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🔖枯れて朽ちる
これはもう私の認識が甘かったと言うほかないだろうな。
マランダから蒸気船に乗って、サマサの村がある大陸に到着するまでになんと一ヶ月もかかってしまった。
一ヶ月後くらいにはオペラ座に戻るよ、と手紙に書いたのに、もしエドガーが来てたら焦っているんじゃないだろうか。悪いことをしたな。
「一週間くらいかと思ってたんだけどなぁ」
「風も波もないんだ。こんなものだろう」
飛空艇と一緒にするなとシャドウは言う。それは確かにそうなのだろうけれども……。
アウザーさんの伝手で雇った蒸気船の乗組員は確かに優秀で、私の大雑把な地図を頼りに大陸を伝いながら大急ぎでサマサまで送り届けてくれた。
船に乗っている間も、何度か裁きの光が海上を駆け抜けていくのを見た。
その危険の中を文句も言わずに連れて来てくれたんだ。感謝はしてる。もちろん。
ただ、ブラックジャック号があったらなあ、と思ってしまうんだ。
こんなペースでは一年なんてあっという間だ。仲間探しも程々にすべきかもしれない。
下手に動けばケフカに目をつけられる可能性もある。
あの野郎も私や仲間たちの居場所を知れば優先的に殺そうとするだろう。ちょっと予定を変えるか……。
サマサの村に到着するなり黒い犬が元気よくこちらに駆けて来た。
よっしゃ来い、と手を広げて待つ私を華麗にスルーしてインターセプターはシャドウに飛びついた。……別にいいもんね。気にしてないもんね。
「元気そうでよかったね」
「……ああ」
魔大陸浮上前に別れた時は痛ましい姿だったけれど、魔導士たちの住む村で養生した甲斐あってインターセプターは傷ひとつなくピンピンしている。
やはりわんこは元気な姿がいい。
そして急に走り出していった犬を追いかけて家から出てきたのは、疲れきった顔の村長さんだった。
「おお、あんたは……生きておったか……」
「村長さん、ご無事で何より。リルムも無事ですよ。今はジドールにいます」
しれっと言う私にシャドウが胡乱げな視線を向けてくる。嘘じゃないぞ。ちょっと先の話をしただけだ。
「……そう、か」
しかし村人の無事を知っても彼の表情は翳ったままだ。
遠く天を貫くガレキの塔を忌々しげに睨んで村長さんは呟いた。
「三闘神の封印が解かれたのだな。魔大戦よりも酷いことになりそうじゃ……」
「でも、この戦いはケフカを倒しさえすれば終わります。ある意味ではガストラよりもやり易い相手かと」
「それまで世界が滅びなければよいがな」
村長の何気ない言葉は私の胸を突き刺した。
まだ世界は滅びない。少なくとも一年の間は。しかしそれが何の慰めになるのか。
マランダだってここへ来るまでに立ち寄ったいくつかの港町だって、崩壊というほど悲惨な有り様ではなかった。
しかしそれは逆に言えば……今日より明日が、明日より明後日が、更に辛いと分かっているってことだ。
ゲームの印象が強くて、魔大陸の崩落と同時に世界が壊れるような気がしていた。
しかし実際にはこれからだ。今後一年かけて、じわじわと苦しむはめになるのだ。真綿で首を絞められるかのように。
「ここへ来るまでに見たじゃろう? 春だというのに草木は芽吹かず、番を作る動物たちもいない。この小さな村でさえ、食糧はそう長く持たぬ」
蒸気船でなければ海を渡れなかったのに、小さな漁村では遠海へ漁に出ることもできないんだ。
