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🔖疲労混迷



 疲れた。自分が汗臭くて死にそうだ。お風呂に入りたい。
 もう体を拭くだけじゃ足りないよ。せっかくミシディアに着いたっていうのに。
 あったかいお風呂、やわらかい布団が恋しい……。

「ユリさん? そろそろ出発でしょうか」
「うあ、はい。たぶん」
 うとうとしそうになってたら現実に呼び戻された。危なかった。
 これからデビルロードに入るのに、道端で寝るわけにはいかない。体調は万全にしとけって言われてるんだ。

 振り返ればポロムが私を見下ろしていた。
 前回は会ったことなかったけど、こんな感じかー。なんか変なの。
 ポロムっていえば私の頭に浮かぶのは子供時代のポロムだけど、目の前にいるのはきれいなお姉さんだ。
 うん、露出度の高い、きれいなお姉さんだ。
 バルバリシア様で耐性できてたつもりだったけど全然ダメだよ。目が潰れそう。
 でもセオドアは普通に話してたっけ。……私の感覚が変なのかな。

 確かに布の面積で言えばポロムの格好は充分ちゃんとしてるかもしれない。
 っていやいやいや、それは基準(バルバリシア様)がおかしいだけだよね?
 町の一般人はもっと普通の服着てるもん。

 と、思考が逸れてたところでポロムが何かを差し出した。
「もしよろしければ、これ、お使いになってください」
「えっ……これは?」
「服ですわ。着替えがないと聞いたものですから」
 うおー、嬉しいけど今の思考からして危険な香りがする! 露出の多い透け透けローブが入ってたらどうしよう。

 正直なところ着替えはものすごくほしい。
 洗って乾かす余裕すら持てない今の旅路、本音を言うと一番つらいのは何よりニオイだ。自分の。
 ……透け透けはどうか勘弁してください。大きめのローブだとありがたいな。下着洗ってる間も着てられるし。
 と、とりあえず、せっかくの御厚意だから、見るだけ見てみよう。

「……おお!」
「気に入っていただけました?」
「ありがとう、ありがとう常識人!!」
「えっ、えっ」
 思わずポロムの手をがっちり掴んで握手しちゃった。

 鞄に入ってたのはゆったりした暗褐色のチュニックとズボン。防具ってよりも本当にただの服だ。
 透けてないし重くないし露出も少ないし汚れも目立たない、今までになく私の常識に合ってる、普通の服だ!
 誰かさんにも学んでほしい、この“常識”ってやつ。

「うぅ、ありがとう、ありがとうござ……ん?」
 おやこれはなんだろう。何か見てはいけないものが……ズボンに……股のところに……明らかに故意に作られた切れ目があるぞ……。
 私が固まっていると、ポロムは優雅にニコッと笑ってみせた。
「用を足すとき便利ですわ」
「そ、そうなんですか」
 私パンツ穿いてるからこの穴は無意味だよ。ってことはこれを日常的に穿く人はパンツを穿いてないってこと?

 ああポロムさん、あなたに聞きたい。単刀直入に。パンツ穿いてないんですか!
 あの頃のローザも、リディアも、パンツ穿いてなかったんですか!
「だ、大丈夫ですか? 顔色が……」
「大丈夫です……たぶん……」

 もしかしたらこの世界には女性用の下着がないのかもしれない。
 前にも困ったけどゴルベーザに買って来てとか言えなくて、何もつけないって結論に達したんだ。
 始めはスースーして落ち着かなかったけど、慣れるとなかなか快適でさ。
 ずっと穿かずに過ごしてる内に元の世界でもそれが標準になってたんだよね。
 ノーパン主義の芸能人なんかがテレビに出てると「そーだよね、穿きたくても無いんだもんね」なんて共感したところで我に返った。
 いや、あるから! 向こうには下着あるから! 私はそういう主義じゃなくてやむを得ず穿いてなかっただけで、あるなら穿くから!

「あのぉ、ポロムは……」
「はい。何でしょう?」
 いっそ聞いてみようか。思い切って踏み込んでみようか。パンツ、穿いてますか?
 ……ダメだ。パンツって何ですかとか返されたらもうまともに顔が見られない。
 そ、そ、その服で穿いてな、いやむしろそんな服だからこそ、いやいや。第一、初対面でパンツとか。聞けない。

 下手に話しかけてしまったものだからポロムは私に注目している。えーっと、パンツ以外の話題!
「……私には、敬語じゃなくていいよ」
「ああ、すみません、くせになってますの。……そうね。セオドアも敬語だし、気になるわよね」
「うん。慣れたらやめるとは言ってるけど、いつまでも『ユリさん』だし」
「礼儀についてはセシルさんが厳しかったもの、仕方ないわ」
 なんかむずむずするんだよね。下に見られて守られることに慣れすぎたのかな。

 セオドアが私を対等に扱おうとしてるの感じると、嬉しい反面なんだか緊張する。
 でもセオドアに呼び捨てにされちゃったりなんかしたら、それはそれで変な感情が芽生えそうで困る。
 どういう距離でいればいいのか、よく分からない。

 旅の支度が整ったので、いよいよデビルロードに突入だ。
 左手の鞄には回復薬がぎっしり、右手に予備のロッドと杖と盾と短剣と弓矢……。
 バランスがとれない。右手が重い。
 なんかずっと傾いてるの。デビルロードを抜けるまでこのままだと背骨が歪みそうだ。

