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🔖停止、回転、そして再起動



 ようやくニケアに到着した途端、ユリはブラックジャックの道具屋さんを探した。
 港で買い物していた彼を見つけるなり素早く近寄って腕を掴み、
「ジミーさん今からモブリズに行ってくれない? 代金は後払いで妊娠中にいい薬草茶と体を温めるもの、子供ばっかりだから傷薬もたくさん欲しいんだけど」
 怒濤のごとくまくしたてるユリに彼は目を白黒させている。

「再会の挨拶もなしでいきなりそれかい。せめて無事でよかったくらい言ってほしかったな」
「無事でよかった! うれしい! でね、ついでにベテランの産婆さんに話を通しておいてよ。いろいろアドバイスもらってくれればなおいいです」
 強引に人を丸め込むユリの手腕は商売人にとって好ましいのかもしれない。
 彼は詳しい事情も話さない彼女に苦笑しつつも頷いた。
「分かった分かった! その代わり手間賃も込みで高めに設定するからな」
「臨むところよ。足りない分はセッツァーが出してくれるから。たぶん」

 船長であるセッツァーを始め、ブラックジャックの乗組員には余計な詮索をしないという美点がある。
 こちらが後ろめたい事情を抱えていても、一度信頼を勝ち取ることができれば聞かれたくないことは聞かないでくれる。
 そういうところがとても……、居心地のよい船だった。なくしてしまったのが悲しくなる。

 ジミーさんはユリから私、そしてマッシュへと視線を移した。
「仲間が増えたんだね。船長には会えたか?」
「まだ。まあ、どっかで飲んだくれてるんじゃないかな」
「……セッツァーのことを頼むよ。あれでも恩人だからさ」
「お任せあれ。ブラックジャックのことは残念だけど、それくらいで折れる船長じゃないって」

 今頃セッツァーはどうしているかしら。
 私たちの事情に巻き込まれたせいでブラックジャックを失ってしまった。とても申し訳なく思うのに、彼が生きているかどうかさえ分からない。
「あ、酒場に行くんだったら気をつけなよ。盗賊がたむろしてたから」
「ありがと。ジミーさんも道中ちゃんと気をつけてね」
「はいはい」
 それでも、私よりずっとセッツァーのことを知っているユリが彼の無事を確信している。それが救いだった。


 ひとまず軽く食事をするべく酒場に向かう。
 お金を持っていないので心配していたけれど、ユリが店主と知り合いだという店に連れていかれた。
「お姉さん、お願いします!」
「……いいわよ。あなたがしぶとく生きていたお祝いに奢ってあげる」
「やったー、ありがとうアンジェラ! 早く結婚できるよう祈っとくね」
「余計なお世話よ!」
 というわけで、心苦しくも無料で食事にありつけることになった。

 ニケアはサウスフィガロとの間に定期船が出ていることもあり、ツェンの港よりも賑わっていた。
 酒場で騒いでいるのはジミーさんの言っていた通り怪しい風体の男たちだったけれど……、今は活気があるというだけでもありがたく思える。

 遠慮なく食べすぎでしょ、腹減って死にそうなんだよ、ちょっとは遠慮しろ、飯代分は動くからいいだろ、シャドウみたいなこと言うな……。
 姦しく言い合うユリとマッシュを横目に私は黙々とパスタを食べる。
 この先いつまでちゃんとした食事を摂れるか分からない。だから食べられる時に食べておかなければというマッシュの言い分も理解できるわ。

 ユリの制止を押し切って追加で注文した肉を頬張りながら、マッシュがふと店の奥で騒ぐ盗賊たちに目を向ける。
「あいつらフィガロがどうとか言ってないか?」
 マッシュに言われて耳を向けると喧騒に紛れて途切れ途切れに彼らの声が聞こえてくる。
「……牢屋が……大ミミズの巣……」
 どうして今、ミミズの話なんてするのよ。ここは食事を摂るところで、私はパスタを食べているのに。

 耳をすます私たちの横で、ユリが呟く。
「フィガロ城の牢屋がモンスターの巣穴に繋がったんで逃げて来たって。で、脱走経路から城に戻って宝物を奪おうと企んでる、と」
 この騒がしさの中でそんなにはっきりと会話を聞き取れるなんてユリはスパイになれるんじゃないかしら。

 盗賊たちはホロ酔いで足をふらつかせながら店を出ていった。
 きちんと代金を支払っていたので好感が持てる。盗賊とはいえ彼らのボスはまともなようね。

 少し間を置いて、マッシュが珍しく顔を強張らせながら言う。
「どういうことだ。じゃあ城はモンスターの巣穴と繋がったままなのか? ずっと地下にいるってことかよ?」
 その言葉に血の気が引いた。考えてみればそうだわ。彼らが脱走した経路がまだ使えるということは、フィガロ城は今も砂の中に?