動物たちは姿を消して、土も枯れた。風も火も水も弱り、死にかけているのは、世界に満ちた魔力のバランスが乱れているせいだった。
まだ一ヶ月。こんなものは序の口だ。未来が決して明るくないことなど誰にでも分かる。
一ヶ月でこれほどの荒廃なら、消費するばかりで生産のない世界、何一つ芽吹かずに迎える今年の冬はどうなることか。
いやそもそも、冬になるまでもつのだろうか。
痩せた土地でなんとか畑を作ろうとする人、桟橋を作り魚を捕ろうとする人、野性動物を探す人、みんなまだ生き延びようとしている。
でも……それらはすべて無駄骨となる。未だ死んでいない、なんて慰めは、希望にならない。
崩壊後のスタート地点である孤島の一軒家を思い出す。
そこには眠り続けるセリスと、その看病をするシドだけが生きていた。
……でも、プレイヤーが目にすることはないけれど、他に十数人の生き残りもあの島で暮らしていたはずなんだ。
こんなに重要なことを忘れていた。白状するならば私はこれを重要なことだと思ってさえいなかった。
一年後、目を覚ましたセリスにシドは言う。「残された者たちも絶望して北の崖から身を投げた」と。
今ならまだ彼らは生きている。生きようとしている。だが、彼らは一年以内に死んでしまう。
前へ進むことを諦め、未来に光を見失い、絶望して自ら命を絶つんだ。
そんなことが、世界中あらゆる場所で起こり得る。
「あの塔を見るがいい。裁きの光が壊した瓦礫を積み上げ、日に日に大きくなっていく……」
……つまりケフカが壊そうとするくらいには、まだ世界が残っている。そういう見方もできる。
これをむざむざ破壊させるのか? 今すぐ行動に移せばまだ多くのことが間に合うんじゃないのか?
心臓が嫌な速さで脈打ち、疑問符が思考を埋め尽くしていく。
だが本当に一年待たなくても大丈夫なのか? 目先の悲劇から目を背けたいがために慌てて先に進めたところでレベルは足りているのか?
もし瓦礫の塔で皆がケフカに倒されるなんてことになったら、それこそ世界はおしまいだ。
私にそんな決断を背負う覚悟があるのか。いや、そもそも決断をする権利などあるのか。
気づくと強く握り締めていた拳に何か冷たくて湿ったものが触れる。
驚いて見下ろしたら、まるで「しっかりしろや」と叱るようにインターセプターが鼻で私の手をつついていた。は、初めて触らせてくれた!
「村長。しばらく手紙は来なくなるだろう」
いきなりのシャドウの発言に慌てて顔を上げると、村長は力なく頷いている。
「そうじゃな。この状況下で報せを受けても、わしらには何もできまいよ」
「……彼が帰ってきたら、孫のことを伝えてやれ」
「分かっておる」
ああ、やはりサマサに帝国やリターナーの動向を知らせていたのはシャドウ……クライドだったか。
っていうか村長さん、知っててストラゴスには教えなかったんだなぁ。
村長は立ち去り際にポーションやフェニックスの尾をいくつか分け与えてくれた。
食糧は渡す余裕がないと謝られたがむしろこっちが謝りたいくらいだ。そんな気を使わせるつもりなんてなかったのに。
ここの人たちはケアルもレイズも使えて回復アイテムは余っているかもしれないけれど、これから先いつ必要になるかも分からないじゃないか。
お礼だって、何もできないのに。
名残惜しさを感じつつも村を出る。
「シャドウ、ちょっと待ってよ」
これからの予定を決めたいのにシャドウは黙ってどんどん歩いていく。
この野郎、こちとら小走りなのに追いつけないのはリーチの差がありますよアピールか!
