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🔖ブレス・オブ・ライフ
マランダでもサウスフィガロでも、今まで困ったことがなかったから考えもしなかった。
会話が噛み合わないって辛いものだな。こっちに行こうとか急ごうとか止まってとか、ティナに伝えるべき言葉が何一つ伝わらない。
命を狙われている最中の少女を励ましてやることすらできないとは……、なのに追っ手の気配は少しずつ迫ってくるし。
結局ガードに追いつかれて袋小路で落盤に巻き込まれるまでティナとはお互い一方通行な呼びかけしかできず。
まともに意思疏通もできないうちにティナは落下の衝撃で気絶してしまった。
このままでは心を開いてもらえるまで遠い。
せめてもの救いは、ティナの言葉が分からないなりに私も帝国語に関してまったく無知ではなさそうなことだろうか。
ジュンがナルシェの言葉を話している時はさっぱり聞き取れなかったのに、ティナに関してはその言語が帝国語だということくらいは分かった。
私が使っている脳ミソには僅かながら帝国語の知識があるのだろう。セッシボーンとか言ってるからフランス語だな、程度の知識ではあるけれど。
今から新しく外国語を習得するのは難しいだろうと思う。しかし……。
「帝国語、勉強するか」
せっかくならティナと、それに他の仲間たちとも直接会話をしたいからね。
それにしても意識がないティナを地面に寝かせたままボーッと座っていていいのだろうか?
記憶が確かなら、この辺でタクティカルバトルのチュートリアルがあったはずだ。
だから下手に動いてロックと合流できなかったり、先にガード連中と鉢合わせたりしたらとても困る。
しかしこの場面をロックに見つかったら「こいつなんで何もせずにボケッとしてるんだ」と思われそうだ。
うん。念のために逃げる格好くらいはしておこう。
ティナを背負って通路を歩き回る。
後々エドガーやバナンと一緒に戻ってきた時に謎の光を追いかけるルートはなんとなく記憶にあった。だから大丈夫だと思っていたのだけれど……。
「やべえ迷子になる!」
洞窟の壁が入り組んでとてもややこしい。当たり前だがゲーム画面ほど壁の配置が整然としていないんだ。
道が曲がりくねってどこに繋がってるのか見えないし、気づかないうちに曲がってたりして「マップの下が出口」と分かっているのに迷路を抜け出せない。
その場から動くべきじゃなかったと後悔する間もなく前方から人影が現れる。
「うっわ、ビビったぁ!!」
暗がりで灰色の髪がターバンに見えたからナルシェのガードかと思って逃げそうになったけれど、そこにいたのはロックだった。あー、心臓に悪い!
「お前は……ジュンが言ってたドマ人か?」
「あ、はいユリです。んで、こっちがティナ」
「俺はロックだ。ちゃんと自己紹介したいところだけど、まずはここから逃げよう」
「了解っす!」
私はティナを背負ったまま、先導するロックがモンスターを追い払って坑道を進む。心強いぞ!
あと、やっぱりパーティの人数に応じてエンカウント率が変動している気がする……。
ていうか、ロックには私の言葉も通じるんだな。帝国語も分かるんだろうか。
記憶が欠けているティナにとって他人と言葉を交わすという行為はとても重要なことだ。せめてロックとはスムーズに会話できてほしい。
帝国と同盟を結んでいる立場上、エドガーは間違いなくバイリンガルだと思うけれども……ティナと直通会話できるのがエドガーだけってのは不安だからね。
しばらく走ったところでロックがいきなり立ち止まり、背中に顔をぶつけそうになった。
「まずいな。大勢で来やがった」
言われるまで気づかなかったが、耳を澄ましていると遠くから怒声と足音が聞こえてきた。
壁に反響して正確な人数は分からない。でもガードを総動員している感じかな。
「通路が入り組んでるし視界も悪いから、私が囮になるのはどう?」
「うーん……」
私はドマの国民らしいので、万が一ナルシェで捕まってもいきなり殺されることはないだろう。しかしロックは危険が大きすぎると難色を示す。
ガード連中は通路をしらみ潰しに捜索しているようだった。どの通路にも人がいるのでは囮作戦に効果はない。
それに考えてみるとこの迷路はガード選抜試験に使われているのだから、彼らには地の利があるんだよね。
「俺が強引に突破するから、頑張って逃げ切ってくれ」
「はぁ……“みんながんばれ”作戦ですね」
もっと言うなら「作戦を立てようがないからとにかくがんばれ」って感じ。
もしかしてチュートリアルバトルは省かれるのかなとか思いつつ物陰に潜んでタイミングを窺う。
ロックの肩越しにガードの姿が見えた瞬間、それを遮るように前方の岩壁が崩れ始めた。
「えっ! このタイミングで落盤!?」
「いや、違う」
何やら洞窟の反対側を指差すロックの視線を追いかけると、白くてふかふかした生き物たちが不思議な踊りを披露していた。
うおぉ……実物を見ると思ったよりでかぁい! そしてどう見てもぬいぐるみだ!
