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🔖君だけが知っている



 この世界はケフカによって破壊された。ユリの知る物語の中ではそういうことになっている。
 しかし現実は三闘神が放った魔法にいくつかの都市が巻き込まれたという程度だ。
 確かに甚大な被害ではあるが、ガストラが手当たり次第に戦争を吹っ掛けていた時と現状は然して変わらない。
 世界は、まだ破壊されてはいない。

 しかし兆候はそこかしこに見られた。著しいのは地形の変化だ。
 町があったはずの場所に海が広がっている。巨大な車輪で轢いたかのように山脈が抉れている。
 三闘神に焼かれた周辺は焦げた地面ばかり広がっており、土が熱を持ち草木は死滅しつつある。

 そして、元帝国首都であった場所に聳えるあの塔。
 ユリによればケフカはあそこに居座って三闘神の力を操り、世界の支配を目論んでいるらしい。
 何度修復し、何度育んでも端からケフカに破壊される日々が続けば、やがて人間は生きる力を失うだろう。
 世界はこれからゆっくりと死に向かっていくんだ。

 マランダの町並みを眺めるユリの表情は複雑なものだった。
 彼女が知っているのは既に絶望で満たされた一年後の世界だという。魔大陸が落ちてからの一年間は彼女も知らぬ空白期間だ。
 今後の苦難を考えれば、未だ被害の少ない現状も素直に喜べないと彼女は嘆く。
 ……気持ちは分からんでもない。
 どのみち手の施しようもないのなら、嬲り殺しにされるよりも一息に止めを刺してもらえる方がどんなにありがたいか。


 一人でチョコボに乗れないユリを鞍の後ろに乗せてオペラ座を目指した。物資をいくつか隠してあるそうだ。
 ユリたちはブラックジャック号に乗っていた。例のマリア誘拐騒動にも関わっていたのだろう。
 それにしても、オペラ座に対して融通が利きすぎる気もするが。
 飛空艇を失ったのは痛手だな。あれが健在ならば一足跳びに瓦礫の塔へと向かい、さっさとケフカを倒すこともできたはずだ。

 魔大陸が崩壊して以降、この物語を主導するのはセリスだと聞いた。
 彼女が散り散りになった仲間たちを探し集め、皆でケフカを倒しに行くことになる。
 だが彼女は現在どこかにある孤島で意識不明に陥っているという。
 ケフカとの決着まで、一年……。


 前を見つめたまま、ユリに尋ねる。
「悠長に待つ必要があるのか。お前はセリスの居場所を知ってるんだろう?」
 俺の手元には魔大陸で預けられたままの魔石がある。
 セラフィム……治癒力に優れた幻獣の魔法を借りれば、セリスも昏睡から目覚めるはずだ。
 そして居場所の見当をつけやすい何人かを集めてガレキの塔に向かえばいい。何も“全員”を揃える必要はあるまい。
 しかしユリは「気が乗らない」と答えた。

「ケフカの前に三闘神とも戦うことになる。シナリオ通りに進めば神々はケフカに魔力を奪われて弱ってて、だからなんとか倒せるんだけど……」
 予定よりも早く到着すると、万全な状態の神と戦うはめになるかもしれない、というわけか。
「神の魔力を奪ったケフカを倒せるのなら、三闘神を個々に倒すこともできそうなものだがな」
「いや、ケフカも力を奪ったばかりでまだ扱いきれてなくて弱かったのかもしれないし。あと、ここからの一年で皆もいくらか強くなると思うし」
 その修行期間なくして三闘神とケフカに勝てるのか。分の悪い賭けはしたくない、といったところか。

 なるようになってるんだ、とユリは呟いた。確かにそのようだ。
 先の展開を知っていれば単なる回り道のようにしか思えなくとも、その手間こそが正しい道程だというならば仕方がない。
 道を逸れれば“知っている”ことの強味も消えるのだ。

 といって一年も手をこまねいて待つのは馬鹿げているが。
「お前の予定は?」
「仲間といつでも連絡とれるようにしておいて、セリスが起きてすぐラスダン突入できるようにしたい」
 面倒な話だ。しかし俺が魔大陸でケフカを取り逃がしたのも事実なら、やれるだけのことはやっておかねばならない。