サマサ南の港で待機していた蒸気船に乗り込み、シャドウは勝手に船長と話して行き先を決めてしまった。
私の覚え書きをもとに乗組員たちが作り直した世界地図を眺めつつ彼が指差したのは、獣ヶ原の洞窟近くの浜辺……。
「一撃の刃を取りに行く。付き合え」
「え、えっ?」
正直それは私の中でシャドウの死と密接に結びついているアイテムだ。
もしあれを手に入れなければシャドウは死なないんじゃないか、なんて思っていたものなんだけれども。
一日がかりで海を渡り、獣ヶ原の洞窟に到着した。残念ながらガウの姿は見当たらない。
というか、ここってキングベヒーモスがうろついてるんだよな。
私は非戦闘員として、シャドウとインターセプターだけでアレを倒せるわけもなく、だから、超帰りたい。
どう考えてもこんなことしてる場合じゃない。
一年を無駄にしないためにはセリスが寝ている間になるべく多くの仲間を結集させておきたいというのに。
なぜそんなに急いで一撃の刃を手に入れたいのか、何度か尋ねたけれどシャドウはサマサを出てから一切言葉を発しない。
「あ、この小部屋……」
ふと暗い洞窟の先を見つめて立ち止まった私を振り向き、シャドウとインターセプターも足を止めた。
入り口からの距離感からすると確かこの向こうにタイガーファングがあるはずだ。
というか、デスペナルティがいるはず。あいつはフェニックスの尾で倒せるからついでに拾っていくのもいいな。
ただ、ひとつ不安もある。それはそもそも一撃の刃が本当にここにあるのかという疑問にも繋がるのだが。
……今まで、ダンジョン内で宝箱を見たことがないのだ。
当たり前っちゃ当たり前である。自然の洞窟内に忽然と現れる宝箱ってそれ一体いつ誰が置いたんだよという話であり。
「おいユリ」
「うん……」
「顔を上げた方がいいんじゃないか?」
「うん?」
あるはずの場所に一撃の刃がなかったらどうしようかと思い悩みつつシャドウに言われるまま顔を上げる。
何やら巨大な骸骨が私を見下ろしてニヤニヤケタケタと笑っていた。今まさに私の脳天へと、その鋭利な爪を突き刺そうとしている。
「イヤアアアアアアアアア!!」
鞄を手探り触れたものを手当たり次第に投げつけると、その中に運よくフェニックスの尾が混じっていたようでデスペナルティは苦悶の声をあげつつ消滅した。
た、助かった。やばかった。
「もっと早く言ってよ!」
あいつがアンデッドじゃなかったら完全に死んでたぞとシャドウを睨む。
が、彼は素知らぬ顔でその場に落ちていたタイガーファングを拾って私の鞄に詰め込んだ。
……モンスターがドロップするってことは、これってやっぱり元の持ち主はデスペナルティに殺されたのか。
もしくはあのモンスターこそが元は人間でありタイガーファングの持ち主だった可能性もある。無念の死を遂げてここで怨霊と化したか。
貴重なアイテムとはつまり以前の持ち主の遺品。そう考えると、すごく悲しくなってくる。
更に奥へと進み、洞窟を地下に向かって降りていく。
さっきから思ってたんだけど、ゲーム画面と違って道らしい道もないし、もちろん階段もない。
ここはなんだか巨大な生物が穴を掘ってできたような洞窟だ。
デスペナに遭遇した地上付近ではまだ人の手が入ってる感じもあったのだけれど……私たちってもしかしてキングベヒーモスの巣穴を歩いてるんじゃないだろうか。
そんな不安は見事に的中し、最深部と思わしき場所に辿り着くとそこには丸まって眠るキングベヒーモスさんの姿があったのでした。
こんなに寝顔が可愛くない生物って初めて見た。ムツゴロウさんじゃあるまいし全く触れ合いたいと思えない。
しかし腰が引けてる私と違ってシャドウは平然と周囲を観察している。
「奴の寝床に刀が見える」
「え?」
どこよ……あ、あれか? ベヒーモスの足の下のところに人間の……、人間の死体、らしきもの、が。
おそらくは一撃の刃の持ち主だったであろう御方の成れの果てがキングベヒーモスの下敷きになっている!