坑道全体が崩れないかと恐ろしかったけれど、崩落は完全にモーグリの制御下にあるようだ。
私たちもガードも傷つけることなく通路だけを塞いでおさまった。
「モーグリたち、恩に着るぜ」
「ありがとー、この礼はいつか必ず!」
短い手を振りつつクポクポ見送ってくれる姿に胸を打たれる。ティナ、気絶してて残念だな……。
モンスターを気にしなくていいのはありがたいけれど、人を背負って走るのは体力的にもなかなかキツい。
少女といっても十八歳、しかもティナは重装備の戦士だから一般人女性よりも重いのだ。
分刻みに息切れが激しくなる私を見て立ち止まったロックは気遣わしげに顔を覗き込んできた。
「大丈夫か? 坑道さえ抜けちまえば町は遠いし、ガードに見つかる心配もない。もう少しの辛抱だから」
「うん……」
何もこの状態のままで何時間も歩くわけではないので頑張れるとは思う。しかし。
「五十キロのジャガイモ袋を運ぶのって疲れるよね」
「は?」
「でも似たような重さの可愛い女の子だと辛さが軽減されるんだよ」
私もティナも胸当てを着けているので柔らかさや温かさは微塵も感じられない。それが問題だ。
ティナを背負ってる実感がないんだ。だから重さだけが背中にのしかかって、辛いんだ……。
疑わしげな視線を向けていたロックは唐突に表情を変えた。
「あ、そうそう。炭坑を出たらまずはフィガロ王国を目指すつもりなんだが、君も城まで一緒に行くか?」
「なんで私を見てフィガロのことを思い出したのか気になるけど連れてってもらえれば幸いです」
当面の目標はティナと一緒にフィガロ城まで行くことだからね、一応。
なんとなく見覚えのある地形になってきた。この先は数時間前に町外れから侵入した隠し通路だろう。
背中で身動ぎするような気配があったのでティナを地面に降ろす。
「おはよう」
何かしらの挨拶をしていることは分かったのだろう、寝起きでぼんやりしつつも彼女は小さく頷いてくれた。
「具合はどう?」
『まだ……何も思い出せない』
その言葉を聞いてロックが目を見開く。
「彼女は記憶がないのか?」
「今のところ名前しか思い出せないみたい。ガストラ皇帝にあやつりの輪をつけられてたんだよ」
自分の意思がないって、どういう状態なんだろう。
向こうの世界で私は果たして“自分の意思”を持っていたんだろうか。
やりたいこともやるべきこともなく、生まれたから仕方なく生きていただけの私にはティナを哀れに思う権利もない。
ただ彼女が自由にできるはずだった十八年間を奪われた事実を気の毒だと思う。
でもロックにとってこれは同情以上の問題なのだった。
『安心しろ。俺が必ず守ってやる。絶対に……見捨てたりしない!』
真剣な目をしているロックを、ティナはまるっきり無表情で見つめている。
このスルーっぷりでもへこたれないとはメンタル強いな。エドガーだったら落ち込みそう。
まあ、守ってやるという殺し文句ではあれども異性として口説いているわけじゃないし……。
昔は女心の分かんねーやつというイメージしかなかった。だけど今は少し違う。
仮にレイチェルのことがなくてもロックはティナやセリスに「守ってやる」と言ったんじゃないのか。
旅の身空に生きてきた彼にとって“自分の意思”は命を守ることに直結している。すべてを自分で考え、自分の力で暮らしていかなければならないのだから。
レイチェルの件が引っかかっているから記憶喪失の女に弱いというよりも、記憶喪失を重大視しているからこそレイチェルの件を忘れられないのか。
わりと狙い時なティナを前にして微塵の下心もないロックを見てそんなことを考えた。
もう少しの辛抱という言葉通り、坑道を出てしまうと追っ手の気配は完全に消えた。
結果的には氷漬けの幻獣も無事だったわけだし、ナルシェを出てしまえばそこまで執念深くティナを追い回す必要もないのか。
