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🔖振り返れない影



 シャドウは自分が一時暮らしていたのが魔導士の隠れ住む村だと知っていたのだろうか。
 娘もできたくらいだから村の一員として迎えられていたと思うけれど、ストラゴスが例外で、あの一家は孤立していたとも考えられる。
 どっちだろう。サマサの正体を知っているなら幻獣について誰に聞くのが最善かも分かっているはずだ。

「ねえシャドウ」
 ティナたちに聞こえないようこっそり尋ねる。
「魔導士狩りの生き残りが暮らす村。サマサの場所、知ってるよね?」
 直球でぶつけてみた。この覆面男を相手に腹の探り合いを試みても私が不利なばかりだろう。
 シャドウは分かっていると思うんだ。
 幻獣探しの道案内なんて仕事をわざわざ引き受けたのはきっと理由がある。
 ……帝国軍にあの村を見つけさせないためではないか?

「レオより先に行って私たちで聞き込みをした方がいい。魔導士の村は見つかるべきじゃない」
「お前は、何を……」
 何を知っている? 何を企んでいる?
 シャドウは続きを迷っていた。だってそれを聞いてしまえば自分がサマサの村の正体も場所も知っていると認めるようなものだ。
「生き残りがいる可能性はガストラも考えてる。幻獣という目先の欲に眩んで今は無視してるだけ。幻獣との和解に失敗したらまた魔導士狩りが始まるかも」
「……」

 さすがに「村の場所を知っている」と口に出しては言わなかった。
 でもやはりシャドウ……クライドは、あそこが魔導士の村だと知っていたようだ。
 本当は、秘密を守るために去ったのかもしれない。追われる身である“シャドウ”が潜伏していては村の平穏を壊しかねないから。
 そんな理由でもなければ、奥さんも亡くなったあとに幼いリルムを置いて行ったりしないだろう。


 夕暮れ前にシャドウの案内でサマサの村に着く。
 こちらにはティナもいる。私たちに魔導士の存在がバレたところで、帝国に教えるはずがないと信用してくれたのか。

 物陰で魔法の練習をしている少年、あからさまにケアルが使えることを隠す奥様。
 ロックがものすごくいろいろ言いたそうな顔をしていたけれど、礼儀としてまずは村長に事情を話さないと。
「旅の御方ですかな。何もない村ですが、ゆっくりしていきなされ」
「ありがとうございます」
 代表として挨拶をするのはティナだ。
 ロックに代理で話をしてもらわなくてもリーダーとして振る舞えているのを見ると感無量だった。

「村長さん、私たちは封魔壁から飛び立った幻獣を探しているんです。この辺で魔法を使う不思議な生き物を見た人はいませんか?」
 封魔壁から、というところで僅かに表情が動いた気がするけれどもやはり村長はしらばっくれる。
「幻獣? 魔法? なんですかなそれは。なにぶん田舎なもので、なんのことやらサッパリ」

 ロックがムッとして突っ込みを入れた。
「さっき子供が魔法の練習をしていたようですが」
「ふぉふぉふぉ。わしも幼い頃は物語の中の英雄のように不思議なぱわーを使える気になったもんですじゃ」
「う……そうですか」
 まあ、そこらで子供が「かめはめ波ー」とか叫んでいたからって「もしやあなたは気功術の使い手!」とはならないよね。
 子供の遊びと言われれば返す言葉もなくロックは肩を落とした。

 念のために聞き込みを続けることにする。魔法の件はともかく、幻獣を目撃した人くらいは見つけたいところだ。
 そうして辿り着いたある家の前でインターセプターが何かを訴えるように一声鳴いた。
 思わずシャドウの顔を見たけれど相変わらずマスクのせいで表情が窺えない。

 無頓着に扉を開けたストラゴスは不審な一行を目にして他の村人同様にギョッとした。
 私とロックはまだしも、ティナの髪色はかなり特異だし、黒装束の怪しい男もいるし、無理もない反応だ。
「な、何の用ゾイ?」
「幻獣を見ませんでしたか」
 情報が集まらないので焦れているのかティナは説明を大幅に端折った。案の定ストラゴスは目を丸くして困惑している。

