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🔖泣いてアゲイン



 結局、俺が死ぬかもしれないイベントってのはツェンの町で起きたあれのことだったらしい。
 大破壊からまだ一年経ってないんで違うと思ってたぜ。
 だからユリたちが来ないかもしれないって焦ったし、姿を見た時には心の底から嬉しかった。

 なぜ予定が繰り上げられたのかはよく分からないそうだ。
 セリスが目覚めるのを起点に、勝手にシナリオが進行しているのかもしれないとユリは言う。
 彼女は本来、まだ孤島で眠っている予定だった。まだ持ってないはずの魔石をユリが持っていったことで、一年経ってないのに目覚めたらしい。
 正直ホッとした。ユリが無事でいるのか心配だったし、やきもきしながら一年も待つのかと思うと憂鬱だったしな。


 あの親子を助けた礼にと町の人たちが食糧を少し分けてくれた。これで蛇の道を抜ける余裕はある。
 さて、ニケアかモブリズに行けるけど、どっちがいいんだろう。
 ニケアにはジミーさんがいる。とはいえまだ飛空艇もないし、彼が喜ぶほどの金なんて持ってない。
 先にモブリズの方へ行ってみるべきか。

 ユリとセリスの方を振り返る。
「こっちへ来る前にティナと会って、彼女にモブリズの様子を見に行ってもらったんだ」
「え……」
「ティナも無事だったのね!」
 よかったと安堵の息を吐くセリスの横で、ユリはなぜだか顔色を悪くしている。
 何か問題でもあるのか?

 ユリが黙り込み、俺がそれを見つめていたら、セリスはそそくさと俺たちから距離をとった。声が聞こえない程度の場所であらぬ方を見ている。
 まあな、気を遣ってもらえるのは正直ありがたいよ。でも、その気の遣い方は間違ってる! と声を大にして言いたい。
 セリスは絶対に何か勘違いをしてる。


 それはともかくティナのことが気になったので、声を潜めてユリに尋ねてみる。
「ティナを行かせたの、なんかまずかったか?」
「べつにそういうわけじゃないんだけど。元々こっからモブリズに向かえばティナと再会するようになってたし」
 だったら何が気になるんだ?

 しばらく迷う素振りを見せていたが、ひとつ息を吐いてユリは言った。
「ごめん。あの怪我した兵士が気になってティナをモブリズに行かせたんだよね?」
「そうだけど……、彼は亡くなってるのか」
 俺が聞いたらユリは気まずそうに頷いた。

 そうか。もしかしたらその可能性もあるかもなって思ってたよ。
 ニケアにしろツェンにしろ、健康な若者だって生き抜くのが難しくなってる。
 自分でろくに動けもしなかった彼はあの大破壊を乗り越えられなかったかもしれない。それくらい、俺も考えたさ。それでも無事を願ってたんだけどな。

 だが、彼が生きているか亡くなっているかなんて問題じゃなかったようだ。
 他のことは行けば分かるとユリが言うので俺たちは早速ティナのいるモブリズに向かった。
 そして様変わりした村を目にした途端、ユリが沈黙した理由を知った。
 ……モブリズの村は、ケフカの裁きの光で既に滅びていた。


「こんな……酷い……!」
 セリスが悲痛な声をあげて拳を握り締める。俺も、そこらの岩でも殴って八つ当たりしたい気分だ。
 燃えて朽ちた建物が並び、村は虚ろな静寂に支配されていた。
 バレンの滝からやって来た俺たちに着替えと食事を提供してくれた家の人たち、あの兵士を献身的に世話していた女性。
 気前よくエリクサーをくれた郵便屋も、潜水服をくれたおっさんも。みんな……死んでしまったのか。

 俺が言わなくてもいずれティナはここに辿り着いたのだろう。だが、それでも後悔が胸を衝く。
 俺の言葉のせいで、ティナはきっと希望を持ってここを訪れたのだろうに。
 ユリが言ったのは、俺がそう考えてしまうことを踏まえての「ごめん」だったんだな。


 ティナの姿を探して村の奥へ足を進める。
 伝書鳥を飼っていた小屋の近くに墓が建てられていた。彼女がこれを一人で作ったんだろうか。
 何とも痛ましい気持ちになっていたところで、背後に気配を感じて振り返った。
「……誰だ?」
 郵便屋の陰から覗いている奴がいる。駆け寄って捕まえると、その正体は生意気そうな顔をした子供が二人。生き残りか?

