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🔖消えないスティグマ



 アルブルグに着くとレオ将軍が待っていた。
 間近で見るとやはり髪型が世紀末している。コレがアレになるなんてドット絵の可愛さは罪深い限りだ。
 しかしこの場でそんな呑気なことを考えているのは私だけだった。

 シャドウはともかく、セリスを初対面かのごとく紹介されて私たちは修羅場の真っ最中である。
 なぜだろう。セリスが帝国を裏切ってリターナーに身を投じていた事実さえレオ将軍は知らないのだろうか。そんなことがあり得るか?
 もし仮に、万が一知らされていなかったのだとしても。この任務に加わる際、皇帝やシド博士や同僚や部下は教えてくれなかったのか?
 セリスの身に起きたことなど所詮は他人事、と興味を持たなかったのだとしたらコイツも大したクソだ。

 ただいま船の準備中とのことで、出発は明日になるそうだ。
 私たちの分もレオが宿をとってくれていたのだが、ティナが一人で来ると思っていたらしく一部屋しかない。しかもベッドは一つ。
 顔を引き攣らせるロックに気づきもせず、自分は指揮を執らなければならないからと足早に港へ去ってしまったレオを見送って。
 気まずい二人と私とティナとシャドウが残されたわけだが、どうしてくれるんだよ。この状況。

 固まっている二人に代わってティナが口を開く。
「セリス、あの……」
 しかしセリスはちらっとティナを見ただけで、何も答えず俯いてしまった。
 とても居心地が悪い。
 逃げるわけではないけれど、空気を変えるためにそこの黒装束にでも話を振らせてもらうとするか。

「シャドウも久しぶり、その節はありがとう」
「ああ。……またはぐれたわけではないようだな」
「うん?」
 何のことかと首を傾げる私の代わりにロックが「マッシュたちはベクタで待ってるんだ」と答えた。
 この二人に面識が……ああそうか、ティナ捜索の時にコーリンゲンでシャドウを仲間にしたんだな。
 っていうかロックがついてなかったら私がまたマッシュとはぐれて迷子になったと勘違いされていたってことか。

 セリスの顔をまともに見られないらしく、ロックは肩慣らしにまずシャドウと話すことにしたようだ。
「今度は帝国に雇われてるのか?」
「お前らを殺すためではない。心配するな」
「ちなみに依頼内容は」
「……ただの案内役さ」

 サマサ周辺は帝国の調査も行き届かないド田舎なのだろう。
 魔導士の末裔が今の今まで隠れ住んでいられるくらいだし、幻獣を探そうにも土地勘のある人が誰もいなかったのだと思われる。
 その点シャドウは一時そこで暮らしていたわけだから案内役にはちょうどいい。

 さて、レオが一人で港へ向かったにもかかわらず、セリスとシャドウはこの場に留まっている。ということは。
「そっちも船に泊まるの?」
「いや、宿を用意してあるらしい、が……」
「分かった。一部屋しかとってくれなかったんでしょう」
「ご明察。まったく四角四面な将軍様だ」
 十八歳の女の子を推定三十代後半以上の男(しかもアサシン)と同室にするとは。レオ将軍、あまりにも非常識。
 軍人であるセリスを男同然とみなしているのだとしても、将軍の地位にある人を一介の傭兵でしかないシャドウと同等に扱うのは如何なものだろう。

「じゃあ提案します。そっちにロックが泊まってセリスは私たちと同じ部屋でもいいかな?」
「俺は構わん」
「……私は先に船で準備をするつもりで……」
「えー、話しておきたいことがあるんだけどなー」
「わ、私と?」
 嘘です。特にないです。強いて言うならロックと話をしてほしいけれども。
 私の大嘘を真に受けたセリスは無下にすることもできず、渋々ながら同じ部屋に泊まることを承諾してくれた。やさしい。

 ようやくセリスの声が聞けたので勇気が出たのか、ロックが一歩前に出る。
「セリス……何も話してくれないのか? 俺は、君を少しでも疑ってしまったけど……また仲間として一緒に……」
 しかし彼女はそれ以上の言葉を禁じるかのように唇を強く噛んで、ロックを振り向くこともなく部屋へと逃げ込んでしまった。
 やはり再会して初っぱなから「疑ってゴメンネ!」「いいの気にしてないわ!」とはならないか。心の整理が必要だ。

