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🔖ノクターン
霊界行きの列車で“食堂”なんて言われても少し不安だったが、意外と普通の飯屋だな。
いや、ある意味では普通じゃないか。
列車の中で提供する料理には多くの制限がかけられるとユリは言う。
持ち込める食材の量や種類、調理法、水だって限りがあるし、残飯やゴミをどうやって処理するかって問題もある。
だから仮に食堂車を備えた長距離列車でも、メニューはフルコースが一つあるかどうか程度らしい。
しかしテーブルに置かれたメニューにはサウスフィガロの大食堂にも勝る膨大な種類の料理が並んでいる。
肉も魚も酒もデザートも食い放題だった。
「しかも無料? あからさまに怪しすぎる」
「死者相手に商売もあるまい」
「そりゃまあそうなんだけどさー」
「いいからさっさと注文しようぜ。俺は肉が入ってるやつを全部頼む」
「あんたはちょっと考えて行動しなよ」
嫌だね。考えるのは行動した後でも充分だって。
幽霊が近づいてきたんで身構えたが、彼だか彼女だかは注文を取るとすぐに厨房へ戻っていった。
さっきの車両にいた悪霊どもとは違うみたいだな。
「え〜、今の何? マジで食材を調理して持ってくるわけ? なんか怖い」
「死者に出す食事を口にするのは気が引けるでござる……」
「食っても害はなかろう。ここが異次元空間ならどうせ料理も幻の類いだ」
「見た目だけで実体がないってこと? じゃあ食べる意味ないじゃん」
「幻でも何でもいいよ。腹が減ってちゃ戦はできねえ。俺は食う! 山ほど持ってこい!」
悪霊に追っかけられて忘れてたのに、食堂に来た途端にめちゃくちゃ腹が減ってきた。
まだぶつくさ言っていたユリだが、俺が注文した料理が次々に運ばれてくるのを見てようやく考えるのをやめたようだ。
「どんだけ食べるのさ」
「せっかくタダなんだから食っとかなきゃ損だろ」
たとえこれらの肉が幻だとして、魔列車を降りてどっかの村に着くまで真っ当な食事にはありつけないんだしな。
気持ちだけでも腹を満たす必要がある。
「うっ……こ、これは……」
「何! 毒でも入ってたの!?」
「すげえうまいぞ、これ」
「……あっそ」
というか魔列車に乗るのが死者だけなら、食事に毒が入ってるわけないだろ。
これに乗ってる客は皆、もう死んでるはずなんだからさ。
結局、幻だろうが死者の食事だろうが目の前で湯気を立てるうまそうな料理には誰も勝てない。
シャドウはステーキを注文してインターセプターにも分けてやっていた。
そしてカイエンは、ドマ風の魚料理を食いながら微妙な顔をしている。肉はうまいけど魚はイマイチだったのか? なんて思って、ふと気づいた。
数日前の夜まで、カイエンは家族と食卓を囲んでたんだよな。ちょうどこんな風に。
その幸せな光景が今は悲しみの思い出になっているのかもしれない。
なんだか気まずくなって、誤魔化すように隣でボケッとしてるユリに話を振った。
「お前もなんか食っといたら?」
「あー、じゃあテキーラください」
「飯の話だよ」
「いらな〜い」
「空きっ腹にそんな強い酒飲むやつがあるか。ちゃんと食っとかないと先が辛いぞ?」
「空腹には慣れてるし。酒飲んで寝ちゃえば何日か食べなくても済むし」
こいつ、普段どんな生活してるんだ。べつの心配事が増えちまったじゃないか。
腹拵えを済ませて次の車両に進むと、乗客の荷物らしき鞄や箱が床に散らかされていた。思わずユリを振り返る。
「ちょっと、一緒に後ろから来たばっかでしょ! 私がどうやって荷物漁るっての!?」
「まだ何も言ってないんだが」
でも言ってることは尤もだ。ということは、ユリ以外の列車強盗が乗り合わせてるのか? しかもそいつは死者の荷物を漁るような野郎だ。
……さっきユリも、悪霊の荷物を漁ろうとしてたけどな。
更に次の車両に進めば、今まさに窃盗を働いてる真っ最中の現行犯に出くわした。
「おい、こそ泥野郎。死んでまで盗みとは根性が腐ってるな」
「何だと? 俺は死んでなんかいないぞ。そっちこそ、なぜ魔列車に生きた人間が乗ってるんだ」
「この考えなしの筋肉頭が勝手に乗り込んでしまったから仕方なくよ!」
「……それは言うなよ」
反省してるって、ほんと。
どうやらこれが魔列車だと知ったうえで乗っているらしいな。
しかし幽霊列車に盗むものなんかあるのか、と思ったら、この野郎は想像以上にタチが悪かった。
「フフッ。先の戦いで王族貴族がたくさん死んだからな。俺様の狙いは正しかったぜ」
「てめえ……」
「冥土の土産を盗む気でござるか!」
命をなくしても手離せなかった死者の宝を黄泉路で奪い取ろうってのか。こいつ、許せねえ。
「俺様は世界一の剣士ジークフリード。お宝はゼーンブ俺様のもんだ! さ、キンニクだるまは帰った帰った」
「世界一の剣士様ぁ? そっちこそ怪我しないうちに盗んだものを返して失せな!」
「なんだと、キンニクだるまの分際で偉そうに! 剣の錆にしてくれるわ!」
「どうぞ!!」
構えようとしてるところを後ろから突き飛ばされ、唖然として振り向くとユリが両手を突き出したまま硬直していた。
「おいユリ、どっちの味方だよ」
「ごめん、つい本音が漏れた……」
ほぉ。俺を剣の錆にしてやるってのがお前の本音か?
