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🔖引きちぎられた黒翼



 せっかく動かせるようになったのでフィガロ城を使ってコーリンゲン地方へ渡ることになった。
 地形が変わってるのになぜ移動できるのか気になったけれど、さすがにその秘密は教えてもらえない。
 ただ、ちゃんと座標は把握しているようで「この辺だと思って出たら海だった! ごめんちゃーい」なんて事故は起こらないそうだ。よかった。

 どうでもいいっちゃいいのだけれど、今のパーティメンバーはセリスとマッシュとエドガーの三人。
 モブリズでティナがすぐに加入しないのは、セッツァーをパーティに入れるためだったのだと気づいた。
 現時点で四人いると、ファルコン入手前に一人あぶれてしまうものね。
 芽生えかけた感情に戸惑ってティナが村に残る流れが自然だったから、そんなシステム的な事情に気づけなかったよ。


 さて、では早速宿屋に……と思ったら畑の近くにひっぺがしおじさんがいたので先にそちらへ行ってみる。
「ダンさん」
 小走りに駆け寄ると、畑を見下ろしていた彼は顔を上げてこちらに手を振った。
 ジミーさんはちょっと痩せてたけれどダンさんは元気そうな顔をしている。
 というか、崩壊でへこたれている感じがない。最年長だというのに精神的には一番打たれ強いな。

「ユリ。生きていたか」
「お陰さまで。ジミーさんがニケアにいましたよ。今は移動してると思いますけど、無事です」
「そうか。ルーカスはジドールに行ったよ。なんとか全員、生き延びたようだな」
 おお、ルーカスさんも大丈夫だったか。
 これで全員……まだ他にも安否の気になる人はいるけれど、少なくともブラックジャックの乗組員は守りきることができたんだ。

「船長は?」
「うーん……無事は無事だよ」
 ダンさんはちらりと宿に目を向けつつ言葉を濁した。酒場で飲んだくれてるよとは言いにくいか。
「種は植えたが芽は出ない。世界はツキに見放されちまったのかねえ」
「もっぺん振り向かせてみせます。陽が射し雨が降るようになれば、また芽も出ますよ」
「人に運命が変えられると思うのか?」
 だって、まだ勝負は終わっていない。だから絶望も後悔もしない。

「人生は一番勝負なり、指し直すこと能わず……って言葉もあります。どんな運命であれ、私はこのゲームにすべてを賭けた。死ぬまで勝ちを諦める気はありません」
「お前さんもギャンブラーだな」
 ダンさんは渋く笑って宿を顎で示した。
「船長を頼むよ。おっさんに慰められるよりお嬢さん方の話を聞きたいだろう」
 え……“方”ってことは私もお嬢さんの範疇に!? なんか嬉しい。ケフカに言われた時はおぞましさしか感じなかったのに。


 今度こそ、我らが船長が草臥れているはずの酒場へ突入する。
 私が最初に会った時のごとくテーブルを占拠してワイングラスを傾けているセッツァーを見つけ、セリスは嬉しそうに駆け寄って行った。
「セッツァー!」
「よお。お前らも生きてたか」
「ゴキブリ並のしぶとさが取り柄でぇす」
「ユリ……レディなんだから他に喩えはないのかい?」
 じゃあ地衣類並のしぶとさでも名乗ろうか。宇宙空間でも一年くらいは生きられるぞ。

 このゲームでは幸か不幸か宇宙に行かないんだよね。
 もし私が迷い込んだのが他ナンバリングだったら危なかったかもしれない。
 そんなどうでもいいことを考えている私をよそに、セリスは笑顔を浮かべてセッツァーの手を取った。
「また一緒に行きましょう。ケフカを倒しに!」
 なんだろう、ティナが大人になっていくのと比例するように、セリスは置き去りにして来た少女の頃を取り戻しているかに思える。
 近頃の彼女はとっても無邪気だ。

 私やエドガーだったら即堕ちの最強スマイルにも惑わされることなく、セッツァーは握られた手を振り払い、倦怠感を振り撒いている。
 やはりブラックジャックを失った傷は相当に深い。分かっていたことではあるが、胸が痛む。

「もう何をする気力もねえよ。そもそも俺はギャンブルの世界……人の心にあるゆとりに乗って生きてきた。そんな俺に、この世界は辛すぎる」
「でも……、世界が引き裂かれる前に、あなたは必死に戦ってくれたじゃない」
「それは翼があったからできたのさ。俺はもう夢をなくしちまった。あんただって、船がなきゃ俺に用はねえだろ?」
 そうかな? そんなことはない。ブラックジャックは、あくまでもセッツァーの附属品だ。船がなくてもセッツァーは大事な仲間だ。

