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🔖そして最後の一筆を



 ストラゴスが絶望に押し潰される前に見つけ出すか、二度手間にならぬよう先にリルムを探し出すか、迷った末にひとまずジドールへやって来た。
 蛇の道に行ってみたところで未だ狂信集団の塔が建っていない可能性もある。
 ストラゴスの現在位置はまったくの不明だが、リルムはおそらく早い時期にジドール近辺までやって来るはずだ。そちらから探す方が効率的だろう。

 まずはチョコボか船か、継続的に利用できる移動手段が欲しいところだ。
 ユリは直接アウザーに面会していたが、俺は仲介を頼まなければならない。
 おそらく俺の名を知っているのであろう受付の青年は「アウザーさんには取り次げません」と素っ気なく答えた。

「皆ギャンブルどころじゃなくなってどこも景気が悪いんですよ。アウザーさんも、今は人を雇ってる余裕ないですから」
「仕事を探しに来たんじゃない。ユリの紹介で力を借りにきた」
 あいつのコネはどこまで通用するのかと半信半疑で名前を出すと、青年の表情はがらりと一変した。
「ユリは生きてるのかい?」
「……ああ。今頃はツェンかモブリズ辺りにいるはずだ」

 さすがにもうセリスがいる島は見つけただろう。今頃はツェンでマッシュと合流しているか、その先に進んでいるはずだ。
 そのうちまたジドールに来る予定だと言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。
 この親しげな空気を見るに、アウザー経由ではなく彼自身がユリと知り合いのようだな。

「あんたはブラックジャックの乗組員か」
「そう。彼女が無事でよかったよ。あんな弱っちいのに魔物の巣窟に突っ込んでったきり会ってないし、心配していたんだ」
 それはそうだろうな。先の展開を知っているくせに魔大陸へ乗り込むなど今にして思えば正気の沙汰じゃない。
 あいつはオペラ座にでも籠って身を守っているべきだった。そうすることもできたのに、そうはしなかった。

 ユリの名は少なくとも彼には絶大な効果を発揮した。先程までとは打って変わって親身な態度だ。
「アウザーさんに会いたいなら腕のいい画家を連れて来なよ。名画には目のない人だからね」
 その腕のいい画家を探すためにアウザーの力を借りたいんだが、と思っていると、青年は驚くべき情報をくれた。
 町で絵を売っているリルムを見かけたのだと。俺が来た時には見かけなかったが、もう到着していたのか。

「子供だからって買い叩かれてるのを見て気になってたんだ。あの子と一緒なら会えると思うよ。用心棒でもやってあげるといいんじゃないかな?」
「……分かった。ありがとう」
 問題はチャダルヌークを俺とあいつだけで倒せるのか、だ。悪霊に一撃の刃は効くまい。
 そういう意味でもストラゴスを先に見つける方が楽だったのだが……。仕方がないな。


 ルーカスと名乗った青年に教えられた宿に来ると、そこには確かに見覚えのある娘がいた。
 絵を売ってきた帰りなのか、鞄を振り回し上機嫌に鼻唄を歌いながら宿に入ろうとしている。
 なんと声をかけるべきか迷っている間にインターセプターが彼女のもとへ駆けていった。
「インターセプターちゃん!? 生きてたんだね!」
 よかったと笑いながら抱きつき、黒い毛並みに顔を埋める。一頻り再会を喜び合ったあとリルムは傍らに立つ俺に気づいて顔を上げた。
「あれ? ユリたちと一緒にいた覆面男じゃん」
 ……何なんだ、この扱いの差は。

「ガキが一人で何をやってる」
「しっけいね! 絵を描いて売って、ジリツした生活をしてるのよ。始めはゾゾにいたんだけど、貧乏人ばっかりなんだもん。やっぱりタカるならお金持ちに限るよねー」
「……」
 世界が引き裂かれるのを目撃し、仲間や祖父ともはぐれてしまったあとに、まだ自力で生きる気概を持ち続けられるとは。
 ……どう考えても父親似ではないな。