「うん、もうちょっと時間を置いてみよう。こっちが迷ってる間、セリスも迷ってたんだろうし」
「……そう、だな」
 とはいえ見るからに消沈しているロックが可哀想だった。
 この場にエドガーかマッシュがいたらフォローしてくれたのだろうけれどシャドウにその役割を望むのは難しいな。
 まあ、彼は無駄話をせず放っておいてくれるからロックも一人でゆっくり考える時間を持つことはできるだろう。


 こちらにはこちらの問題もある。
 ティナと二人で部屋に入ると“ずーん”みたいな効果音を背負ってセリスが項垂れていた。
 おいおい、この二人、似た者同士だな。

 難しいところだとは思う。
 だって一応、戦争は終わったのだからリターナーという組織はもうじき消滅することになっている。
 スパイ疑惑を有耶無耶にしたままセリスは帝国人に戻るわけだ。レオも「自分と同じ帝国の将軍」として紹介してくれやがったしね。
 彼女とロックたちとの関係も、戦争と同時に終わりを告げた。
 本人に仲間として戻ってくる気持ちがあったとして、もうその場所自体がなくなってしまうのだ。
 あとは新たな接点を自ら作り出すしかないが、それには別れ際があまりに気まずかった。

「セリス、とりあえずセラフィムの魔石を渡しとくよ。レオ将軍には見つからないようにしてね」
 戸惑うセリスの手に魔石を握らせる。あまりごちゃごちゃ持たせるのも悪いので、回復特化が一番いいだろうと思ってこれを選んだ。

 咄嗟に受け取ってしまったセリスは私と魔石を見比べて困った顔をしている。
「帝国に戻った身で、私が受け取るわけにはいかない」
「戦争が終わったら帝国もリターナーもない。敵とか味方とか考えず誰とでも好きなように接すればよいのです。私は、セリスとの縁を切りたくないので魔石を預けます」
「ユリ……」

 なんとか押し切った私につられたようで、ティナも手持ちの魔石をセリスに差し出した。
「私も、お父さんの魔石をセリスに預けるわ」
 えっ? セリスはラ系を修得し終えているのでマディンを持つ意味はないかもしれないぞ。
 というかマディンの魔石はすでにティナの“だいじなもの”と化しているのに預けちゃっていいの?

 ティナの正体が幻獣と人間のハーフだというのはセリスも既に知っていたらしい。
 父親の形見はさすがに受け取れないと固辞する彼女の手をそっと握って、ティナは続けた。
「明日、一緒に幻獣を探せるとは限らないもの。もし別行動になって、先に幻獣を見つけたのがセリスでも、お父さんの魔石があれば話を聞いてもらえるわ。だから持っていて」
「どうしてそこまで……」
「私のために危険を犯して研究所へ行ってくれた。だから私もあなたのために何かしたい。セリスのことをもっと知りたいの」
「ティナ……」

 互いの両手を握ってまっすぐに見つめ合い、やけに情熱的なティナのアプローチに心なしかセリスは頬を染め、目も潤んでいる。
 ふ、フラグ……ではないよな、これは。友情的な意味での感動だよなきっと。
 うーん、あまり深く考えないでおこう。
 ティナもなかなかのスキルを持っている。さすがマディンの娘。


 朝、ロックとシャドウは先に船へ行ってしまっていた。
 二人きりでないと腹を割って話しにくい部分もあるだろうし、無理に会わせるのは憚られる。
 私がしてやれることって何もないんだろうか。変につついて拗れても困るしなあ。

 ティナとセリスは打ち解けたけれど、肝心なところの溝が埋まらないままアルブルグ港を発つ。明日の朝には大三角島に着くだろうとのこと。
 暇なので船内を見回ろうと思ったのだが、帝国兵があちこち立入禁止にしており見せてもらえない。
 レオはちょうどこの船が空いていたからと言ってたが、幻獣捜索の人員を運ぶだけなのになぜ魔導アーマー運搬船が必要なんだ。
 本当に各地から軍を撤退させる気があるなら、こんなところで大きな船を使っている余裕はないはずだ。

