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🔖崩壊の予兆



 ラウンジでユリが草臥れていたので肩でも揉んでやることにした。
 ついでにチャクラを開いて気を整える。自分はともかく他人の内部を看るのは苦手だったのに、最近は誰にでもかけられるようになっていた。
 ユリに言わせれば「レベル的に使えるようになってるはず」らしい。
 元は昔バルガスがやっていたのの見様見真似だから俺が“修得する予定だった”と言われても妙な感じだ。

 ブラックジャックはもうじきナルシェに着く。表向きバナン様たちを避難させるためだが、ユリには他にもナルシェに行きたい理由があった。
 なんでもあそこの炭坑に住んでるモグの一族をどこかへ移したいんだそうだ。
 詳しく話そうとしないけど世界が崩壊する時に備えてのことだろう。

 地形が変わってしまうほどの大災害だと言っていたから、魔大陸が浮かび上がるのを見た時は背筋が凍る思いだった。
 しかし今のところガストラたちに目立った動きはない。かなり不気味なのはさておき魔大陸は未だ“そこにあるだけ”だ。
 ユリが悠長にしているのを見ても、崩壊までに多少なりとも猶予があるんだろう。
 この隙に、やっておくべきことを急いで全部やるつもりらしい。

 ふと気になって、ナルシェに連れて行ったあとバナン様をどうするのか聞いてみる。
 戦いの心得があるといっても彼らは戦士じゃないから、魔大陸に連れて行かない理由は分かるんだ。
 じゃあ、地上で動くかもしれない帝国軍の相手でもしてもらうつもりだろうか?
「バナンねー。正直あとのことは知らんわ」
「おいおい……じゃあなんで連れ出したんだよ」
 人目を引く危険を犯してまで隠れていた彼らをわざわざ迎えに行ったのは、そこにいてはならない理由があるからだろ?

 今はガストラが魔大陸にいるとはいえ、残った帝国軍の動きに迅速な対処をするならバナン様を南大陸に残しておくべきだった気もする。
 俺がそう言うとユリは意外な、いや意外で済ませるには衝撃的なことを言い出した。
「キャラクター的にはバナンとかもう死んでるんだよね」
「え、ええ!?」
「ベクタで別れるところでティナ視点に切り替わるから、エドガーたちが逃げる時にバナンがどうなったのかプレイヤーには分からないんだよ。エンディングまで誰も何も言わないし」
 あそこで殺されたんだろうという解釈が一般的だったから私としてはヤツが生きてることこそ変な感じ、なんて聞かされて頭痛がした。

 だったら先に言っといてくれてもよかったのに。俺、別れ際に「注意しておくことはないか?」ってしつこく聞いたじゃないか。
 それともまさかバナン様が嫌いだからわざと言わなかったのか? ……まさかなあ。
 じゃあつまり、こっから先バナン様はシナリオ上の死に縛られなくていいわけだ。出番がなくなったとも言えるが。
 リターナーの出る幕は終わったってのはそういう意味でもあったんだな。

「で、まあ生きてるのは結構なんだけど、ベクタ近辺に隠れてるのは、たぶん、それはまずいからナルシェに連れて行こうかと思ってさ」
「……ベクタの近くにいると、崩壊に巻き込まれるからか?」
 何の気なしに聞いた俺の言葉にユリは固まった。
 死ぬはずのところを生き延びた。バナン様たちが今後のシナリオを変えてしまうのが心配なのかとも思ったが、何を悩んでいるのかどうも分からない。

「なあ、単なる愚痴でもいいから吐き出しとけよ。お前かなり疲れた顔してるぞ」
「レディにそういう言い方するもんじゃないよ」
「そりゃ悪かったな」
 年甲斐もなく膨れ面をして拗ねるので頬を押さえて空気を抜いてやったら、ユリの口からプシューと間抜けな音が出た。
「我ながら偽善臭いと思っただけだよ。バナンだけ逃がすのもそうだし、これからモーグリ族を説得しようとしてるのも」
「モーグリを移住させるのがなんで偽善になるんだ」
「世界が崩壊する時に一族が全滅する予定だから」
「……へ?」
 一族が全滅……って言ったのか、今。