「見つかっちゃった!」
「こ、こっから先には行かせないぞ! 僕たちだって戦えるんだ!」
 子供たちは精一杯虚勢を張って、小さな腕を広げて建物の扉を守ろうとしている。どうやらここにティナがいるようだ。
 というか、悪者扱いは勘弁してほしいぜ。

 ユリとセリスが慌てて寄ってくると、そっと扉が開かれた。
「みんな、待って」
「ティナ……」
「ママ! この人たち、ママの友達?」
 ……ママぁ? って、ティナのことか?

 困惑する俺とセリスをよそに、ユリは冷静だ。
「そう、私たちはティナママの友達だよ。悪いやつじゃないから安心して。ただの歳が離れた友達だよ」
「ユリ……」
 歳が離れたってのは特に言う必要ないと思うんだが、ユリの呑気そうな雰囲気に安心したのか子供たちは少し警戒を解いた。

 例の郵便屋だった館を隠れ家にしているようだ。
 地下に案内されると、そこにも子供がいて俺たちに疑わしげな視線を向けてきた。
 ……子供ばかりだ。大人は一人もいない。
「ティナママを……連れてっちゃうの……?」
「パパもママも、僕たちをかばって死んじゃった」
「僕たち、ティナがいてくれるから、がんばれるんだ!」
 まるでティナを庇うように俺たちの前に立つ子供たち。

 思わずセリスと顔を見合わせ、それから助けを求めるようにユリを見つめた。
「なあ、ユリ……あのさ」
「それはティナ自身が決めることだから」
「……まだ何も言ってないだろ」
 ここの子供たちは明らかにティナを心の拠り所としている。
 もし俺たちがティナを連れ去ってしまったら、こいつらはどうやって生きていくんだ?


 不安そうな顔をした小さな子供がティナの足にしがみついている。そしてティナは、驚くべき事実を告げた。
「私、戦う力が消えてしまったの」
「魔導の力が? しかし……」
 人造魔導士ならまだしもティナの能力は幻獣である父親からもらった生粋の魔法だ。消えたって、どうして……。
 つい答えを求めてユリの方を見てしまったが、彼女はじっとティナの話を聞いていた。
「この村の大人は、ケフカの裁きの光からみんなを庇って死んでしまった。ここは子供だけの村……そして、みんな私を必要としている……」

 魔導の力が消えたというなら尚更、無理やり連れて行くわけにもいかない。
 しかしここに置き去りにしていいものかとも思う。戦う力がなくたってティナは仲間だ。
 何も言えないでいると、騒ぎを聞きつけたのか少し年嵩の男女が駆け込んできてティナと俺たちの間に立ちはだかった。

「お前たち……いきなり現れて、ティナをとるなよ! ティナはここにいるんだ!」
「ごめんなさい。でもティナがいなくなったら私たち、支えを失ってしまうの」
「ディーン、カタリーナ……」
 気の強いことを言っているが、ディーンと呼ばれた少年も手が震えている。
 この絶望的な状況で現れたティナは確かに子供たちにとって救世主にも等しい。
 しかし……彼女だってまだ十八歳の、感情さえ乏しい子供のような存在だ。支えになるほどの強さがあるのか?