「ああああもう諦めて帰らない? せっかく寝てらっしゃるのを起こすのは気の毒だし」
「そうだな。今のうちに取ってくるか」
全然「そうだな」じゃない。
歯の根が合わない私と、大人しくお座りしているインターセプターをその場に置いて、シャドウは無造作にベヒーモスの方へ歩いていく。
最強に近い雑魚モンスターの寝床に手突っ込んで刀を盗むとか勇気が有り余ってんな。
さすがに気配を消すのには慣れているらしい。シャドウは危なげなくキングベヒーモスに近寄り、悲運の旅人の死骸に触れた。
このまま戦闘なしで終わってくれ。歯を食い縛り、呼吸音さえ立てないように、息を殺して見守る。シャドウの手にキラリと光る刃が見えた。
よ、よし、あとは静かにここから立ち去るだけで……って、
「ワン!!」
「シャドウ! キンベヒの目が開いた……!!」
私とインターセプターの叫びを聞くなりシャドウは跳躍し、キングベヒーモスの眼前に回り込むと寝起きのモンスターの眉間に一撃の刃を突き立てた。
断末魔の悲鳴をあげる間もなく、奴の全身から力が抜ける。……倒し、た?
「はあ!? 一撃かよ!」
「だから一撃の刃なのだろう」
何を言っているんだって目で見られると確かにぐうの音も出ないのだけれど。
でも“一撃”ってのは単なる比喩表現だと思っていた。マジでデスが発動しているのか。マジデスか。なんちゃって。
「うお、やべ」
私のしょーもない駄洒落が怒りに火をつけたかのごとく、死したキングベヒーモスの体が震え始める。
シャドウが再び刀を構えるのを制して私はフェニックスの尾を投げつけた。
アンデッドとして甦ろうとしていたベヒーモスの目論見は挫かれ、再び静寂が取り戻される。
しかし聖水はなんとなく分かるけれど、蘇生アイテムでアンデッドを倒せるのはどういう理屈なんだろうな。
普通に考えると生き返るんじゃないのか? それともアンデッドにとっては生死が逆転しているのだろうか。
実は彼らは霊界という場所で“生きている”生物で、向こうで死ぬと“霊として”こっちの世界に現れる。
そして蘇生アイテムを使うと彼らは“霊界に生き返ることができる”……なんてね。
まあ、そんな妄想でもしておけば少しは気が楽になる。
死後の世界なんてものが本当にあって、生の終わりが無ではないなら、いろんなことがあまり怖くなるのに。
洞窟を出て再び港へ向かう。せっかく手に入れたマッシュの武器を持ち歩いてうっかり紛失するのも馬鹿らしいので、一旦オペラ座に戻って預けておこうかな。
エドガーからの連絡が来ているかもしれないし。そしてその後は……どうしよう?
「ユリ」
「はいよ」
「お前一人ならセリスのもとへ行けるんじゃないのか」
思いがけないシャドウの言葉に口籠る。
「……それは……」
シャドウはそこにいない。そんなシナリオはない。だからシャドウと一緒に孤島へ辿り着くことはできないだろう。
でも私だけなら、シナリオに縛られない私だけなら、セリスを見つけられるかもしれない。
バレンの滝を避けてシャドウに逃がしてもらった時のように。
もしかしたら彼は私と別行動をとりやすくしようと一撃の刃を回収したのだろうか? 私をセリスのもとへ向かわせるために。
「俺はジドールの辺りを探す」
何をとは言わなかったけれどリルムやストラゴスのことに決まっている。
死ぬつもりはない、という言葉こそ聞かせてくれないものの、シャドウの心境はゲームと少し違っている気がした。
「先の展開を知らなかったら、お前はどうするんだ?」
「……余計なこと考えずに、さっさと皆を探してケフカを倒しに行っただろうね」
「ならそうすればいい。お前は現実に生きているのだからな」
シナリオのことは一旦忘れて、私自身はどうしたいのか。
世界がぶっ壊されるまで黙って見てるのは……嫌だな。何かできることがあるなら、それを精一杯やりたい。
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