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🔖拾ってください
流されて従って自分のスタイルを持たずに生きるのは格好悪いと思ってた。
でも非行に走るほどの不満や怒りはなかったし、ロックやパンクに熱をあげるほど活発でもなかった。
そんな俺は、中二の夏休み真っ只中、いきなり見事な中二病を発症した。
といっても外見や言動にあらわれない、内向的なタイプのやつだけど。
自室でひたすらノートに向かってオリジナル魔方陣を作る。
いろんな神話から借りてきた神々や神獣をミックスさせた悪魔を召喚できるという設定だ。
魔方陣の描き方から失敗したときのリスク、呼び出したモノの能力まで細かく作ってた。
お金もいらない、誰にも迷惑かけない、しかもパッと見は宿題やってるように見える。地味な趣味だった。
でもある日その魔方陣が大きな面倒事を引き起こしてしまったんだ。
適当に作った魔方陣が、ちゃんと動いちゃった……。
よくあるやつ。
光に包まれて目を開けたら神殿っぽいところにいて、巫女さんとか騎士様とかファンタジーな偉い人に囲まれて。
異世界より来たりし勇者よ、我らにその力を貸し与え給え!
そういう展開が予測される雰囲気の中に俺は立っていた。
ちょっと違うのは、そこで待ってたのが人間じゃないってことかな。
なんか、そう、四体の……モンスター? もしくは魔物っていうの? 要するに怪物、ばけもの、クリーチャー。
そいつらが俺を取り囲んでいるのです。
目を合わせるのが怖くて俯いたら、足元には俺がノートに描いたのと同じ魔方陣が光ってた。
悪魔を召喚する(という設定だった)はずなのに、俺の方が異世界に呼び出されてしまった。
ヤバイ。
俺、世界救ったりしなきゃいけないんじゃないの?
こいつらの見た目的には世界を滅ぼす方かもしれないけど。
どっちにしたって絶対すぐに帰してはもらえなそうだ。
宿題ひとつもやってないのに。間に合わないよ……。
頭ぐるぐる心臓バクバクの俺を見下ろしつつ、最初に口を開いたのは炎を纏った背の高い男だった。
「あまりにも弱いな。鍛えれば使えるかもしれんが、地底で役に立つとは思えない」
ひどい言われよう。
でも俺だって地底とやらに連れて行かれたいとは思わない。
彼の外見から察するに、めちゃくちゃ燃えてるエリアな予感がするもん。死ぬ。
次はやたらめったら髪の長い美女だ。彼女の言葉は簡潔だった。
「私の手駒に男は要らないわ」
悪役で勝ち気な美女、男嫌い。あるある。
でもさっきの燃える男を含めてみんな男もしくは雄みたいだけど。同僚なら男でもいいのかな。
いやそんなことより、俺は二人目にも必要とされなかった。
攻撃的な性格に見えるし、使えないゴミなど殺してしまいなさい、とか今にも言いそうな彼女。
雲行きが怪しい。
三人目はローブを被った老人だ。根暗っぽくて、いかにも自室でオリジナル魔方陣とか作ってるタイプ。
周りにはゾンビや悪霊っぽい何かを従えている。アンデッド系か。
「誰も要らんのなら私が拾ってやろう」
彼が言葉を発すると同時に何とも言えない刺激臭が襲ってきた。
嗅いだことないけどたぶんこれ死臭。こいつ、腐ってやがる!
いやいや、彼は今なんて言った? もしかしたら俺の救世主かもしれないんだ、腐ってる扱いしちゃいけない。
今のところ俺の運命はこの四人にかかってる。
もし全員に「いらない」と言われたらどうなるだろう。
……うちに帰っていいよ、とは、ならないと思う。
縋るような俺の視線に気づいたらしい。
アンデッドさんはローブの奥で金色の瞳を光らせながら言い放った。
「肉が柔らかそうだ。いい餌になる」
あーあ、よっちゃんに誘われたとき柔道部に入っとけばよかった。ゴリゴリのムキムキになっとけばよかった!
運動不足でぷにぷにの肉体がまさか食料的な意味で狙われるはめになるなんて!
救世主かと期待したひとに絶望の底へと突き落とされ、涙腺がゆるむ。
すぐに帰してもらえないどころか俺はここでお星さまになるのかもしれない。
ああいやお星さまじゃなくてゾンビの餌になるのか……。
燃える男と長髪の美女も、要らないと言っただけあって俺の身に迫る危機に無関心だった。
「どうして人間など紛れ込んだのかしらね」
「故障かもしれん。ルゲイエに確認させよう」
異論がないのを見てアンデッドさんが俺に手を伸ばす。その後ろでは死んだ目をしたゾンビたちがゆらゆらしている。
終わった……。俺は今からあいつらに食われるんだ。
さよなら、生。こんにちは、死。
早すぎる人生の終わりに悔やむよりも恐怖するよりも、痛くしないでほしいって気持ちが大きかった。
けど、目の前に迫ってたアンデッドの手が突然消える。
俺の背後に誰か立ってる。そういえばもう一人いたんだった。
どうやらそのひとがアンデッドの手を払いのけたようだ。
「殺すくらいなら俺がもらうぜ。使い道を思いついた」
襟を後ろに引っ張られて首がしまる。うっ、どっちにしろ死にそう。
猫でも掴むみたいに軽々と俺を持ち上げたのは、よっちゃんとこの親父みたいなオッサンだった。
いかつい。
今日の晩御飯をゲットし損ねたアンデッドが不服そうな声でオッサンを責める。
「誤って紛れ込んだ人間の小僧に使い道などあるものか」
「俺は発想力が貧困なてめえらとは違うんだよ。弱けりゃ弱いで価値があるのさ。なァ?」
え……どうなんでしょう? 俺に聞かれても困っちゃう。
価値があると言われれば嬉しいけど、弱いって認めるのもなんか嫌だし。
でも殺されてゾンビの餌になるよりは生きて何かの役に立つ方がいいなぁ……。
だからできれば。とりあえず。
この中で唯一、俺を殺すつもりがなさそうなオッサンに引き取られたい。
心なしか空気が張りつめる。先に折れたのはアンデッドの方だった。
「好きにしろ」
「てめえに言われなくてもそうするぜ」
仲悪いんですか? と突っ込む余地もなく、オッサンは俺をぶら下げたまま他のやつらに背を向けて歩き出した。
ひとまず命の危機は脱したみたいだ。
……安全が確保できたとは言えないのが困るけど。
このオッサンが思いついた俺の使い道って何なのかなぁ。
中二病にかかりそびれた黒歴史ごと俺の存在まで抹消されないことだけ願ってる。
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