「幻獣? うーむ。久しく聞かなかった言葉じゃ」
「知っているんですか!?」
「いっ、いや、知らぬ。知らん、知らん。わしゃ、な〜んも、知らんゾイ。幻獣なんて見たことも聞いたこともない!」
 ピュヒーと口笛らしきものを吹きつつ横を向いて冷や汗をかくストラゴス。
 人を疑うことを知らないティナは「また外れだった」と引き返そうとしてロックに「いやちょっと待てあれ怪しすぎるから」と止められている。

 本当は知ってるんだろう、知らんと言ったら知らん、嘘だ絶対なんか知ってる、と不毛な押し問答が続く。
 そんな玄関先での騒ぎを聞きつけて二階から金髪の美少女がそろりそろりと音を立てずに降りて来た。
 ロックと言い合っているストラゴスは気づいていない。
 悪戯っぽい笑みを浮かべたリルムは無防備な背中にタックルを決めた。
「おじーちゃーん!」
「ふぎゃ!」
 おいおい腰が折れるぞ。

 並んでみるとよく分かるが、リルムは十歳にしてストラゴスよりも背が高い。
 そういえば、ガウもティナより大きいんだよな。この世界の子供は成長が早いのだろうか。
 街の周囲にも日常的にモンスターが出没するいわば半野生で育つこちらの人間は、進化の過程で発育を速められたとか。
 ちなみにギガース族の血を引くティナは、私より少し低いくらいの身長だけれどまだまだ伸びているようだ。
 彼女の場合は幻獣という生物としての優位性があるから、ヒトよりも成長が遅いのかもしれない。

 ティナに助け起こしてもらったストラゴスは礼を言ったあとリルムを振り向いて「なんてことするんじゃ!」と憤慨している。
 それをまったく気に留めずリルムは天真爛漫な笑顔を見せた。将来有望どころか今現在すでに絶世の美少女だ。
 表情に幼さは残るが、身長のお陰で幼女というより年頃の少女に見える。エドガーが口説きたくなっても無理はないと思う。

 リルムは私たちの顔をぐるりと見渡して可愛らしくお辞儀をした。
「こんにちは! お客さんなんて珍しいね。この人たちも魔法を使うの?」
「あわわっ、こら!」
「この人たち“も”?」
 ここぞとばかりストラゴスに詰め寄るロックの横をすり抜けてインターセプターが家に入っていく。
 さすが犬、こっちはもう気づいている。シャドウは……どうなんだろう?
 ストラゴスのことは覚えてるかもしれないけれど、リルムは単に彼の孫娘だと思っているのかな。

「まあ、かわいい犬ね!」
「よせ。噛みつかれるぞ……」
 慌てて引き留めようとしたら、インターセプターが見知らぬ少女に尻尾を振って懐いている。
 シャドウは愕然としていた。顔は見えないけど、たぶん、愕然としているはずだ。

「奥で大人しくしとりなさい」
「なんでなのよ〜、この頑固ジジイ」
「いいから行くんじゃ!」
 ムッとして頬を膨らませたリルムは不貞腐れつつも素直に部屋の奥へと引っ込んだ。ただしインターセプターを連れて。
「これ、よそ様の犬を……」
「イ〜ッだ!」
「まったく困ったやつじゃ。すまんゾイ」
「……構わん」

 愛犬の態度を訝しんで見つめるシャドウ。
 彼の声をまともに聞いて何かを感じたのか、ストラゴスも微かに首を傾げた。
 しかし二人とも現時点では思い至らなかったようだ。

「すまんが何の力にもなれんゾイ。この村は、どこにでもあるごく普通の田舎の村に過ぎん。幻獣だの魔法だのといった話とは、ま〜ったく関係ないのじゃ」
「……」
 胡散臭そうな素振りを隠さないロックの腕を引く。
「仕方ないよ。諦めよう」
 ロックだって、彼らの不審な態度が幻獣を隠しているせいだとは思っていないだろう。

