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🔖SUSPENSE



 さっきの怪物、ダークスポーンの死骸が灰も残さずに燃え尽きると、ダンカンは私に寄越した剣を取り上げて歩き出した。
 脳ミソの処理が追いつけなくてその背中をぼんやり見送ってたら、少し進んだところで立ち止まったダンカンが私を振り返る。
「ユリ、一緒に来るんだ」
 一緒にオスタガーまで? そして洗礼の儀を受けろって?
 もしも試練に打ち克てば私もブライトと戦うことになる。もしも失敗すれば、死あるのみ。そんな過酷な運命に足を踏み入れろと。

 でも私はグレイ・ウォーデンが何なのか知っている。
 そこに属している張本人でさえ「真実を知れば誰がウォーデンになりたがる」と自嘲するその実態を、よく分かってる。
 だからダンカンが私に入団しろと言うなら返事は決まっていた。
「絶対に、嫌!」
 せっかく拾った命、むざむざ捨てたくない。ゲームの主人公じゃあるまいし私がそんな過酷な運命を戦い抜けるわけないでしょ。

 っていうか、そう、主人公たち。
 このゲームには選択式だけれど合計して14人もの主人公がいる。
 なのにどうしてダンカンは戦闘経験皆無の一般人な私を徴兵しようとするんだろう? さっさと主人公のところに行けばいいのに。

 オスタガーには行かない、入団もしない。そう念を押す私をサクッと無視しつつダンカンは空を見上げて呟いた。
「急がなければ。もう他の新兵を探す時間はない……」
「ちょっと話聞いてよ。いや、やっぱり聞かなくていいや」
 目の前にいる人間を徴兵すると決断したダンカンがどれほど頑固かを思い出した。
 無理に逆らうのは賢くない。ここは大人しく従うふりして、隙を見て逃げよう。

 そんな胸の内が読めるはずもないのに音もなく忍び寄ってきたダンカンは私の腕を思いきり掴んで怖い笑みを浮かべた。
「ちょっ、痛い痛い痛い!」
「逃げられると思うのか?」
「う……」
 逃げようとしてるの、バレてるし。

 威圧的かつ脅迫的な顔。鋭すぎる眼光と、顔の下半分を覆ってる髭のせいで尚更ガラ悪い。なのに私はなぜか青褪めもせず逆に頬が熱くなる。
「見たところ一人では行く宛もないんだろう。ついて来るのが賢明だ」
「待って顔が近い」
「ん? ああ……すまない。そこを気にするとは思わなかった」
 こんなタイミングで「どうしてダンカンはロマンス対象じゃないんだろう」って不満だったのを思い出してしまった。

 だってこのオッサン、序盤で死んじゃうのに主人公の導き役だから目一杯カッコいい描写されてるんだもの。
 ……ああそうだ、ダンカンって、オスタガーで死んじゃうんだよね……。
 どんなに望んでも彼を助ける選択肢はゲームにない。

 さっきの怪物はきっと群れからはぐれたダークスポーン。もうブライトは始まってる。どこに行っても危険は増すばかりだ。
 仮にダンカンから逃げてみたところで異世界人まるだしの私に行く宛がないのは事実だった。
「でも嫌。ダークスポーンの血とか飲みたくない。どうせ失敗して死ぬに決まってるし、仮に成功してもアーチデーモン倒したら死んじゃうんだから。絶対やだね」
 すでに一度死んでるのに、どうしてか幸運にも生き返ったのに、結局また悲惨な末路を迎えるなんて酷すぎる。
 せっかく機会が与えられたなら私だってもう一度ちゃんと生きてみたい。

 脅すような態度は少し和らいだけれど、ダンカンは未だ険しい顔で私を見下ろしていた。
「なぜ知っている?」
「何が? あっ、儀式の内容か」
「それだけじゃない。グレイ・ウォーデンの末路を誰から聞いた」
 凄まれてるのに見知ったキャラクターだから怖くない。むしろ野性味と渋味が入り交じる大人の魅力がヤバイ。
「なんか妙にカッコよくて困るから顔近づけないでください。恥ずかしい」
「……」
 そんな場合じゃないのに私きっと今すごく頬が赤いと思うし、ダンカンは「何言ってんだコイツ」って顔してる。

