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🔖自然という形
軋む身体をなんとか起こして空を見上げ、思うのは「あー、やっぱり生きてた」ということだった。
飛空艇から落下したのに無事だなんて、これはもう単なる幸運では済ませられない。
物語に決められた流れがあるのと同じく、私が必ずエンディングに辿り着くようにどこかの誰かが働きかけている。たとえば運命ってヤツとかが。
まあ実際、ブラックジャックが破壊された瞬間に皆が幻獣を召喚するのが見えたから、そのどれかに助けられたのだろう。
横っ腹に衝撃を感じた直後に気を失った。お陰で助かったとはいえ、かなり手荒い救助だったな。
とにかく目覚めた途端に海で漂流中、なんて状況じゃなくてよかった。
きちんと陸地で目覚めたし、服も濡れていない。私をキャッチした幻獣がうまく運んでくれたようだ。
まずは自分の位置を把握しなければならない。しかし見渡す限り何の特徴もない荒野が続いている。
崩壊の瞬間、魔大陸はベクタ上空に浮かんでいた。
ブラックジャックは全速力でそこから離れようとしていたので、私がどの辺りで落ちたのか想像もつかない。
とりあえず瓦礫の塔が遠くにぼんやりと見えているから、今立っているこの場所は元帝国のあった付近ではなさそうだ。
ラスダンまで適度な距離があり、間に山を挟んでいない場所……モブリズかツェン、あるいはオペラ座方面にくっついてしまったマランダ辺りか。
徒歩でオペラ座に行ける場所だと助かるのだけれど。
忘れないうちにと記しておいた崩壊後のざっくり地図、モンスターやアイテムのメモ、フェニックスの洞窟と瓦礫の塔の攻略手順、全部あそこに置いてある。
それにオペラ座なら伝書鳥がいるから連絡可能な仲間もいるだろう。
世界中を覆い尽くした雲は真っ赤に染まり、見た目だけは美しい夕暮れの風景。
しかし太陽の見えない時間が長く続けば続くほど世界は荒廃を深めていくはずだ。
足元の地面に目を落とせば、裁きの光が通ったあとらしく焼け焦げた大地ばかりが広がっている。草木の気配もない。
ふと思いつき、しゃがみ込んで土に手を触れてみた。……なんか熱い。床暖房が効いている。
冬場に寝転がるにはちょうどいいくらいの温かさだが、地面がそんな熱を帯びているなんて異常だ。
ここでは植物など育たないだろう。
ケフカを排除するまで世界はゆっくりと枯れ続けるんだ。
方角もよく分からないので、瓦礫の塔を右手に見つつ適当に歩き始めた。
まず陸地の端に行ってそこから海岸沿いに歩いていればどこかの漁村に辿り着けるんじゃないかな! という大雑把な計画だ。
体感で三十分ほど歩いただろうか。ありがたいことに海が見えてきた。しかしその時、遠く瓦礫の塔が強烈な光を発したのに驚いて足を止める。
ブラックジャックがやられた時と同じ、三闘神の魔法が大地を割って進んでいくのが見えた。
不規則な軌道。明確な標的があって放たれたわけではなく単なる暴走のようだ。ケフカは未だ三闘神を完全な支配下には置けていないのだろう。
しかし、どっちにしろ今の魔法はどこかの誰かを殺した。
これが一年続くのだ。
一年で終わると知っているから私は平静でいられるけれど、何が起きたのかも分からないままこの絶望に放り出された人たちは……。
溜め息を振り払って海岸沿いをさらに進む。
今は崩壊前から崩壊後への転換期。生態系がねじ曲げられている真っ最中だ。
そのせいか、ありがたいことにさっきからモンスターとまったくエンカウントしない。
どうせなら凶悪な魔物が出没し始める前に町へ到着したい。
また三十分ほど歩いたように思うが、さっきより疲労が濃くなっているので時間の感覚も鈍っている。
相変わらず人の気配も感じられない海岸線で、少し離れたところに妙な物を見つけた。
近づいてみるとそれは船の残骸……見覚えのある操舵輪と無理矢理ひっぺがされた床板だった。
真っ二つになって墜落したブラックジャックの一部だ。船首側がこの近くに落ちたならセッツァーに会える可能性が高い。
ということは、ここはコーリンゲン方面?