「いきなり押しかけたにもかかわらずお話をありがとうございます。明日には村を出ますので、一晩だけ宿をお借りしたいのですが」
「おい、ユリ……いいのかよ?」
「これ以上の迷惑はかけられないでしょう」
 私たちの方でも彼らの秘密を暴く理由はない。ただ夜を待てばいいだけだ。

 私の問いに、ストラゴスは村長の家をチラッと見てから頷いた。
「村の南側に旅人を泊める家がある。お役に立てんで、すまんかったの」
「いえいえ、お世話様です」
「インターセプター! 行くぞ!」
 ふと思ったけれどインターセプターという名前はシャドウがつけたのかな。
「バイバイ! インターセプターちゃん、またリルムと遊ぼうね」
 それがクライドと一緒に出て行った時と同じ名前ならリルムが気づいてもよさそうなものだ。
 現にシャドウは“リルム”という名前を聞いた今、ようやく気づいた様子だった。

 宿へ向かって歩きながら、碧眼って個性が出るよな、なんてことを考える。
 エドガーとマッシュは双子だけあってそっくりな色をしているけれど、同じ金髪碧眼のセリスとは目だけでも別人だと分かるほど違う。
 そしてリルムの瞳はシャドウにそっくりだった。目鼻立ちも魔列車で見た彼の顔とやはり似ている。
「父親似っすねー」
「ユリ」
「ん?」
 無意識に心の声が出ていたようで、聞き逃さなかったシャドウが思い切り私の腕を引っ張った。

 うっかり聞かれても困るのでティナたちから距離を置く。
「お前は、この村の何を知っているんだ」
「シャドウの何を、じゃなくて?」
「……吐け」
「えー、どうしよっかなあ」
 リターナー本部でマッシュに話してしまったのは予定外だった。しかしいずれは私の素性を打ち明けようとも思っていた。
 そうしようと考えていた相手は、実はシャドウだったんだ。

 共に行動する期間が長くないから話しても他の皆に隠しやすい。
 そしてエンディングで死ぬキャラクターなら、いろいろぶっちゃけても影響が少ないだろうと。でも……。
「私が何を知っているのかは私の秘密に関わることなので、まだ言いたくない。そっちだって昔のことを話す気はないでしょ?」
 それだけ言って彼の腕を振り払い、ややあって思い直す。
「他言はしないよ」
「それを信じろと?」
「サウスフィガロで会う前からあなたのことを知ってた。それを今まで誰にも話してないんだから信じてほしい。……時期が来たら打ち明けるよ」

 もうひとつの理由。
 先に彼自身の最期を教えることで、考えを変えてくれないかと淡い期待を抱いているのだ。
 崩壊後に再会して、仲間になったら話そうと思う。私はシャドウに生きていてほしい。


 サマサの宿は正確には宿屋ではなく寄合所のようなものだった。
 旅人が立ち寄る機会もない小さな村だから、客を迎える施設は存在しないのだ。
 普段はお年寄り連中が集まっているらしい大部屋を借りて雑魚寝する。
 嬉しいのは浴槽がついていたこと。じっくり浸かって堪能するが、このあと煤で汚れると分かっているので微妙な気持ちではある。

 表面上は明日サマサを発つと言ってあるので、次にどこを目指すか相談していた時のこと。大慌てでストラゴスがやって来た。
 思ったより早いな。寝入ってからじゃなくてよかった。
「大変じゃ! リルムが! リルムが火事になって、近所の家が巻き込まれて……あややや、あべこべじゃゾイ!」
「落ち着けよ、爺さん。火事か?」
「と、とにかく手を貸してくれ!」
 そうか。リルムが出歩く時間なんだから、そう遅くはないよね。

 ティナとロックは武器を手にストラゴスの後を追うが、シャドウだけは素知らぬ顔で寝転がっている。
「助けに行かないの?」
「俺の仕事じゃない」
「インターセプターはもう行ったけど」
 言うや否や慌てて飛び起きるのが面白い。
 これまでにも単純な親切心から助けてくれたことは度々あった。
 だからロックたちと一緒に駆けつけたって怪しくはないのに、なぜ今回は無視しようとしたんだ?

