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🔖一念放棄



 操縦桿を握る人から目を背けてユリさんは大きく息を吐き出した。
「あー疲れたー」
「なんじゃい、まだ何も始まっとりゃせんぞ」
「いやー。もうなんか、くたくたですよ」
「むう……」
 シドも前回ユリさんがこの世界に来た時に会ったことがあるらしい。最初は誰だか分からんかったがな! と笑っていたけれど。

 父さんがあんな状態で、母さんも手が離せず、カインさんは二人を見守っている。
 この状況下でユリさんはなぜかシドと話し込んでいた。
 肝心の人には、背を向けて。
「あの、ユリさん?」
「そういえばさ。セシル、老けたね」
 ……それを言われると僕も少し傷つきます。話を逸らすにしても言葉を選んでほしい。

 ユリさんは分かってるんだ。僕が何を言おうとしているのか。
 めげずにもう一度、それを尋ねる。
「ゴルベーザさんと話さないんですか?」
「やつれてるから老けて見えるのかも。ローザは若いね。リディアも変わってない。シドは元からこんなだし」
「こんなとは何じゃ、こんなとは!」
「ユリさん……」
 どうして、会いたくなかったみたいに黙り込むんだろう。二人とも……。
 ずっとそのことを考えてたはずなのに。会いたかったはずなのに。

 彼女が話さないつもりならゴルベーザさんの方に行くべきだろうか。
 僕は僕で、あの人が自分の“伯父さん”だという事実を受け止めきれていない部分もあるけれど。
 でもそれ以上に、まずはユリさんが彼と話をするべきだと思うんだ。
 だってこの世界に何か彼女が求めるものがあるとするなら、彼と過ごした過去以外にないのだろうから。

 さっきまでは彼女も操縦桿のところにいて、彼と会話しようと努めていた。
 一緒にいたルカが言うには、決裂したわけではないらしい。ただ……ただ、気まずそうだった、って。
「同じ世界なんだよねぇ。分かってたのにね。皆、変わったし、変わってなくもあるし」
 野宿した夜、焚火を見つめて。通りがかりの湖を見つめて、空を見上げて、風が吹いて、山を眺めて……旅の間に度々見た表情だ。
 ユリさんはずっと“ゴルベーザ”に会いたかった。今その願いが叶ったのに、なぜ辛そうなんだろう?

 彼女の視線が逸らされた。先を追うと、エブラーナの忍者四人衆、雷の術を操る老人がそこにいた。
「ねえセオドア、あの人は誰だっけ」
「エブラーナのザンゲツさんです」
「あー、そうそう」
 急な話の転換に戸惑っていると、ユリさんは今度はシドに向き直る。

「シド的にはどうなの、ザンゲツさん?」
「何がじゃ」
「元気なジジイでキャラ被ってんじゃん」
「誰がジジイか! ワシらだってまだまだ若いモンには負けんぞ」
「そう言ってる時点でジジイなんだよ。……覚えられなくて困るよねー、ジジイはシドって区別してたのに」
「ワシの特徴はジジイだけか!?」
 まあ、突然たくさんの仲間が増えたから、彼女が戸惑うのも分かるけれど。

「自分のアピールポイント取られると困らない?」
「困るもんか。老境になお前線で戦う同志じゃ、好感しかないわい」
 そう言ってシドがカッカッと笑い飛ばすと、ユリさんは嬉しそうな笑みを見せた。
「今の笑い方すごいカイナッツォに似て、」
 た、まで行かずに凍りつく。呆然として、目を見開いたまま。

 シドが気まずそうに頭を掻いて彼女を見る。彼女は、何も言わない。
「……カイナッツォって誰ですか?」
「ゴルベーザの配下で、バロン王に化けとった魔物じゃ」
 バロン王……ということは、先代の陛下? 王を殺して姿をなぞり、国民を騙していたというあの魔物のこと。
 ああ、そうか。ゴルベーザのもとにいたのだから、ユリさんにとってその魔物は“仲間”なんだ。

