の状勢次第で穏便におさめられそうな方につく。
 今回はカレーだからガウとモグは甘口、シャドウとウーマロ、あとゴゴもユリの真似をして辛口だ。

 甘口派が七、辛口派が六。これで俺が甘口を選ぶとその時点で勝負は決する。ユリには悪いが、一番穏やかに済む方法だな。
「マッシュ!」
 しかし、旗色が悪いと見るやユリは俺の前で土下座した。
「って、なんか俺が悪者みたいだからやめてくれ!」
「何でもするから辛口に一票を!」
「分かった、分かったよ! じゃあ俺も辛口を支持する」
 そりゃ俺もどっちかっていうと辛い方が好きだけどさ。たかが晩飯の味つけくらいで土下座だの何でもするだの、大袈裟だろ。
 あと兄貴は何でもしてもらえるなら俺も甘口派に鞍替えしようかなって内心が駄々漏れだぜ。

 これで同率だ。多数決の鍵を握っているのは素知らぬ顔でカードを眺めている我らが船長。
 鬼気迫る表情のユリがテーブルに身を乗り出して問い詰めると、セッツァーはようやく顔を上げた。
「船長はどっち!?」
 前回カレーライスを作った時「外で食ってきたからいい」ということで不参加だったセッツァーは、どっち派なのか不明だ。

 皆、固唾を飲んで事態を見守っている。ユリの勢いに呑まれているだけとも言う。そしてセッツァーの出した答えは……。
「あァ? んなもん、間をとって中辛でいいんじゃねえの」
「は?」
 おっと、投げやりなセッツァーの態度がユリの逆鱗に触れたようだな。

 彼女は特に辛党というわけじゃないらしいが、カレーライスに関してはかなり細かい理想を持っている。
 常々「甘いカレーなど言語道断、黙して死すべし」と言っていた。
 尤も、ティナとセリスが作った時はハチミツ入りでもリンゴ入りでも喜んで食べているんだが。
 ユリの好みは食べると唇がピリッとして額に汗が滲む程度の辛さ。
 辛口とはいっても明確な痛みを感じるほど辛いのは嫌なんだそうだ。

 そんな風に絶妙な加減のカレーライスを求めてやまない彼女はセッツァーの胸ぐらを掴む勢いで切々と語る。
「中辛ってのは、甘党も辛党も満足できる万能選手じゃないんだよ。甘党には辛いし辛党には物足りない、ただの半端者でしかない。もちろん中辛を一番おいしいと思う人もいるしそれは各々の好みだから構わないけど、中辛で満足できるのは“中辛党”だけってこと。お分かり? そして今は“辛口”か“甘口”かを聞いてんだよ!」

 怒りと興奮でぜえはあ言いつつもなんとか息を整えて、ユリはキッとセッツァーを睨みつける。
「さては船長、甘党だな」
 その瞬間セッツァーの肩がビクッとなった。図星なのか。なんか意外だな。
 酒好きだし、なんとなくセッツァーは辛党だと思い込んでいた。甘いカレーライスがこの上なく似合わない男だ。

 ユリは目を逸らして誤魔化そうとするセッツァーを上から目線で問い詰める。
「甘口派のくせに『俺が甘口カレーなんてガラじゃねぇぜ』とかカッコつけて、でも辛口は食べられないから妥協してギリギリ許容範囲の中辛にしとこうってか、あ?」
 それにしてもユリって、カレーライスが絡むとやけに口が悪くなるよな。ガウやリルムの教育によくないからやめてほしいぜ。

 辛いカレーを食べたすぎるあまり必死になっているユリを、同じく辛口派の兄貴とストラゴスは苦笑して眺めている。
 心中穏やかでないのは甘口派のカイエンとロックだ。なんせ今セッツァーに向いている矛先がいつ自分に狙いを定めるか知れたもんじゃないからな。

「辛口に入れろよ。普段は辛党でしょうが!」
「うるせえな。カレーライスはまろやかな方が好きなんだよ」
「まろやかって面かよ」
「んなこたぁほっとけ!」
 段々と言い争いが子供染みてきた。
 しかし確かにセッツァーも、普段は酒のつまみになるような塩辛いものを好む。甘党じゃなくて、単にカレーライスが例外ってことだな。

 ユリもなんだかんだで皆の好き嫌いは把握しているらしい。セッツァー好みの味だって分かっている。
 分かっていて、それでもなお今日はどうしても辛口のカレーライスが食べたいのか。
 お前のそのカレーに懸ける情熱は一体なんなんだ?