 とりあえず腕を離してもらって息を吐く。ダンカンとしては旅を急ぎたいところだろうけれど、ここはしっかり話し合っておかないと。
「えっと、話せば長くなるんだけど」
 私はここじゃない異世界から来ました。それでもってこの世界で起こる出来事についてはよく知ってます。
 ……うん、ダンカン相手なら背教者扱いされてエアナー送りってことはないだろうけれど、そう簡単に言えることじゃないや。
「実は私、人の運命が見えるのね。っても誰でもじゃなくて心を開いた相手だけなんだけど。あーっ、胡散臭そうな顔しないでよ、説明するから」

 まずは事実確認から始めよう。
 今年は竜の時代30年で、ダンカンは三人目の新兵を探してる途中、オスタガーでは騎士ジョリーとダベスが最後の新兵が到着するのを待っている。
 これらの情報に間違いはないかと聞いたら、怪訝な顔をしつつもダンカンは頷いた。
 やっぱりゲーム本編が始まる直前だ。本来ならオリジンズクエストの真っ最中であるはずのタイミング。

「どうして新兵が見つからなかったのか、私が聞きたいくらいなんだけど。オーズマーには行った?」
「オーズマーには仲間が行った。しかし目ぼしい人材は見つからなかったようだ」
「そっか。エデュカンの次男か長女かはウォーデンの一団に出会えなかったのかな。ブロスカも……」
 私が作った主人公とは別人なのかもしれないけれど、死んでしまってるかもしれないと思うと悲しい。

「じゃあデイルズエルフは? マレサリの部族にマハリエルってのがいたでしょ」
「……いや」
「もしかして間に合わなかった……? 鏡の穢れにやられてタムレンと一緒に……」
 雲行きが怪しくなってきた。
 どんどん眉間にシワが寄ってくるダンカンに、ツッコミは後でと首を振ってみせる。
「なぜ、ってのは一先ず置いといてくれないかな。とりあえず私が“知ってる”ってことを証明する」
 とにかく私が嘘をついてないって前提で聞いてもらわないと何も話が進まないんだ。

「ダベスがオスタガーにいるんだからデネリムに行ったんだね。で、タブリスも駄目だった。じゃあハイエヴァーは?」
「公爵の推薦で候補者を見に行ったが、立て込んでいたので引き返した」
「ハウの襲撃真っ最中だったんじゃないの。……クーズランド家の末っ子とは?」
「目をつけていたが、会えなかったよ」
「むう……すべてにおいてタイミング最悪」

 どうやら、どこもかしこもダンカンが主人公たちに会うより先に事が終わってしまったようだ。
「じゃあ最後の希望。キンロック見張り塔……サークル・タワーは、まだ行ってないよね?」
「今朝レッドクリフを発ち、ここでお前を見つけた」
「嘘でしょ! アメルもスラーナも駄目なんて」
 全滅だ。主人公がいない。ダンカンはフェレルデンの救世主となるべき人を見つけられなかったんだ。
 じゃあこの世界はどうなっちゃうの?

 はぐれダークスポーンとの戦闘を見てたなら私が如何に頼りないかも分かっているはず。
 にもかかわらず洗礼の儀を試してみようとするほど、ダンカンは切羽詰まってるんだ。
 正直、すぐにでも死ぬ可能性が限りなく高い以上、やっぱりグレイ・ウォーデンに入団する気にはなれなかった。
 でもだからって、私は関係ないからと放り出すのも心苦しい。
 ここでダンカンから逃げ切ることができてもフェレルデンがブライトに屈してしまったら、どっちにしろ私は生き延びられないだろうし。

「私はグレイ・ウォーデンにならない。でも、私の話をちゃんと聞いてくれるなら、違う形で力になることはできる」
「分かった。聞こう」
 事前に充分すぎるほどおかしなことを言っておいた甲斐あって、私の提案をダンカンは躊躇なく受け入れた。
「私は人の運命が見えるって言ったでしょ? あなたが今後どうなるか、このブライトがどうやって終わるかも、私は知ってるんだよ」
 だからその知識を有効に使いさえすれば……。

 主人公がいなくてもアリスターを導いて、アーチデーモンを倒せるかもしれない。
 それに私がグレイ・ウォーデンになる必要もない。
 アーチデーモンを倒すのに支障がなく、むしろ都合がいいなら、ダンカンは私を無理に徴兵したりしないだろう。


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