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🔖輝きの宝石箱
ユリが目覚めて最初に出会ったのはシャドウだったらしい。
そしてシャドウにはユリの素性と、彼女が知る“物語”のことを打ち明けたという。意外だったが、正直ホッとした。
俺はユリの愚痴を聞いたり一緒にいて見守ることしかできないが、シャドウならもっと彼女の助けになる行動をしてくれそうだ。
彼はユリをセリスのもとへ行かせて、自分は別行動を取りながら仲間を集めてくれている。
おそらくオペラ座で合流できるはずだとユリが言うので、預けておいた荷物を引き取るついでにオペラ座にやって来た。
が、シャドウのことを尋ねる間もなく、俺たちがオペラ座に着くなりユリを呼び出す人があった。
劇場奥の控え室に通され、そこにいたのはファルコンで留守番をしてるはずの……。
「セリス? なんでここに?」
「違うよマッシュ、この人はマリア」
「初めまして、その節はありがとう」
ユリに言われ、えらく淑やかな笑顔を浮かべたマリアに慌てて会釈をする。
本人と会うのは初めてだけど、本当にセリスそっくりだ。
よく見れば似てるなんてもんじゃない、兄貴と“ジェフ”くらい、まったく同じ顔だぜ。
ユリを呼び出したのはマリアだった。以前ここへ立ち寄った時のことで話があるのだとか。
テーブルに置かれた大量の本に手を置いて、マリアは真剣な表情でユリを見つめた。
なんか怒られるんじゃないだろうな。こいつ何やったんだ?
「あなたの置き土産を見せてもらったのだけれど……」
妙な迫力を持ったマリアにユリも逃げ腰だ。
「な、なんかマズかった? オペラに改編しやすそうな、無難なのを選んだんだけど。問題あれば差し替えますよ?」
「とんでもないわ。どれも斬新で、とても素晴らしいお話ばかりよ」
怯える俺たちをよそにマリアは破顔した。
「地形の変動でマランダと繋がったし、サウスフィガロからもお客が増えているの。これだけ新作があれば彼らを捕まえておけるわ。お陰でダンチョーも大忙しよ」
「そ、それはよかったデス」
「今は出ているから代わりにお礼を言わせてもらうわね。本当にありがとう」
驚いた。ユリの置き土産ってのはオペラの脚本か。
「もっと具体的なお礼はジドールの銀行に振り込ませてもらったわ。それで、お願いがあるのだけれど」
「あ、次のネタ? 今は忙しいから、あらすじだけならいくつか書くけど」
「それよりもあなた、ここに残って専属の脚本家にならない?」
おいおい、そこまで大きい話なのか。
そりゃあこんな御時世、芝居を見る余裕なんて誰にもない。上客を捕まえておくのも大変だろう。
人の心を惹き付けるような面白い物語はいくらあっても足りない。
ユリにそれほどの才能があったとは知らなかった。が、彼女はこの名誉な話をすっぱり断った。
「それは無理。オペラなんて書けないし、ちゃんとプロに修正してもらわないといけないし。私にできるのは原案を無限に出すことだけだよ」
ああ、そういうことか。
ユリは物語の骨組みを渡し、肉付けはプロの脚本家がやってくれたわけだ。
それにしても「原案を無限に出す」なんて簡単に言うものだからマリアの瞳が余計に輝いた。
大量のアイデアを咄嗟に出せる人材というのは、それはそれで貴重だ。
……ふと気づいた。ユリは元の世界で見知った物語を芝居のネタとして売り払ったのか?