「みんながなぜ私を必要とするのかは分からない。私が守らなくてはいけない理由なんてない。でも……変なの。ここにいると、胸の奥が痛んで……何かが芽生えそうになる」
「ティナ……」
 戦う力があるとかないとか、そういうことじゃないんだな。
 この子供たちにとってはティナがいてくれるという事実そのものが救いになっている。
 そしてティナも、自分を頼る子供たちに何かしらの感情を抱き始めているのか。

 ……どうするのが一番いいんだ?
「助けを求められて、応えようとした時から、魔導の力が使えなくなったの。何かを掴みかけている気がするのに、答えを探すほど戦う力が消えていく……」
「その答えを見つけたい?」
 ユリが尋ねると彼女は俯いてしまった。

 連れて行くのは無理かもな。ティナに感情が芽生えかけていることを差し置いても、戦う力がないまま蛇の道を越えるのは、単純に危険だ。
 俺はユリも守ってやらなきゃならないし、セリスの負担が大きくなりすぎる。
 少し時間を置いて……飛空艇を見つけてから戻ってくるのがいいだろう。

 結論が出そうになったところで、さっき外で俺たちを見張っていた子供が大慌てで走ってきた。
「ママ、たいへん! フンババがきたよ!」
 その言葉を聞くなりティナとユリが階段を駆け上がり、外へ飛び出していく。
「おい、フンババって何だ」
「すっごく強いモンスター! 僕らのおうちをこわしちゃったの!」
「ええ?」
 あの大穴は裁きの光だけの被害じゃなかったのかよ!

「大変だわ。ティナは、戦う力がないって……」
「行くぞセリス!」
 急いで二人の後を追うと、家の外ではフンババとやらの放った雷が荒れ狂っていた。
 魔法を食らわないようにユリが庇っているが、ティナは変身できず魔法を唱えることもできないようで、力なく踞っていた。

 フンババが二人に突進する。くそ、こっからじゃ間に合わねえ!
「危ないッ!」
 一番弱いと判断したのかフンババは真っ直ぐティナに向かっていった。
 鳩尾めがけて繰り出された拳の前にユリが割り込み、殴るのに合わせて蹴りを放つ。……って、
「いっ、てえええええええ!!」
「ユリ!」
「ば、馬鹿お前、なにやってんだ!」
 カウンターなんて、力で負けるに決まってるだろうが!

 運よくフンババの指の方が折れたようだが、ユリの足が砕けててもおかしくなかったぞ。
「いたああぁ! わーん、マッシュ私の足の裏の仇うって! すげえ痛い!」
「……」
 そんなもんの仇討ちなんて嫌だよ。言われなくても、あいつは倒すけどさ。


 結局、セリスの魔封剣でサンダガを封じてもらってフンババは俺が追い払った。
 かなり痛めつけてしつこく追い回してやったから、しばらくはここにちょっかい出すこともないだろう。

 隠れ家に戻って一息つくとティナは深刻な表情で呟いた。
「私やっぱり、村に残る。一緒に行ってもきっと足手まといになるわ」
 まあ、そうなっちまうよな……。

 魔法が使えなかったこと、自分を庇ってユリが怪我をしたことがよほどショックなのか、ティナは唇を噛んで俯いている。
 その彼女の肩に手を置き、ユリは優しく微笑んだ。
「いいんだよティナ。君はまだシンデレラさ」
「え?」
「大人の階段をのぼってるところなんだよ」
「う、うん」
 どう意味だって顔でセリスがこっちを見てくる。俺に聞かないでくれ。

 とりあえず俺に分かるのは、ユリがティナを慰めるふりしてさりげなく体重を預け、右足を庇ってるということくらいだ。
 まったく、ティナを助けたい気持ちは分かるが無茶するなよ。

 ティナは村に残るということで話が決まり、子供たちも安堵の表情を浮かべた。
 名残惜しいが立ち去るか、と踵を返しかけたら、ユリは他にも話があるらしい。
「ティナ、カタリーナと一緒にちょっとおいで。内緒話をしよう」
「え?」
 堂々と内緒話なんて言うなよ。気になっちまうじゃないか。

 ディーンがあからさまに不審そうな目をユリに向けてカタリーナの手を握る。それを見てユリはニヤリと笑みを浮かべた。
「あ、マッシュとディーンは来ないでね」
「何でだよ」
「女の子だけのヒミツだから」
「女の子ぉ? ティナたちはともかく、」
「うるせえすりつぶすぞ」
 怖っ。そんなに怒ることないだろ……。

