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🔖グリーン・ダイヤモンド



 本当に大丈夫かって五百回くらい聞いてくるしつこいマッシュをサウスフィガロの洞窟に置き去りにしてから三日が経過。
 保護者を同伴せず単独でモンスター蔓延る野っ原を歩くのは初めてだと自覚した瞬間が一番の恐怖だった。
 物陰から見守ってくれている人はなく、生き残れるかどうかは私自身に懸かっている。
 それに、マッシュと別れた瞬間エンカウント率がやたらと高くなったのも気にかかる。
 私は舐められているのか? あの筋肉モリモリはヤバそうだから一人になった隙を突こう、ってことか?

 ゲーム中での戦闘発生頻度から考えて、私がバトルをしなければいけない確率は山登りに際して熊と遭遇するのと同じ程度だと思っていたんだ。
 しかし現実は甘くない。山登りでたとえるなら野ウサギやリスのような小動物、鳥を見かけるのと同じくらい頻繁にモンスターと鉢合わせている。
 というか、向こうの世界における野ウサギやリスといった無害な野性動物がこちらの世界ではモンスターになっているわけだ。
 人間を見かけると逃げたり隠れたりするやつもいるけれど大抵は襲いかかってきた。生存競争の激しさが生き物を凶暴にしたのだろうか……。

 ある時は物陰に隠れてやり過ごし、またある時には姿を見た瞬間に全力で逃げ、ごく稀に戦ったりして少しずつ歩みを進めている。
 幸いにも未だモンスターに殺されていない。さすがの私もゲーム開始地点付近なら一人で歩けるようになっていたことにホッとする。
 でも体力的にキツいな。ろくに眠れなくてほとんど休まず歩き通しだから、そろそろ町に到着したい。

 やがて空から雪がちらつき始める頃、前方の山肌に炭坑都市ナルシェの門が見えてきた。
 うおー、サウスフィガロの洞窟からナルシェまで私一人で来られたぞ! やったあ!
 ……うん、かなり虚しい。ガキの使いじゃあるまいし、こんなレベルで喜んでて今後どうするよ。

 問題はここからだ。ナルシェの情勢的に、たとえ旅人を装っても町へ入れてはくれないと思う。
 あるいは近くに潜んでおいてロックが到着するのを待つか? いやいやそれだと私が彼らに同行する理由をでっちあげられない。
 順当にチャンスを得るためにはオープニングから彼らと仲間になっておく必要がある。
 やはりロックより先に私がティナを見つけるのがいいだろう。そのためには例の隠し通路を進まなければいけない。
 サウスフィガロの洞窟はマッシュがついててくれたけれど、今度は一人きり。


 炭坑ってのはどうしてこう不気味なんだろう。
 壁に備え付けられた明かりに照らされて自分の影さえ亡霊か何かのように思える。
 ずっとここにいたら暗所恐怖症か閉所恐怖症にでもなってしまいそうだった。
 ナルシェに入って以降ろくに色彩がないのも気を滅入らせる。
 平原を歩いている間は、モンスターの影に怯えつつも空や山の青さに心を慰められたのに……。
 この炭坑ときたら陰々滅々としたモノクロームの世界なんだもの。息苦しくて嫌な気分になる。

 せめてもの救いはガードがしっかり管理しているので外よりモンスターが少ないことだろうか。
 暗がりから突然ウェアラットが飛び出してきたりすると心臓が止まりそうになるけれど、今のところは対処できている。

 坑道内ではスペースに余裕がなくてあまり機敏に動けない。しかしその条件はモンスターにとっても同じことだ。
 適当にミスリルソードを振り回していてもほぼ確実に当たるので必然的に命中率が高くなっている。
 まあ私の回避率も同じだけ下がっているのだけれど、そこはバルガスとの訓練が効果をあげていた。
 突き飛ばされても引っ掻かれても噛みつかれても、痣ができても出血しても、戦意を切らさずに済んでいる。
 この世界に来た当所より確実に、暴力というものに対する耐性ができていた。

 そして人間様には回復薬という伝家の宝刀があるから、多少の傷は問題にならない。
 町を出る前にハーコート夫人がポーションを多めに用意してくれたし。
 着替えと食糧と寝袋をまとめて荷造りしてくれたのも彼女。お節介すぎるところもあるけれどありがたい人だと改めて思う。
 やっぱり旦那があれで息子もあれだから妻として母としてのスキルが磨かれたんだろうなあ。