 いざって時は両手を振り回せ、重い分だけ当たればダメージになるって言われたけど、振り回せる自信もないよ。
 荷物落として逃げられればラッキーかなってくらい。

 セオドアとカイン、そしてミシディアから助っ人についてくれた魔道士さん二人。
 彼らの戦いっぷりを見てると実感する。
 やっぱり違うんだよ。根本的に違うんだ。
 筋力の差だけじゃない。私は斬られたり刺されたりしたら死んじゃうもの。

 傷を負ってもとりあえず敵を倒しちゃってから回復、とか無理。
 倒す前に失血で死ぬし、もしくは傷口から感染して後で死ぬ。それか単純に攻撃されたショックで死ぬ。
 攻撃を食らった時点でもうほとんど死ぬ。
 セオドアと二人の時は、とにかく逃げまくって済ませたけど……、三人になって五人になって、今は逃げずに戦うことの方が多い。
 傷の一つ一つに怯えてる暇はないのに。

 相手は雑魚だし。ちょっとHP減ったくらいで回復してたら、次のターンにまたダメージ受けて、かえって効率悪いもん。
 無理矢理でもさっさと倒し終えてからメニュー画面で回復した方がいい。
 ……そうだけど、違うでしょ。生身だよ? 戦闘のたびに減っていくのは数字じゃないんだよ。
 錆びつきそうな匂いも、服を染めるどす黒い赤も、グラフィックには表示されていなかった。

 私以外の四人だけがごく自然に動いて、普通に敵を倒して、冷静に回復魔法を唱えた。鞄をぶら下げたまま呆然と見守る私。
 心の問題なんて些細なことだ。魔法も使えない私には戦闘でなんのフォローもできない。
 たとえ勇気をもって剣を手にして、あの中に入っていっても……邪魔なだけ。
 今の私は弱すぎる。なんかもう、なにもかも違う。自虐的にすらなれないほどに。

「ねえセオドア、次は私も戦っていい?」
「ええっ、駄目です!」
 即答かー。
 だけど、何もできないって分かってても、突っ立ってるだけなんて無理だ。
 私は連れてってもらってるんだから。何かしなきゃいけないでしょ。このままじゃダメ。

「ちょっと思いついたことがあるんだ」
「…………なんですか?」
 そんな疑わしげに見ないでよ。これは自信あるんだ。
 私、この世界の人とは違う。もう嫌ってほど実感したから、ちゃんといっぱい考えたよ。

「ここに余りものの盾が二つあります」
 ミスリル製の軽くて丈夫なスグレモノ。でも特別な効果はない。
 血の匂いと飛び散る肉に耐えながら、ずっと戦いを見つめてた。そして見つけた。
 私から見たら不死身なんですかってくらいどっちも丈夫な、人と魔物の共通点。
 魔法唱えてる時は無防備! 詠唱中から発動の瞬間までは回避率ゼロ!

 鞄を置いて両手に盾を構える。三人が変な目で私を眺めてた。
「見るがいい……いにしえの秘術、盾二刀流!」
「いや、刀じゃないだろ」
 じゃあ二盾流! ってそんな細かいことはどうでもよろしい。
 これは私がどこへ向かうのかを決める大事な第一歩なんだから。

「白さんか黒さん、試しに魔法唱えてください」
「……お前に任せる」
「では、ケアルでも」
 白魔道士が両手を組んでなにやら呪文を唱え始めた。ケアルの詠唱は短いから、二言目くらいに突撃する。
「シールドバッシュ!」
「うっ!?」
 盾に突き飛ばされてよろめいた白魔道士の体から溢れかけてた光が霧散した。よし!

「詠唱が止まった! すごいじゃないですかユリさん!」
「……そりゃ止まるだろ、体当たりされれば」
「大丈夫か?」
「ええ。ダメージはありませんが……無性に腹が立ちました」

 盾を構えてれば隙も少ないし。相手が無防備なとこに突っ込んでブッ飛ばせば反撃食らう可能性は低い。
 私のあとに他の人が追い打ちかけるから、敵が怒って私に向かってきても大丈夫。
 何より私の精神的ショックが小さいんだよね、この方法。

「これは役に立つんじゃないかな! もちろん、敵が強すぎる時とか乱戦混戦じゃ今まで通り隠れてるしかないけど……」
「まあ、いいんじゃないのか。好きにしろ」
「黒魔法の邪魔にならなければ私はどうでも」
 なんか、カインも黒さんも投げやりじゃない? もっと褒めてほしいんだけど。
「私で試すのは止めてください。言葉で説明していただければ通じます」
 ご、ごめんなさい白さん。でもお披露目ついでに練習したかったから。

 さぁ重要なのはセオドアの意見だ。
「……どう、かな」
「ユリさんが無茶しないなら、僕は構わないと思います」
「やった!」
 一歩前進した!
 ちょっと心苦しいけどね。変身中のヒーローに殴り掛かるみたいな後ろめたさがあるからね。
 でも些細なことにこだわってられない。セオドアと一緒に進むために、私は敢えて悪の道を行く。

 まともには戦えないし、弱いし、この世界の人間みたいにはなれないけど……もう守られてるだけじゃないんだよ。


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