 もう鍋を二つ使って甘口と辛口の二種類を作ればいいじゃないか、面倒だっていうなら俺も手伝うしさ。
 ……以前そう提案してみたこともあるが、そういう問題ではないのだと激怒された。
 これは男を懸けた戦いなのだと。……あいつ、女だったよなぁ、確か。

 折れそうにないセッツァーに対し、ユリも追撃の手を緩めない。
「船長が辛口に入れないって言うなら、例の借金を今すぐ返してもらうことにしようかな〜」
「何だと? 期限まで日があるはずだろ」
 ユリの言葉にセッツァーの顔色が少し悪くなる。すると彼女は懐から一枚の紙を取り出してセッツァーに突きつけた。
「では書面を確認してみましょう。『乙は甲の定めた期日に従い貸付金を返却する』とあります。じゃ、期日を定めますね。今日ってことで」
 というかセッツァー、ユリに金を借りてたのか。

「あん時に言ってた内容と違うじゃねぇか! 三ヶ月は待つってお前、」
「その言葉を証明できますか? こちらには借用書があるので、私が定めた期日に従うというあなたの意思は証明できます。というわけで貸付金七十万ギル、きっちり返してください」
「はあっ!? 俺が借りたのは三十……」
「おや勘違いなさっておいででは? こちらに金額が記載されております。きちんと確認のうえ署名も頂きましたよね?」
 確認しなかったんだな、セッツァー。
 もしかしてユリのやつ、元の世界で地上げ屋でもやってたんじゃないのか。堂に入りすぎてる。

 さすがに焦りを通り越して怒りを感じたらしいセッツァーが、ふてぶてしく腕を組んでユリを睨み返す。
「んな無茶苦茶な金、どうやって取り立てる気だ?」
 が、そんなことを聞くべきではなかった。ユリはいい笑顔で仲間を振り返り、
「ウーマロおいで、“セッツァーをやっつけろ”そしてゴゴはその真似を」
「だああっ、分かった分かった、辛口にすりゃいいんだろ!」
「あー、なんだか急に返済を先延ばしにしてもいい気分になってきたー。あ、ウーマロ座ってていいよ」
 ……圧勝した。

 このやり取りの後、ユリに逆らってまで甘口のカレーライスを食べたいと言う者はいない。甘口派だった七人は次々と意見を覆した。
「リルムも辛口でいいよ。前回は甘口だったしー」
「ユリおこるなら、おれ、からいの、くうぞ!」
「私も。無駄なダメージを受けるよりはユリに合わせるわ」
「じゃ、俺もそれでいいよ」
「ユリが辛口を食べたいなら私もそうする」
「モグも辛口でいいクポ!」
「腹具合がよくなかったのでござるが……致し方ない。拙者も辛口で」
 いや、カイエンはそもそもカレーライスをやめといた方がいいんじゃないか。

「カレーライス十五人前はいりまーす、いぇーい!」
 これ以上ないってくらい嬉しそうだ。
 まあ、たかがカレーライスの味ひとつで幸せにも不幸せにもなれるなら、今日くらいユリの好みに合わせてもバチは当たらないよな。

 しかしその“たかがカレーライスの味ひとつ”のために理不尽な脅迫を受けたセッツァーは納得がいかないらしく、不貞腐れて吐き捨てた。
「もう二度とテメェから金なんか借りねぇ」
「それでファルコンを維持できるなら御随意に?」
「うぐっ……!」
 なるほど、借金ってのはそれか。実はこの飛空艇って、ユリのお陰で飛んでたんだな。



 ヘタにちょっかい出すのが怖いのか誰も行かなかったんで、キッチンに立つユリを手伝いに行くことにする。
 具は少ないが、人数分ジャガイモの皮を剥くだけでも結構な重労働だ。
「で、結局は両方とも作るんだな」
 ユリは八人分の甘口カレーと七人分の辛口カレーを二つの鍋にわけて煮込んでいる。
 ちなみにダンさんは口内炎でカレーを食べるのはつらいそうで、彼用に魚の煮つけも用意されていた。

 最初から全員に辛口を食わせる気なんかなく、要望通りに作ってやるつもりだったらしい。
「どうせ手間は大して変わんないからね。洗い物が鍋一つ増えちゃうくらいか」
「はあ。いいけどさ、それならあの騒ぎは何だったんだよ」
「うーん。息抜き?」
 この雑多な仲間たちが揃って行動できるのは今だけなのだから、なるべく賑やかに楽しんで過ごしたいじゃないかとユリは言う。
 賑やかは賑やかだけど、少なくともセッツァーは楽しめなかったと思うぞ、さっきの騒動。