「まあいいや。待ってるよ」
 無言のシャドウを置いて私も皆を追う。
 リルムを助けに行くところを見せたくないのか? 自分との繋がりを誰にも知られたくないから、関わらないようにしているのだろうか。

 炎のロッドが積んであったというだけあって火の勢いは凄まじい。村人総出で水をかけても文字通り焼け石に水って感じだ。
 焦れたストラゴスが呪文を唱え、アクアブレスが家を覆う。それでもまだ足りない。
 蒸発する前に魔法が消えてしまうから冷却作用が追いつかないのだ。

「ストラゴス、魔法は禁じたはずじゃ!」
「そんなこと……! リルムが中におるのじゃゾイ!」
「村長!」
 皆の視線が集まり、村長の決断は早かった。秘密を守るために村人を亡くしては本末転倒だ。
「……仕方あるまい。御客人、離れていなされ」

 村人が一斉に魔法を放つが、やはり水の量がまったく足りていない。
 全員が魔法を使えるとはいえ魔大戦時代から魔導士の血は薄れ続けているのだ。ティナとセリスが十人ずついればよかったのに。
 水をかけたところだけ一瞬消火されても、すぐ周りの火に飲まれて燃え始める。

「私たちもシヴァかビスマルクを呼んで……」
「駄目だ。中にいる子供まで危ない」
 魔石を手に召喚しようとしていたティナをロックが止める。
 連続して呼び出せないことを考えるといっそイフリートを呼んで爆風で消火した方がいいかもな。
「とにかく先にリルムを助けないと」
「わしは行くゾイ!」
「水臭いぜ、爺さん。俺たちも行くよ」
「何を! 爺さんと呼ばれるほど老いぼれてはおらんゾイ!」
「ユリはここで待っていてね」
 うんうん。……えっ?

 すっかり一緒に行く気で水を被ろうとしていた私を置いて、ティナたちはさっさと燃え盛る家へ駆け込んで行ってしまった。
 そ、そうですよね。どう考えても足手まといになりますもんね。
 いいよ私は救出後の段取りをしておくよ。べつに悲しくなんかないさ。

「村長さん、イフリート……炎の幻獣の魔石を預けます。リルムが救出されたら建物ごと破壊してしまいましょう。爆風で火も消せるはず」
「ま、魔石じゃと?」
「幻獣の召喚にはかなりの魔力を使うので気をつけて。あと、ゴーレムを預けるので飛び火しないよう防壁を作ってください。もう一人はこの魔石でマジックシールドを」
 ついでにプロテスとシェルが使える人は皆にかけておいてもらおうかな。

 村長に限らずその場にいる全員が目を丸くしていた。
 ストラゴスと話したあと改めて説明するというのも面倒だし、彼らにはもう話してしまおう。住民が集まっているからちょうどいい。

「これらの魔石はガストラが幻獣界から連れ去った者の命尽きた姿です」
「……帝国のことは聞いておる。皇帝に対抗するため反乱軍が幻獣との接触を求めたとも。あんたらは、そのどちらかじゃろう」
「名目上はリターナーの一員ですね。ガストラが和平を申し出たので、その組織は既に無いも同然ですが。……あなた方の存在を他言するつもりはありません」
 村長の背後で人々がざわめく。明らかに「信用できない」という目を向けてくる者も多かった。

 それにしても帝国とリターナーの動向がリアルタイムで伝わっているのは大したものだ。
 スパイを潜り込ませてでもいるのかと考えて不意に思い至る。もしかして、シャドウか……?

