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🔖ほら、まだそこにある
三闘神の放った光がブラックジャックを引き裂き、海に落ちた俺が流れ着いたのはニケアの町だった。
前にユリがいた店で雇われて一ヶ月……。陸でも海でもろくに食糧を確保できないものだから近頃では町の存続が危うい。
一応、数日後にサウスフィガロから蒸気船が貸し出されることになっている。そいつが来れば他の町との交流を取り戻せるはずだ。
滅びかけの世界とはいえ孤立しなければ皆で力を合わせてもう少し頑張れるだろう。
俺はとりあえず、食い扶持を減らすためにも町を出ることにした。
目指すはナルシェだ。特に目的はないが、モーグリたちの様子でも見に行こうと思ってた。が……。
ニケアを出ておよそ三日。まだレテ川が見えないのはどういうわけだ?
これだけ歩いたらそろそろ山間にさしかかって、レテ川の下流に辿り着くはずなんだが。
三闘神が復活した影響か、モンスターもやけに強力な個体がうろついている。毎回余裕で往なす、ってわけにはいかなくなっていた。
もしかしたら戦闘のどさくさで目指してる方角が変わっちまったんだろうか。
太陽も月も星も見えないから、方向感覚がおかしくなっても仕方ないな。
だがそれにしたって見渡す限りナルシェの山も見当たらないこの景色は異常だ。
不思議に思いつつ歩いてると、上空を一筋の光が飛んでいくのが見えた。
「ティナー!」
彼女の方でもこっちに気づいたようだ。俺の前に降り立ち、トランスを解いたティナは安堵の笑みを浮かべた。
「マッシュ! よかった……やっと仲間が見つかって……」
どうやら彼女も仲間を探してる最中だったらしい。今までずっと飛び続けていたのか、濃い疲労が見える。
会えてよかった。仲間が生きてる姿を見ることで他のやつらにも希望が持てる。
きっと皆こんな風に、どこかで生き延びているに違いない、って。
ティナは最後の方までブラックジャックにしがみついていたが、裂けた甲板から落ちそうになったところをセッツァーに助けられたらしい。
それで二人で落下して、慌ててトランスしたがブラックジャックの破片を避けるのに必死で皆とはぐれてしまった。
船の大部分はコーリンゲン方面に墜落したが、周辺に仲間の姿はなかったという。
あの時は皆、手持ちの幻獣をとにかく召喚しまくってなんとか無事に着地しようと無我夢中だった。
俺みたいに海の上で落っこちた奴もいるし、誰がどこへ流されたかなんて知りようがない。
俺もニケアに辿り着いてからの経緯を軽く説明し、ナルシェへ向かうつもりだと話すとティナは首を傾げた。
「でもマッシュ、南に向かっていたわ。ナルシェは逆方向よ」
「えっ……?」
なんてこった、出発段階から方向を間違ってたのか? そりゃいつまでもレテ川なんか見えてこないはずだよ。
しかし、おかしいな。ニケアの港を背にしてまっすぐ歩いてきたんだから、南へ来るはずないんだけど。
俺がそう言うと、痛ましげに眉を寄せつつティナは言った。
「三闘神の魔法で地形が変わってしまったみたいなの。空から見ていても、まるで別の世界にいるみたいよ」
「……そうだったのか」
ティナが上空から見下ろしたところ、俺が歩いてきた道はニケアからベクタの方まで細長い島がずーっと続いているらしい。
もしかしてこれ、蛇の道なのか? ってことは徒歩でモブリズの方へも行けそうだ。
あの兵士のことも気になるし、ナルシェは後回しにしてそっちへ行くという手もあるか。
そうだ、ベクタの町が結局どうなったのかも知りたい。
気にしても仕方がない、とは分かっていてもいろんなことが気になってしまう。まったく、先を知ってるってのはいいことばかりじゃないよなぁ。
「ユリが無事だといいんだが」
真っ先にブラックジャックから落ちたあいつを救ったのは、セリスだったかシャドウだったか。誰かの幻獣が彼女に向かっていったのは見えた。
生きているはずだ。そう信じている、信じたいと思う。しかし確信が持てないのも事実だった。
行動を共にしないと宣言されてしまったが、できればユリの無事くらいは確認したいな。
らしくもなく不安に駆られた俺を見上げ、ティナはつま先立ちになって手を伸ばしてきた。
……えっと、なんで俺、頭を撫でられてるんだ?
