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🔖断崖裁判



 見ちゃダメだ! とは思いつつ、そっと崖っぷちから覗いてみる。
 雲の切れ間からちょっとだけ見えた……遠くに地面らしきもの。
「うっわあー」
「ユリさん、落っこちちゃいますよ」
「フハハハ大丈夫、だいじょーぶ!」
「声が震えてるぞ」

 命綱無しのロッククライミング、ただいま山頂にて休憩中。
 ここを登ってきたんだね。最中は上ばっかり見てるし必死だったから気にならなかったけど、改めて見下ろすと鳥肌が立つ。
 いつだってクライミングからバンジージャンプに切り替え可能だ。しかもヒモ無し。落ちたらそのまま天国逝き。やったね!

「うぅー、もうやだ進みたくないでも引き返したくもなーい」
 登っちゃったから降りるしかないんだ。降りるには下を見なきゃならない。
 行きはよいよい、帰りは……ごまかせない。
 ここは地上1メートル、落ちてもまあ平気さ、なんて下を見ちゃったら自分をごまかせない。

 レビテトかけたらいけるんじゃないかな! って提案は素気なく却下されてしまった。
 あの魔法は体を地面から離す効果があるだけで、落ちた時の衝撃は同じなんだって。
 それに、落ちてる間の恐怖はレビテトで消しようがないし。

 あーあ、泣きそう。誰だよ、こんな無茶な道行を選んだのは。カインだ。うらめしや。突き落としてやりたいくらいだ。
 カインならジャンプがあるから落ちても平気だよね。まあ落とす私の方が怖いからそんなことしないよ。

「寝て起きたら地上だったらいいのになあ」
「もう諦めろ。迷っている暇はないんだ。崖を降りてもカイポまで遠い」
 ちょっとぉ、すでにいっぱいいっぱいなんだから余計なこと思い出させないでよ。
 でも、そっか。ここを乗り越えてもまだ広大な砂漠があるんだね。さばくが。

 改めて思う。
 ローザすごいよ、よく無事だったね。やっぱ白魔道士だから? 回復魔法のお陰?
 それとも愛のためだからやり遂げられたの?
 背中を押してくれる人もなく、私だったら無理かな。
 行っちゃダメよってお母さんに言われたら仕方ないって諦めちゃいそう。

「とにかく休みましょう、ケアルかけますから」
 セオドアのあったかい手のひらが私の腕を掴んだ。
 やわらかい光が溢れて、ガッチガチに固まってた腕の筋肉が解れてくる。
 ついつい腕の力ばっかり使っちゃうんだ。見えない足元に体重かけるのが怖いんだもん。
 ……見ればいいんだけどさ、足元。見れるもんなら見てるし。見るのも怖いんだもん……。

 目の焦点が合ってないであろう私を見て、カインがやれやれとため息を吐く。
「体はしっかり休めて、気は緩めないようにな」
「だいじょぶ。ぴりぴりに張り詰めてるから」
「緊張しすぎるのもどうかと思うんですけど……」
「難しいこと言わないでよー」
 私もう岩壁の感触と横っ腹を押してくる風のことで頭一杯なんだってば。

 根性なしって罵られてもいい。いっそカインに抱えて降ろしてほしい。
 できればスリプルかかってる内に終わらせてほしいな! ……そこまで甘えらんないよね。
「セオドア、お前もあまり気を抜くな。ユリの心配ばかりしている余裕はないだろう」
「そーそー。セオドアが落ちたら私も絶対つられるからね」
「う……は、はい。気を引き締めて行きます」

 指折り先のことを考えなくて済むのは少し気が楽だよねって自分を慰める。
 今の私は失うものなんて何もないし。それに、セオドアがいるから。
 迷って悩んでそれでも折れない強さ。頑固すぎるとも言えるけれど、セオドアの背中を見てると安心できる。
 端々に感じるのはセシルやローザの気配、でもそこにいるのはやっぱり知らない人なんだ。
 知らないって事実に救われてる。いろんなこと、考えて悩む必要がない。

 一つ息をついてから、カインが言った。
「じゃあ行くか」
「ええっ、早くない!?」
「大して疲れてないだろう、お前は」
 うっ、そりゃあ私は二人ほど働いてないけどさあ。気持ちが疲れてるもん。
 確かにここでウジウジしてても事態は動かない。けど……ホントは行きたくないんだよね。
 イベントを進ませるのが不安なんだ。

 でも仕方ない。嫌々ながら立ち上がるとセオドアが慰めてくれた。
「ユリさん、あと半分、頑張りましょう!」
「うーん。半分ってもまだ砂漠があるって言うしぃー。やる気が起きない」
「嫌なら一人でミストに帰れ」
 そう言いつつさりげなく私の荷物を減らして代わりに持ってくれてる。
 カインってさ、黙って尽くすタイプだね。だから同じタイプのローザと合わなかったのかな。

「……こっちはお前が持て」
「ってなんでまた私の荷物増やすの!」
「何となく腹が立った」
 こ、心を読まれた? まさか。カインまでそんな人間離れした技を身につけなくていいって。