「崩壊後、散り散りになった仲間をまた探しに行くんだけど、モグは一人きりで巣に佇んでるの。崩落で巣が潰れたのかモンスターに襲われたのかは分かんないけど、生き残るのはモグだけ」
 驚いたな。あのモグの呑気な雰囲気からは想像もつかない過酷な運命だ。
 そう聞かされるとモグをそんな悲惨な目には遭わせたくないと思う。ユリ風に言うならあいつは“癒し系”だ、悲劇なんか似合わないし、似合ってほしくもない。

 でも、滅びそうなモーグリ族を助けようとするのがなぜいけないのかやっぱりよく分からなかった。
 仮に群れが助かったとしても、モグはちゃんと仲間として戻って来てくれるだろう。
 あいつ自身の運命を変えるのでなければ物語には大して影響を与えないはずだ。
 ユリもそう思ったから手を出すことにしたんじゃないのか。

「なんか不都合があるのか?」
「べつにそういうわけではない」
「なら、いいじゃないか」
「んー。世界中で人が死ぬのにモーグリだけは助けるのかよ、ってね。バナンのことだってさ。ベクタは街ごとなくなるんだよ。知り合いの誼で数人を逃がしたって何の救いにもならない」
「……そんなことはないだろ」
「世界が予定通り崩壊するなら少数を救っても意味ないのは分かってるのに」
 落ち込んでるのは分かるが、それはちょっと聞き捨てならんな。

「意味がないなんて言うなよ。何もしなかったらモーグリたちは死んじまうんだろ? お前は少なくとも彼らを助けられる。そいつらが生き延びるのを無意味だなんて思うのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
 気持ちは分からないでもないけどさ。

 これから死ぬのを知ってるからどうにかして助けたい、なんて言い出したらそれこそ世界中の人々を一人一人守らなきゃならないんだ。
 ベクタが街ごとなくなると聞いて、俺も今すぐ戻って皆に逃げろと言いたくなったが、実際問題そんな戯言をまともに聞いてくれるやつはいないだろう。
 ただでさえ魔大陸のことで慌ただしいのに、そこへ「もうすぐ街が滅びる」なんて新たな恐怖を与えるのは混乱を招く危険な行為だ。

 助けられるものならすべての人を助けたい。
 だが、自惚れては駄目だ。どんなに必死で頑張ってもこの手で救える命は高が知れている。
 俺たちは誰でも自分の届く範囲で支え合うのが精一杯で……とてもじゃないが世界まるごと背負うなんて無理だ。
 だからって足掻かない理由にはならないけどな。できないのならできるところまでは頑張ればいい。単純な話だ。

「俺たちが魔大陸でガストラを……ケフカを止められれば、そんなこと悩まなくて済む」
「あー、えっと、突入する時マッシュはブラックジャックに残ってもらいたいんだけど」
 気まずそうに言われて俺もつい真顔になった。
 ……危ないからユリを連れて行きたくないとは思ってたが、俺が留守番とは思ってなかったぞ。
 自分で言うのもなんだが俺は主戦力の一人だ。激戦が予想される魔大陸へ乗り込むのになぜ待ってなくちゃならないんだ。

「それは俺にケフカを殺させないためか?」
「違うよ。戦力的には来てほしい。でもマッシュには飛空艇に残ってフォローしてもらいたいんだ。ジミーさんたちは崩壊後の出番がないから……」
 ああ、それは考えてなかったな。

 このゲームには主人公が複数いて、その役割を負っている俺たちは世界が崩壊した後にも登場する……つまり惨劇を生き延びられることが確定している。
 しかし、そうじゃないやつらもいる。彼らを生き延びさせるためには対策を講じる必要がある。
 ちょうど今バナン様たちを避難させ、次にモーグリを助けようとしているみたいに。

「魔大陸を脱出したあとブラックジャックは壊れて墜落する。後々もう一度飛空艇を手に入れるんだけど、それには今の乗組員は乗ってない」
 悪くすると、彼らは崩壊の瞬間に命を落とすかもしれないってわけだ。
「そうか……。でも、正直そんな状況であの三人を守る余裕があるか?」
「守ってとは言わない。防御魔法で生存率が少しでも上がればそれでいいよ。他の人には言い訳が思いつかないから、マッシュにしか頼めない」
 そこは帝国軍を警戒して戦闘態勢を解かない方がいいとかなんとか言っておけば済むと思うんだが。
 けど伝言だけじゃ、乗組員に防御魔法をかけるまでは気が回らないよな。