 などと失礼なことを考えていたら、視界の端に瑞々しい夏の草みたいに鮮やかな緑が飛び込んできた。
 雪景色と暗い坑道の風景に嫌気がさしていたところだったので、その印象は強烈だった。
 緑色の髪ってもっと違和感があると想像していたのだけれど意外なほど自然で綺麗だな。
 芯から仄かな光を放って宝石みたいに輝いている。あれも魔導の証なのだろうか。

 さっさと駆け寄って助け起こそうと思いつつも近づけないのは彼女のすぐそばに氷漬けのヴァリガルマンダさんが鎮座ましましていらっしゃるせいだ。
「おーい、ティナさーん?」
 へんじがない。きぜつしているようだ。

 せっかくの美しい緑を台無しにしているクソダサヘッドギアがおそらくはあやつりの輪。
 ティナがあれをつけているのだから今はビックスとウェッジが消えた直後ってことだろう。
 迂闊に近寄って私まで消されやしないかと恐ろしい。
 というかジュンはガードの目を掻い潜ってここまでティナを探しに来るのだろうか。あの人って戦闘要員に見えないんだがな。

 逡巡すること一分弱。ヴァリガルマンダさんにも動きがないので意を決してティナに近づいてみた。
 しかし何も起こらなかった! ティナが気絶したので共鳴現象もおさまっているようだ。
 とにかくガードに見つかっては困るので彼女を避難させるとしよう。
 無防備に寝っ転がっているティナのそばにしゃがんで、手に触れる。すべすべしてやわらかい。若さっていいな!

 ってなところで人の気配を感じて振り返ると呆気にとられたような顔の老人が私を見下ろしていたのです。
 ジュンさん? タイミング最悪ですよ。
「あ、待って、違います」
 決して邪な気持ちで触れようとしているのではない……と無駄に慌てる私をスルーし、ジュン(仮)が口を開く。そこで新たな問題が発覚した。
『お前さんは何者じゃ?』
「ん!?」
 なんだ聞き取れなかったぞ? ここへ来て言葉の壁だと……!


 マランダにいる時もサウスフィガロでも言葉に不自由しなかった。だからよくある御都合主義スキルで異世界言語を自動翻訳していのかと思っていた。
 どうやら違ったようだな。
 薄々予想していた通り、この肉体はそもそも私では誰かの持ち物だったんだ。
 何か因果があるのか単なる偶然かは分からないが異世界からやって来た私の魂はそこに入り込んでしまった。
 そしてその誰かさんは、ナルシェの言葉を話せない。

「警戒しないでください、私は帝国の者ではありません」
 声を抑えて一語ずつゆっくりはっきり発音する。ベルトから剣を外して地面に置き、両手を挙げた。
 幸いにも敵意がないことは伝わったようで、ジュンの表情からやや険しさが薄れていく。
「ドマの民か?」
「って通じるんかい!」
 この一連の緊張と焦燥を返せよな。


 安心した反動で脱力する私を見つめてジュンは苦笑している。
「仲間は貴重じゃからな、あんた方のお国についてはよく学んでおるよ」
 ああ、そういえばドマ王国はリターナーに与しているのだったか。
 じゃあ私は帝国との小競り合いから逃げてマランダに行ったということにでもしておこう。
 ラッドが発見してくれた時にマランダで死にかけていた理由が他に思いつかない。
 それにしても、今後どこかで肉体の主の知り合いに出会っちゃったら面倒だなあ。

「しかしなぜナルシェに来たんじゃ……? それもわざわざ、」
「わざわざこの時期に、こんな人目につかない場所へ、ですね」
「うむ。お前さんを信用してもいいのか、はっきり聞かせてくれ」
 それを私が決められるならもう半ば以上信用している気もしますが。

 あまり嘘を重ねすぎてもすぐにボロを出してしまうので適当な言い訳を考える。
「私はサウスフィガロで氷漬けの幻獣を奪うための部隊がナルシェに派遣されたという噂を聞いて、彼女に会うために来ました」
「魔導の力を持つ娘にどんな用があるというんだね」
「決まっているでしょう、一緒にリターナーのもとへ行くためです」
 戦争を避けてドマからマランダそしてサウスフィガロに逃げてきたけれど、ついに私も帝国と対決する覚悟を決めた。……そんなところかな。

「自己紹介しときますね。私はユリ、少し前までサウスフィガロに住んでました」
「リターナーのジュンじゃよ。すまんが、彼女を背負ってやってくれるか」
「喜んで」
 とは言ったもののティナを背負って戦ったり走って逃げたりはできそうにない。モンスターが出たらどうしよう。
 しかしそんな私の不安を感じ取ったのか、ジュンは「すぐそこの出口から家に逃げ込める」と先に立って案内してくれた。