 居ても立ってもいられない、という風にマッシュが勢いよく立ち上がる。
「フィガロに行こう!」
 慌てて盗賊たちの後を追うマッシュをよそに、ユリはテーブルの皿をじっと見つめた。
「肉はしっかり食べきってるんだもんなぁ」
 そんなことを言ってる場合じゃないわよ。私たちも行かないと。


 サウスフィガロ行きの船に乗るべく港に走ると、市を眺めていた銀髪の男性を見てマッシュは目の色を変えた。
「兄貴!?」
「えっ……?」
 慌ててその人の顔を覗き込む。髪の色は違うし、ちょっと人相が悪いけれど……、確かに似ている。

「エドガーなの?」
 私とマッシュを胡散臭そうに見やり、彼は肩を竦めて背を向けてしまう。
「わけの分からないことを言うな。人違いだろ。……小僧、一つくれ」
「兄貴、なにとぼけてるんだよ?」
「俺はフィガロ行きの船に乗るのに忙しいんだ。邪魔をするんじゃない」

 どういうことなの。
 瞳も声も、どう考えてもエドガーにしか見えない。なのに彼は私たちに目もくれず、他人のように立ち去ろうとする。
 まさか、崩壊のショックで記憶を失ったなんてことは……?

「エドガー、エドガーなんでしょう? 私たちのことが分からないの?」
「俺は生まれた時から荒くれ者のジェフって名だよ、レディ」
「レディなんて言うのはエドガーだけよ」
「レディに優しくってのは世界の常識さ」
 聞く耳を持たないエドガーに、マッシュは混乱している。私もどうしていいか分からなかった。
 せっかく仲間が見つかったのに、ティナに続いてエドガーまで……。
 引き裂かれたものは戻らないとでも言われたかのようで胸が苦しくなる。


 船の方へと歩いていくエドガーの隣にユリが並び、声をかける。
「私たちもフィガロ城へ行きたいんですよ。よかったら船代折半しません?」
 彼女がまるで他人に話しかけるような態度をとるものだから、あれはエドガーに違いないという確信が少し揺らいだ。

「おい、ユリ……」
 困惑した表情のマッシュにユリは平然と言ってのける。
「エドガーならフィガロ城に向かってるはずでしょ。ちょうどいいからご一緒させてもらおうよ」
「何言ってんだよ。だって兄貴はそこに!」
「この人はジェフって名前らしいよ?」
 あまりにも素っ気なく言われて私もマッシュも言葉を失う。

 まさか……本当にエドガーではないの?
 改めてじっと見つめてみる。確かに洒落た服を好むエドガーとは思えないガラの悪い格好をしているけれど。
「いや、どう見ても兄貴だろ!?」
 そうよね。双子の弟であるマッシュが言うなら絶対に間違いないわよ。

 でもユリは、まるで私たち二人の方がおかしくなったとでも言うようにため息を吐いた。
「じゃあ、マッシュこっち来て並んでみてよ。あーすみませんね、私たち彼のお兄さんを探してるんです。ちょっとお付き合いください」
 ユリがそう言うと“ジェフ”は渋々ながらマッシュの隣に並んだ。

「ほらセリス、どこが似てる?」
「え、ど、どこがと言われると困るけれど……」
 並んでみるとやっぱりマッシュとそっくりで……だけど……。
 エドガーだと思って見ればエドガーにしか見えないし、別人だと言われるとそうも見えてくる。

「ね? 並んだら一目瞭然。納得した?」
「で、でも……本っ当に、兄貴じゃないのか?」
「はぁー。セリスはともかくマッシュまで。ないわマジ引くわ。双子の弟でしょ、分かんないの?」
 エドガーにしか見えない……でも、ユリがこうまで言う理由も分からない。
 もしかしたら、ひょっとして、本当にただそっくりなだけの別人なのかという気もしてきた。