 終わってからあの三人だけ亡くなっていたってことになると俺もひどく寝覚めが悪い。倉庫番の人はともかく、ジミーさんやルーカスには世話になってるし。
 腑に落ちないが、やっぱり何が起こるか分かってる俺がブラックジャックに残るべきなのかもしれない。
 それにしてもやっとの思いで直した船が今度は完全に壊れちまうなんて、セッツァーが落ち込むだろうなあ。
 いや、落ち込むだけで済めばいいが。この船はあいつにとって命そのものみたいなもんなのに。


 大惨事の引き金となるケフカを殺せばそれで済む。モーグリたちは死なないし、ブラックジャックも壊れない、世界は崩壊しない。
 もしかしたらユリが危惧してるようにもっと悪い未来が待ってるかもしれないが、ともかく目の前にある危機は乗り越えられるわけだ。
 でもそれは勇者の仕事だ。そしてユリは、特別な力を持つ主人公の一人ではない。
 だから俺がなんとかしようと思っていたが、その俺が一緒に行けないのなら念を押しておかなければならないことがある。

「ユリ、お前が自分でケフカを殺そうなんて思うなよ」
「……なんで? 隙あらば殺るべきでしょ。サマサでは失敗したけど今度は頑張ろうと思ってんのに」
「もう挑戦してたのかよ。ちょっと目を離すとどんな無茶するやら分かったもんじゃないな、お前って」
 兄貴に武器が欲しいとねだってた時からそんな気はしていたが、ユリは未来を変えてしまおうと思い始めているみたいだ。
 それはまあ、好きにすればいいんだけどさ。

「俺はお前に誰も殺してほしくないんだ」
 こっちの世界と向こうとでは誰かを殺すという行為への忌避感に極端な差があるらしい。
 もちろん俺だって悪人なら殺して平気ってわけじゃないが、必要ならいつでもそうできるつもりだ。
 しかしユリは大袈裟なほど強く「誰も殺したくない」という気持ちを抱いている。
 仮に正当防衛でも、自分を殺そうとする相手に対してでも、誰かの命を奪うのは怖いと言っていた。
 身近に危険がないから、“敵”がいない人生を送って来たから、命のやり取りに恐怖する。

 たとえ相手がケフカでも、手にかけちまったら向こうに帰った時つらい想いをするんだろう。
 自分の手で誰かを傷つけることに過剰な罪悪感を抱くのはユリが平和な世界に生まれ育ったからだ。
 街を出れば魔物に襲われたり、身内が殺されたり、自分の命が狙われたり、敵を殺さなきゃいけなかったり……血生臭いことと無縁でいられる世界の人間だから。

 ユリ自身は元いた場所を生温いとか平和ボケしてるとか考えているようだが、その平和はとても稀有で、彼女の故郷こそ俺たちが求めてやまない世界じゃないのかと思う。
「お前はついて来るだけでいい。俺がエンディングまで連れて行ってやる。だから誰も傷つけたり、殺したりするな」

 なぜだか怒ったような顔で俯いてしまったユリはやがてぽつりと溢した。
「私、レオとかシドとか、こっちに来る前は好きだったんだよね」
「……ホントかよ」
 確かに嫌ってないとは言ってたけど、彼らを見る時のユリはどう控え目に表現しても親の仇に向けるような目をしてたぞ。

「本とか読んでて『こいつ悪いやつじゃないけど現実にいても関わりたくないな』ってのいるでしょ?」
「うーん。まあ、たまにな」
「そういう感じ。外側から一方的に見るだけなら平気だったのに、今は現実的に関わりができてしまって、あいつらの無責任さがムカつくようになった」
「まあ、いいんじゃないか? 好みは人それぞれだし」
「……でも他人事のままじゃ腹を立てる権利なんかないでしょ。だから私……、私もケフカに立ち向かってみようと思って」
「へ?」

