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🔖鏡の向こう側



 暗がりから息を潜めて私たちを見つめる幻獣は、ざっと数えて二十は居るようだ。
 それでも封魔壁から飛び出していった数よりやや少なく感じる。
 きっとパーティメンバーに見つけてもらえないままエンディングを迎えてしまうやつもいるのだろう。
 誰か……誰でもいいから、彼らを見つけて、その存在を記憶してほしい。


 人間なら武器を持っているかどうかである程度の判断がつくけれど、獣型や獣人タイプの多い幻獣は敵意の有無が見た目では分からない。
 さすがにロックも警戒していた。リルムは怯えた様子でストラゴスの陰に隠れている。
 ティナが歩み出て、おそらくは彼らの闘争心を煽ることもないであろう私が隣に並ぶ。
 すると向こうからも大柄な幻獣が歩み出た。人に近い外見なのは彼くらいだ。
 単純に和解すると言っても、この幻獣たちがいきなり街に現れたらパニックが起きるだろうな。

「君に我々と同じ力を感じる。幻獣なのか?」
「私は幻獣と人間の血を引く……マディンと、マドリーヌの娘、ティナです」
「マディンの? ティナ……そうか、あの時の赤ん坊が……」
 同じギガース族なのか、ティナの言葉に目を見開く青年の顔立ちはどことなくマディンに似ていた。
 でも力を制御するカプセルを出た状態のマディンより小柄だ。マディンよりもかなり若いのだろうか。
 目の前の彼はティナと同年代に見える。しかし振り返ってみればマディンもそれよりちょっとお兄さん程度としか思えなかった気がする。幻獣は皆して若作りなようだ。

「私の名はユラ。君たちは、戦いに来たのではないと思っていいのだろうか?」
「ええ。幻獣と人間の架け橋となるために、私はここに来たの」
 戸惑いながらもユラは私たちの顔をじっくりと観察した。誰にも敵意がないのを確認し、今度は背後の幻獣たちを振り返る。
 どこからともなく安堵の息が漏れ、いくつもの音が重なったそれはやけに大きく響いた。


 魔大戦の終わりに幻獣たちは争いを嫌って異界へ逃がれ、時折マドリーヌのような迷い人も現れたが、然したる問題も起きず静かに平和に暮らしていた。
 しかし千年ぶりに魔導の力を求める者が現れた。
 ガストラの脅威に晒され、ゲートは固く閉じられ封魔壁の魔法が発動し、幻獣界には決してこちらと関わってはならぬという掟ができた。
「でも、仲間が魔石となったのを感じて、どうしても皆を助けたかったんです。そして私たちが扉の前に集まった時、ティナの姿が見えて……」
「私も感じました。扉の中からあなた方の想いが溢れてくるのを」

 ティナと彼らの共鳴現象によって扉は開かれた。
 かつてヴァリガルマンダと反応した時の力でビックスとウェッジを消してしまったように、共鳴で封魔壁の魔法をも消滅させたのか。
 三闘神の中心では魔法が消えるように、もともとそういうものなのかもしれない。ぶつかり合った魔力は何かを消してしまう。

 封印の魔法が作られたのは幻獣が人間との共存を諦めてこの地を去った時代。
 扉のこちら側に幻獣が残っていないと想定していたはずだ。だから“扉の両側で魔力がぶつかり合う”心配などなかったのに。
 本来ならば起こり得ない事態が起きてしまい、封魔壁が開かれたというわけだ。

「外へ出ると同時に我らは精神の制御を失い、街を破壊したばかりか、罪のない人たちまでも傷つけてしまいました」
「うぅむ。おそらく幻獣はあちらの世界では力が抑えられるのじゃろうな」
「それがいきなり解放されたためにバランスを失った、か」
「あんなことを誰も望んではいませんでした」
「分かっているわ。私も、同じだったもの……」

 しかし幻獣は本来こちら側の生き物だ。
 三闘神の力を振るい、戦争に明け暮れるために生まれてきた。
 理性を持たず血気に逸る姿こそ生物として正しい在り方だともいえる。
 そしてその本性を厭うて封印を求めたのだから……やっぱり、別の世界に住んでいるのがお互いに幸せだと思うのだけれど。


 向かい合う三闘神の中心では魔法が中和されてしまう……。
 トライアングルの逆位相みたいなもので、三方から均等に魔力が注がれると真ん中で魔力が消失してしまうのかもしれない。
 封魔壁の結界が幻獣たちの魔導の力を抑えているのだとすれば、やはり三闘神の間に流れるエネルギーを利用しているのだろう。
 そしてもしかしたら魔力を中和して幻獣を無力化する技もそこから着想を得たのではないか。
 だってガストラは初めて幻獣界へ侵攻した時、すでに幻獣を無力化する兵器を持っていたんだ。
 あの犬皇帝はこちらの想像以上に多くの事柄を理解しているのかもしれない。

