🔖渦巻心中
悪役と違って主人公は忙しいよね。なんてったって物語の担い手だもの。
次から次に新しい目的を提示されて休む暇がない。
立ち止まって過去を振り返ったりしてみる余裕もない。
何の用事もない町に寄ってのんびりしたり、宝箱や隠しアイテムを探してうろうろしたり。
そういう無駄なこと、生身の勇者はしないみたいなんだ。
ダムシアン城に着いた辺りから息つく間もない怒濤の展開に私の疲れは限界まできてる。
……でも、私がこっちの世界に来て最初に合流したのがセオドアでよかったと思う。本当に。
もしエッジとかだったらさ、今よりずっと大変だったもんね。
まかり間違ってパロムのところになんか飛ばされてたら私きっとシヴァ戦で死んでたよ。
ゾットの塔にいた頃は毎日が退屈で退屈で死にそうだった。
その日常が崩れてセシルたちについて行ってた頃は、どんどん先へ進んでいく物語に流されてる自分が不安だった。
今は……今はただ、セオドアがどこに向かうのか見守ってるだけ。
私自身が求めるものが何なのかは自分でも分からなかった。
忙しなく動いて疲れてるのに心はぼんやり止まったままだ。
一度は得体の知れない敵に追われ、逃げ出してきたバロン城にまた舞い戻った。
セオドアは今度こそセシルと再会できるはずだ。もちろん……まだ、彼の望むような形での再会ではないけれど。
その城門を目の前にして入るに入れず、私たちは向かい合ってる。
すっごく無防備なのに襲われないのもなんだか謎。城内にいるであろう敵は、セオドアが来るのを待ってるのかな?
カインはこの前バロン城に来た時、操られたセシルの姿を見てる。
だからこれから不穏な展開になるのをなんとなく分かっているんだろう。
そして安全のため、私を城に連れて行くべきじゃないと考えてる。
セオドアも、カインほど明確にではないにしろ“何か”が待ち構えているのは分かってるみたいだった。
それでもなお、私を一緒に連れて行こうと考えてくれている。
どっちに従うべきなんだろう。結局のところ、決めるのは私自身なのに。
「まあ、誰かと戦うにしても私が足手まといになるのは事実だと思う」
「そうだな。邪魔にするわけじゃないが、やはりユリには危険すぎる」
だから留守番しろってカインの言葉が正しいのかな。
今まではいわゆるところの“道中”だったから、非戦闘員の私がいてもなんとかなってた。
でもバロン城では、決戦じゃないけどそれに近い激戦が待ってる。
私を背中に庇っての戦いはカインとセオドアにとっても危険だ。
私が落ち込んでると思ったのか、セオドアが少しムッとした顔で反論する。
「危険だというなら、一人でここに置き去りにするのも充分危険です」
それも一理あるね。城内でわちゃわちゃしてる時にモンスターが現れたりしたら私一人で逃げ切れるかどうか。
じゃあ、二人について行くべき? それともいっそのことエンタープライズの中で待ってようか?
悩む私に、カインが真剣な眼差しを向けてくる。
「お前の望みは、バロンを取り戻すことではないだろう」
「え?」
「べつの目的があるんじゃないのか。この問題が片づいたら……次はユリの番だ。それまで大人しく待っててくれないか」
大人しくって言葉に若干の引っかかりを感じるんですけど。
私の目的かぁ……。確かに、バロンを取り戻すことは私じゃなくてセオドアの望みだよね。
嫌々ながらカイナッツォが王様稼業をやってて、赤い翼隊長の執務室にゴルベーザがいて、たまにバルバリシア様が遊びに来たりする。
その光景が存在する場所こそが私にとってのバロン城だ。
今、この国が心配なのはただセオドアがいるからだ。セオドアが悲しむはめにならないように、みんな無事だといいなと思うだけ。
私の目的はバロン奪還じゃない。かといって、十四年前に戻れるわけでもない。
鞄の中に壊れたPSPが入ってる。
月の民編を始める前に、ちょっと覚悟を決めようと出かけてきたところだった。
この世界に、この時代に、何か私の目的があるとしたら……ひとつしかない。
「セオドア。私、会いたい人がいるの」
前に来た時、私はセシルたちの敵だった。それを知ってるからセオドアは不安そうな顔で首を傾げる。
「それは……前回、ユリさんが一緒にいた人ですか?」
「……そう、なのかなぁ」
もしもゴルベーザが私のことを覚えているならそうだろう。私のことを、まだ大事に想ってくれてるなら?
ううん、それ以前に、あの人を“ゴルベーザ”と呼んでもいいのなら。
「私ね、セオドアと友達でいたいな。でも仲間にはなれないと思う。私の仲間は、もう他にいるんだ」
それ以上に大切なものなんてどこにもない。
もしかしたら、とっくの昔になくしてしまって取り戻しようもないかもしれないけれど。
叶うのかは分からない。今はただ待つだけだ。きっとチャンスがあると信じて。
結論を待つカインとセオドアにそれぞれ目を向けて、自分への決意を籠めて、頷いた。
「私はここで待ってるよ。バロン城で何かあってどこかに行くことになっても、私を忘れて行かないでね?」
「分かっている」
「セオドア、気をつけてね」
「ユリさん、すぐに迎えに来ますから!」
セオドアたちが去ってしばらくすると、別の飛空艇がバロン城のドックに入っていった。
それから更に三十分くらい経っただろうか。急に辺りが暗くなる。
空を見上げると巨大な船が城の近くに着陸しようとしていた。
……あれは……魔導船だ。城内でのイベントは終わったってことかな。
渦巻いて澱んでたものが流れ出そうとしてる。
もうすぐ会えるんだ。
私の大事な人か……でなければ、私の知らない人に。
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