気を取り直して構えるが、自称世界一の剣士様はユリを見て何やら大袈裟に慌てている。
「ユリ!? マジか……く、くそっ」
なんだ、知り合いか?
「ふっ。これで勝ったと思うなよ。アディオス・アミーゴ!!」
止める間もなくジークフリードは窓から外へ飛び出した。
しばらくしてから車両の向こうの方で「うげっ! 後方車両がないッ!?」とかいう叫び声が聞こえてくる。
プラットホーム以外に降りても現実世界には帰れないらしいが、あの野郎、落っこちてりゃいいのに。
「……お前の同業者か?」
「本物の方は、まあそう。でもあれは偽者だよ」
ジークフリードという名の剣士は実在するらしい。だがそいつはこんな器の小さい窃盗はしない主義だとユリは言う。
「泥棒のくせに義賊ぶってるめんどくさいやつ。顔隠してるから、名前騙る馬鹿が多いんだよね」
「ふぅん……」
泥棒の世界もいろいろだな。
とにかく、これから霊界に連れて行かれるってやつらの最期の荷物が奪われなくてよかったよ。
ようやく機関室に着いたが、機関士も助士も姿はない。石炭は放ったらかされたままで焚口にも火が見えなかった。
ずっと前から気づいてたことではある。……この列車そもそも煙突から煙が出てないんだよな。
「プラットホームが見えてきたぜ。蒸気で動いてるんじゃないとしたら、どうやって止めるんだ?」
「勝手に走ってるんだから勝手に止まると思うけどね。とりあえずブレーキかけてみるか」
そう言ってユリがハンドルを二つ三つ回すと、それが呼び水になったように列車は速度を落とし始めた。
……列車強盗をやってると列車の運転もできるようになるもんなのか?
そもそもは強盗に入るための下調べで詳しくなったと言うが、ユリの知識はたまにすごいと思う。
方向性に問題があるだけで、根は勉強熱心で真面目なやつなのかもしれない。
その知識をもっと真っ当なことに役立ててくれたらいいのになあ。
魔列車がプラットホームに滑り込む。周りは乗った時と同じような森の中だ。結構な距離を移動したはずなんだが、空もまだ暗い。
やっぱりユリが言った通り、俺たちは霊界に続く異次元空間に連れ去られていたんだろうか。
だとしたらこの場所は元いたところからそんなに離れてないのかもしれないな。
「はあー、無駄な時間だった」
「まだ怒ってるのかよ」
無事に降りられたんだからもういいじゃないか。
俺たちが降りるのと入れ替わりに、大勢の人影がどこからともなく現れた。彼らは虚ろな顔をして魔列車に乗り込んでいく。
列をなす死者の群れを見ると嫌な気分になる。戦争をやめない限り、この列は途切れないんだろう。
「また乗っちまわないうちに早く離れようぜ」
「誰かさんが自主的に乗らなければ大丈夫でしょ」
怒りがしつこいな、ユリ……。
列車に背を向けて歩き出したところで、カイエンだけがついて来ないのに気づいた。
「どうしたんだ?」
一点を見つめたまま彼は動かない。
警笛が鳴り響き、新たな死者を乗せた魔列車は再び動き始める。
「待ってくれ!!」
「おい、カイエン!?」
こっちの声が聞こえてないみたいにカイエンは走り出した列車を追いかけ、しかしホームの端で阻まれた。
人影がふたつ、デッキに出てきた。優しげな女性と小さな男の子だ。
そうか。あれは、カイエンの……。
帝国兵と戦いながら彼は、家族や国の者たちの仇を、と言っていた。
ドマ城の陥落と共に彼はすべてを失ったのだと、漠然と分かってはいたんだが。
「カイエン……」
どうしていいかも分からず駆け寄ろうとしたら腕を取って引き留められた。意外なことに、俺を止めたのはシャドウだった。
「そっとしておいてやれ」
「……そうだな」
今は、誰の言葉も聞こえないだろう。
俺も同じだった。死に向かう家族を前に、為す術もない自分の弱さが腹立たしくて憎くて……。
どんな言葉をかけても傷が癒えることはない。
時が経つのを、黙って待つしかないんだ。
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