 頭が混乱している私とマッシュをよそに、ユリは話を進める。
「で、一緒に行っていいですか?」
「厄介事は御免だぜ」
「こっちも注目を集めたくないので。迷惑はかけませんよ」
「……勝手にしな」
 こうして船代を折半して互いに首を突っ込まないという約束のもと“ジェフ”と同じ船に乗ることになった。


 酒場にいた盗賊たちのボスは彼だったらしい。本当に、本当にエドガーじゃないのかしら。
 船に乗ってからマッシュは黙り込んでしまって、もうユリに「兄貴じゃないのか」と尋ねもしなかった。

 蒸気船は三日かけてサウスフィガロの町へ到着した。
 その間ユリはずっと平然としていて、盗賊の一部と打ち解けたりしていたけれど、ジェフがエドガーかもしれないというような素振りは見せなかった。
 ……もし彼がエドガーではないなら、本物のエドガーは今頃フィガロ城に閉じ込められているということになる。
 腑に落ちないものを抱えたまま、私たちは盗賊たちに気づかれないよう後を追ってサウスフィガロの洞窟までやってきた。

「行き止まりだな……」
 岩陰に隠れて先を行く盗賊たちの様子を窺う。
 洞窟内に亀裂が走り、池のようになっている。あの青さからしてかなり深そうね。
 ジェフに促され、盗賊の一人が水面に向かって何かを撒き始めた。
「よ〜しよしよし、カメちゃんエサだよ」
「やるじゃないか」
「俺、昔カメ飼ってたんっす!」
 現れた巨大な亀が水面を泳ぎ、盗賊たちを乗せて向こう岸へと運んでいった。

「困ったわね」
「どうする、餌なんか持ってないぞ」
 後を追えないとフィガロ城に入れない。少し考えてから、ユリは手で軽く水面を叩きながら囁いた。
「よーしよしよし」
 これは……条件反射ね。水面の揺らぎと音、そして声で餌があると勘違いしたらしい亀が現れる。
 私たちが甲羅に乗ると、いつもの癖で対岸へと泳ぎ始めた。ユリの機転のお陰で助かったわ。

 洞窟は確かにフィガロ城の牢屋へと続いていた。
 まるで高い山の頂か洞窟の奥底のように空気が薄く、城の住民たちは弱って倒れている。
 昏睡している者はいないけれど、このままでは明らかに危険だった。もちろん私たちも。

 大急ぎで機関室へ向かう。整備士も倒れていたけれど、換気のスイッチはオンになっていた。ジェフたちが動かしたのか。
 マッシュが城を浮上させるレバーを引こうとしたら、なぜかそれはびくともしなかった。
「動力源が壊れてるのかもしれない」
「地下へ急ぎましょう」
 階段を降りる途中、下からジェフと盗賊たちの声が聞こえてくる。
 彼らのお目当てである宝物庫はエンジンルームの奥にあるらしい。でも、隠れて待っている暇はない。

 駆け降りるとそこにはジェフが一人で立っていて……フィガロ城のエンジンに、巨大なワームが絡みついていた。
「何をボーッとしてるんだ? 手伝ってくれよ!」
「兄貴……やっぱり兄貴じゃねえか!」
 銀髪のかつらを取り払いエドガーが機械を構える。
 あの盗賊たちを騙すためにボスのふりをしていたのね。それならそうと言ってくれればよかったのに。

 ユリもあんなに平然と嘘をつくなんて、と振り向いたら、彼女はなぜか顔を真っ青にして踞っていた。
「みみみみみみず……む、むり……」
「ユリ?」
「あ、あの、素早いやつはストップが効くよ……あとは毒と真空波で……ううっキモいッ……」
 両手で顔を覆い、彼女の腕には鳥肌が立っていた。

 もしかしてミミズが苦手なのかしら。私も好きではないけれど、あまり多くのモンスターを見慣れていない彼女には厳しい相手かもしれない。
「ユリ! レバーのところにいて。倒したらすぐに城の浮上を」
「ごめん、そうさせてもらうぅ〜」