 オペラ座に着くとユリは団長を探したが、どうやら留守らしい。
 ここの常連はジドールやサウスフィガロ、そしてアルブルグやベクタの金持ち連中だった。
 これからは客足が途絶えるに違いない。今はそれを必死で繋ぎ止めているところか。

 案内係に連れられてユリは自分の荷物を取り戻し、ついでに背負いっぱなしだったブラックジャックの操舵輪を預けていた。
 あのオペラ座をまるで自前の倉庫のように使っている。厚顔なやつだ。

 続いて彼女は劇場付の伝書鳥を借りていた。宛先はフィガロ城だ。
「エドガーとは連絡とれそうだよね。どこに流れ着いても一旦は城に帰るだろうし。私たちはサマサに行って、一ヶ月以内にもう一度ここへ来るとして、手紙を寄越してもらうかできたら合流しようかと」
「そうか」
 異論はない。この状況下でフィガロ王の権威がどれほど通用するかは分からんが、同行して損のある人物ではないだろう。

「他のやつらはどこにいるんだ」
「セリスは南の孤島、マッシュはツェン、カイエンはゾゾ山、ティナはモブリズで会えるからその近辺かな。リルムはジドール、ストラゴスは……これから建造される狂信者たちの塔にいるよ」
「……狂信者だと?」
 思いがけない言葉に眉をひそめた。この時世に、誰が何を狂信して塔なんか建てるというんだ。
「まさか……ケフカを?」
「うん。あれも一応、神様みたいなものになってるから。信仰が生まれても不思議じゃない」
 だとしてもそこにストラゴスがいる理由はないだろう。

 サマサのやつらは魔大戦の苦しみを今でも深く記憶に刻んでいる。三闘神の封印を解いたケフカを信奉するはずがない。
 しかしユリは、苦々しげに溜め息を吐いた。
「ストラゴスは、一年間で誰にも再会できないんじゃないかな。それでリルムも死んだと思って、自暴自棄になった……ってことだと思う」
「……」
 何と言えばいいのか。いや、何を言う権利も俺にはない。

 彼はサマサの村にいると思っていた。フィガロ王が自分の城へ帰るように、当然、村に戻っていると思い込んでいた。
 ……そこにあの娘がいなかったから、どこにもいなかったから、世界に絶望したのか。あの老人が。
「塔が建造されるまで彼がどこにいるのかは分からんのか」
「推測して探すことはできるけど……、ストラゴスがどのタイミングで塔に来るかも分からないし、難しいよ」

 伝書鳥を飛ばすとユリは鞄から紙束を取り出した。その中の一枚に地形が変わった後の世界地図が描かれている。
 とはいってもさすがに細部はあやふやなのだろう、単純な丸や歪な三角形で描かれた大陸が並んでいるだけだ。
 その中に町の名前が記されている。

 モブリズからニケアへ続く細い陸地だけが特徴的な形をしている。ここは記憶に残っていたらしい。
「これは蛇の道か」
「そう。浮き上がって陸の道になってるから歩いて通れる」
 だが元は海中に没していた場所だ。町はおろか小さな村や集落さえ存在しない荒野。身を休める建物も、物資を補給できる店もない。
 そんな危険極まりない土地を道と呼べるだろうか。いっそ海中にあった時の方が安全だったかもしれない。

 そして蛇の道の中程に「狂信集団の塔」と書かれていた。
 なるほどな……近場に拠点となる町もなく、彼が現れるまで見張っておくのは難しそうだ。
 第一、塔を訪れるのが世界を旅して絶望に陥ったあとならば、それから見つけても意味がない。
 サマサに伝言を残しておくのがいいかもしれん。もし彼が道中で故郷に辿り着ければ、孫が生きていると知ることができる。

 ユリはここからチョコボでジドールを目指し、馴染みの金持ちから船を借りて南大陸へ運ばせるつもりのようだ。
 そしてアルブルグから再び船でサマサへ向かう。
 この近くにも港はあるが、変わり果てた地図を見る限り顔馴染みに頼むのが正解だろう。
 今の段階で「大三角島へ向かってくれ」と言って辿り着ける船乗りはおそらく世界に一人も存在しない。
 サマサの位置はユリの言う通り大きく変わっていた。俺だけでは探すのに難儀しただろう。
 こいつと再会できたのは思いの外、俺にとって幸運だったのかもしれない。


