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🔖愛しきライアー



 ファルコン号はコーリンゲンから南の大陸に降り立ち、最初に見つけたのはマランダの町だった。
 どうやら三闘神のせいでジドールまで陸続きではなくなったらしい。
 このマランダから西へ行けばオペラ座とジドールがあり、ゾゾ山脈の北で陸地が途切れコーリンゲンとは別たれている。
 つまり……ジドールとの交易において港の発達したサウスフィガロが優位に立てそうだ、などと考えてしまう。
 尤もそれはケフカを倒して世界に平和を取り戻したあとの話だが。


 マランダの町もやはり他と同じく活気に満ちているとはいかない。
 しかし荒廃してゆく大地にあって人々の顔には僅かながら希望が見えるように思えた。
 その原因は高台に建つ一軒の屋敷にあるらしい。

 前に立ち寄ったのは、まだ封魔壁が開かれる前だったか。
 もう随分と昔のことに思えるが、その時に、恋人が帝国に徴集され前線へ送られたという女性がいた。
 名前はローラ……彼女の家の花壇にはたくさんの花が咲いていた。
 近づいてよく見ればそれは造花だ。しかし大地が腐り果てて草木も枯れた世界に、その花は確かな希望をもたらしていた。
 花を造り、咲かせようとする、そんな心を持った人がまだ存在しているという事実が力を与えてくれる。

 家を訪ねると彼女は我々のことを覚えていたようで、にこやかに挨拶された。
「ローラさん……」
「見て、手作りの造花……モブリズにいる彼が送ってくれるの。この花が、美しかったマランダを取り戻せると、まだ希望はあると教えてくれるのよ」

 ジドールが近いこともあるのだろう、やはり他の町と繋がっているのは重要なことだ。今この世界において孤独は大敵だからな。
 遠く離れたモブリズの村が今も無事で、彼女の恋人が元気に暮らしているのだと、その事実はマランダの町全体の空気を明るくしている。
 ……しかし、彼女の話を聞いたマッシュとセリスは表情を暗くした。
 マッシュたちは元帝国領からニケアに北上してきたのだったな。モブリズにも立ち寄ったのだろうか?

 ユリはローラから手紙を受け取り、その文面に目を通している。
 他人の手紙を読むなど……とは思いつつ好奇心に勝てず、俺たちも手紙を覗き込む。
ーー愛するローラへ。村の再建も一区切りついた。そろそろ国に帰ろうと思っていたところでござる……。
 顔を見合わせ、皆して同じことを考えつつも口には出せなかった。
「……この文章って」
 ござるなんて言うのはカイエンくらいだ。そういえば彼も以前、マッシュと一緒にモブリズでローラの恋人と会ったのだったか。

 困惑する我々に不思議そうな顔をしつつ、ローラは封蝋をした手紙をおずおずと差し出してきた。
「あの、よろしければ彼への手紙、伝書鳥のところへ届けてくださいませんか?」
「もちろん。レディのお願いとあれば」
「ありがとうございます」
 手紙を受け取りローラの家を出る。

 充分に離れたところでマッシュとセリスが足を止め、俺とセッツァーもつられて立ち止まった。
「モブリズは、裁きの光を受けて……」
「あの兵士さんは亡くなってたんだ。たぶん、手紙は別の場所から届いてる」
 ……それで暗い顔をしていたのか。

 ローラの家を彩る造花は一つ一つ丁寧に作られている。
 伊達や酔狂ではこれほどのものを送り続けることなどできまい。
 おそらく送り主がローラの心を慰め、救うために丹精籠めて作ったのだろう。
 その送り主がカイエンだとして、どこから手紙を送っているのか?