「大丈夫よ、マッシュ。ユリは生きているから」
「おう。ティナがそう言ってくれると心強いよ」
でも撫でるのはやめてくれ。足がプルプルしてすごく危なっかしいぞ。
さっき俺を見て「やっと仲間が見つかった」と言ってた。
飛空艇がなくても空を飛び回れるティナだが、その彼女でさえまだ誰とも再会できていない。
にもかかわらず、ユリの無事だけは絶対に信じられるのだとティナは言う。
「ユリと出会ったことには意味があると思うの。だからきっと途中でいなくなったりしないわ」
「……途中って、何の?」
思わず突っ込んでしまったが、ティナは自分で言ったことの意味もよく分かっていないらしかった。
ケフカはなぜだかユリの正体を知ってるみたいだったし、幻獣ラムウも気づいたとユリから聞いた。
もしかしたらティナも、異世界の……“物語”のことを、幻獣の本能で気づきかけているのかもしれないな。
ユリはティナに嘘をついていることを心苦しく感じている。
もしティナに真実がバレちまったら、それはそれで諦めもつくし、気が楽になるんじゃないかと思う。
さすがにあいつのいないところで「世話係なんてのは嘘だぜ」と言ってしまうつもりはないけど。
マディンの魔石に触れて記憶を取り戻した時、ティナはユリの嘘に気づくはずだった。
しかしティナは今までと変わりなくユリと接している。帝国にいた頃のことをどう思ってるんだろう。
ユリなんて人間が自分のそばにいなかった事実は思い出してないのか?
「……なあ、ユリって帝国ではどんな感じだったんだ?」
「え? ……私、研究所でしか操りの輪を外すことがなかったから……、帝国での生活がどんな風だったか、ほとんど覚えていないの」
「つまりユリに世話されてた間のことは分からないのか」
「ナルシェから逃げ出した時、生活の知識をまったくといっていいほど持っていないことに気づいたわ。きっと、それこそ自分では何もできない人形のように、すべてユリの手を借りていたのね」
帝国にいた時分、誰かがティナの面倒を見ていたはずだ。もちろんそれはユリではない。
ガストラなりケフカなりに与えられた本当の世話係がティナをどう扱っていたのかは分からないが、その人はたぶん、もう……。
やっぱりティナはユリに騙されたままでいた方がいいのかもしれないな。
どこか遠くを見据えるように、ティナは続ける。
「ユリについての記憶で一番古いものは、ナルシェの炭坑で私を探しに来てくれた時のことよ。ずっと見守っていてくれたのに、私は彼女と出会った時のことさえ覚えていない……」
「それは、」
ティナの抱く一番古い記憶こそがユリとの出会いだからだ。君はちゃんと覚えているんだ。
そう言ってやりたいが、それは俺の口にしていいことではなかった。
ちょっとばかり話し込んでしまったが、空はずっと暗いからどれくらいの時間が経ったのか分からない。
「俺はベクタの方に行ってみるよ。あのでかい塔も気になるしな」
「一緒に行ってもいい?」
心惹かれる提案だ。道連れがいたら気分も安らぐし、何よりティナと一緒なら心強い。
だが駄目だ。ユリの言う死亡イベントとやらを乗り越えるまで、一人でいるつもりだから。
「できたら、手分けして皆を探したいんだ」
「……そうね。早く皆を見つけて、ケフカを倒さないと」
淋しそうなティナの顔を見ると心が揺れたが、ぐっと堪える。俺の身に何が起こるにせよティナを巻き込むわけにはいかないからな。
「なんかあったらトランスしてフィガロに飛んでくれ。兄貴は城へ帰ろうとするはずだし、俺も伝書鳥を探して連絡するつもりだ」
「分かった。気をつけてね、マッシュ」
「ありがとう。ティナもな。あ、そうだ! こっから東にモブリズって村がある。そこに行ってみてくれないか?」
あそこなら郵便屋があるから、オペラ座にでも鳥を飛ばせばユリと連絡がとれるかもしれない。そう言うとティナは期待に目を輝かせて頷いた。
……それに、彼女の回復魔法があればあの兵士さんも治るかもしれない。
再びトランスして東へ飛び去っていくティナを見送り、俺もまた南へ向かって歩き出す。
野宿をしながら更に四日ほど経っただろうか。そろそろ食糧が尽きそうだ。
ベクタはたぶんなくなっているし、ツェンかアルブルグまで持ちこたえられるだろうか。
いやそもそも、町に着いても余所者に食い物を売ってもらえるのか?
あの得体の知れないモンスターどもを調理することも考えておいた方がいいかもしれないな。
そんなことを考えつつ、ぶらぶら歩いていた時だった。
前方に不審な人影が踞っている。あれは草をちぎってる……のか?