 こんな紙切れ一枚を眺めているだけで世界が破壊された実感が沸き上がる。元の形は失われ、永遠に戻らない。虚しい気分だ。
「……お前の知る物語では、俺はどこで見つかるんだ?」
 マランダの近くで偶然ユリと出会っていなければ俺はサマサを探して彷徨い歩いていただろう。
 運良く村を見つけ、インターセプターを迎えに行ったあと、自分が何をしようと考えるのかまったく想像がつかない。

「シャドウは最初、獣ヶ原の洞窟で倒れてるのを見つけるんだ。サマサで治療してもらうけどまたどっか行っちゃって、仲間になるのはコロシアムで再会した時」
 コロシアム、と聞いて地図に視線を落とせばコーリンゲン北部にその名を見つけた。
 竜の首コロシアム。これも狂信集団の搭と同じく、これから新たに築かれる建物だ。
 だが、こっちは噂に聞いたことがあった。北の外れに住む偏屈な爺さんが地道に造っていた闘技場だ。まさか本当に完成させるとはな。

「どういう経緯でコロシアムに?」
「ん、んー。なんか、一撃の刃を探してたんだって。プレイヤーがそれを賭けるとシャドウが出てきて、勝ったら仲間になってくれる」
「意味が分からん。一撃の刃を持つ者がコロシアムに来るとは限らんだろう」
「そこら辺は、だってゲームだから! 私に突っ込まれても困ります」
 腑に落ちないが、物語の中の俺が一撃の刃を求めた気持ちは分からないでもなかった。

 どうせ俺のような者は廃業だ。日に日に死へと這い進む世界で誰が金を払ってまで人を殺したがる。
 だが、一度でも手を汚した人間は光差す道へ戻ることなどできない。戦い、殺し、強くなる他に願いも望みもないのだ。
 その一撃の刃だが、どこにあるかは分かっているので直接そこへ行っていいかとユリに聞かれ、頷いた。
 楽に見つかるならそれに越したことはない。


 荷物を預かってもらった礼にとユリはオペラ座に置き土産を残した。
 よく分からんが、金儲けの種らしい。客が来なくなるであろうオペラ座を僅かなりとも支援する心積もりか。
 生活力も戦闘力も赤子並みの貧弱な女に見えるが、異世界の知識を強かに利用して生き足掻いている。
 頼る相手さえいれば強いようだな、ユリは。
 思えば、俺に素性を打ち明けたのもマッシュの代わりに保護者役を押しつけるためだったのかもしれん。
 ジドールに向かってチョコボを走らせながらそんなことを考えていた。
 ……それはそれとして、チョコボくらいは一人で乗れるようになってもらいたいものだ。

「そういえば、マッシュがツェンにいると言っていたな。サマサへ行く前に探してみるか?」
 あいつはユリの素性を知っている。あの悪意のない男なら未来を知ってもそれを利用しようとは思わないだろう。
 しかしユリは彼を探すことを拒否した。
「マッシュにはセリスが起きるまで合流しないって言ってあるから、探さない。もし偶然会っても別行動をとる」
「……理由はあるのか」
「え、あるに決まってるでしょ。意味もなく避けたりしませんよ」
 まあそうなんだが、考えなしに無意味なことをしている可能性もある気がしただけだ。ユリだからな。


 数日の野宿を挟んでジドールに着いた。
 多少の混乱は見られるが、この辺りは世界に何が起きたのか未だよく分かっていない様子だ。
 とはいえ金持ち連中の耳は早い。帝国がなくなったこともガレキの塔にいるケフカのことも、じきに伝わってくるだろう。

 ユリは呑気な様子で辺りを見回している。
「リルムいないなー」
「フィガロの方に流れ着いたんじゃないのか。一年あれば船を探すこともできる」
「あー、そうかも。アウザーさんがコーリンゲンまで画家を探しに行く予定だし、イベント直前までその範囲には来てなかった可能性があるね」