 考え事に耽る私をよそに、警戒を解いたロックがティナの隣に並んでユラを見つめた。
「帝国は幻獣との和解を望んでいる」
「……我々を許してくれるのか?」
「罪を犯したのはお互い様だ。だからこそ、共に歩んでゆくべきなのかもしれない」
「人間と、共に……」
 千年を安穏として過ごしてきた幻獣よりも、魔法の存在を忘れてしまった人々よりも、この世で一番魔導に詳しいのはガストラだ。
 並々ならぬ執念を燃やす男は死に至るまで野望を諦めはしない。

 彼らが手を取り合おうとするのを遮って私は口を挟んだ。
「さっき魔石化した仲間を助けると言ってたけど、どういう意味かな?」
「はい。魔石は我々の肉体が死に、精神を結晶化したものです。これを解放しなければもう一度生まれることができないのです」
「ああ……転生か。助けると言っても生き返らせるわけではないんだね」
「肉体と精神がともに朽ちていれば……それは、不可能です」
 そんな気はしていたけれど、うっかり期待してしまったので落胆も大きい。

 でも、魔石の消滅が精神の死だというなら、幻獣にも霊界のような場所があるということだろうか。
 世界から魔法が消えて、彼らが最期に辿り着くべき安息の地があるといいのだけれど。

 鞄の中にある魔石に気がついたのか、ユラはじっと私を見つめた。
「ゲートに近づけばいつも悲鳴が聞こえた。皆の死を感じた時、殺されたのだと思って復讐の欲に駈られた。だが、君たちに希望を託して自ら魔石と化したんだな。せめてもの救いだ」
 しかし苦しみが癒えたわけではない。人間のせいで仲間が不当な苦痛を受けて命を散らしたことに変わりはない。
 和解のために差し伸べられた手なんて叩き払って、魔石を持ってゲートの向こうへ帰ってほしいというのが私の正直なところだ。

「和解に承諾する前に聞いてほしい。……ケフカは、幻獣を無理やり魔石化する術を編み出してる」
「なんだって?」
 声を荒げたのはロックだ。彼はシドの様子を目にしたから帝国が魔石の存在を認知しているのは分かっていた。
「こんなに大勢で帝国の前に姿を見せるのは危険だ。魔石化されたら、みすみす大量の魔導の力を与えてしまう」
「しかし彼らも今は平和を望んでいると」
「人間は笑顔で嘘を吐く。ユラ、私の嘘もあなた方には分かるはず」
「どういう意味だ……?」
 訝しげに見つめていた視線がなんとなく遠退いた。

 私の目を覗き込んでいたユラの瞳が、もっと全体を見通すように焦点がずれてゆく。
「君は……一体……」
 まだ年若いせいか、それともラムウの察しが良すぎただけなのか、彼は“現実世界”の存在までは感知できないようだ。
 しかし私がこことは決して重ならない異界からやってきたという事実だけは理解したのだろう。

 瞠目したまま硬直している彼に向かって、話を続ける。
「同盟はティナを使って幻獣を誘き出し魔石を手に入れようという魂胆に過ぎない。一番いいのは封魔壁へ引き返して結界を強化し、人間とは二度と関わらないことです」
 いや……二度ではなく三度だな。魔大戦でも既に一度の失敗を経ているのだから。

 ユラを始め幻獣たちは困惑を深めている。それ以上に、私を見上げてくるティナの悲しげな表情が胸を抉った。
「ユリは……幻獣と人間は相容れないものだと思うの?」
 そんなことはない。ないけれども。
「幻獣も人間もいろいろだよ。ロックはユラたちと仲良くできる。ストラゴスとリルムも慣れれば大丈夫だろうね。もちろんエドガーやマッシュたちも。だけどガストラやケフカが同じようにできると思う?」

 あいつらを殺したところでいずれ似たような思考を持つ者が生まれてくるのは止められない。
 たとえばシド博士だって根っこは同種の人間だ。好奇心から幻獣をカプセルに詰め込んで、その命を便利な魔力源としてしか見なかった。
 セリスがいなければ疑問を感じることもなく研究を続けていただろう。
 そしておそらくは幻獣の側にも、人間を殺し尽くして封魔壁の外に住めばいいと考える者もいるのではないか。
 誰だって同じなんだ。何かきっかけがあれば、何か理由があれば、私ですらいつかガストラのようになる。

「ここで私たちと彼らが手を取り合っても二つの種族が共存できるわけじゃない。人間にも幻獣にもそれを望まない者は山といる」
「始まりが私たちだけだとしても、きっといつか皆で手を取り合える日が来るわ」
「私はそうすべきではないと言うよ。私一人も説得できずにどうやってすべての人を納得させられる? 幻獣たちだって、皆が遺恨を捨てて人間を許すのかな。ストラゴス、魔導士たちはどう思う?」
「……人間が本当に魔大戦の過ちに学んだと思っているなら、魔導士はとっくに姿を現していたじゃろう。わしは外の世界と関わることを悪くは思わんが、そうでない者も当然おるゾイ」