 ユリがローラの手紙を鳥の足にくくりつけると、伝書鳥は北西の方へと飛び立っていった。
「あっちは、ゾゾだね」
 嘘つきだけが住む町……どうもカイエンには似合わないが、そこに彼がいるのだろうか。
 ユリはオペラ座に行く予定だったらしいが、どうせ近いからと先にそちらへ行くことになった。



 ゾゾの町は世界の崩壊もガレキの塔も素知らぬ顔で、以前とまったく変わらぬ姿でそこにあった。
 雨が降り頻る陰惨な景色、足を重たくする濡れた地面。何もかも同じだ。
 この景色を見てホッとする日が来るとは思わなかったとセリスが苦笑する。変わらないというのは、貴重なことだ。
 ちなみに、ファルコンの微調整を建前としてセッツァーは船に残っている。雨に濡れるのが嫌なのだろう。
 カイエンを迎えに行くだけなので来なくても構わないんだが、相変わらず協調性のない男だ。
 悪友とやらの墓ではさすがに神妙な顔をしていて心打たれたが、いつも通りの船長に戻って何よりではある。

「おいユリ、風邪引くなよ? ちゃんとフード被れ」
「分かってるよ。お母さんかよ。心配するなら私よりセリスでしょ」
「セリスはお前と違ってちゃんとしてるからいいんだって」
「ぐぬぬ!」
 呆れるほど微笑ましいやり取りにセリスがまた笑っている。出会った当初と比べるとよく笑うようになった。

 セリスは南にある孤島で目を覚ましたらしいが、そこにユリがやって来たのだとか。
 彼女が目覚めてすぐに仲間と出会えたことを嬉しく思う。
 一人で絶望せずに済んだからこそ、今こうして笑っていてくれるのだろう。

 ファルコンの甲板で見たあの伝書鳥は町の北にある山へと向かったようだ。雨に冷え切る体を時々は建物内で休ませつつ山を目指す。
 カイエンの姿はもちろん、ゾゾに住んでいた盗賊たちの姿も見当たらないことにユリが憂えた顔を見せていた。
 彼女はティナと共にここへ来た時、幻獣ラムウを始め町の住民と関わりを持っていたのだ。無人のゾゾに不安を感じているだろう。

「こういう世の中では彼らのような強かでしぶとい者の方が生きやすい。どこかに移住したか、出かけているんだろう」
「うん……そうだね。ジドールとの力関係も変わってきたし、向こうにタカりに行ってるのかも」
 きっと無事さと俺が言えばユリは「ありがとう」と笑ってくれた。
 他人を励ますばかりではなく彼女も弱音を吐いてくれればいいのだが。最近は、マッシュにもあまり愚痴を言っていない気がする。

 ゾゾ山の麓は地滑りで断崖と化しており、登ることができない。
 どうやらビルのバルコニーから崖上の登山道に飛び移れそうだが、その部屋に入るためのドアが錆びついて動かなくなっていた。
 蹴破れない頑丈なドアを開けるため、マッシュとセリスが町に錆取りでもないかと探しに行ってくれた。
 ……いや、俺とユリも分担して探す予定だったのだが、彼女がドアの前から動かないので俺も倣ってこの場で待っている。
 こういう地道な作業は真面目な二人に任せておけばいいだろう。

 それよりも、セリスのいない今がユリに話を聞くチャンスだった。
「ユリ、ちょっといいかな」
「はい?」
 以前の彼女は自分の秘密を探られることを恐れて俺と二人きりになりたがらなかったが、ニケアで再会してから彼女に壁を感じることはなくなっていた。

「君はガストラの秘宝の在処を知っているかい?」
「秘宝って? そういう機密事項はあんまり知らないんだけど」
「失われた魂を肉体に呼び戻すという……、フェニックスの洞窟なる場所に隠されているらしいんだが」
 途端にユリの顔つきが変わる。
 俺もロックの目当てがそれだとは知っているが、詳しいことは分からない。もちろん、セリスに聞くわけにもいかないしな。