 ユリがいなくなったことでエドガーは周囲を気にせずバイオブラスターを使える。
 助言通りに毒の魔法とマッシュの真空波で排除していく。
 途中、マッシュが二匹に纏いつかれて血を吸われたりもしたけれど……ユリを逃がしておいてよかったわ。
 グロテスクなモンスターなど見慣れている私でも怖気が走ったもの。彼女があれを見たら卒倒したかもしれない。

 エンジンに絡んでいたモンスターをすべて倒したところで城が揺れ始めた。ユリがレバーを引いてくれたのだろう。
 これで城の人たちも助かるわ。念のため、あとで皆に回復魔法をかけた方がいいかしら。
 それにしても……。

「水臭いぜ、兄貴」
 どうして黙ってたんだと拗ねるマッシュに、エドガーはいつもの彼らしい笑顔で答えた。
「ニケアで城が故障したという噂を聞いた。助けに行きたいけど砂の中だろう? そんな時に牢屋から逃げ出してきたあいつらを見つけてね」
「利用したわけね」
「秘密の通路に案内してもらうまで正体を知られるわけにはいかなかったのさ」
 かつては自分達を牢に入れていた王様だもの、そりゃあ素直に案内なんてしてくれないわよ。でも、私たちにくらい明かしてくれてもよかったと思うわ。

 そんなことを話している間に、奥の宝物庫を漁っていた盗賊たちが戻ってきてしまった。
「ボス! 宝を持ってきやし、……?」
「げえっ、エドガー!?」
「お、俺たちのボスをどうした!」
 驚いたことに盗賊たちはジェフがエドガーだったと気づいていない。服装も同じだし、髪の色が変わっただけなのに。

 彼らの様子を見て、エドガーは悪戯を思いついたらしい。
「ジェフは責任をとって牢に入るそうだ。その代わり、お前たちは見逃してやる。地上に出たら城門を潜ることを許可しよう」
「そ、そんな……」
「ただし、その宝を置いて行けば彼も数年後には釈放してやるぞ?」

 盗賊たちは互いに顔を見合わせ、持っていた宝物を一斉に投げ捨てる。
「ええい、持ってけドロボー!」
「短い間だったけど、いいボスだったんだ!」
「宝なんかどこでも見つからあ!」
 持ってけドロボーって、あなた達が言うことではないでしょうに。

 マッシュは呆れているけれど、エドガーはどこか楽しそうだった。
「ジェフからの伝言だ。お前たちのボスでいるのは、なかなか楽しかったとさ」
「うおおー! ボス! また俺たちのとこに帰ってきてくれよー!」
「娑婆で待ってるぜ、ボス!」
 ……ジェフ、懐かれていたのね。

 とはいえ泥棒は泥棒だわ。さっさと階段を駆け上がっていった彼らを見送りながら、エドガーに尋ねる。
「元は牢に入っていたんでしょう? 見逃していいの?」
「皆の命を救ってもらった礼さ」
 寛容なのね。まるで王様じゃなくて生まれながらの盗賊のボスみたい。


 城が地上に戻り、私たちも階段を上がってエンジンルームを後にする。巨大ワームの衝撃から立ち直ったユリが迎えてくれた。
 その彼女にマッシュが突っかかる。
「おいユリ、騙したな」
「落ち着きたまえマッシュ君。私は『ジェフはエドガーじゃない』なんて一言も口にしていないですよ」
「……確かに、そうは言わなかったわね」

 思い返せば彼女は嘘を言っていない。ジェフを名乗った彼に対して否定も肯定もしなかった。
 しつこく問い詰める私たちにも「彼はエドガーじゃない」とは言わなかったのだ。
 マッシュと並ばせて一目瞭然だと言った時だって……。
「双子の弟のくせに分からないのか、とか言っただろ!」
「双子の弟なのに“これが誰か分からないのか”って意味ですが何か?」
 そう、ユリの言葉は巧妙で、始めからジェフの正体を示唆していたと言われればそうも受け取れるようになっている。
 屁理屈だし、とても詐欺っぽいけれど。

「お、お前ってやつは……!」
 言いくるめられるのに慣れているはずのマッシュもさすがに怒る。
 だけどエドガーに「もう尻に敷かれてるのか」と笑われたらガクリと項垂れてしまった。

 少しずつ日常が戻ってくる。
 エドガーが仲間に加わり、フィガロ城を動かせるようになり、守るべき世界が広がっていく。
 確実に前へ進んでいるのだと感じられた。


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