もし彼女が元の世界にあった物語を差し出しているなら無限って言葉も間違いではない。
なんせユリは俺たちの台詞まで暗記しているほど記憶力がいいからな。
使いようによって、オペラ座には莫大な金が入ってくることになる。真価を発揮するのは、もちろんケフカを倒した後になるが。
マリアは諦め悪くユリの手を握り、潤んだ上目遣いで縋った。
「どうしてもダメ?」
「だ、ダメです」
こんなセリスそっくりの美人を目の前にしちゃ無理もないけど、ユリのヤツ、揺らいでる。
相手は海千山千の大女優、素人を魅了するなんて赤子の手を捻るようなもんだ。
「私の目を見ながら言って、ユリ」
言われるがままにマリアの透き通る青い瞳を見てしまったユリは、ぴしりと固まった。
ややあって勢いよく立ち上がり、マリアの手を振り払う。
「うおおおおおおお! ダメったらダメ!! 私には妻と子とケフカを倒す使命があるんですー!!」
ワケの分からないことを叫びつつ俺の腕を掴んだユリは、そのまま俺を引き摺るように控え室を飛び出してマリアのもとから逃走した。
立ち去り際マリアの舌打ちが聞こえた気がするんだが……。顔はそっくりだけど性格はセリスと全然違うみたいだな。
関係者用の区画を出てエントランスに戻ってくると、ユリは死神にでも追いかけられたような顔でため息を吐いた。
「断ってよかったのか? いい仕事じゃないか」
しかしユリは苦い表情で「他人の書いた物語を売るのって気分のいいもんじゃない」と言う。
「そりゃ、こっちには著作権もないしギルはいくらあっても足りないから利用させてもらうけど、私の手柄じゃないからね。記憶が尽きたら終わりでちょうどいいんだよ」
ふーん。そういうものか。
俺としては異世界の感性に触れて芝居の幅が広がればいいなと思う。
今のオペラってやつは……俺にはよく分からないからな。
マリアから解放され、やっとシャドウと会えた。彼は無事に仲間を発見したらしく、ストラゴスとリルムを連れていた。
「ストラゴス! 見つかってよかった」
「そっちも無事でよかったゾイ!」
「ちょっとー、リルムもいるんですけど」
しかしストラゴスとリルムは分かるが、そこに人見知りのシャドウ……意外な組み合わせだ。
でも不思議と違和感なく馴染む。リルムがインターセプターに懐いているせいかな。
うーん……いや、なんか違うんだよな。この三人と一匹が並んでるのはとても自然なんだ。
シャドウがいつも放っている他人を寄せつけない空気が今は感じられない。
これを機に物騒な仕事はやめて、用心棒でもやる気になってくれたらいいと思う。
俺が余計なお世話でしかないことを考えていたら、ユリはマリアに怯えているのか控え室の方を気にしつつシャドウに尋ねる。
「ところで、荷物は?」
「引き取ってある」
「おー、ありがと! さっすが手際いいね」
嬉々としてシャドウから鞄を受け取ったユリは、その中を探って取り出した武器を、なぜか俺に手渡してきた。
「はい、マッシュの武器。私が敵を倒して手に入れたんだから、ありがたく使いたまえ」
「え、本当かよ!?」
思わず瞠目する俺にシャドウから注釈が入る。
「アンデッドにフェニックスの尾を投げただけだ」
「ちょっとそこは秘すれば花ってもんでしょ!」
ああビックリした。それじゃ単に襲われて運良く助かったってだけじゃないか。
受け取った武器を手に嵌めてみる。誂えたかのごとくピッタリで不思議な感じだ。
重さのわりに手の動きが制限されないし、爪の分だけリーチも伸びる。
こいつはかなり使いやすそうだな。これからの戦いで役に立つことは間違いない。
何だろう。悔しいが、いろいろ吹っ切れたユリはちょっと凄い……かもしれん。
その他にも魔大陸突入前に預けていた予備のスカイアーマーやら何やらをファルコンに持ち帰る。
三人と一匹が加わったことで船内も賑やかになった。
まだ見つかっていない仲間のことも気になるが、まずはストラゴスとリルムの無事を知らせるため彼らの故郷であるサマサの村へ行くことにする。
溜まった洗濯物を処理したいとかでユリはファルコンに残った。
村までの護衛なら俺だけでもいいかと思ったんだが、ユリの強い勧めでシャドウも付き合わされてサマサに降り立つ。
「わ〜い、かえってきたよ〜! リルムおうちにいってるね」
「元気じゃのお……。わしが老いただけかの?」
「あれくらいの歳って体力が有り余ってるからなぁ」
俺はリルムと同じ年の頃、寝込んでばっかりだったけど。
せっかくの弟が一緒に遊べず寝てばっかりで、兄貴もきっとつまんなかっただろうな。
……ガウは獣ヶ原で修行してるんだったか。リルムを見てるとどうもあいつの姿がちらつく。早く迎えに行ってやらないと。