 本当に内緒の話らしく、耳をすましても会話の内容は聞こえない。
 ユリが何事か囁くとカタリーナが青褪め、それを見たディーンの表情が険しくなる。
 それからユリはメモみたいなものをティナに手渡した。あれこれと指示を出してはティナとカタリーナが何度も頷く。

 ユリに呼ばれなかったからか、それとも俺に気を遣っているのか、セリスは会話に加わらず俺の隣で三人の様子を眺めている。
「何を話してるのかしら」
「さあな。ユリのことだ、どうせ大したことじゃないさ」
「拗ねてるの、マッシュ?」
 べつにそんなんじゃないって。

 謎の秘密会議はそう長くかからず、最後には目に涙を滲ませたカタリーナが礼を言いながらユリに抱きついて、俺とディーンの目を丸くさせた。
 やっぱりあいつって、女版兄貴だ。
「ハッピーなことなんだからさ、気を楽にしなよ」
「は、はい……」
「また様子を見に来るからね」
 一体どうやったらこの短時間で初対面のカタリーナをたらし込めるのか、知りたくないなあ。

「ユリ、……私……」
「心配しなくていいよ。ティナなら大丈夫。マディンもついてるんだし」
 いたいけな女の子を二人も誑かしたユリは、ティナとカタリーナの肩をぽんと叩いて強く頷いた。
「頑張りたまえ。君たちはモブリズの希望の星だ!」
「ありがとう、ユリ」
 何のノリなんだよそれ。

 もう呆れと疲れでさっきまでの悲愴感もなくなっていたんだが、そんな俺の横をすり抜けて小さな女の子がユリに駆け寄った。
「おねえちゃん、ママを守ってくれてありがとう! この石ね、フンババが落としていったの。あげる」
 フンババを追い払ったのは俺とセリスなんだが。
「ありがとう、嬉しいよ。皆、ティナとカタリーナを守ってあげてね」
「うん!」
 ……あの子とプリシラどっちが幼いだろう。兄貴の永遠のライバルはユリで決まりだな。


 ティナを残したまま俺たちはモブリズを後にする。次の目的地はニケアだ。
「……で?」
 さっきの内緒話ってのは何だったんだと目で問いかけると、今度はユリも隠さずに話してくれた。
「カタリーナが妊娠してるので注意事項をいろいろね」
「ええっ!? そ、そうだったのか」
「全然気づかなかったわ……」
「具合悪そうだったから聞いてみたら案の定だったよ」
 そりゃあ俺やディーンには聞かせにくい話もあるか。仕方ない。

 そういえばあいつらって、前に俺とカイエンがここへ来た時にも二人の世界に浸ってた恋人たち、だな。
 あの時は村の子供だったのに、いきなり最年長の保護者役になっちまったんだ。
 まだ子供だし、あいつら自身だって不安でいっぱいなのに、ガキどもを守らなくちゃいけなくて……そうなるのも無理はないかもしれない。

 こんな時に妊娠なんて大変だと思うが、こんな時だからこその希望でもある。
 セリスも同じように感じたらしく、感慨深げに息を吐いた。
「希望の星……。絶望の中で、まだ生まれて来ようとする命がある。なんとしても私たちで世界を守らないとね」
「そうだな」

 しかし尚更、ティナが大変だ。ただ生きていくだけならまだしも赤ん坊が生まれるとなると、やはり大人がいた方が……。
「あ、そうだ。ニケアにジミーさんがいるはずなんだよ」
「会ったの?」
「ああ。セッツァーと、それ以上にお前によろしく言っといてくれってさ」
 身を案じていた人の無事を確認してユリは満面の笑みを浮かべた。いつもそう素直な顔してくれたらいいんだけどなぁ。

「ナイスだ。ニケアならベテランの産婆さんもいるもんね」
 年寄りにモブリズまで来てもらうのは厳しいから、とりあえずジミーさんに村へ顔を出してもらうよう頼む、ということになった。
 カタリーナのお腹は大きくなかったし、俺たちが飛空艇を手に入れてから産婆さんに来てもらえばいい。
 きっとうまくいく。そう信じる強さがあれば何だってできるさ。


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