 坑道を出てみるとナルシェの町は静まり返っているように思われた。
 たぶん、ユミールがやられたので人員を補充して氷漬けの幻獣のもとへ向かっているところなのだろう。
 空の魔導アーマーを置き去りに帝国兵が消えているので捜索開始、という筋書きかな。猶予はそんなになさそうだ。

 ジュンの家にティナを運び込んでベッドで寝かせる。
 坑道に倒れていた時は妖精さんのように可憐で儚げだったけれどもベッドで眠る姿は普通の子供みたいだ。

 ところで精神に作用するアクセサリーなんて強引に外していいのだろうかと迷う間もなく、ジュンはあっさりとあやつりの輪を分解してしまった。
 なんか電磁波を出して脳に作用したりとかそういう機械でしょ? いきなり外すとか不安じゃないのか?
「機械は便利だが、スイッチを切ってしまえばただのガラクタじゃ」
「思いきりが良すぎて怖いです」
 第一どれが電源スイッチだかどうして分かったんだ。なかなか侮れないぞリターナー。

 さて、あやつりの輪は外れたもののヴァリガルマンダとの共鳴で消耗しているのかティナは目覚めない。
「時計の裏にあるエリクサーを使いましょうか」
「なぜそれを知っておる?」
「わたくしの特殊能力です!」
「……お前さん、本職は泥棒だなどと言わんだろうな」
 そんな滅相もない。ロックの専売特許を奪うつもりはありませんよ。


 エーテルやエリクサーは液体だから意識がない相手にも飲ませやすくてありがたい。
 共鳴で失っていたMPが回復したお陰か、ジュンさん秘蔵のエリクサーを飲み干してすぐにティナが目を開けた。
「おはようございます、お嬢様」
「……」
 目覚ましのコーヒーでも淹れてあげたいところだけれどさすがにそんな余裕はない。

 まず私の顔を見て次にジュンの顔を見る。そしてゆっくりと起き上がったティナは、頭を押さえて顔をしかめた。
「無理をしてはいかん。お前さんは思考を制御されておったんじゃ」
『私……』
 ん? ちょい待って。私はたぶんドマの言葉を話している。そしてジュンは多国語に堪能らしい。じゃあティナはどうなんだ?

 嫌な予感に冷や汗が流れる私をちらっと一瞥してから、ジュンは別の言葉でティナに話しかけた。
『自分の名前は分かるか?』
 帝国語かよ! あ、帝国の言葉ってことはなんとなく分かるな。
 しかしこれパーティメンバーと会話できない可能性が高いってことか。嘘だろ……。

 ジュンの問いかけに、名前を思い出せないティナは不安そうに俯いた。
 唐突にお馴染みの名前入力画面が思い浮かぶ。マッシュがマッシュだったんだし、名前はデフォルトのままでいいんだよな……?
 しかしここで私がティナと入力、じゃなかった名前を教えるのも不自然だ。なぜ知ってるのかと聞かれたら困る。
「えーとそうだ。そのペンダント、彼女の私物でしょう。何か思い出せるんじゃない?」
 マディンがマドリーヌにあげたやつ!
 私の言葉をジュンが通訳して、じっとペンダントを見つめながら彼女は小さく自分の名を呟いた。

『ティナ、か。わしの名はジュン、あっちはユリじゃ』
 私の紹介してくれてるっぽいな。
『私……他には何も、思い出せない……』
『強い精神力を持っておるな。その調子なら、すぐに他の記憶も思い出せるじゃろう』
 すぐに思い出せるから大丈夫とかなんとか。うーん、展開を覚えてる限りは言葉が分からなくても補完できるが、これは困った。

 ティナが何事か言おうと口を開いた時、家の外に通じる戸が乱暴に叩かれる。
『おい、ここを開けろ! 帝国の手先を匿うつもりか!?』
「やれやれ、うるさいのが来おったわい」
 言葉が通じなくても無視したら蹴破りかねない剣幕だから何を言ってるかは分かった。
 彼らが自分を探していることを理解していないティナでさえ、外にいる者たちの怒りを感じ取って怯えている。

「ジュンさん、悪いけど私は彼女と行きます」
「ああ……後で助けを向かわせるよ」
「私がティナと一緒にいること、あと言葉についても伝言しといてくださいね」
「分かっておる」
 ナルシェのガードや帝国兵と間違われたら堪ったもんじゃないからな。ロックにドマ語が通じるとありがたいのだけれど。
 とにかく今は、困惑しているティナの手を引いてジュンの家を後にした。


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