 笑い方が似てるなんて穏やかで微笑ましいはずの思出話。
 けれど彼女が想う相手はバロンの仇敵で、そしてシドは彼女の家族を殺した相手だ。
 なんだか、気まずいなんて言葉では済ませられない空気だった。
 きっとさっきルカが味わったのもこんな空気だったんだろう。

「カイナッツォ。久しぶりに言った気がする。スカルミリョーネも、バルバリシア様も、ルビカンテのことも。話したいんだ。誰かと分かち合いたいのに。でも……」
 ここに集うのは彼らと敵対した者ばかり。ユリさんの思い出を共有できるのはただ一人だけだ。でも。
「ゴルベーザには、言えないよ」
 でも……ゴルベーザさんにとって、その思い出は自分の罪を掘り返すものなのか。

 一緒に過ごした月日が全部、他人の悲劇に繋がる。
 過去を振り返ることで彼を傷つけることになるのが怖くてユリさんは身動きとれずにいる。
 だけど、放っておけないんだ。
 仲間になれなくても彼女は僕の大切な友人だから。
 そして彼は、僕にとっても大切な家族だから。

「今、誰よりも彼のそばにいるべきは、ユリさんじゃないですか」
「……そうかな。……そうかもね。でもね、私、あの人に初めて会ったんだよ」
「え?」
「ゴルベーザの顔、初めて見た」

 僕が困惑していると、シドが口を挟む。
「お前さんも聞いとるじゃろう。ゼムスのことじゃ」
「あ……」
 かつてゴルベーザの精神を操り世界の滅亡を目論んだ男。
 そうだった。ユリさんと共に過ごしたのは黒い甲冑を纏ったゴルベーザ。今はもう存在しない人なんだ。
 同じ記憶を分かち合っているのに、彼らはお互いを知りもしない。

「でも、話さなきゃ」
「なに話していいのか、分かんないよ」
「ずっと会いたかったんでしょう?」
「嫌がられてるの分かってんのにぶつかっていけないよ」
 疑惑が晴れないんだ。これは誰だ? って、同じ戸惑いを感じたのを二人とも分かっているから。

 背後に気配を感じて、振り向くより先に声が聞こえた。
「嘘をつけ」
「カインさん?」
「嫌がられているのが分かっているからぶつかれないだと? お前の言葉とは思えんな」
「なにそれ。人を空気読めない距離なし馬鹿みたいに」
「事実そうだったじゃないか」
「うぐっ……」

 ああ、もう一人。ユリさんとゴルベーザの他にもう一人、同じものを共有できる人がいた。
 かつてバロンの竜騎士だった人について父さんと母さんはすべてを話してくれなかったけれど、城で生まれ育った僕は十四年前のことを聞き知っていた。
 カインさんもゴルベーザに、その背後にいたゼムスに操られていたんだ。
 そしてユリさんが彼らとどう過ごしてきたのか、知っている。

「相手が人間だろうと魔物だろうと変わりなく、遠慮会釈なくぶつかっていく。また同じようにすればいいじゃないか」
 幸いにも異世界に帰っていたユリさんと眠っていたゴルベーザさんとの間に、十四年もの空白はない。
 少しの違和感はあるとしても、また最初から始めることはできるはずだ。
「スカルミリョーネやカイナッツォは、怒るけど、私なんかに傷つけられたりしなかったもん。だから好き勝手できたんだよ!」
 あの人が彼女にとって大切な存在だという事実は、誰を苦しめても変わらない。変える必要なんてない。

 怒っているのか泣きそうなのか、頬を赤くして唇を震わせるユリさんに、シドが静かに言い聞かせた。
「いつかは時が、すべて過去に変える。良いことも悪いことも忘れ去られるんじゃ。それが嫌なら挑み続けるしかあるまい」
「ゴルベーザは……、きっと関わりたくないと……思ってるよ」
「ユリさんは違うんでしょう?」
「……」
 それを手に入れることだけ考えてればいいんだ。届くまで、僕が手伝うから。

「……拒絶されたら?」
「もう一度近づけばいいです」
「それでもダメだったら?」
「何度でもぶつかればいい」
 迷いなんて簡単に断ち切れるものじゃない。
 だけど現実に今、すぐ傍にいて、一緒にいたいと願って、それが叶わないなんてことあるだろうか。


🔖


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