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🔖ワイルド・イヴ



 ダンカンもバルガスもマッシュも自分の肉体ひとつで勝負する格闘家なので彼らは武器を使わない。
 しかし修練小屋に武器がないというわけではなかった。実戦で使わなくても訓練で利用するからだ。
 お手頃価格のミスリルソードやダガー、防具としてマインゴーシュとバックラー。筋トレ用にメタルナックル、ヘヴィランス、遠距離攻撃の間合いを計るチェインフレイル。
 一通りの装備は揃っており、そして三人ともそれらすべてを扱えるようだった。

 修練小屋を出る時はマッシュも剣を腰に提げている。剣のイメージがないのでなんとなく違和感があった。
 バルガスは見たことがないけれど、秋に町へ降りた時にはダンカンも剣を持っていたと思う。
「でも何のために持ってくの? どうせ使わないでしょうに」
 街道沿いで盗賊に襲われたって町中で絡まれたって、大抵の相手なら素手で撃退できるはずだ。
 実際、さっきモンスターに遭遇した時もマッシュは「邪魔だから持っててくれ」と剣を私に預けたくらいだし。

 そこにあるのを忘れてたという顔で剣を見つめてマッシュは言った。
「使わないけど、牽制の役には立つ。丸腰だと標的にされやすいだろ?」
「あぁ〜、なるほど」
 そう言われると納得だな。私が盗賊だとしても武装してるやつよりは丸腰のやつを狙いたくなるものね。
 たとえ丸腰でもマッシュを獲物にするのは危険極まりないのだけれど、それを見抜ける目があるなら剣を持ってても持ってなくても襲って来ないだろう。
 襲われた時の用心ではなく、余計なトラブルを避けるために武器を持っていることをアピールしているわけだ。

「じゃあ私もなんか持ち歩くべき? 剣使えます! って顔で」
「いや、ユリは止めとけ」
「え〜〜」
 サウスフィガロもマランダと同じくらいには治安がいいので絡まれることは滅多にないし、町の外を歩く時は大体ダンカンやマッシュが一緒だ。
 運悪くモンスターに遭遇した時は、彼らの監督下で私の戦闘訓練(逃走の練習)が行われたりもする。しかし武器を持たせてもらったことはない。

 ダンカンもマッシュも、バルガスでさえ口を揃えて「止めとけ」と言うのだ。
 そりゃあガチバトルできるレベルに到っていない現状、武器を持つより身を軽くすべきなのは分かってるんだけどさ。
「練習しないとうまくはならんと思うのですよ」
「そういう問題じゃなくてだな……」

 早く剣を使えるようになりたいなー、と熱心に言ってみた甲斐あってマッシュはミスリルソードを貸してくれた。
「そんなに言うなら実践してみよう」
「えっ?」
 反撃して見せるから全力でかかってこい、なんてどこぞの四天王みたいな台詞を吐きつつ、マッシュは特に身構えもせず私の前に立ち尽くしている。
 かかってこいと言われても知り合いに、しかも無防備に立ってる人に斬りかかるのは心情的に難しいな……。
 しかしマッシュが私の攻撃を防げないはずもないと思い直し、見よう見まねで剣を振ってみる。

 斬りつけるのか突き刺すのか、どこを狙えばいいのかもよく分からない。
 とりあえず心臓付近に当たる高さで右から左に向かって大きく振り抜いたら、マッシュは刀身を握ってあっさり剣を止めた。
「真剣白羽取りだ!」
「ほらな。こうやって剣を取られて形勢逆転するくらいなら、始めから持ってない方がマシだろ?」
 え、ちょっと待って、まず生で見た真剣白羽取りに感動させてほしい。すげー、すげー!!
 ってマッシュが当たり前みたいな顔してるから一人ではしゃぐの恥ずかしいわ。

 この世界の子供たちは、身分にもよるけれど平民は剣術学校で、貴族の子供たちは剣士に師事して武器の扱いを学びながら育っていく。
 付け焼き刃ではなく幼い頃から戦い方が身についているんだ。
 そこへいくと異世界人である私は不利だった。この世界における深窓の令嬢や、自分で剣を持つ必要のない金持ちと同じくらいに弱いのだ。
 腕力もない。動きも鈍い。血を見ることに対する恐怖心だってまだ克服できていない。

 マッシュは相変わらず剣を握っている。大して力を籠めているようにも見えないのに押しても引いても動かせない。
「ふんぬぬぬ! ……あのさ、悪いけど足使っていい?」
「まあ、どうぞ。やれるだけやってみろよ」
 実戦だったら相手はこんなに大人しく待ってくれないけれど、とにかく今は全力で剣を奪い返してやる。
 両手で柄を握りしめ、失礼とは思いつつマッシュの腰に足を置いて全身で剣を引っ張った。
「んがーーーっ、びくともしねえどうなってんだ!!」
「お前って育ち良さそうなのに口悪いよなぁ」
 くそぉ、その余裕をぶっ壊してやりたいわ。

