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🔖切望遮断
魔導船の操縦ならば飛翔のクリスタルに任せていればいい。
しかし操縦桿を握っていれば誰かに話しかけられることもない。それだけを理由に私は船を操縦する素振りを見せている。
他者との関わりが煩わしい。あの月のことだけを、敵を倒すことだけを考えていたいのだ。
魔導船を呼び出してすぐに、先を急ごうとする皆を制してカインは一度バロン城下へ寄った。
そして一人の娘を連れて来た。
十四年前、私の眼前で消え失せた時と少しも変わっていない姿のユリを。
尤も、同胞の月で眠りについていた私も彼女同様に姿形を留めたままではある。
互いを襲った感情は何だったのか。少なくとも私の中に渦巻いていたのは、再会の喜びだけではなかった。
特に話しかけてくるでもなく私の隣に陣取っていたユリが、不意に呟いた。
「ねえ。……それさぁ」
「……それ?」
「その……服?」
肩に掛けた布を指す。視線は前を向いたまま。そういえば未だきちんと目を合わせてすらいない……。
「うそつき」
「何だと?」
「裸じゃないって言ったくせに!!」
「………………は?」
いきなり何の話だ。
ユリの大声に驚いて、興味深げに魔導船をあちこち眺めていたドワーフの娘が振り返った。
「そんな格好で現れるなんてやっぱり黒い甲冑の時も裸アーマーだったんだ。変態! 半裸軍!」
軍規模にするな。ではなくて……。
「着替える暇がなかっただけだ!」
なぜ私がこんな言い訳をしなければならないんだ。
そもそも四天王が半裸に近い格好をしていたからユリも思い込んでいるのではないか。
私は相当、厚着だったというのに。
ユリの喚く声を聞いてドワーフの娘が駆け寄ってくる。
「なに、どうしたの? 喧嘩?」
「聞いてよルカ、昔のゴルベーザは裸の下が甲冑だったんだって!」
「落ち着けユリ、逆だ。甲冑の下がはだ……いや、裸ではない! あの頃はちゃんと着ていたんだ」
「じゃあなんで急に全裸になったの!?」
「これは全裸ではないだろう!?」
この格好は……月では眠っていたから服など気にしていなかった。
そこへ襲撃を受け、青き星でも服を買っている暇がなかったんだ。
……こんなことになると知っていれば私も甲冑のまま眠りについていただろう。
それはそれでユリに何かしら文句を言われたような気もするが。
憤るユリを見つめ、ルカは呆れたように息を吐く。
「っていうか、すごいねユリ。ゴルベーザに怒鳴れるって……」
感心するところはそこではないだろう。話の内容が問題なのだ。この娘は私の助勢にはならんな。
「だって布だよ、布。寝起きにしたって、せめてタンクトップにトランクスとか……わーん、それもやだああぁ!!」
「盛り上がってるトコ悪いけど、操縦桿から手離して大丈夫なの?」
「あ、ああ」
つい口論に気を取られてしまった。いつから手を離していたのか。
私の精神に感応して少し進路がズレてしまったようだ。
月を目指して方向転換する。ルカはモニターに映る風景に感心しきりだ。
「あなたが手を離しても動くんだね」
「ユリが私を混乱させなければな」
本当はここにいる必要もない。ただ、集中しているふりをすれば放っておいてもらえる。それが有り難いからこの手で操縦しているだけだ。
「あーあ、ホントはもっと聞きたいこといっぱいあるんだけどなぁ。ゴルベーザだと思うとなんか話しかけにくいんだよね」
そうだろうか。この娘の場合あまり気兼ねしているようには見えんな。
第一、気軽に話しかけてこられても私が困惑してしまう。
そんな内心など知らぬ顔でユリが言う。
「皆、ゴルベーザを誤解してるよ。悪役として理想化しすぎなんだよ。中身は意外と普通の気さくなおじさんなのに」
その言い分もどうかと思うぞ。
「……変わらないな、ユリは」
私も彼女も、二人並んでいるだけならば、まるであの頃に舞い戻ったようだ。
だが彼女の隣に立つ者たちの存在が、確かに流れた月日を実感させる。
ルカ、カイン、セオドア……そしてセシルもだ。何も変わらずにいられたわけではない。
いつか目覚める時、もう一度会えたら。……眠りにつく前にはそう夢想した。
叶わぬからこその夢だ。
それが現実となった今、彼女とどう接していいのかも分からない。私はユリと何を話していただろうか。
あの頃のゴルベーザは、私ではない。私はただ戸惑い、目を逸らすだけだ。
私がまともな服を着ていないと怒っていたユリは、ようやく少し落ち着いたようだ。
「もう、鎧は着てないんだよね」
何か温かいものが左手に触れた。思わずユリの顔を見ればあちらも私を見つめていて、真っ直ぐな視線に負けて目を閉じた。
闇の中に鮮明に浮かんだのは最後に見た彼女の姿。
変わらぬ彼女の姿が苦痛だった。己の罪をまざまざと見せつけられているような気がした。……それでも。
「お前に会いたかった」
ずっとそれを願っていた。叶わないと知りながら。叶わないと信じていたからこそ。
手に入れなければ失わずに済む。夢の中で焦がれるのは心地好かったのだ。
だが、今この瞬間まで、ユリの温かさは知るべくもなかった……。
「会えてよかった。私もずっと、会いたかったよ」
頬に触れた手に、ユリの左手が重ねられた。その感触に違和感がある。
ああ……そうか。鎧越しではなく、触れたのは初めてだったな。
「え、え、えっ、あたし邪魔? 邪魔だよね? 立ち去るね!?」
ルカが急に慌て始め、ユリが首を傾げた拍子に手が離れた。
「なにが? 居ていいに決まってるじゃん」
「ちゅ、チューするかと思った」
……どういう判断でそんなことになったんだ。
「するわけないでしょ」
「だってなんか雰囲気が変だったからさぁ!」
「ルカはそういう雰囲気になったらお父さんとチューするの?」
「するわけないじゃん! ああ、二人はそういう感じなんだ……」
そういう感じとはどういうことだ。
「なに落ち込んでるの」
「いや……何でもない」
忘れるつもりはなく、忘れたいとも思わない。だが私は記憶に溺れていれば満足だった。
共にあれば後悔と恐怖を思い出してしまう。また失う時のことなど考えたくもないのに。
希望を紡ぎ出す力はなかった。彼女を前にしながら、青き星に置いて来るべきだったと考える。
私の手から離れたユリは怒りとも悲しみともつかない表情で私を見上げ、すぐに顔を背けた。
知られているのだ。私が再会を幸福に思っていないと、見透かされている。
所詮はこんなものだ。鎧が剥がれたとて、私には傷つけることしかできない。
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