いや、決めつけるのは早い。船長だってすぐに自暴自棄の飲んだくれ生活を始めたわけじゃないだろう。しばらくは世界をうろついていたと思う。
ゲームで再会する場所が各々のスタート地点とは限らないのだった。
何にせよ、誰かが近くにいるかもしれないと思うと足の疲れも緩和された。
とりあえず舵輪は拾っていくことにする。
セッツァーに渡せば……傷を抉ることになるかもしれないけれど、きっといつの日かは記念になるだろう。
ブラックジャック号、どうにか守りたかったのにな。
いい加減に足も棒になりつつあった頃、町に辿り着くより先に見慣れた黒い人影を見つけて思わず歓喜の声をあげた。
「シャドウだー!」
どさくさに紛れて抱き着こうとしたら覆面の隙間から殺気を帯びた目で睨まれたので思い止まる。
インターセプターがスキンシップ嫌いなのはきっと飼い主に似たんだな。
「……ユリか」
しかし気のせいでなければ彼も私の顔を見てホッとしたようだ。
真っ先に落ちた私はいいとして、最後の方まで船に残っていた人、仲間が次々と宙へ投げ出されていくのを目にした人ほど不安は大きかったはず。
こうして顔を合わせることで、弱っちい私が生きてるくらいなら他の皆も無事に違いない、とでも思ってもらえたら幸いだ。
「いやはやお互い無事で何より」
「早死にしそうに見えてしぶといヤツだな、お前は」
「ホントにねー。半分くらいは死ぬかもしれんと思ってたんだけど」
「軽く言ってくれる」
シャドウは私の背負った操舵輪をチラッと見たものの何も聞いてこない。
私が挙動不審なのはいつものことらしい。それはそれで嫌だな。
一応「セッツァーへの土産だ」と釈明したら納得してくれた。
「あのさ、せっかく会えたんだし、できればどっかの町まで一緒に行動してほしいなあ。私オペラ座に行きたいんだよね」
ものは試しとお願いしたらシャドウは遠く荒野の向こうを指して言った。
「西へ向かってすぐにマランダの町がある。送ってやる。そこから船で向かえばいい」
「なんと! いや、じゃあ徒歩でオペラ座まで行けるわ。マランダは旧帝国領から離れて西大陸にくっついてるから」
「何……?」
向かって左にマランダ、右手に瓦礫の塔。これで大体の現在位置も分かった。急速に安心感がわいてくる。
自分がどこにいるのか知っておかないと、いざって時にどっちへ走ればいいのかさえ分からないからね。
スマホですぐに地図を出せれば、知らない土地でも怖くないのに。文明が恋しい。
ところでマランダから東を目指してきたらしいシャドウはどこへ行くつもりだったのだろう?
「ちなみにシャドウのこれからの予定は?」
「船でサマサへ行くつもりだったんだが」
「ああそっか、インターセプターと合流しなきゃだもんね」
それでアルブルグに向かっていたのか。
地形が変わっていなければ幻獣探しの時と同じルートでサマサまで辿り着ける予定だった。
しかしシャドウも違和感は抱いていたようだ。
なんせアルブルグへ続いていたはずの地面がすぐそこで海に没しているのだから。
「三闘神の魔法で地形が変わったから、一人じゃ行けないと思うよ? オペラ座まで来てくれたら地図をあげるからさ」
「……」
ここからまた歩くのは辛いな。とりあえずマランダでチョコボを借りるとしよう。
セリスがいる孤島はここからまっすぐ南に降ったところにある。
地図で見れば分かりやすいが、実際そこへ行く方法は今のところ思いつかない。
船を借りるとしてもマランダ港から出発して陸地を回り込んでる間に位置が分からなくなりそうだ。
第一「真南にまっすぐ進んだら島があるはずなのでそこへ連れていってください」なんて怪しげな依頼を引き受けてくれる船乗りがいるだろうか。
スカイアーマーで飛んで行く……のも厳しいだろう。おそらくは途中で燃料が切れる。どうしたものかな。
孤島で眠っているはずのセリスに思いを馳せていた私の肩をぐっと掴むものがあり我に返る。
シャドウがちょっと怒った様子でこちらを見ていた。
「ユリ……何を知ってる。説明してくれ」
そうだな。シャドウには話す予定だったし、マランダまで黙って歩くのもなんだし。
他の仲間と合流したら言いにくいことだから、二人きりの今が好機か。
「当面、私の保護者になってくれるなら話すよ」
「いいだろう」
「報酬はどうする?」
「お前の“秘密”が報酬じゃないのか」
「あー、そっか。そうなるのかな」
背負った荷物を押しつけて半分持たせるようなもの。シャドウにとって割に合わない取引だと思うのだが、本人がいいと言うならまあいいか。
「とりあえず私が知ってることを言うね。仲間は全員無事。今どこにいるかは分からないけど一年後の居場所は分かる」
そして彼にとってはそれよりもっと重要なこと。