 彼は命をそっくりそのまま、帝国との勝負に賭けた。負ければすべてを失ってしまう。
 でも私たちは未だすべてを失ってはいない。
「まだ戦える。まだ負けと決まったわけじゃない。……自ら負けにしちゃうつもりですか、船長。手札は残ってるのに」
「こんな世界のどこに夢を見出だせってんだ」
「こんな世界だからこそ、もう一度……私たちは夢を追わなければいけないのよ。世界を取り戻すという夢を」

 もう一度。何度でも。勝てるまで挑み続ければいい。負けを認めない限り、何も終わりはしないのだ。
 曇りのないセリスの瞳に見据えられ、セッツァーは表情をゆるめた。
「ふ……、だったら付き合ってくれるか? 俺の夢に」



 コーリンゲン南の森に墓の入り口が隠されていた。ナルシェの洞窟にも隠し扉があったが、ここも同じ仕組みか。
 単なる崖に見えたところをセッツァーが探るとカモフラージュされていた扉が開く。その存在を知っていなければ見落としてしまうだろう。
「大したヤツだぜ。世界がひっくり返っちまったってのにビクともしちゃいねえ」
「ここは……?」
「俺の、悪友が眠る場所さ」

 ん? ん? 待てよ。何だこれはどういうことだ。
 一人で混乱する私にマッシュが「問題発生か?」という顔を向けてきたので慌てて首を振る。
 問題はない。むしろなさすぎるのが問題というか。
 ……ダリルの墓、ダンジョンじゃない。モンスターがいないのだ。
 見る限りこれはセッツァーが作ったダリルの墓ではなくて……造船所跡地、に見える。

 予想外の展開に反応できないまま黙々とセッツァーのあとをついていく。
 やがて大きな扉に辿り着いた。
 静謐さを保たれた部屋の中には棺があり、セッツァーがその表面に彫られた文字をなぞると隠し扉が開いて階段が現れた。
 彼女の遺体がファルコンを守っている、ということか。

ーーダリル、ここに眠る。

 その文言が私に更なる混乱をもたらす。
 死者の魂が霊界へ行くならここで眠る彼女は何者なんだろう。この器はもうダリルではないのか。
 それともここで眠っている彼女こそがダリルならば、霊界にあるはずの魂とは何なのか。
 ……元の世界に私の肉体が存在しているとしたら、今ここにある私は何者なのか。

「ダリルさんは、どうして……?」
「あいつは……命よりも夢をとったんだ。雲を抜け、世界の誰よりも、一番近くで星空を見るために。……そして、燃え尽きた」
 尋ねるせリスの声も答えるセッツァーの声も、自分の足音さえ遠く聞こえた。

 ファルコンが眠る場所へ、長い階段を降りながらセッツァーはダリルとの思い出を振り返っている。
「俺はファルコンを整備し、大地の下に眠らせた。だが、もう目覚める時なのかもな。あいつの夢を叶えるためにも」
 世界最速の鳥の名を冠した飛空艇に乗り込み、操舵輪を握る。セッツァーの目が輝いた。

 ブラックジャックを失ったからといってファルコンを代わりにすることはできない。
 一度も勝てなかった相手の船で空を駈ることには計り知れない葛藤があるのだろうと思う。
 それでも、再び空へと飛び立つセッツァーの瞳には歓喜が溢れていた。
 それはきっと、大地で眠りについているよりも素晴らしいことだ。
「また夢を見せてもらうぜ……、ファルコンよ」

 船の限界に挑み、夢に命を賭して、誰よりも近くで星空を見たダリルは果たして賭けに負けたのだろうか。
 少なくとも彼女は夢を叶えたんだ。
 何が敗北かなんて、どこで世界が終わるのかなんて、その人にしか知り得ない。
 死ですら終わりではないのかもしれない。ダリルの夢は、繋がっていく。

「俺たちにもまだ夢はある。いや……夢を作り出せる」
「そうだな。この世界で、まだ生きてるんだ。何だってできるぜ」
 ドックが開かれファルコンは空へと飛び立った。

 未だ厚い雲が覆い尽くす暗い空を、白い鳥が飛んでいくのが見えた。
「セッツァー、追って!」
「どうした?」
「分からない……けど、あの鳥の行く先に仲間が待っていそうで……」
 あれはロックが助けた鳥だろうか。カイエンの手紙を運ぶ鳥なのだろうか。
 それとも、肉体の束縛を離れて自由になった、亡き人の魂か。私にはあれが墓を出て解き放たれたダリルに見えた。

「……友よ、安らかに」
 私もじきにそこへ行くだろう。
 こっちに残るなら……元の世界に帰らないのなら、喪い、守りきれなかった人たちと同じところへ行けるのだ。
 いつかは私も、この世界で死を迎える。


 白い鳥を追うようにファルコンは南を目指して飛んでいる。
 シャドウはリルムたちを見つけただろうか。
 あとでダンさんを迎えに行かなきゃいけないし、ルーカスさんの顔も見たい。ニケアとモブリズにも行かないと。
 先の予定を組み立てながら、隣に立って落ち着かなそうにしているマッシュを振り向いた。