「アウザーを知っているか? 画家を探しているそうだ。売り歩くよりもいい報酬がつくぞ」
 一緒に来いと言うと彼女は素直に宿を引き払い、アウザーの屋敷へとついて来た。
 駄々を捏ねないのはありがたいが、俺のような者に易々とついて来られるのは複雑な気分だ。


 町でのリルムの評判は聞いていたようで、ルーカスの仲介のもとすぐにアウザーと会うことができた。
 屋敷の地下室にありったけの画材を並べたて、壁面には巨大なキャンパスが掛かっている。
 これに絵を描いてほしいのだと言い、アウザーは棚から輝く石を取り出してリルムに与えた。

「これ、魔石じゃん」
「マセキ? ユリに頼まれて買っておいたものじゃが、不思議な力を秘めておるらしいのう」
「幻獣の命の結晶だ。こんなものの絵を描くのか?」
「いや、描くのは石ではないんじゃ。古の美神……ラクシュミの絵がどうしても欲しくてな」
 まだ見ぬ幻獣の名を告げられ、リルムは「どんな姿か分かんないと描けないんだけど」とぼやいた。

 ユリに大体のことは聞いている。この魔石はラクシュミのものだ。
「召喚してみればいいだろう」
「だいじょーぶかな……攻撃されちゃったりしない?」
「ラクシュミの能力は回復系だとユリが言っていた」
 おそらく俺の持つセラフィムのようなものだろう。召喚したところで攻撃魔法が発動することも屋敷を破壊することもないはずだ。
 そう聞くと、リルムは魔石を掲げて魔力を籠めた。

 まばゆい光が人の形を作り上げてゆく。現れたのは雲を纏った全裸の女神。彼女は妖艶な微笑を浮かべて抱きついてきた。……俺に。
 呆気にとられていたせいで回復効果があったのかどうかも分からない。
 幻獣が消え去り、感涙に咽ぶアウザーを睨みつけた。

「……おい。ガキに描かせる絵じゃないだろう」
「何を言う! ラクシュミは美と豊穣を司る、まさに今の時世にこそ求められる尊き女神じゃぞ! 芸術を邪な目で見るとは汚れたやつめ!」
 俺が邪な目で見るとか見ないとかではなくてだな……。
 しかし、リルムは平然と「実物は分かったから描けそう!」と絵筆を取りキャンパスに向かい始めた。
 ……俺の感覚がおかしいのか? まったく、芸術ってやつは理解できんな。



 絵の製作が始まったが、チャダルヌークが取り憑くまでは暇だ。
 といって俺がストラゴスを探しに行っている間に戦闘が始まっても困るので、その時を待つ間アウザーの屋敷で雇われることにした。

 ルーカスは、リルムの前に雇われていた画家と共にコーリンゲンからやって来たらしい。
 そこにはセッツァー・ギャッビアーニともう一人の乗組員もいるそうだ。
 カジノがなくなったのだから自分のことは自分でなんとかしろと言われ、アウザーの持つ店に雇われることにしたのだと話してくれた。
 彼はブラックジャックのカジノで働いていた。では、俺たちが次の飛空艇を手に入れてもこのままジドールに残るだろうな。

 黙々とグラスを磨いていたルーカスが、ふと足元に目を向ける。
 地下では今もリルムがラクシュミの絵を描いていた。もうじき完成する頃だ。
「シャドウ、最近アウザーさんが痩せてきたと思わないかい?」
「……どこが」
 相変わらず腹は出ているし顎の下もたるんでいる。顔色は良くないが、それも肥満のせいだろう。むしろもっと痩せるべきだ。
 しかしルーカスの言いたいことは分かっていた。

 リルムが地下に籠り始めて二週間ほどになる。アウザーは描きかけの絵をしょっちゅう見に降りているが、そこから上がってくるたびに窶れていくのだ。
「時々、地下から変な音がするんだよなぁ」
「……」
 困ったように彼が呟くと同時、床から不気味な笑い声が聞こえた気がした。アウザーのものではなさそうだ。そろそろ頃合いか……。