ストラゴスが村長に挨拶している間、リルムは村中を訪ねて自分と祖父の無事を触れ回っている。
彼女が足を運ぶたびにそこから村の空気が澄んでいく気がした。
大三角島が移動してしまったのでサマサの村は他の大陸から孤立した。
魔導士の血筋を隠すにはありがたいかもしれないが、人として生きていくには不安な状況だ。リルムの明るさは村人の希望になるだろう。
と、どこかの家に引っ込んでいたリルムが慌てて飛び出してきてストラゴスを呼ぶ。
「おじーちゃーん! 大変よ、ガンホーさんが!」
「ガンホーがどうしたんじゃ?」
「いいから早く来いよ、じじー!」
しっかし、可愛い顔してんのに口が悪いなよあ。
ガンホーさんとやらの家に着くと、ストラゴスと同じくらいの爺さんがベッドでうんうん唸っていた。
「しっかりせんかい! 誰にやられたんじゃ?」
「う、うう、実は、わしらが追い求めていた伝説のモンスター、ヒドゥンにやられてしもうたのじゃ。あと一歩のところまで追いつめたんじゃが、くそー」
「何、ヒドゥンじゃと!?」
起き上がることもできないほどの大怪我を負っているにしては流暢にしゃべる。
俺の疑わしげな視線を察したのか、ガンホーさんはこれ見よがしに苦しそうな咳をしてみせた。
「う〜、ゴホッゴホンッ」
「ガ、ガンホー! 大丈夫か!」
いや、これ……仮病だよな。ストラゴスはすっかり信じ込んでるみたいだが。
「ストラゴスよ、わしの仇をとってくれい……、う〜、ゴホッゴホッ、ウォッホン!」
「ガンホー……し、しかし……」
この茶番の意図は何なんだ? 単にストラゴスを騙そうってわけじゃないだろうし。
すると、おろおろしているストラゴスに苛立ったのかリルムが眉を吊り上げて地団駄を踏む。口だけじゃなく行儀も悪いなあ。
「おいこら、ジジイ。何をためらってるんだよ!」
「リ、リルム……」
あー……そうか。ここに呼んだのはリルムだもんな。
さしずめ、昔は倒せなかったその“ヒドゥン”とやらをストラゴスに倒させてやりたいってところか。口は悪いけど祖父想いのいい子だな。
孫に詰め寄られてストラゴスも覚悟が決まったようだ。
「そうじゃの……。この歳になって、若い頃なくした夢を追うことになろうとは思いもせんかったが……、ガンホー、わしは行くゾイ!」
お前さんの仇はわしが討つ、と宣言して家から駆け出した。って、一人で行く気かよ!
俺たちもストラゴスの後を追う。しかしリルムが一緒に行くと告げると彼は渋い顔を見せた。
「わしは昔、ヒドゥンから逃げ出したんじゃ。臆病風に吹かれた過去と向かい合い、克服せねばならん。これは、わしの意地なのだゾイ」
「リルムだっておじいちゃんのマゴだもん。おじいちゃんがこまってるのを、だまって見てられないよ」
「しかし……」
「意地なら意地でいいじゃないか。仲間なんだ、俺たちも一緒にその意地を張り通すぜ」
昔だって仲間と共に戦ったんだろう。なら、今回もそうすればいい。
あのガンホーさんが“仲間”であるストラゴスのためを想ってやってるなら、俺たちもそうするまでだ。
「……すまんの。その厚意、ありがたく受けさせてもらうゾイ。ヒドゥンは『隠れる者』……そう簡単には見つからん。じゃが、必ず成し遂げるゾイ!」
さっきまで怖じ気づいていたストラゴスもすっかりやる気になり、リルムが密かに安堵の息を吐いていた。
エボシ岩の洞窟は五十年も前に海中に没し、半ば封印されたような形になっていたらしい。
お目当てのヒドゥンも死んでいるんじゃないかと思ったが、ストラゴスは確かにそいつの気配を感じると言う。
「アンデッドになっとるのかもしれんゾイ」
「厄介だなぁ……」
苦しみ抜いて溺死したモンスターの怨念が五十年も経って復活したってのか。
ガンホーさんがヒドゥンに襲われたってのは嘘っぽいが、結果的には退治しに来てよかったな。
俺とシャドウでモンスターを蹴散らしながら薄暗い洞窟を進む。
敵の姿どころか道もよく見えないんでリルムのスケッチが役立った。
ボムのような炎を纏ったモンスターを描くと明かりの代わりになるんだ。いろんな使い方があるもんだな。
ストラゴスが集中して気配を探り、ヒドゥンまであと一歩のところまで来ると、俺たちの眼前に巨大な宝箱が立ち塞がった。
「何だこりゃ?」
ストラゴスとリルムなら壁との隙間を無理やり抜けられそうだが、こんな得体の知れないものに近寄らせるわけにもいかない。
迂回するか迷っていたら、子供みたいな声が辺りに響く。
「お前たち、俺の好物を持ってないか?」
「な、なに? 箱がしゃべってんの!?」
「リルム、下がれ」