ロックが隠していた荷物を回収して再び歩みを進める。次に目指すはフィガロ城。
砂漠のど真ん中、ということは、今のところ考えないようにしておこう……。
私とティナは相変わらず会話を交わせないけれど、ロックが間に立って通訳してくれるので助かっている。
「ロックは帝国語も話せるんだね」
「ああ。前に……帝国領に潜入して調べなきゃならないことがあったんだ」
なるほど、フェニックスの秘宝について調査するために帝国語を覚えたのか。
この世界で外国語を覚えるのってどれくらい大変なんだろう。それぞれが掛け離れていなければ私もマルチリンガルを目指したいのだけれど。
「暇な時でいいから私に教えてくれないかな」
特に面倒臭がるようなこともなく、ロックはあっさり「いいよ」と言ってくれた。
しかしすぐに考え込んで首を振る。
「いっそのことフィガロ語を覚えるといいかもしれない」
「あー、せっかく今からフィガロに行くんだし?」
「というより、その方が簡単なんだよな」
フィガロの言葉は大体どこでも通じるそうで、そっちを学んだ方が役立つのだとか。
なるほど。向こうの世界でも始めに英語やスペイン語を覚えておくとヨーロッパ圏の言葉を理解しやすかったりするものね。
にしても、私が話してる言葉とティナの言葉は単語からして似ていると思えない。
それをどっちもスムーズに話せてフィガロ語も堪能って、地味にすごいな。
「ロックって何ヵ国語を話せるの?」
「うーん。今すぐ話してみせろって言われると三国くらいだけど、ガキの頃からあちこち旅してたからなあ。一週間くらい過ごせばどこでも話せると思う」
「マジっすか」
まさに学習したんじゃなくて生活していくうえで自然と身についた特技って感じ。
「よし、こっから日常会話はフィガロ語ってことにしよう」
「え? いきなりそれは不便じゃないか?」
「習うより慣れろってやつよ」
向こうの世界でも単身海外旅行を繰り返したお陰でわりとすんなり英語を覚えられたからね。
必要に迫られてこそ人は最大限の能力を発揮できるのだ。
「ユリって、意外と自分に厳しいな」
「……」
それはダンカン一家と暮らした影響かと思われます。
冬の砂漠を旅するなんて恐ろしく感じていたけれど、道連れがいるので意外と精神的に余裕があった。
もちろん寒いし足が痛いしモンスターは多いしで疲れきっている。でも楽しさの方が大きい。
ロックが話し、私とティナが分からない言葉を聞き返し、フィガロ語の学習もいい感じで気を紛らせていると思う。
あと心配していた食事も今のところはそんなに酷くない。
ロックが持って来てくれた携帯食料と水がある。ティナがファイアを使えるので火を起こすのも簡単だ。
毎日ちゃんと温かくて汁気があるものを食べられる、それだけで活力が漲ってくる。
砂漠の中ほどでは遊牧民らしき一団と合流して彼らのテントを借りることになった。
さすがに言葉は通じないみたいだけれど、身ぶり手振りで物々交換を成立させて水を分けてもらったりしているところを見ると感動すら覚える。
「ロックって意外と頼りになるね〜」
『意外とは何だ、意外とは!』
怒る時もフィガロ語で怒ってるし、律儀というか真面目というか。
ティナは私やロックの言葉を熱心に聞いていた。
目を覚ましてすぐは何も考えてないような目をしていたけれど、今その瞳には好奇心に似たものが現れている。
言語の習得という目的を与えたことは、記憶が欠けているという不安を忘れさせるのに役立っているようだ。
他人の言葉に耳を傾ければ感情を取り戻す手助けになるだろう。
リターナー本部での一件を思い返すと尚更、ジュンがティナを追うように頼んだ相手がロックでよかったと心から思う。
彼は間違いなくティナの心身を守ってくれているもの。
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