 ユリが頼る予定の金持ちとはジドール随一の大富豪アウザーのことだった。
 これもブラックジャックの船長と同じくマリア誘拐騒動をきっかけにして懇意になったそうだ。
 フィガロ王と親しく、ジドールの大富豪にコネがあり、オペラ座に貸しを持っている。よくよく考えれば末恐ろしいヤツだな。
 そんな様子を微塵も感じさせず、ユリはなにやら一人でニヤついている。

「リルムがフィガロにいたらそれってなかなかのアレだなー」
「それとアレでは分からんぞ」
「恋人関係になるわけじゃないけど、エドガーとリルムってちょっといい感じなんだよね」
「なんだと?」
 エドガー……フィガロ王の名だったな。マッシュの双子の兄で、跡継ぎどころか特定の恋人もいないと噂の……。

「どういうことだ」
「うぉっ! わ、私に凄まれましても。ってか怖!」
「フィガロ王には幼児趣味でもあるのか」
「いやいやいや、ないよ。いい感じっても本当にちょっとだけのことで、リルムがエドガーのミドルネームを知ってる程度だから」
 フィガロの王族は家族しか明かされない秘密の名を持っている。それを教える意図など一目瞭然だ。
 王は一体なにを考えている? あいつは未だ十歳のガキだぞ。

 腹の底から沸き上がってくる不快感を必死で押さえ込んでいたらユリが呆気にとられた顔で俺を見ていた。
「やっぱムカつくんだ? 娘の彼氏候補」
「関係ない。良識の問題だ」
 言ってから後悔した。俺が良識を説ける立場か。
「……」
「……」
「その生ぬるい笑顔をやめろ」
 ユリは勘違いしている。愚かしいほど素直に、俺が父親として娘の心配をしているのだと思い込んでいる。
 ……すぐには顔も思い出せないほど昔に棄てた子供のことを、今さら心配する親がいるはずもない。

「インターセプター迎えに行ったあとリルムを探さない?」
「そうしたければ好きにしろ。俺には関係ない」
「めちゃくちゃ関係あるでしょ、父親なんだから」
「お前が口を閉じていればそんな事実は無いも同然だ」
 そしてユリは誰にも言わないだろう。彼女の方でも暴かれたくない秘密を俺に預けているのだからな。

 ユリは奇特にも、物語の結末に俺が死ぬのを止めたいらしい。そしてその理由にサマサでの出来事を持ち出そうとしている。
 娘のために生きろなどと、馬鹿なことを。
「ケフカを倒した後にも悪夢が続くなら、俺の選択は変わらんだろう」
 俺がそう言うとユリは傷ついた顔をする。そのゲームとやらでの“シャドウ”の死に様を語った時のように、目に涙を溜めて俺を睨む。

「リルムが可哀想だと思わない? せめて親子だって名乗りをあげれば……」
「生きていると知って何になる。自分の親父が人殺しのクズだと知らされるより、死んだと思っている方が幸せだろう」
「それリルムはクズの血を引いてるって言いたいわけ?」
「あの娘の唯一の不幸だな」
 ユリは殴りかかってきたが、軽く往なして無視した。
 父親がクズであろうとあいつを育てているのはサマサ村の人間だ。たかが血の繋がりに引きずられて、娘までクズになる心配はない。

「……自分のことクズとか言わないでよ」
「俺はお前よりも俺のことをよく知っている」
 たかが物語の中で一部を垣間見たくらいですべてを知ったような気になるなと吐き捨てれば、思いのほか強い視線が返ってきた。
「じゃあクズでもいいよ。クズならクズらしく、ちゃんと罪の意識に苛まれながら生きてみたらどうかと思いますけどね」
「何?」
「私だったら、死に逃げたりしない……自分が何を見捨てたのか、分かってるつもりだもの」
「……」

 死ぬのは逃げか。そうだな。それについては反論もできまい。
 俺はきっと疲れて死を選んだに過ぎない。ケフカを倒し、これで帳尻を合わせたはずだと、もう眠らせてくれと、懇願しながら逝ったに違いない。

 もしもビリーがいたなら、あいつはきっと唾を吐きかけるだろう。
 どれほど苦しんだと思っているのか。たかが十年の悪夢ごときで許されると思っているのかと。
 俺は……生き足掻いてでも、もっと長く苦しむべきなのではないか。あいつが味わった地獄に追いつくまで。


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