 思案げに俯いていたユリが顔を上げる。
「もしかして、どっかでロックに会った?」
「ああ。ニケアで“ジェフ”になる前にね。蛇の道で別れたんだが、あいつはフェニックスの洞窟へ向かうと言っていた」
 宝を手に入れて心に決着がつけば合流する、とは言っていたが、強欲なガストラが隠した財宝をそう容易く奪えるとも思えない。
 今はファルコンもあることだし、できれば手伝ってやりたいと思っている。

 しかしユリは難しい顔で考え込むと「まだ無理だ」と首を振った。
「隠し場所は知ってる。でも、このメンバーじゃロックのところへ行くのは難しいと思う。もう少し仲間を集めてからにしよう」
「そうか……」
 彼が生きていてそこにいることも、その行動にどんな理由があるのかも知り尽くしているような言い様だな。
 しかし、もうそのことに触れるつもりはない。問い質したいわけではなく、彼女自身の意思で話してほしいだけなんだ。
 ユリがまだ行く時期ではないと言うのならそれを信じよう。


 ゾゾ山に入ると雨雲も途切れ、足元は幾分か歩きやすくなった。モンスターを避けつつ登っていくと、洞窟に人の住んでいる形跡を発見する。
「カイエンかな?」
「書きかけの手紙がある」
 ユリはそれを無遠慮に開き、俺たちに読み聞かせた。

「これまで嘘を書き続けてきた。しかし真実から目を逸らすのは終らせねばならぬと思い、筆をとっている……」
――あの若者はもう、この世にいない。拙者が代わりに手紙を書いていたのだ。すまない……。
 過ぎ去ったことに縛られ、未来を無駄にするのは容易い。だが、それは何も生み出さぬ。前に進むことができぬ。
 もう一度、前を見ることを思い出してほしい。愛するということを、思い出してほしい――

 亡き恋人からの手紙に縋っていたローラと同じく、カイエンもまた彼女に誰かを重ねていたのだろうか。

 山頂につくとカイエンがいた。その向こうには“あの日”から世界を覆っている雲もなく、見渡す限りに青空が広がっている。
 ただ隠されていただけで、光は今もここにあったのか。
「カイエン!」
「マッシュ殿! 皆、無事であったか……」
 こちらを振り返った彼の表情は、苦いものを湛えつつも深い決意があらわれていた。
「拙者も行こう。世界に光を取り戻さねば」
 ああ、そうだ。立ち込めた暗雲を晴らし、また皆でこの美しい空を見上げるためにも。

 洞窟内と山頂のそこかしこに咲く造花を一輪、手に取ってマッシュが尋ねる。
「気になってたんだけど、この花もカイエンが作ってたのか?」
「こ、これは……いや、その……ちょっとした、趣味の一つでござる」
「うまいもんじゃないか。意外と器用だな」
「むむっ! マッシュ殿! ……本当でござるか?」
 からかわれて怒ったものの、若干の嬉しさもあるようだ。

 どちらかといえば不器用に思えるカイエンにこんな特技があったとは確かに意外だな。……ただの特技であったならば、の話だが。
 ドマの侍は非番の日に内職でもせねば食い扶持を稼げない、と聞いたことがある。
 妻帯者であったカイエンもそうして妻子を養っていたのだろうか。
 趣味ではなく仕事で慣れていたのだとしたら。いろいろな意味で、なにやら物悲しくなってくる。


 彼は先ほど俺たちが盗み見てしまった手紙を伝書鳥の足に結びつけた。
「いつぞやの手紙の娘が気になってマランダへ行ったのだ。娘は、返事など来ないことを知っていながら、それでも毎日手紙を書いていた。拙者は、見るに見かねて……」
 そうか。ローラも知っていたのだな。考えてみれば当たり前だ。
 マランダを飛び立った鳥は、モブリズではなくゾゾに向かっていた。

 彼女は鳥の行く先を見るのが怖くて俺たちに手紙を預けたのだろうか。
 あるいは、他人にその事実を見せることで自らの嘘に向き合おうとしていたのか。
「手紙を書きながら、あの娘と同じように拙者も自分を騙しているのに気づいた。本当は、前を向いていないことに……」
 もう、目を逸らすまい。
 カイエンの決意を抱えて、伝書鳥が最後の手紙を運んでゆく。ローラの待つマランダの町へと。