「あとシャドウの見てる悪夢について、リルムとの関係とかも知ってるけど」
まず信じてもらうまでが大変だなあ、なんて思いつつ。
どれから聞きたい? と問いかければシャドウは「細かいことはいい。なぜそれを知っているのかを教えろ」と答えた。
私の言う「悪夢」や「リルムとの関係」がどんなものか、確認しないんだ。
じゃあそれが私の推測や妄想じゃなくて紛れもない“事実”だと、確信を抱いているわけだ。
……シャドウと行動を共にした時間は短かった。そんなに怪しいところは見せなかったつもりだけど、なぜ“私が知ってる”って分かったんだろう。
マランダを目指して歩きながら隣に並んだシャドウに私の素性を説明する。
インターセプターがいないから変な感じだ。
「始めに、私はこの世界の人間じゃない。魔法か何かの力で迷い込んできてしまった異邦人です」
「幻獣のようなものか」
「いや、もっと遠い隔たりがある。私から見れば幻獣界はこの世界と同じ物語の一部だからね」
「物語?」
そう、たとえば、本棚だ。そこに詰め込まれた本。誰かが綴った架空の物語。造られた世界に息づく人々。決められた通りに動くストーリー。
この世界の人々にとっては幻獣も異界の生き物だけれど、私から見ればどちらも同じ物語の登場人物だ。
「読んでいた本の世界に取り込まれた。大雑把に言うと私の素性はそんなところだよ。ガストラがティナを見つけた日から始まって主人公がケフカを倒して終わるまでの物語を、私は最初から知ってるんだ」
主人公の一人であるシャドウの過去も、語られてる部分はね。そう付け加えると、彼は微かに肩を強張らせた。
一個の人間としては“先の展開を知ってる”なんて大した優位性にならないと最近になって痛感している。
未来を知っていても、何もできないなら、知らないのと同じだった。
「……それでお前は、どこまで見通せるんだ?」
「うーん。ビリーとクライドのこと、リルムの父親が誰か、リルムとストラゴスは血が繋がってないこと……知ってるのは物語で描写がある部分だけ」
私はリルムのお母さんの名前を知らない。それに“シャドウ”を結成する前のビリーとクライドのことも、サマサでの生活も、村を発ったあとの消息も。
語りきれないほど細かいことは何も分からない。
「重要なことを知ってるけど、そんな風にいろいろと穴もある」
「……なるほどな」
あっさり頷くシャドウに拍子抜けさせられた。
こんな話、もっと根掘り葉掘り聞いてようやく事態が飲み込めるものだろう。
異世界から来たってそんな馬鹿な話があるかい、とか、この世界が作り物なわけないだろ、とか。最初にあるべきツッコミをすっ飛ばしている。
マッシュに話した時も思ったけれど、普通に納得されてしまうのが不思議だ。
元が剣と魔法のファンタジー世界だから“不思議”の感覚も私とは違うのかもしれないな。
私には荒唐無稽すぎて自分でも信じられないような話を「そういうこともあるかもね」と受け入れられる。
……それにしてもあっさり信じすぎだと思うけれど。私はそこまで素性の怪しい人間だっただろうか。
私の言動に変なところがあったかと尋ねたら、シャドウは事も無げに「最初から全部不審だった」と教えてくれた。
サウスフィガロで見かけた時から、好意的な視線に不自然さを感じたらしい。
なるほど。私は彼を最初から仲間と認識して見ていた。そのせいで浮いてしまったのか。
スパイかと疑うような機密を知ってるかと思えば幼児にも分かる常識が欠けている。
無知な箱入りかと思えば妙に世間慣れしている。
世界が滅ぶ事態を目の当たりにしても落ち着いているくせに、自分が戦闘に巻き込まれるとパニックになる。
「背景がまったく見えん。何者なのかと、ずっと疑問だった」
「うーん。改めて聞くと確かにめっちゃ怪しいな」
しれっと言い放てばシャドウは苦笑していた。
「不審だが、害はない。だから見逃されているんだろうな」
やっぱり見逃されてたのか。まあ、エドガーやロックは出会ってすぐから私の嘘に気づいてたものね。
ロックは考えないようにしてくれたし、エドガーも追及はしてこなかった。隠し通せているのは彼らの優しさのお陰だ。
さて、他言無用というのはわざわざ言うまでもないだろう。
私としてもクライドの話を勝手に他の誰かに教えるつもりはないし、シャドウもこちらの事情を誰彼構わず話すことはないと信じている。
「で、本題に入るけど、この世界が作り物で筋書きは予め決まってて、私がそれを知ってるってこと、誰にも教えたくないんだ」
「そうだろうな」
「でもシャドウには先の展開を話しておこうと思ってた」
正直なところ、本当にいい結果をもたらせるのかまったく自信がない。
私が話したせいで本来なら思いもつかなかったはずの選択肢がシャドウの中に生まれてしまうかもしれないんだ。
でも……。