 昨夜だって一体どんな“準備”をしていたのだか知れたものではない。
 きっと封鎖してある通路の奥には、大三角島で見つけた幻獣を捕獲するための装備が積んであるのだろう。
 いや、さすがにそこまであからさまなことはできないかな。
 いくらレオが脳筋でも説得しに行くはずの幻獣を無力化する兵器が船に積まれていたら疑問に思うか。
 疑問に思ったところで、あの男は皇帝を問い詰めたりもしないだろうが。

 うろうろと荷物置き場を探っていたら後ろからロックが声をかけてきた。
「こんなとこに首突っ込んで、帝国のやつらに捕まって閉じ込められても知らないぜ、ユリ」
 閉じ込め……ううっ、箱に詰められるのはもう勘弁願いたい。余計なこと言うからイモ箱に詰められた記憶が蘇ってしまったじゃないか。

 ロックは疲れた顔をしている。寝不足気味のようだ。やっぱり考えがまとまらなくてセリスを避けているらしい。
 彼女の方は今、レオ将軍と一緒に作戦室で地図を眺めている。
 引っ張り出して話し合う時間を作ってやりたいところだけれど、案内役にシャドウがいるこちらと違って向こうは大三角島初上陸だから会議の邪魔はできない。

「……昨夜あんまり寝てないなら、今のうちに休んどいたら?」
「宿より寝つけないよ、こんなところじゃ」
「それもそっか」
 船に乗ってるのは全員が帝国兵だものね。
 和平が結ばれたからってすぐ受け入れるのはお互いに難しい。潜入任務の多かったロックなんかは特にそうだろう。
 でも本当は、ちゃんと食べてよく眠っておいた方がいいんだけどな。船酔いが酷くなってしまう。

 顔色が悪いロックを船縁に凭れかからせ、雑談でもすることにした。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「内容による」
「そっかー、じゃあ聞かないでおくわ」
 知らん顔して水平線を眺める。
 海を見ていたらなんとなくニケアに行きたくなった。魔大陸突入の前に一度世界を回っておきたいな、なんて考えてるうちに数分と経たずロックが折れる。
「……そんな言い方されたら気になるだろ! 何なんだよ」
 堪え性のないやつ。だったら始めから乗っておけばいいのにね。

 聞くべきではないと思って避けていた話題だ。
 でも聞いてみなければロックの気持ちは分からないし、分からなければ話もできない。だから単刀直入に尋ねることにした。
「セリスはレイチェルに似てるの?」

 幸いにも彼はちょっと驚いただけで、傷ついたり胸が痛んだりといった様子はなかった。
 たぶんレイチェルのことは後悔を残す過去ではなく彼の中で現在進行形の出来事なんだろう。現段階では彼女を生き返らせるのが彼の目的なのだから。
 終わってないから、セリスとの関係を始められずにいる。

「……マッシュに聞いたのか」
「えっ、あ、うん、そう」
 しまった。まずかったな。マッシュはこんなデリケートなことを誰彼構わず話したりしない。
 マッシュの名誉のために「私が無理やり聞き出したんだけど」と付け加えておいた。

 それにしてもレイチェルの件について誰がどこまで知ってるんだろう。
 セリスとマッシュと、ジドールで合流した時はエドガーも一緒だったからその四人かな?
 でもシャドウを仲間にしてたならゾゾまでは違うメンバーで行ったのか。一度マッシュに確認しておいた方がいいかもしれない。
 いきなり考え込んでしまった私に何か誤解したらしく、ロックは「離れていた間のことを知りたがるのは当然だから気にするな」と言ってくれた。
 うーん、やっぱりこの人もなんだかんだ優しいわ。

「レイチェルとは、べつに似てないよ。セリスほどの美人じゃなかった。むしろティナにちょっと似てるかもな」
「そうなんだ。それって性格が? 外見?」
「どっちも……なんかこう、ふわっとした雰囲気が」
 思い返せばレイチェルも聖母属性のキャラクターだった。
 そして死人ということである意味、半分幻獣のティナと同じくらい異界の住人感がある。
 その神秘性がティナと似通っていると言われれば確かに頷けるかもしれない。
 でもそれなら「似てるんだ」はセリスとレイチェルを指して言ったのではないということか?

