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🔖食物煉獄
今日の朝ごはんは豆のスープ。今から食べるのは豆と芋のスープ。昨日の夜も豆のスープ。
今夜はきっと豆のスープ。
「わあい、私、豆大好き……」
「泣くほど嬉しいか」
食事の支度をしてたカインがしれっと言い放った。
そりゃあね、旅の身空で毎日ちゃんと三度の食事ができてるんだもん。文句を言う筋合いなんかない、感謝するべきなんだろうね。
でもほら私はともかくセオドアがね? 育ち盛りだし、たくさん動いてきっとお腹減ってるし!
豆と芋だけじゃあ足りないと思うのね。
「って、セオドアはどこ行ったの?」
「お前の代わりに釣りに行った」
うっ。なんとなく厭味っぽく聞こえます。私がサハギンに返り討ちにあったのをまだ怒ってるのかな。
海も川も山も空も、どこもかしこも魔物だらけ危険だらけだ。私は一人で出歩くことさえできない。
この世界にいるとホント、人って一人で生きていけないんだって実感するよ。なんてね、アハハ。
さあ芋の皮を剥こう……。
ヤケクソ気味に芋の皮を剥く私にカインが話しかけてくる。
「……ユリ」
「なに?」
「お前、肉は……大丈夫か?」
にくはだいじょうぶか?
……あっ、肉は食べられるのか、って意味か。
一瞬、意味が分からなくて「太りすぎだぞ、痩せろ」って言われたのかと思った!
ああそっか、今まで肉を食べなかったのは清貧のためじゃなくて、私に気を遣ってくれてたんだね。
そういう分かりにくい優しさはグッとくるからやめてほしい。
「大丈夫だよ。前にも魔物の肉、何度か食べたことあるし」
「……そうか」
カインやセオドアが魔物を倒すのは、まだ受け入れられるんだ。
ただ目を逸らしてるだけみたいで、自分の手が汚れなければいいって言ってるみたいで、口に出したくはないけれど。
カインたちは魔物を倒して経験値にできる。それは肉を食べて自分の命に変えることに似てる。
私にそれはできない。私は彼らの命を何にも変えられない。だから戦えない。だってそんなの、単なる虐殺だもの。
肉を食べるのは平気だよ。それが動物の体の一部でも……モンスターの一部でも。
「ユリ……そんなに腹が減ってるのか?」
「え? うぁあなんじゃこりゃ!」
声をかけられて我に返ってみると、皮を剥いた芋がごろごろ転がってた。さすがに量が多すぎる。
考え事しながら作業しちゃダメだなぁ。どうしようこれ。
「豆は夜に回して、昼は芋だけのスープにするか」
「わあい、私、芋のスープも大好きぃ……」
「よかったな」
怒ってるような呆れてるような、たぶん両方なんだろうけれど。カインが微妙に眉を寄せて私を見つめてる。というか睨んでる。
考え事をしてると目つき悪くなるよね。はっきり言って人相悪い。
カインの人柄に慣れないと、嫌われてるって誤解する人もいると思う。
気をつけた方がいいよ、なんて、教えてあげないけど。
「何か背負い込んでないか?」
「へっ?」
いきなりの質問に首を傾げた。背負い込んでるのはむしろカインの方でしょ。
「今の私は、あまり気遣ってやれない。だからもっと自分から弱音を吐いてくれ」
気遣ってやれないという言葉の前に、彼らのようには……って聞こえた気がした。
なんだろうこれ。なんかジーンときた。あと一押しで泣きそう。
今なにか言われたら惚れそうだからしばらく黙っててほしい。
……充分、気遣かってくれてるじゃん。
セオドアと一緒に私も連れてってくれるし、できるだけ戦闘避けてくれるし。
私があの“十四年前のユリ”だって分かってるくせに、何も聞かないでいてくれるし。
涙が出てしまいそうだ。堪えなくちゃ。
「カレーライスが食べたい」
「……は? かれえらいす? 何だそれは」
「ゴルベーザが作ってくれた辛い混ぜごはんとしか言い様のないカレーもどきが食べたい」
「すまんが、どこから突っ込んでいいかさっぱり分からない」
私がこの世界を去ってから十四年。
いっそ同じだけの時間が私にも流れてればよかったのに。
旅をして、目に映る景色はどこもあの頃と変わらなくて、だけど皆はもう、この世界のどこにもいないんだ。
私だけ取り残されてしまったんだ。
新しい出会いも、再会も、前向きになれる出来事がちゃんとあるのに、それは慰めにならなかった。
私にとってはつい先日の別れ。過去って言うには生々しすぎて苦しい。
バロンに着いたら。……バロンに着いても、もう誰も私を待ってはいない。
「会いたいなぁ」
「…………」
カインが空を見上げてる。昼の空にもいつもと変わらない月。
どうしてまた苦しんでるんだろう。同じことを繰り返して、今度は何か変えられるんだろうか。
「セオドア、魚釣れてるといいねえ」
「ああ、そうだな」
もうこの世界に私の居場所はないのかもしれないけれど……思い出を遡って辿り着いた場所で、誰かに会えるって信じたい。
せめて、きっと、まだ見ぬ章であの人に。
なんだか重苦しくなってしまった空気を変えるようにカインが呟いた。
「肉もあるにはあるんだがな」
「そうなの?」
「あまり見た目がいいとは言えんもので良ければ」
「イナゴの佃煮レベルなら余裕だよ、私」
あっちの世界でゲテモノ食べて慣らしておいたからね。
べつに、また来る予感があったわけでもないけれど。
自分の荷物の中からカインは確かにグロテスクな肉の塊を取り出した。
なんか……すごい匂いがするんだけど。何のモンスターの肉なの……?
「ゾンビーの肉だ」
「腐ってるじゃん!」
見た目がどうこうじゃないからそれ!
精神的な問題はクリアしても、腐った肉を食べたらさすがにお腹壊しちゃうよ。
そうしてまた足を引っ張るはめになるのは困る。
「ていうか、どんな食生活してんのカイン」
いくらお腹減ってもゾンビー肉を食べるのはどうかと思うよ、と言うと、カインは不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「好きで食っていたわけじゃない」
なんでも、試練の山に篭ってた時はそれしか食べるものがなかったんだって。
限界ギリギリまで口にしたくなかったけど、倒れる間際に食べてみたら何ともなかった。
毒状態になったり呪われたりせず、お腹を壊すこともなかった。
だからそれ以来、主にアンデッドの肉で食い繋いで生きてきたんだって。
「あ、私は豆と芋だけで大丈夫です。肉は二人で食べてください」
私はともかくとして、セオドアとカインは穀物だけでは持たないもんね。
その時にあるものを食べるしかないんだ。頑張ってね。私はそんなに体力使わないからね。
べつに、無理してゾンビーの肉まで食べる必要はないもんね。
「あーあ。普通の肉が食べたーい」
投げやりに呟いたら、カインはため息を吐いた。
「町に着くまで我慢しろ」
腐った肉くらい、あの頃ゴルベーザに食べさせられたいろいろと比べたらどうってことないはずなのにね。
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