 俺が地下へ降りて行くと、憔悴しきったアウザーが床に這いつくばっていた。
「た、頼む……あの絵を助けてくれ……」
『グフフフ……』
「わしの……わしの大事な女神の絵に、魔物がとりつきおったんじゃ!」
 リルムは魔法のスケッチでモンスターの絵を描き、悪霊と戦わせている。
 俺も聖水をかけた刀を構え、インターセプターを呼んだ。

 駆け降りてきたインターセプターを見てアウザーが目に涙を浮かべつつ叫ぶ。
「女神の絵には攻撃せんでくれ! あの悪霊だけを、あいつだけを、頼む!」
「……」
 命より絵が大事か、酔狂なことだ。どちらにせよ手痛い反撃を食らってまで女神と戦うつもりはない。

 雲を纏ったラクシュミの絵がゆらりとキャンパスから這い出てくる。しかしその麗しい唇から紡がれるのは醜くしゃがれた老人のような声だ。
『久しぶりに極上の絵だわい……誰にも邪魔はさせんぞぉ! この絵の女は、わしのもんじゃあ!』
「せっかくキレイに描いてるのに、きったない声でしゃべんなよバケモノめ!」
 汚い声という罵倒に傷ついたのかは知らないが、チャダルヌークは悪霊としての本性をあらわにした。
 すぐさま刀で斬りつけ、切り裂いたところに火遁を叩き込む。

 痛みに喘ぐチャダルヌークにインターセプターが噛みつくと、辺りに雷の気配が満ち始めた。リルムがまた新たな絵を生み出す。
「これでどーだっ!」
 影に潜むかのような漆黒の髪……ユリの絵は不敵な笑みを見せ、チャダルヌークの放ったサンダガを握り潰した。
 本人と同じく魔法を消滅させることができるようだ。いや、本人より役に立つかもしれん。
「あいつには火が有効だ。ファイガを唱えろ」
「まっかせなさい。あ、そうだ!」

 なにやら思いついたらしいリルムが絵を描く間、俺とインターセプターが敵の攻撃を撹乱する。
 そして「描けた!」の声を合図にその場から飛び退くと、巨大な炎が悪霊の体を焼き払った。
 振り返るとリルムが二人いた。魔法を唱える自分の絵を描き、それに合わせて同じ魔法を唱えたわけか。単純だが魔力を消費せずして二倍の効果が見込める。
 この柔軟な思考はまるで……、……いや、やめておこう。

『お、おのれええ……こんなはずでは……』
 断末魔の声をあげてチャダルヌークは消え去った。キャンパスがやや焦げているが、これくらいなら修正できるとリルムが胸を張る。
「おーい! 魔物はくたばったから安心しろよ」
「あ、ありがとう! 助かったよ……。なんせ、命より大事な絵じゃからの」
 リルムの絵は魔法の命を持っている。その魔力で女神の絵など描いたから悪霊に魅入られたのだろう。
 町で売り歩いた絵は大丈夫なのかと尋ねると、風景画しか描いてないから平気だと彼女は答えた。そんなものか。

 絵が助かった途端にアウザーは活力を取り戻したようだ。
「礼をせねばならんのう。あんたはユリの仲間だったな? 魔石は渡しておくぞ。もう魔物に取り憑かれるのは懲り懲りじゃ」
「蛇の道に行きたいのだが。船を出してもらえるか」
「分かった。一番速い蒸気船を用意しよう!」
 あとは彼を探すだけだ。もし塔がまだ建っていなければ見つけようもないが……その時はコーリンゲンに行ってセッツァーと会うか。

 俺が踵を返してインターセプターを呼ぶと、当たり前のようにリルムも後を追ってきた。
 名残惜しむアウザーの方を振り返り、笑顔を見せる。
「リルム行くね。でも心配しないで! この絵を完成させるために戻ってくるから!」
「ああ、リルムや……。いつまででも待っておるよ」
 ……世界から魔導が消えても、この娘はなんとかやっていくだろうな。


 アウザーに借りた船で蛇の道を目指す。海上から見ると陸地の中程に小さな塔が建っていた。目下建設中というところか。
 ガレキの塔を模倣したかの如く歪な姿は確かに不気味だが……それだけではない。
 船が陸に近づくにつれ意識のどこかがあの塔に吸い取られていくような気がする。

