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🔖快晴両断
見上げれば落ちていきそうなほど高い空。太陽まるだし、お昼すぎ、気持ちのよい快晴。
おおよその時間と天気、場合によっては季節くらいまでなら空を見上げるだけでも分かる。
だけど今この場所、私が立ってる場所がどこなのかを知るには、やっぱり足元を見なくちゃいけない。
つまり現実ってやつを。
ついさっきまではアスファルトの道路だった地面が、舗装されてない道ですらない草地に様変わりしてた。
「また……? っていうか早すぎない?」
余韻もへったくれもない! なんて、誰に怒ればいいんだろう。
ポケットに手を突っ込んでみればスリープモードのPSPが指に触れる。
月の民編を始める前に、ちょっと覚悟を決めようと出かけてきたところだったのに。
あの時とは違う明るい空の下。
同じ世界なの? それとも全然違う場所?
ここは一体“どこ”で、今は一体“いつ”なのか。
少しは期待に胸を膨らませていいのかもしれないけれど、今は足元で風に揺れる草を戸惑いながら見てるだけ。
この間ゼムスに呼ばれた時は一人ぼっちだったけれど、今回はどうやら違うみたい。
じりじりと焼けつくような視線を感じてた。
「……あんまり見ないでほしいです」
返事はない。ただのしかばね……でもない。あれはただのモンスターだ。
私を殺す気なのかそれとも殺して食べる気なのか捕まえて弄んでそのあと結局殺す気なのか、じっとこっちを見つめてる。
情熱的すぎて鳥肌が立っちゃうね。
そよそよと風が吹く。視界の端で私の髪が揺れている。
もっと強く、私かあいつ、どっちか吹き飛ばしてくれないかな……。
そんな呟きを掻き消すように飛び込んできたのは、突風じゃなくて柔らかな白い風。
ふわりと剣先が舞って、鋭い光に怯んだ魔物が後退る。
「去れ」
男の人というには高い声が少し掠れて響いた。聞き惚れてる場合じゃないけれど、なんだか抗い難い魅力がある。
「……行け!」
さっきより強い口調に、魔物がたじろいだ。一歩ずつ後退し、ついに耐え切れなくなって駆け出す。
私よりも少し低い位置にある彼の肩が、ホッと息をついた。
飛び込んできて私を助けてくれた彼が、振り返って心配そうに眉を寄せる。
「大丈夫ですか?」
「王子様だ……」
「知ってるんですか?」
「へ?」
噛み合わない会話に二人そろって首を傾げる。あー、この子、可愛い! くらくらする!
紫の肌に無表情なオッサンとはあまりにも違うよね。
最初に会ったのがこんな美少年だなんて幸先が良すぎるよ。
え、最初に会ったのは彼じゃなくてモンスターだった?
そんなのはいいんだよ! どうせなら自分に都合がいいように物事を受け止めないとね。
なんてどうでもいい思考に没頭していると、目の前の美少年が真面目な顔で聞いてくる。
「あの、あなたは、どうしてこんなところに?」
「え、分かんない」
何も考えずに本当のことを言ってしまってすごく慌てた。
王子様が不審そうに私を見てる。そりゃそうだ。あやしい、私ものすごくあやしい。
「いや、えっと、記憶喪失とかじゃないんだけど、自分でも状況よく分かんなくて! 気づいたらここに立ってたの」
適当な嘘をつく余裕もなくてそう答えたら、彼はうーんと考え込んでから小さく頷いた。
「……僕は、バロンに向かってるんです。よかったら一緒に行きませんか」
今度は私が唖然とした。
思わず空を見上げる。青い、広い。やっぱり、あの時とは違う。
「その申し出は嬉しいんだけど、私、あやしいよね?」
「え、えっと……」
そこは否定してくれないんだ。不審者だって自覚してるくらいだから仕方ないけど。
「こんなにあやしいやつを連れて行こうと思ったのはどうして?」
どう見ても戦力にはならないし、旅向きの格好でもない私。かかわり合いになりたくないのが普通じゃないのかな。
でも、そう。彼は普通の人間じゃないんだ。
明るい銀色の髪にキラキラと輝く青い瞳。セシルとローザの色だった。
年格好から見ても彼は間違いなく、セオドア・ハーヴィ。……私が未だクリアしていない、この物語の主人公だ。
セオドアと思われる少年は少し迷う素振りを見せつつ答える。
「道連れがいた方が、僕にとってもありがたいんです、けど……」
ふわふわの髪と相俟って、首を傾ける仕草がなんとなく猫っぽい。だめだ。私この人に逆らえる気がしない。
「じゃあ、一緒に行かせてもらおうかな」
「よかった……」
安心したように息を吐いても、その表情は強張ってた。
セオドアが一人でバロンを目指してるということは、まだ始まったばかりなんだ。彼は辛い出来事に背を向けて歩き始めたばかり……。
軽く自己紹介をし合ってすぐに出発する。
前を行く背中、揺れる白い髪。見慣れないはずのものがどこか懐かしい。
……やっぱり、少し似てるのかもしれない。ほんのちょっとだけ一緒に歩いた人を思い出す。
あの時は向かう未来が分かってたから、ただただ辛かった。
ローザとセシルの子供か、そっか。
ほんの数日前に帰ったばかりだっていうのに、こっちではずいぶんと長い時間が経ってるんだね。
私の知ってる人たちは、もうみんな過去の遺物……?
「ねぇ、セオドア」
「どうしました、ユリさん」
べつに他人行儀なわけでもない。ただ生真面目な性格なんだと思う。でも私は気になってしまう。
「私のことは呼び捨てでいいからね」
誘ってくれたのはセオドアの方でも、実際には私が「ついて行かせてもらってる」って立場だ。お金を払って護衛として雇ったわけでもなく守られている。
セオドアの親切と、偶然のおかげで……私はモンスターに殺されずに済んだ。
そういう人に「ユリさん」なんて呼ばれると、申し訳ないやら恥ずかしいやらくすぐったいやら。
「ユリさんって呼ばれるの、あんまり慣れなくてさ」
「……ダメ、ですか?」
ああその仕種。無意識なんだろうけど、首を少し傾けて、無防備な表情で何かを請う、それ。凄まじい破壊力。
「ダメじゃない。全然ダメじゃないんだよ。でもなんかね、なんて言うか……決してダメじゃないんだけどね?」
もしセオドアがどうしてもそうやって呼びたいなら無理やり止めさせようとは思わないんだけどユリさんなんて呼ばれる度に私が微妙な気持ちになることは分かってほしいなっていうか、ああーもう、べつにいいか! 気にするほどのことじゃないかもね! 私が神経質すぎるのかもしれない!
ぐるぐる思考の渦に巻き込まれた私をよそにセオドアが折衷案を出した。
「僕も、会ったばかりの女性を呼び捨てにするのは気が引けるんです。慣れたら、でいいですか?」
「分かった、それでいいよ」
でもきっと私がさん付けに慣れる方が早いんだろうなあ。
優しいくせに、なんだかんだで流されてくれない雰囲気がこの人にはある。……親譲りの頑固さかな?
誰かから目上に見られるのって変な感じ。べつに見下されたいわけじゃないけど、やっぱり違うんだ、って実感する。
いつかみたいに、守られっぱなしじゃダメなんだ。
前と同じにならないために、私も変わらなくちゃいけない。
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