隣から注意深げな視線を感じつつ、深呼吸して遂にそれを口にする。
「ガレキの塔にケフカがいる。一年後に皆であいつを倒して、塔が崩れ始め、皆で逃げようという時、あなたは一人でその場に残る。誰にも、何も言わずに」
「……」
「教えてほしい。……今、死にたいと思ってる?」
シャドウは黙ったまま、足を止めて考え込んだ。即答はされなかった。それだけで少し安堵する。
「お前は……悪夢のことも知っているんだったな」
「うん。一部だけど、知ってる。それについてはごめんなさいとしか言いようがない。覗き見する気はなかったんだよ」
「物語を見ているだけのつもりだったんだろう。別に口封じをする気はない。安心しろ」
お、おう。嫌われるか避けられるかというのは心配してたけどそこまで考えてなかった。逆に怖くなるわ。
でもシャドウのことだけじゃなく、他人には知る由もないはずの思い出を一方的に知っているなんて悪趣味だと思う、本当に。
ロックやマッシュの回想シーンだってそうだ。……私だったら、自分の過去を他人に覗き見されたらゾッとする。
本を読んだりゲームをしたりするのにいちいちそんなこと慮っていないけれど、現実に人間同士として接してしまうと距離感が変わる。
私は、シャドウが誰にも言わなかったことを彼の許諾を得ずに知っている。
包み隠さず気持ちを話してもらうのは無理だろう。
なぜ死のうと考えたのか、なんて、ただでさえデリケートにも程がある問題だ。
その場に立ち尽くしたまま、シャドウは口を開いた。
「ケフカを倒す戦いに、なぜ俺が加わっている? あいつらに雇われるのか?」
「うーん。雇われるわけじゃないよ。ケフカ云々ってより、シャドウなりに戦う理由があったんだろうね」
コロシアムで再会した時、シャドウは「俺に残されたのは戦いだけの修羅の道」と言って、その道を極めるために再び仲間になる。
だけど一撃の刃を探し求めたのは自分に振るうためではないはずだ。そう思いたい。
「今、何のために生きるのか、何を作り出すことができたのか、守るべきものは何なのか……」
絶望に満ちた世界でそんなものが見つかったのかとケフカは尋ね、仲間たちが答える。
「シャドウの答えは『友と、家族と……』だったよ。そして崩れ落ちる塔でインターセプターを逃がして、『ビリーよ。もう逃げずに済みそうだ。あたたかく迎えてくれよ』……って……」
「……おい。なぜ泣く」
「ううぅ、お、思い出したら涙腺がゆるんでぇ……」
かつてビリーを見捨てて逃げ出したから、死と向き合うことがシャドウにとっての戦いなのか。
それとも単に友と妻のいる地へ向かおうとしたのか。
だけどそれは、最後まで生きてもできることじゃないか。
何度プレイしてもシャドウは行動を変えてくれなかったけれど。
でも今、私はプレイヤーではなく、彼自身と対話している。何か……ほんの少しでも、変えられるなら。
日が暮れつつあるのか、風が冷たくなってきた。雲が空を覆っているので時間の感覚がない。
シャドウが再びマランダに向かって歩き始めたので慌てて後をついて行く。
「魔大陸でケフカを止められなかったことは悔いている。後始末はするつもりだ。だが、戦いを終えた後の心境は、今の俺には分からん」
「……うん」
とにかく現時点では死のうなんて考えていないわけだ。できればそのまま、ビリーとの再会は年老いてからにしてほしい。
物はいつか壊れる。人は死ぬ。ケフカは『だから生きる必要などない』と言うけれど、それならわざわざ死ぬ必要もない。
「どうせいつか死ぬからこそ、死ぬまで生きればいいと私は思う」
「お前らしい屁理屈だな」
「あ、ありがとう?」
その行いを裁きはしない。自分の人生をどうしようと彼の勝手だ。
ただ私が生きるために、そして大事な人たちが生きてゆくために、やりたいと思うことをやる。
「私はシャドウに生きててほしい。ずっとそう思ってた。ここじゃない遠い世界で、この物語を知るたくさんの人が、シャドウを死なせない方法を探した」
「だが見つからなかった」
「……だって、本人が意思を変えなきゃどうしようもないからね」
仲間たちは、そしてプレイヤーは、シャドウがそんな覚悟を決めていたなんて知る由もないから、別れを惜しむ時間さえ与えられない。
「列車強盗でも友達を見捨てたヤツでもアサシンでも、そんなの承知の上であなたに絶対生きててほしい人がいるんだよ」
聞き入れてもらえなくてもいい、意思を覆せなくてもいい、それが彼自身の望みならどうにかして受け入れよう。
だけどその前にたった一言「死なないでほしい」と、「生きてほしい」と。
そう願っている人がいる事実を伝えたかったのだ。
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