 洞窟を引き払って支度を整えながらカイエンが話してくれたところによると、彼は一ヶ月ほど前にマランダでガウと会ったそうだ。
「ガウ殿は『ケフカを倒すために強くなる』と言って……、おそらく獣ヶ原に向かったのでござろう」
 あれもまた野生児らしく強い心を持っているな。しかしここでユリが首を傾げた。
「獣ヶ原までかなり遠いけど、どうやって行ったんだろう」
「拙者が見た時は海の上を走っていったでござるよ」
「に、忍者か!?」

 想像を越えた野生児っぷりだが、そもそもガウはマッシュとカイエンが舌を巻くほどの身体能力を有していたからな。
 それが人間らしい心の在り方を学んで修行しているとなれば、ケフカと戦うにあたってかなり心強い味方となるだろう。早く迎えに行ってやらなくては。

 カイエンの荷造りを手伝っていたセリスが、なにやら不審な箱を見つけた。中には本が詰まっている。
 ここに来る時にゾゾで濡れないよう、箱に入れておいたのだろう。
「これは……」
「そ、その本は置いていくでござるよ!」

 慌てるカイエンに何かを察したらしいマッシュが近寄ってきて、本を次々と取り出した。
「えーと『誰にでも分かる機械』『マンガで学ぶ機械』に『これで機械音痴が治る!』と『機械のすべてが分かる本』……カイエン、気にしてたのか」
「う、うう……」

 箱の中にはまだ数冊残されている。
 ユリが更にもう一冊を手にしているのを俺も後ろから覗いてみた。これはまた、肌色の多い“参考書”だな。
 感心の声をあげる俺たちを不審に思ったのか、マッシュもそれを覗き込んでくる。そして中を見るなり慌てて箱の中に戻した。

 ユリは平然としているが、なかなかの良書だと思う。
「ねえマッシュ、ちょっとエッチな本が想像ほどエッチじゃなかった場合、どうしたらいい?」
「知るかよ!」
 ……彼女は一体どんな本を想像していたんだ?


 カイエンと共に山を降りてゾゾを抜ける。やはり真相を知ったローラの様子が心配なので、ファルコンに戻る前にマランダを訪ねてみることにした。
 彼女は手紙を胸に抱いて空を眺めていた。厚い雲に阻まれ、未だ光の見えぬ暗い空を。

「……このお花や手紙が彼からのものではないこと、本当は分かっていたんです。彼は春に帰ると言っていた……鳥は私の手紙を持って帰ってきたんだもの」
 それでも彼女は手紙を送り続けたのだ。いつか……いつか、待ち望んだ返事が来ることを信じて。その日が永遠に来ないことを認められずに。
 だが今、真実を知った彼女の瞳に絶望の色はない。
「自分に嘘を吐いていました。でも、この人が手紙を送ってくれるようになり、それを読むうちに傷が癒えてきて……。きっと、この人も私と同じ傷を抱えた人。できれば、お会いしたい……」

 カイエンがいなければ、彼女は今もモブリズに手紙を送り続けていたのではないか。
 静かに、ゆっくりと、だがまっすぐに真実を受け入れられたのは、同じ痛みを抱えた者が彼女の嘘を受け止めてくれたからだ。
 縛られることを望むほどに大切だった過去を悼み、束の間、光から目を背ける時間があったからこそ眼前にある真実にも耐える強さを得られた。

 マッシュが手紙の主の名を教えようとするのを制し、カイエンはそっと彼女に告げた。
「前を向いて生きなされ。光は前からやってくる……」
「前を向いて……、光のくる方へ……。……私、頑張ります」
 いとおしく優しい嘘のお陰で、二人とも前を向く力を取り戻せたんだ。


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