「なんか言いたいことある?」
 ダリルの墓……というかコーリンゲンに着いた辺りから物言いたげな視線をしょっちゅう向けてくる。
 あまり迷いを抱かないマッシュは私が水を向けるとあっさりそれを尋ねてきた。

「ユリ……、お前もしかして、元の世界に帰ることを諦めたのか?」
 おー、鋭いねー。頭で考えないくせに人の思考に敏感なんだものな。
 下手に肯定してしまうと、私が武器を持つようになったせいだとか、世界が崩壊したことへの罪悪感だとか思われかねないので困ってしまう。
 もちろんそれだって一つの理由ではあるのだけれど。

「……マッシュってさ、ある意味エドガーに城を追い出されたようなものじゃん? あの時『コインなんかで人生決められるか!』って反抗しようとは思わなかったの?」
 質問と関係ない話を始める私を責めもせず、マッシュは素直にその問いに答えてくれる。
「ないなぁ。俺はとにかく兄貴と継承権を巡って争うのだけは御免だったから、一緒に行けないなら一人で行くしかないのは分かってた。兄貴と二度と会えないのは悲しくて堪らなかったけどさ」
 それは少し、意外な言葉だ。

「……二度と会えないって、思ってたんだ」
「そりゃあそうだろう。あの頃のフィガロは今じゃ考えられないくらい不安定だったんだ」
 二人とも国を捨てるか、どっちかがいなくなるか。これが絶対の条件だった。
 だからマッシュは行く末をコインに賭けるのもいいかと思ったらしい。

「でもエドガーはコインの仕組みを知ってたけど、マッシュは知らなかったのに。考えてみりゃギャンブラーな思考だよね」
「そうかな。まあ、自分で決められないことなら運命ってやつに任せてみようと思ったんだ。だって、それに従うかどうかは自分の意思だろ?」
「ああ……」

 たとえ決められた運命の中でも自分の意思で生きることはできる。
 私はそこへ辿り着くまで随分と長い時間をかけてしまったけれど、マッシュは子供の頃からそれを知っていたのだ。

 財布から一枚の硬貨を取り出した。運命のコインなんかじゃなく、何の変哲もない普通の1ギル硬貨。
「表が出たら私は帰らない、ってのはどう?」
「え? ……ちょ、ちょっと待っ……!」
 あわてふためくマッシュを無視してそれを宙に放り投げ、キャッチ。手のひらを返してみると。
「あらま、裏だわ」
 幸運と捉えるか不運と捉えるか、それは私次第だ。絶句しているマッシュは表が出ることを望んでくれたのだろうか?
「まあ裏が出たら帰るとは言ってないんだけどね」
「お……おい、からかってんのかよ?」

 最初はもちろん帰ることを望んでいた。
 あちらの人間に戻るために、こちらの世界の流儀を無意識に拒んでいた。
 けれど向こうに帰る価値などないのかもしれないと思った時、こっちでならまだ“生きていたい”と思えたんだ。
 だから、どんな目が出ようと私は自分の意思に従って行動する。

「私が帰ったらちょっとは淋しい? なんて……」
「当たり前だろ」
 ひねくれた物言いしかできない私にマッシュはあくまでも素直で、からかったはずのこっちの方が面食らってしまった。
 そうか、当たり前に淋しいのか。なんか照れますね。

「こんなこと言われても困るだろうと思って黙ってたけど……、俺はユリに帰ってほしくないと思ってるよ。いなくなったら淋しい」
「お、そうか。ありがとよ!」
「照れるなら普通に照れろよな。俺まで恥ずかしくなるだろ」
「うぅ……」
 淋しい。それは私も同じこと。そして帰る気がなくなった理由の一つでもある。

 こっちの世界に来てそこそこの月日が経過した。
 向こうの家族や友人知人のことは心配だし、会えないことが悲しくもあるけれど、もう別れを受け入れてしまったというのが正直なところだ。
 でも今さら向こうに帰ったら、今度は“こっち”で出会った人々との別れをまた体験しなければならない。
 今はもういない者たちも含めて……二度と会えなくなるのは、淋しい。
 よく分からないまま異世界に転移したなら困惑が勝って淋しさを感じる暇もない。けれど永遠の別れとなるのを自覚しながらにして“あっち”への帰還を選ぶのは、難しいのだ。

「ところでさぁ」
「ん?」
「帰らないんだったら、私たちがデキてるって誤解をとかなきゃまずいですね」
「……もう、否定すればするほど逆効果みたいだけどな」
 それは言えてる。まあ、私なりマッシュなりに本当の恋人ができれば終息するだろうか。
 なんせ時間はたっぷりとあるのだから。もう何も、焦ることなどないのだ。


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