 余計なことに気を取られて黙り込んだせいで不審な空気が強まった。慌てて顔を上げる。
「ガストラが幻獣への謝罪と和解を求めたので彼らの行方を追っています。しかしあなた方はおそらく、和平や共存よりも相容れない関係をお望みでしょう」
 私の言葉に村長は苦々しげな顔で俯いた。
「力のバランスが乱れれば争いの元となる。この血から魔導の才が消えるまで、わしらは息を潜めておりたいんじゃ」
 先祖のように恐れられ、狩られたくはないから。……当然の考えだな。

「今そこに入っていった少女は幻獣と人間の血を引く娘で、魔導の力を持って生まれました」
 村長が瞠目して振り返る。炎は更に勢いを強めていた。
「赤ん坊の時ガストラに母を殺され、父親ともども攫われて研究所で実験台として十八年を生き、その父親も先日、魔導の力を吸い尽くされて魔石と化しました」
 そろそろシャドウと一緒に脱出してくるだろうか。リルムは気絶していたから煙もあまり吸っていないはず。大きな怪我がないといいのだけれど。
「魔導士の存在が世間に知れたらどうなるか、私たちには分かる。だから、この村の秘密を話したりしない。帝国にも、リターナーにも、他の誰にも」


 その後、燃え落ち始めた家からリルムを抱えてロックとインターセプターが飛び出し、ティナとシャドウが続く。
 サマサの面々はアースウォールで周囲を覆った建物のド真ん中に地獄の火炎をぶっ放した。
 村民全員にティナとロックも加わってありったけのファイラをお見舞いしてやれば、爆風と酸素の欠如によって火は消し止められた。

 普通ならモンスターは街まで入って来ないのだけれど、フレイムイーターは炎のロッドに惹かれてふらふらと現れたようだ。
 無造作にロッドを積んでいた人が、村長にこってりと絞られていた。
 ちなみに氷のロッド等と混ぜておけば魔物の襲来は避けられたらしい。これからは管理をしっかりね。

 ティナとロックが交互に休憩をとりつつケアルをかけ続けた甲斐もあり、翌朝にはリルムも元気になっていた。とにかく無事に済んでよかった。
「リルム、起きてよいのかの?」
「うん。もう大丈夫よ、おじいちゃん」
「この人たちが助けてくれたんじゃ。ちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがとう!」
 うーん、百万ギルの笑顔。私は何もしていないのに素晴らしいお礼をもらってしまった。


 さて、ロックが改めてストラゴスに向き直る。微妙に目的を忘れていたっぽいティナもそれに倣った。
 村長から話がいっているのでストラゴスも包み隠さず話してくれるはずだ。
「もう分かっとると思うが、ここは魔導士の村……魔導士狩りを逃れた者の子孫が隠れ住んでおるところじゃ」
「魔導士狩り? 前にユリたちも話していたけれど……それは何なの?」
「ふむ……」
 一般的な知識が欠落したティナに、どこから話せばよいのかとストラゴスが思案する。

「魔大戦が終わり、幻獣が封魔壁の向こうに去ったあと、残された人間が最も恐れたのは魔導士の力じゃ。大戦の悲惨さが身に染みておるからの」
「それで、魔導士を……?」
「生まれながらに魔導の力を持っている。ゆえに迫害され、不当な裁判により魔導士たちは次々と殺されたのじゃ」
「……そんな、ひどい……。力を持っている以外には、普通の人と何も変わらないのに」

 魔法を使える以外は普通の人間と同じ。確かにそうだ。でも実はそれこそが問題なんだ。
 人間同士と変わらないのに、力のバランスだけが大きく崩れている。
 魔導士を恐れて攻撃した人たちの気持ちも私には分かる。たぶん、とうの魔導士たちだって理解しているだろう。
 自分に太刀打ちできない力を持つものは、ただそれだけで怖いんだ。