 でも、そうだなあ。
 兄貴はともかく他のやつらはケフカを倒したあとどこに行くやら分からないし、もしかしたらもう二度と会う機会がないやつだっているかもしれない。
 そう考えると確かに、くだらないことで大騒ぎする時間も大切な日常に思えてくる。

 ケフカがやってることは絶対に許せないし、許してはいけないんだが、あいつが暴れなきゃ今この時を皆と過ごすこともなかったわけだ。
 そして俺は、この日々を楽しく感じてもいる。
 ……なんか、変だよな。でも悪くない気分だ。


 カレーを煮込む間、ラウンジに戻らずユリと話していた。
「そういや、本当に三十万もセッツァーに貸してるのか?」
 本当に嵩ましして取り立てたりしないだろうけど、三十万だって相当な大金だ。
 ファルコンの維持費すべてをユリが負担してるってのか?
 俺の問いかけに、ユリは事も無げに頷いた。
「飛空艇の管理には金がかかるのさ」
「いや、そりゃそうだろうけど。どうしてお前がそんなに持ってるのかと思って」
 すんなり貸せるってことはユリがそれ以上の金を持ってるわけだろ。

 世界の崩壊前からこつこつ準備して貯めていたらしいのはなんとなく知ってる。
 だが、ファルコン号を手に入れるまでは金を節約しながら旅してたら“本当は金持ちだ”と言われても妙な感じがする。
 と思ったら、ユリはけろっとした顔でとんでもない事実を告げた。

「とりあえずジドールの銀行に九百万ギル近くあるよ?」
「……へっ?」
「ファルコンの維持費とラスダン突入の準備費用を抜いても千万ギル残るようにしたいね」
「な、なんでそんな大金、何のために……?」
「終わったら皆で適当に分けようかと。ドマなんか特に、復興費用が全然足りないだろうし」
 一桁くらい間違ってるんじゃないかと思った。いや、たとえ一桁違っていたところで驚きの額だ。

 オペラ座に脚本を流すだけじゃなく、ジドールの貴族にコネを作って多様な手段でユリは金を貯め込んでいたらしい。
 それも戦いが“終わった後”のことを考えて、だ。
「ずっと一緒にいられるのは今だけかもしれないけど、エンディング後も繋がっていられたらいいなと思って」
 なんか、敵わないな、いろんな意味で。

 ユリがこっちの世界に残る決心を固めたのは最近のことだろう。
 少なくとも魔大陸に突入する頃は……迷ってはいたかもしれないが、まだ帰ろうという気持ちもあったはずだ。
 そのくせ自分が使えるわけでもない金を、こっちの世界のために貯めていたんだな。

 何があって帰らないことに決めたのかは知らないけど、……よかったと、思う。
 ケフカを倒したあともこの暮らしは消えてなくなるわけじゃないんだ。
 きっとカイエンはドマに帰るだろうし、ガウも一人で獣ヶ原に行かせたくはない。
 俺は漠然とガウを連れてドマの復興を手伝うつもりでいたけれど、そのための資金造りにまで頭が回らなかった。
 でもユリは、そういうことをずっと考えていたんだ。
 自分はいなくなる予定だったくせに、そんなにも当たり前に、俺たちみんなの未来を考えてた。

 なにやら妙に恥ずかしくなって目を逸らし、話も逸らす。
「ところでお前って、なんでそんなにカレーライス好きなんだ?」
 あからさまな話題の転換にも気づかないのか、わざと気づかないふりをしているのか、ユリはうーんと考え込んだ。

「やっぱ、ふるさとの味ってやつなのかな。さすがに市販品と同じではないけど向こうを思い出させる味だよ。なんせここはハヤシライスもあるくらいだからね」
 よく分からないがカレーライスという料理はユリの世界にもあって、しかもハヤシライスまであるらしい。
 こっちは向こうの世界をもとに作られているんだから当たり前なのかもしれないが、完全に隔てられた異世界ではないということが嬉しかった。
 特に、ユリがこっちに残ると決めたからには、その繋がりがありがたく思える。

「……ねえマッシュ、ハヤシライスのハヤシって何か分かる?」
「えっ、いや、知らないな。考えたこともなかった」
「ハヤシさんではないだろうけど……。まあ、日本でも諸説あるしなー」
 カレーライスに拘るのは、あっちの世界のことを覚えておくため。……もう戻らないと決めたからだったのかもなと、不意に思った。


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