 希望とか、そこまで重い言葉じゃなくて。使命とか宿命、因果なんてものでもない。
 あるがままに、流さずに流されずに自分のペースで生きていけそうなんだ、セオドアといると。
 きっと私が一番真似したい生き方。今じゃそんなことまで考えてる。
 まだ悩むほどの暇は無いけど、ここで生きちゃってもいいか、なんてちょっと思う。

 崖を越えて砂漠を越えて、何日もかかる旅はようやく地下水脈にさしかかったところ。
 つくづく前回の私って甘やかされてたんだなあ。
 行きたいところまでテレポであっという間に連れてってもらえたんだもんね。
 自分の足を使って死に物狂いで歩く必要なんてなかった。
 ……甘やかしてくれなくてもいい。自分の手も足もちゃんと酷使するから、時間だけでもあの頃に戻れたらいいのに。

 たぶんセーブポイントがある辺り。
 カインいわくモンスターの気配もなくて、休むには最適の場所なのに、セオドアは自分が見張りに立つと言って譲らない。
「セオドア、もう休みなよ」
「僕は平気です……。ユリさんこそ休んでください」
 さっきから何度か同じ会話を繰り返してるんだけど、怒っても宥めてもセオドアは剣を離さない。

 そんな風に力が入ってちゃ、ぜんぜん休憩にならないよ。
 見張りにはカインが立ってくれてるし。どうやら結界も張られてる。
 魔物に襲われる心配なんて万に一つもないのに。
 気丈と強情は違うんだってば。

「ローザたち探すんでしょ? これから先どれくらいかかるかも分かんないんだから、無理しないでよ」
「無理なんて、してません……」
「私は戦力外だからセオドアがしっかり休んでくれなきゃ困るの」
 ずっとつらい顔してるのを自分では気づいてないのかな。

 気持ちは分かるなんて簡単に言えない。
 仲間が死んじゃって、お城の人も変になって、お父さんとお母さんの安否もわからない。どんなにつらいだろう。
 そんな時に自分だけ安全な場所で眠るなんて難しいのかも。
 でもさ、そんな風にセオドアが無理をしてると見てる方もつらいんだよ。

「私たちがそばにいるのに、セオドアは一人ぼっちみたい。私って何の役にも立ってないんだね」
「そんなことない!」
 怒って否定してくれる優しさがあるなら私やカインのもどかしい気持ちも分かってほしいな。

「私にできることが少ないのは事実だよ。だから、もうちょっと寄りかかってくれてもいいのに。せっかく一緒にいるんだから少しは手助けさせてよ」
「ユリさん……僕は……」
 ここまで言ってもダメ? これはもう強いとか弱いとかじゃないね。
 セシルの生真面目さとローザの頑固さ、しっかり受け継いじゃってる。つまりセオドアはとってもめんどくさいヤツなんだ。
 だから……ほっとけない。

「ここでセオドアに負担かけるなんて、私はホントに役立たずってことだもん。これ以上の迷惑かける前にバロンに帰ろうかな」
「そんな、役立たずなんて……!」
「ダメ。もう思い込んじゃった。何言われても気を使われてるだけとしか思わない。あーあ、私ってダメ人間ー」
「わ、分かりました、休みますから! ……僕が眠ってる間のこと、お願いします」
「おーよしよし。フッ、まかせておけ」
 ほとんど脅しになっちゃったけど仕方ない。休んでもらえるだけよかった。

 渋々ながら横になり、ふとセオドアが私の顔を見た。
「……ユリさんは、弱いけど、だから……守るために、僕は強くなれるんです。役立たずなんて言わないでください」
 それって、私の弱さが必要ってこと? 弱くてもいいって、言ってくれるの?
「ありがと。……私ね、人の弱さって好きだよ。時々それで悲しいことも起きるけど。誰かに助けてもらうのも、誰かを助けてあげるのも、人に弱さがあるからだよね。それが一緒にいるってことだよね」
「……はい。僕も……そう思います」

 外を歩くだけで危険な世界。子供だって身を守るために戦う術を持ってる。
 生も死も、実感を伴っていつも傍にある。みんな強くなきゃいけない理由があるんだ。
 ここは、逃げたくなってもそうできないことの方が多い世界なんだ。
 だけど生きていくには弱さだって大事だよ。
 心が強すぎると一人でどんどん進んじゃう。立ち止まってしまう弱さがないと、その先にあるのは……孤独。

 言葉につまった私に向かって、セオドアがはにかむように笑った。
「僕も、ユリさんの弱さは好きです。だから、ユリさんが僕を頼ってくれるように、僕もあなたを頼ります」
「うん。私だけじゃなく、あの人もいるし。ローザやセシルだって……その言葉を待ってるよ」
「……ありがとう」

 一人ぼっちじゃ立ち止まっちゃう。そんな弱さばかりたくさん持ってて、だから前に進む強さをいつも求めてる。
 私は一人じゃない。だから大丈夫。手を引いて、前を歩いてくれる人がいる。
 強さも弱さも受け入れて、この世界で生きてるよ……。


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