 なんだそりゃ、真っ当に腹を立てる権利がほしいから自分も対等になろうとしてるってのか?
 自分が手を汚さなければシド博士たちに「お前は何もしてない」と胸を張って言えないから?
「でもお前はこの世界の人間じゃないだろ」
 いずれ向こうに帰るんだ。わざわざ同じ位置に立ってやる必要もないはずだ。
 こっちの世界に染まるべきじゃない、染まってほしくない。

 俺の思考をユリは斜め上から捉えていた。
「要は関係ないんだから引っ込んでろってことね」
「えっ!? い、いや、そんな言い方に聞こえたなら悪かった。ただ俺はお前に戦ってほしくなくてだな、」
 あわてふためく俺をちらっと見上げたユリは、笑っていた。……くそ、からかってるだけだ、こいつ。

「マッシュの言う通りだよ。たとえ世界を守るためでも、ケフカを殺してしまったら私は忘れられないと思う。だから殺せないんだ。フィガロ城でも、帝国陣地でも、サマサでも、たぶん魔大陸でも」
 お前には争いと無縁な、汚れのないままでいてほしい……とまではさすがに気恥ずかしくて口に出せないが。
 元の世界に帰っちまったら俺は彼女に何もしてやれない。だったらせめて、ユリがこの世界に現れた時と同じままで、帰してやりたいと思う。

 ずっとユリは危機意識を持つべきだと考えていた。
 あっちの世界がどんなに平和だったとしてもこっちはそうじゃない。敵から身を守る術もなく生きていける世界じゃない。
 今まさに自分に向かって牙を剥いてる相手に「可哀想だから殺せない」なんて言ってられないんだ。でも、近頃になって考えを変えた。
 そうやって“危険”に対処できるようになってしまったら、元の平和な世界には戻れないんじゃないかと。
 殺人の記憶を抱えて平和な世界で生きていくのだって、同じくらい辛いんじゃないのか?

 帰る日のために、なるべく何もすべきじゃないと思うんだ。
 そう告げたらユリは「始めは確かにそう考えていた」と頷く。
 でも今は違う。ユリもまた考えが変わっていたんだ。

「何もしなくても、シナリオ通りに話が進むのを傍観して、私は世界が滅びるに任せて逃げて来たんだって、結局は罪悪感に苛まれるんじゃないかな」
 自分や仲間を守るために敵を殺すのも、手を汚さないために見殺しにするのも、同じ……。そう言われると確かにそんな気もしてしまう。
 やってもやらなくても後悔するなんてどうすりゃいいんだよ。
「来なくていいところへ来ちまったのはユリのせいじゃないだろ。この世界を守るのは俺たちの役目だ。お前が失敗を怖れたり責任を感じなくちゃならないなんて、納得いかない」

 ユリはまた怒ったような顔をして俺を睨んできた。が、怒っているわけではないようだ。
「惚れてまうやろ」
「なんでそうなる」
「そんな親身になって言われると誤解しそう」
「ば……バカなこと言ってるなよ」
 真顔で惚れそうとか言われたらこっちこそ誤解しそうになるだろ。
 親身になるのは当たり前だ。たとえ本来いないはずの人間だとしても、俺にとってはユリも大事な仲間の一人なんだから。

「……こっちの流儀に合わせちまって、元の世界に帰って平気でいられるのか?」
 そう尋ねたらユリは曖昧に「帰ってみないと分かんない」と言った。
「命のやり取りは怖いけど、戦おうと思う気持ちは止められない。大事な人たちが暮らす世界を私も守りたいから。……ダメ?」
「いや、ダメとかじゃ……なくてだな……。ああもう、無理はするなよ?」
 言っても無駄だろうけど、と付け加えたらユリは力なく笑った。

「正直、私がケフカに勝てるとは思えないから無理はしないよ。自分の安全が第一。崩壊の阻止は、あくまでも挑戦するだけ。失敗したら私のできる限りを尽くして世界が蘇るのを手伝うことにする」
 だから今こうして動いているんだと言われてしまえばもう引き留める言葉もない。
 どっちみち後悔するなら戦ってみるとユリは決めたんだ。失敗した時のことも頭の隅に置きながら。
 抱え込むなと言っても無理そうだ。まったく……。