 種の境界を越えてマディンとマドリーヌは結ばれた。だが人間を信じられなかった幻獣と、幻獣を道具としか見なかった人間によって引き裂かれた。
 二人の間に生まれたティナは愛を知り魔法の滅びた世界でも生きてゆく。
 だがそれは人間の部分だけで、幻獣としての彼女は消滅する。
 仲間やモブリズの子供たちとの絆がなければティナは他の幻獣と一緒に消えてしまっただろう。
 この物語は少し変わっている。ふたつの種族は末永く共に暮らしました、なんてハッピーエンドには辿り着けずに終わるのだ。

 ティナは必死で私の言ったことを考えているようだった。なぜ人が力を求めるのか、まだ彼女が理解するには難しい。
「……ティナ、仮にだけど、もしロックが今ここで死にかけていたらどうする?」
「え? えっと、魔力が尽きるまでケアルを唱えて助けるわ」
「それで間に合わないほどの怪我だったら。もしティナが魔法を使えなかったらどうする。ユラたちを魔石にして魔法を得られれば、大切な人が助かるとしたら?」
「そんな、の……選べないわ」
 まあ、私だって選べない。でも選ぶんだ。ロックの命が本当に尽きてしまいそうな時、思い余ってユラを殺すだろう。
 そして死ぬほど後悔する。

「叶えたい望みがある時、それを叶える力が目の前にあれば、人は手を伸ばさずにいられないんだよ」
「ガストラのように……?」
「他の誰でも」
「……自分の行いが正義か悪かなんて、当事者には分からない。誰かを犠牲にしてまで力を求める心でさえ、悪いものだとは限らない……」

 幻獣の力を利用したいと願うのはガストラやケフカのような人間ばかりじゃない。フェニックスの秘宝を求めるロックだって魔導の力を利用したがる一人だ。
 ガストラも、彼が彼らしく生きるための力を求めているに過ぎない。
 そして自分にはない力を恐れるのも、生物として仕方のないことだ。
 襲撃を受けたベクタの人々が幻獣との和解を受け入れられなくても責められはしない。
 生きる術から反目している者同士、どうやって手を取り合っていくというのか。

 それでも、と遮ったのはロックだった。
「人の心は揺れるし迷う。だから裏切られてもまた信じることができる……ユリだってそう言ったじゃないか。俺もガストラを信じるのは難しいが、もしかしたら本当に改心したのかもしれない」
「和平の誓いが破られるのを裏切りとは言えないよね。ガストラは心変わりするわけじゃない。始めから三闘神の力を求めて、そのためだけの和解だったんだから」
 魔大陸が浮き上がらなければ。三闘神の封印が解けなければ。
 魔法が滅びる結末を避け得るならば、あるいはティナが望むように、手を取り合うために努力し続けることはできるかもしれないが。
 そのためには尚更ユラたちを魔石にしてはならない。

 私は私の事情で幻獣を連れて行きたくない。しかし決めるのはティナだ。
 自分がどうしたいのかをもう一度考え込んでいるティナに、既に心を決めたユラが言った。
「三闘神の力を解き放たんとする者がいるなら尚更……我々はその者たちに会って、見極めなくては。壁を越えても幻獣と人間が手を取り合うべきなのかどうか」
 そしてロックも頷いた。
「争わないために縁を切るんじゃ魔大戦のあとと同じだ。この期に及んでガストラが懲りていないなら、幻獣も人間も含めて戦争を望まない皆で抗えばいい」
 関わりを避けても改善は望めない。たぶんセリスを受け入れるために、帝国のことも違う視点で見てみる気になったのだろう。それはいいことだと思う。


 やがて俯いていたティナも顔をあげた。まっすぐに私の目を見据える。
 目は口ほどにものを言う、ってやつだ。絶対に曲げられない意思がそこにある。
 誰かに指示されたからじゃなく彼女自身が望んだ答え。

「私は、共に歩める未来を信じたい。お父さんとお母さんが証明しようとしたもの……幻獣と人間も愛し合えるんだって、皆が信じられたら、ガストラのような考えを持つ者も減っていくはずよ」
「分かった。じゃあ行こう」
「……いいの? ユリは反対なんでしょう?」
「ティナの望みは私の望みだよ。反対はしない。ただ、その選択の先にあるものについて考えてほしかっただけ」

 ケフカは既にサマサの村へ向かっているだろう。私にユラたちを救えるだろうか。
 幻獣を魔石に変えるのが魔法だとしたら私が前に出れば無効化できるかもしれない。もし違ったとしても魔力のない私に害があるとは思えない。
 どっちにしろ、ここにいる全員を庇うのは不可能だが。
 やはり確実なのはさっさとケフカを殺してしまうことか……。


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