 マッシュは刃を持ったまま軽く剣を捻り、腕がねじれて柄を握っていられなくなった私は思わず手を離してしまった。
 そのまま剣を宙に放り投げるとくるりと回って落ちてきて、流れるようにそれをキャッチして鞘へとおさめる。
 なんだそれカッコいいな。やっぱり私も剣を使いたい。剣と魔法のファンタジーしたい。だが、今しばらくは無理そうだ……。

 私が武器を持つべきではない理由はなんとなく理解した。
 下手に剣なんか装備したら私は無意識に使おうとするだろう。それで一手、損してしまうんだ。
 剣を抜こうとする間に相手は攻撃を決めるだろうし、あるいは今マッシュがやったみたいに私の剣を奪うかもしれない。
 そうすると剣を持ってる敵に徒手空拳で挑まなければならなくなる。
 しかし最初から素手であれば、私は相手が抜刀している間にさっさと逃げ出すことができるのだ。

 打ち合って勝つ見込みがないなら武器なんて持つだけ無駄だ。せめて余裕をもって逃げられるようになってからじゃないと。
 アウェイが確実にできるようになるまでヒットはお預けってことね。
「筋トレに励むとしますか……」
「そうだな。人並みの腕力さえあれば武器を持つ意味も出てくるし」
 武器を持つ意味が出てくればマッシュたちだって少しずつでも剣術を教えてくれるだろう。
 そしてゆくゆくは、カッコよく剣を使ってみたいな!

 ひそかに野望を抱く私をよそに、ちょっと考え込んだあとでマッシュは鞘ごと剣をこっちへ差し出してきた。
「町で提げるのはやめた方がいいけど、預けとくよ。毎日そいつを振ってるだけでも少しはマシになるだろう」
「あ、まずは素振りでもしろってことか。地道だな」
「修行なんて地道なもんだ。ユリがバルガスとやってるのだって相当地道だぜ」
「まあね……」
 殴られるのに慣れること、剣を自在に操れるだけの腕力をつけること。まともな戦士になれるのはいつの話やら。

 学生時代にクラスメイトが剣道の練習をしている姿を見たっけな。私もあれをやればいいんだろうか。
 とりあえず鞘に入ったままのミスリルソードを竹刀のごとく構えてみる。うーん。
「一リットルの牛乳パック並」
「へ? なんだそりゃ」
「何でもないです」
 そこまで重くはないのだけれど、これを長時間に渡って何度も振ってると腕が死にそうだ。
 動いている相手に当てるのは難しいだろう。ただ当てるだけじゃなくダメージを与えるとなれば難易度は更に上がる。

「エストックとかレイピアとかさ、実戦で使うのはああいう細い剣にしたらどうでしょう」
 重い剣で素振りをしておけばそれより軽い剣は扱いやすくなるんじゃないかと思うのだけれど、マッシュは渋い顔をしている。
「あれこそ町の中で使う剣だろ。モンスター相手にはあんまり役に立たないぜ」
「そうなの? 刺突剣は殺傷力が高いって聞いたけど」
「誰に聞いたんだ。まあ、確かに殺傷力は高いよ。でも大抵のモンスターは突き刺して致命傷を負わせてもすぐに死ぬわけじゃないからな」
「死にきる前に反撃を食らっちゃうわけか。ストッピングパワーが足りないんだね」

 そこら辺はゲームで聞き齧った知識が役に立つね。銃器について使う言葉だった気がするけれど、剣や他の武器でも同じだろう。
 言ってみればレイピアは死の宣告つきの武器だ。非力な女子供でも容易に心臓を突いて相手を殺すことができる。
 しかし実戦では殺傷力よりも相手の動力を即座に奪う方が重要なんだ。
 極端な話、打撃で両手を潰して反撃不能にしてしまえばその敵を殺すのは誰にとっても容易になるだろう。
 ストッピングパワーとは文字通り相手の行動を封じる力。突いたり避けたりの技術に欠ける私は特にそれを必要としている。

 なんてことはさておきマッシュが微妙な表情を浮かべて黙り込んでしまった。何を考えてるのかは分かるぞ。
 こいつ実力は全然ないくせに半端な知識だけあるのが逆に面倒だなあ、どっかの箱入り娘なのか?
 ……とかいうようなことを言ってやりたいけれど我慢して口を噤んでいるんだろう。
「マッシュ、内心が分かりやすく顔に出てるよ」
「え!?」
 べつに言ってもいいのにね。どうせ本当のことなんだから。
 フィクションの世界ん通じて戦闘に関する知識は多少ある。しかし経験がない。それが問題なんだよな。


 ちなみにだけれど、マッシュとバルガスは重装備でコルツを登頂下山タイムアタックなんて無茶な修行もやっている。
 この時に装着するアイアンアーマーは単なる重しに過ぎないので鎧としての存在意義はない。
 およそ二十キロ以上の鉄塊を纏って走り回ることができるのだから、鎧を外すとそりゃあ身軽になるわけだ。
 私もアイアンアーマーとは言わないが普段から鎧を身につけて全身を鍛えるべきだろうか……。
 マッシュみたいにモリモリになりたいとまでは思わなくとも戦う能力は絶対に必要なんだ。


🔖


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