「もし失敗しても思い詰めるなよ。お前は運悪く巻き込まれただけだって忘れるな。目を背けて逃げてもいい立場なのに一緒に戦ってくれてる。それを知ってるのが俺だけだから言っとくぞ……ユリ、ありがとう」
 照れが極まったのか、なにやらモゴモゴと口ごもっていたユリは結局なにも言えず顔を真っ赤にして俺の肩を殴ってきた。
 まあ、なんだ、もうちょっと筋力をつけた方がいいな。

「マッシュ……」
「ん?」
 言っておくことがありますと急に真剣な声音で言うので思わず姿勢を正した。
「魔大陸に突入して、脱出したらもう話す時間ないから頭に叩き込んでおいて」
「お、おう」
「世界が崩壊してから一年後くらいに、マッシュが死ぬかもしれないイベントがある。……でもセリスと一緒にすぐ助けに行くから。絶対に行くから、絶対に諦めないで」
 そういう直接的な助言は初めてだな。どういう状況にせよ俺は諦めたりしないと思うが、わざわざ忠告するってことはよっぽど危ない目に遭うのか。

 崩壊後は仲間がバラバラになってセリス主導で皆を集めることになるという。
 そして俺は、普通に進めていればセリスが最初に再会する仲間らしい。
「セリスが街に到着するタイミングでイベントが起こる。一人ではどうにもならない状況に追い込まれると思うけど、六分以内に駆けつけるから」
「六分?」
「……それを過ぎたらゲームオーバーになるんだよ」
 よく分からん。六分間を耐え切れなかったら死ぬってことかな。

 ユリが来るのを待てと言うならもちろんそうするが、いまひとつ何が起きるのか想像できない。
「もう少し具体的に言ってくれたら対処しやすいんだがな」
「場所や状況を教えたら行動する前に考えてしまうかもしれない。その僅かな時間が隙を作って、マッシュの命を奪うかもしれないから言わない」
 もしユリが、セリスより先に俺と会ったとしても一年間は一緒に行動しないと宣言されてしまった。
 なんかそう言われるとちょっと淋しいぜ。

 俺が危ないだけなら洗いざらい教えてくれればそのイベント自体を避けられるはずだ。
 それができないってことは、俺は誰かを助けて死にかけるのかもな。俺が危険に遭わなきゃ代わりに死ぬかもしれない誰かがいるんだ。
 ということは……ああもう、考えても仕方ない。なるほど、ユリが余計なことを言いたがらないのは尤もだ。
「バナン様が死ぬかもしれないって言わなかったのも同じ理由か」
 彼らの身に降りかかる危険を退けるために俺が死ぬ可能性を避けたかったからなのか。ユリは居心地が悪そうに頷いた。

 それにしても物語の主人公は死なないもんだと思ってたから、そんなイベントがあるのは意外だ。
「シナリオで死ななくても戦闘で全滅したりゲームオーバーになる可能性はいつもある。失敗してもやり直せない。そんな当たり前のことが最近すごく怖いよ」
「……当たり前、か。そうだな」
 ユリにとってこっちの世界は“ゲームの中”ではない、もう一つの現実になりつつある。いざこうなってみると戸惑う。

 俺は正直ユリがいなくなったら淋しいし、二度と会えなくなるかと思うと悲しい。
 けどそれを口にして、帰る時になってユリに後悔を残すのも御免だ。
 だからエンディングとやらに到達してユリが帰れるかどうかはっきりするまで、淋しいとは言わないつもりでいる。

「ま、俺だったら裂けた大地に挟まれたって死なないだろうから心配するなよ」
 強いて軽くそう言ったらユリはやっと安心したようだ。
 崩壊した後の世界よりこいつの方が危なっかしいぜ。ブラックジャックが壊れる時に無事で済むのか……他人の心配してる場合じゃないってのに。

 きっとそれを生き延びられないようではエンディングに辿り着くことなんてできないのだろう。
 ここは我らが船長に倣って希望に賭けるしかないか。
 自分の命そっくりそのままチップにして、未来を掴みとるために。


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