 隣人が爆弾を隠し持っていると知って、誰もが平静でいられるだろうか?
 その人が何者であっても、仮に信の置ける人物だったとしても、いつかそれが暴発して周囲に危害を加えるかもしれないんだ。
 関わらない以外に争いを避ける術はない。そして互いに争いを乗り越える確信を持てた者だけが、共に生きようと試みることができる。
 しかし、ティナの望む通りに幻獣と人間が愛し合うことは可能だが、それは等しく憎み合うことも可能としている。

 幻獣との和解云々はともかく封魔壁が開かれたのであれば放置できないとストラゴスは言う。
「孫の命を救ってくれた恩も返さなくてはならんしの。幻獣探し、わしも手伝うゾイ」
 それを聞いてリルムはピョンとベッドから飛び起きた。ものすごくはりきって手を挙げている。
「リルムもやる!」
「駄目じゃ」
 が、ストラゴスはにべもなく切って捨てた。反論しようと口を開いたリルムが何をか言う前に念押しで「駄目ったら駄目じゃ」と繰り返す。

「リルムつまんない……」
 ぷくっと頬を膨らませてインターセプターと遊ぶリルムをティナが微笑ましげに見つめている。
 ちょっと前ならこんな表情を浮かべることも、それ以前にリルムの様子を気にかけることもなかっただろう。
 魔石を通じてマディンの記憶をダイレクトに受け取ったのが、かなり感情を育むのに役立ったようだ。

 ティナの変化を私同様に感慨深く見つめていたロックは、ハッと我に返ると咳払いをしてストラゴスに向き直る。
「幻獣の行き先に心当たりは?」
「この島に逃げ込んだのなら、村の西にある山かもしれんゾイ。強い魔力を帯びておって、伝説では幻獣の聖地と言われとる」
「幻獣はその魔力に引き寄せられたのかもしれないな。行ってみよう」
「うむ。リルム、留守番を頼んだゾイ!」
 返事をせずプイッとそっぽを向いてしまった孫娘にやれやれと首を振り、ストラゴスは離れたところにいたシャドウの方へ行って何事か話しかける。

 顔見知りって雰囲気ではないな。気づいてないのか。
 シャドウの方は間違いなく分かっている。しかし何もしない、言わない。関係を断つのが愛情だと考えているのか。
 インターセプターを呼び寄せ、シャドウは「レオに報告してくる」と言って出て行った。
 次に会うのは魔大陸。……ちょっと待てよ。ここで離脱するのは予定通りだけれど、彼が帝国に見限られるタイミングはいつなんだ?

 シャドウがレオ将軍率いる帝国兵をサマサに連れて来るとは思えないから、西の山で合流するつもりだったのだと思う。
 ということは、レオに会う前にケフカ辺りと遭遇してしまうのか? そして魔大陸の浮上に巻き込まれた……としたら、一緒に行動した方がよかったのでは。
「……しくじった」
 もう影も形もない。今から追いかけるのは不可能だった。

 肩を落とす私の横で、置き去りにされ、インターセプターもいなくなって、リルムが拗ねて地面を蹴っている。……罪滅ぼしというわけでもないけれど。
「なあに?」
「いいものをあげようと思って」
 首を傾げるリルムにファントムの魔石を渡した。潜在能力のやたら高い彼女なら、すぐに魔法を修得できるだろう。

「これを使うと幻獣が呼び出せる。あと、慣れたらバニシュって魔法が使えるようになるのね」
 モンスターにもストラゴスたちにも見つからずに後を追って来られると言うと、彼女は父親似の瞳をキラキラさせて私を見上げた。
「追っかけてもいいの!?」
「力になれない辛さは身に染みてるからね。でも、危なくなったらすぐ出て来て。追い返したりしないからさ」
「うん! ありがとう! えっと……」
「あ、ユリと申します。以後お見知りおきを」
「ユリ、ありがとう!」
「どういたしまして」
 仲間の誼なのだから気にしないでくれたまえ。

 それに……まだ礼を言われるに足ることができるのかは分からないんだ。
 何度試しても絶対に救えないと定められていた人を、心を捨てて過去を振り向かないあの影を、果たして私に引き留められるのか。


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