刀を構え、シャドウがリルムを背後に隠す。
「これは……モンスターか?」
「ミミックというやつかの。宝箱に何者かの思念が宿ったのかもしれんゾイ」
襲ってくる様子こそないが、人間が好物だなんて言わないだろうな、この宝箱。
「お前の好物ってのは何なんだ?」
「決まってるだろ〜。つるつるぴかぴかのサンゴのかけらだよ!」
「へ?」
そう言われてつい、警戒を解いてしまった。サンゴなんてここまでの道中で腐るほど見かけたぞ。
「そんなもん、そこら中に生えてるじゃないか」
「お前〜、俺を何だと思ってるんだよ!? 自分では取れないからお前たちに聞いてんだ!」
「……」
そりゃそうか。宝箱には手がないもんな。
かけらをたらふく食わせてくれれば退いてやる、と宝箱が言うので仕方なく手分けしてサンゴを削り取る。
そこら中にあるのはあるんだが、この巨大な宝箱をいっぱいにするのは難儀だった。
「ん〜、食った、食った。余は満足じゃ。うい〜っ、げっぷ! おっと。ここを通してほしいのだったな。んじゃっ!」
立派な宝石箱のように中身を煌めかせて、宝箱はどっかへ転移していった。何気にテレポなんか使えるのか。
どこへでも行けるが何もできないってちょっと辛そうだ。一体どうやって生きてるんだろう。
ともかく宝箱が塞いでいた先へと進む。
辺りに寒気がするほど邪悪な気配が満ち始めた。
シャドウは手裏剣に聖水を振りかけ、ストラゴスとリルムが補助魔法を唱えて戦闘に備える。
「来た、ヒドゥンじゃゾイ!」
現れたのは……なんとも不気味なモンスターだった。腐って崩れ、元の姿は分からなくなっている。
引き連れてきたお供の幼体が毒霧を吐き、噛みついてきた。
「回復は任せるぜ!」
毒を食らいつつも俺とシャドウで炎をぶつけて周りを片づけていく。
雑魚がいなくなると、ヒドゥンはエネルギーを溜め始めた。ストラゴスが警戒を呼びかける。
「あれは! まずい、避けるんじゃ!」
咄嗟にリルムを引っ掴んで避けた瞬間、目も眩むような閃光が弾ける。洞窟の岩壁をぶち壊しながら衝撃波が炸裂した。
「な、なんだ今の……魔法?」
軽い気持ちで戦ってたが、もしかして結構ヤバイ相手じゃないのか。
そのうえ今のエネルギー波の影響なのか、焼き払ったはずの雑魚どもまで復活してやがる。
ストラゴスに倒させてやりたかったが、危険ならフェニックスの尾で片づけちまうかと鞄を探ったところでリルムがそれを制する。
「まって、おじいちゃんが……」
ストラゴスは青魔法を唱えていた。
「見切ったゾイ! 伝説の青魔法グランドトライン!」
先程ヒドゥンが放った衝撃波が更に威力を高めて放たれた。
真っ白な光が洞窟を染め上げ、ヒドゥンとそのお供も含めてまるごと光の中に飲み込んでいく。
生粋の魔導士ってやつは凄まじいな、見ただけでモンスターの魔法を真似ちまうのか。
「つ、ついに……ヒドゥンを倒したゾイ!」
「じじい、やったじゃん!」
「うむ! 仇をとったこと、ガンホーに教えてやらんとな!」
あ、そういや襲われたガンホーさんの仇をとるって建前だったっけな。でもあれは……本当のこと言わなくていいんだろうか。
サマサに戻って、夜。
結局ストラゴスはガンホーさんの仮病にも気づかず、脚色を加えたヒドゥン退治の様子を語り、やがては話し疲れて眠ってしまった。
付き合わされてうんざり顔だったガンホーさんも、今はリルムと一緒に苦笑しつつストラゴスの寝顔を見守っている。
ストラゴスを奮起させ、昔の元気と勇気を取り戻させるのがリルムの狙いだったようだ。
本当にヒドゥンを倒す必要はなかったんだろうが、もし遭遇しても彼なら倒せるという信頼があったんだろうな。
「まったく、できた孫娘を持ったもんだ。やつにはもったいないわい」
「でもあんた、ダイコン役者だね。あんなお芝居じゃストラゴスしかだませないよ」
「なんじゃと〜! まったく、この口の悪さは誰に似たんじゃ」
……本当にな。
そういやストラゴスはリルムの実の祖父じゃないって聞いたけど、両親はいないんだろうか。
どういう事情があるのかは知らないが、ストラゴスが引き取ってくれてよかったよな。
もし見捨てられていたら……リルムもガウみたいになってたのかもしれない。
ガウの奔放さにリルムの口の悪さが加わるのを想像すると恐ろしいぜ。
「ユリならリルムの両親のこと、知ってんのかな」
「……」
「シャドウ?」
俺のふとした呟きにシャドウが反応したような気がする。返事はないが、青い瞳が探るように俺を見つめていた。
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