 甲板にへたり込んだリルムがインターセプターの首にしがみついて呟いた。
「なんなの、あの塔……魔力を吸いあげてるみたい」
 気持ち悪いと吐き捨てる娘から目を逸らし、じっと狂信集団の塔を見つめた。
 魔導の力を持つ者を誘い、集めているのか。そしてその魔力で新たなガレキの塔を形成しようとしている。神となったケフカを模倣するために。
 ……付き合ってられんな。

 孫娘を探してさまよう内に、彼はここに辿り着いたのだろう。そして魔力と共に生きる気力も希望も何もかもを塔に吸い上げられ正気を失ったのだ。
 しかし、それはユリの知るゲームにおいての話だった。
「あっ、くそじじー!」
 ぼんやりと塔を見上げている集団の中に見慣れた老人の姿を見つけ、リルムが駆け出した。

 探し求めた孫娘が間近にいることにも気づかず、呆けているストラゴスに向かって彼女は容赦なく体当たりを食らわせた。
「こらあ! しゃきっとせんかあ!!」
「のわぁっ!?」
 地面に突き飛ばされた衝撃で我に返り、顔を上げたストラゴスは彼女の姿を見留める。
 まだ絶望に染まってはいない。周りにいる魔導士たちのように正気を失う前に見つけたのは幸いだった。

「リル……ム……? リルムなのか? 生きておったか!」
「バカね、おじいちゃん。おじいちゃんより先にいくわけないでしょ。このおいぼれ!! ふふっ!」
「相変わらず口の悪い子じゃ。……嬉しいゾイ」
 元気で素直なのは同意するが、口の悪さだけは誰に似たのか分からんな。
 サマサにはこんな……いや、ストラゴスとガンホーの影響か?

「こんなとこにいないで、また一緒に行こうよ。みんなを探してあのうひょひょ野郎をやっつけなきゃ!」
「そうじゃ……そうじゃな! 元気が出てきたぞ! よ〜し、わしも頑張るゾイ!!」
 ふと横を見るとインターセプターが怪訝そうに俺を見上げていた。
 なにやら相棒に見透かされたような心地になり慌てて口許のマスクを引き上げる。笑っていたわけでは、ないはずだ。


 今も塔に魔力を捧げながらケフカに祈る魔導士たちを胡散臭そうに見やり、リルムが傍らのストラゴスに尋ねる。
「おじいちゃん、この塔って何なの?」
「うむ……。帝国の人造魔導士たちと、研究所のやつらが建てとるようじゃな。皆、何かに取り憑かれたようにここへ集まってくる」
「あいつの仲間ってこと? やっつけちゃう?」
 ケフカの信奉者どもを倒し、塔を破壊する……しかしそれが何の役に立つのか。

 こいつらは元ケフカの部下や帝国の崩壊で行き場を失った者たちだ。ここを破壊すれば、ガレキの塔に行くだろう。
 ケフカと合流されるよりは今のまま大人しく神を奉っていてもらう方がありがたいかもしれん。
「……放っておけ。わざわざ危険に首を突っ込む必要はない」
 どうせ三闘神を倒せば魔導の力は消えてなくなるという話だ。その時にはこいつらも塔も無力化されるだろう。
 必要があるならば、メンツが揃ってから飛空艇でまたここに来ればいい。

 踵を返すと二人が後を追ってくる。リルムが何気なく尋ねた。
「ねえ覆面男、ユリに会ったんでしょ? 今どこにいるの?」
「……オペラ座に行くぞ」
「コラー! 聞いたことに返事しろ!」
 ユリとの合流地点は決めていないが、どうせそのうちジドールなりオペラ座なりにやって来るだろう。
 マッシュと合流したなら獣ヶ原で手に入れた爪を早めに渡したいはずだ。

 どの程度の猶予を稼ぎ出すことができたのかは分からない。
 だが、あいつのお陰で少しは運命を出し抜けている気がした。


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