というかあの人、すごく見覚えがあるぞ。確かブラックジャックの乗組員……。
「ジミーさん?」
道具屋さんだ。三闘神の魔法が来るまでに補助魔法をかけまくっておいた甲斐あって、生きててくれたみたいだ。
彼が無事なら他の二人も無事だと思っていいよな?
なにやら草を採集していたらしい彼は、それを鞄に仕舞い込んでから立ち上がって俺に手を振った。
「やあマッシュ君! まったく心配してなかったけどやっぱり無事だったか」
「お、お陰さまで」
そりゃあ頑丈さには自信があるけど、改まって心配してなかったと言われるのも複雑な気分だ。
「ジミーさんこそ、無事でよかったよ」
「君が魔法をかけてくれたからな。というか、ユリのお陰なのかな? 彼女の企みだったんだろう」
「ええ、まあ」
お見通しか。あいつのことをよく分かってる。ユリは本当にブラックジャックに馴染んでたんだな。
旅続きだったから、長く過ごしたあの船を自分の家みたいに感じていたのかもしれない。……彼が助かって本当によかった。
俺とは反対に南から歩いてきたらしいジミーさんは、蛇の道を辿ってニケアに向かうつもりらしい。
彼に戦闘力があるとは思いもしなかったが、モンスターだらけの道を一人で来たのに無傷なんだから侮れない。
道具屋だけあってモンスターを遠ざけるアイテムもたくさん持ってるのかもしれないな。
それにしても、彼はいつ道具を買いに行ってもわりと事務的な対応で落ち着いた性格の人だと思っていたんだが、今日はやたらと生き生きしてるなぁ。
ニケアにだってこんなに元気な人はいなかったぞ。
背後に伸びる蛇の道を指して彼は笑う。
「海底に沈んでいた道が浮かび上がって、未知の植物がいっぱい生えてるんだ。危険なモンスターもいるし、足を休める集落もないから誰も来ない。今ならここの薬草類を私が独り占めできるぞ!」
「は、はあ……」
おいユリよ、この人なんだか思ってた以上に逞しいぞ。べつに俺たちが心配する必要なんてなかったみたいだ。
まあ、世界がこんな時に元気でいられるってのはいいことだ。お陰で俺も未来に希望が持てるよ。
「ところで、セッツァーたちには会わなかったか?」
俺が尋ねるとジミーさんは一瞬ポカンとした。どうやら今までセッツァーのことは考えもしなかったらしい。
「そういえば見てないな。まあ、船長のことだからどこでもなんとかやってるだろう」
……この言い様、また新しい飛空艇が手に入るって話だけど、彼がそれに乗ってくれるのか微妙に不安だな。
「船長に会ったらよろしく言っといてくれ。ブラックジャックのことは残念だが、私はやっぱり行商の方が性に合ってる。カジノの客は好きになれないんだ!」
「べつに構わないけど、客商売が苦手だから船に乗ったんじゃなかったのか?」
「……そ、それは……」
物作りは好きだし薬草の知識も豊富で調合が得意、しかし人付き合いが極端に苦手なのだとユリが言っていた。
そんな彼をセッツァーが拾って、大して儲からない代わりにあまり人と接しなくてもいい商売をさせてたんだ。
「俺たちは、また飛空艇を手に入れてケフカと戦うつもりだ。そこで商売を再開してくれればありがたいんだが」
「……確かに腰を落ち着ける店があった方がいいのかもしれない。でも……そうだな。ユリに会ったら船長以上によろしく言っといてくれ」
「ユリに?」
「物資を彼女に届ければ、君たちが世界中に運んでくれるだろう?」
って、自分の店の品をあいつに売らせる気かよ。まあ、いいけど。
荷を背負い直し、ジミーさんはこのままニケアを目指すようだ。
モブリズの様子を見に行ってほしい気もしたが、あの村にはそんなに金もない。高い薬を売りつけられても困るよな。
陸続きでニケアと往来できるんだからなんとかなるだろう。ユリとセリスを待つ一年の間に俺が行ってもいいし。
「変な草に気をとられてモンスターにやられないでくれよ?」
「分かってるとも。君も気をつけてな。ケフカを倒しに行くまでに便利な道具をたくさん仕入れておくから」
「ああ、助かる。仲間を探したらきっとニケアに行くよ」
「これからもご贔屓に!」
愛想のいい笑顔を浮かべて手を振り、彼は俺が来た方向に歩き去っていく。
基本的には商魂逞しいんだよな。ただ知らない人への接客が苦手なだけで。
船長が破天荒なこともあってブラックジャック号の乗組員は個性派揃いだ。
絶望が空を覆ったようなこんな世界でも強く自由に生きている。俺も見習わなくちゃいけないな。
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