 水面を覗き込みながらロックはぽつりぽつりと思い出を振り返り始めた。
 病弱とは言わないまでもレイチェルはあまり体が丈夫ではなかったようだ。コーリンゲンから遠出することはできなかった。
 ロックが冒険を好んだのは、きらめく広い世界を彼女に語って聞かせるためだった。

「……記憶をなくした彼女と、一緒にいてはいけないと思ったんだ。俺が身を引けば彼女は新しい人生を歩いていける、そうすべきなんだって。でも、そうやって離れていた間にレイチェルは……」
 レイチェルが亡くなったのは八年前、帝国が西方大陸を侵略していた時期のこと。
 彼女と一家は実戦に投入されて間もなかった魔導アーマーの……試し撃ちに、使われたのだ。

「離れるのが彼女のためだとかなんとか言って、俺はただ、俺のことを知らない彼女を見てるのが辛かっただけだ。村を出てもちゃんと見守っていれば、きっと……」
 後悔せずに済んだだろうか? 助けることができただろうか?
 それともロックまで一緒に殺された? だとしても知らない内に亡くしているよりはマシだった?
 どんな可能性をあげてみても過去は変えられない。悔やむ心も救えない。
 だけど今、セリスと向き合わずに離れてしまったら同じ過ちを繰り返すことになるんじゃないだろうか。

「レイチェルを殺した帝国のやつらをずっと憎んでいた。平和を願っていたのも嘘じゃないけど、俺がリターナーに加わったのは結局、復讐のためだ」
「大切なものを奪われて、復讐を求めるのは人として当たり前のことだよ」
「かもな。でも俺はそれを……言い訳にしてたんだと思う」
「言い訳って、」
「失礼」
 どういう意味かと聞く直前で背後からの声に遮られた。レオ将軍だ。

 地図の確認は終わったらしい。夕食を一緒にどうかというお誘いだった。
 そんなこと部下に任せればいいのに雑用まで自分でやるのが親切だと思い込んでるタイプのウザい上司だなコイツ。
 ええはい、あまりのタイミングの悪さに対する苛立ちと単なる八つ当たりです。

 意識的にやっているのかは分からないが、リターナーとして話す時にロックは素早く外面を作る。
 レオを振り向いた今の顔みたいに、いつもより好青年度が増す感じの仮面を被るのだ。
 普段はもっと個性的なメンバーにツッコミ疲れてやさぐれているのにな。

「俺はあんまり食欲ないんで、遠慮します」
「私も将軍様と同席なんて堅苦しいんでやめときますわ」
「そうか……ではティナに聞いてみよう。彼女はどこに?」
「知らねえよ、いえ知りません。存じ上げません。失礼します」
 目線でしっしっと追い払ってやればレオ将軍は「なぜ嫌われてるのだろう」という顔で踵を返して去っていった。

 ティナは昨夜セリスと夜通し話をしてたので今は疲れて寝ている。だから誘われる心配はない。
 ああでもセリスはレオと食事をとるのだろうか? だったらいっそ邪魔しに行くべきだったか。
 将軍の後ろ姿を見送ってロックは「本当に彼が嫌いなんだな」と苦笑する。それもマッシュに聞いたのかな。
 ほんとにね、向こうにいる時はバグ技で何度か仲間にしたくらい好きだったはずなのだが、レオ将軍。

「俺やっぱり、ちょっと部屋で休んでくるよ。なんか船酔いしそうだ」
「んー」
 しますよ。夜になったらそれはもう盛大に。……じゃあ私は船酔いに効くものでも用意しておくとするかな。

「なんかごめんね、ずけずけと思い出を踏み荒らしてしまって」
 レイチェルの話を把握した上でそろそろセリスに目を向けてもいいんじゃないかと諭す予定だったが、無駄に傷つけて終わった気がする。
 ロックは意外そうに私を見つめ、なんだか照れて頬を掻いた。
「いや……秘密って抱えてるだけで重くなるだろ? べつに隠してるわけじゃないが、あんまり話す機会もないことだし、ユリが聞いてくれてよかったよ」
「ならいいんだけど……」
 だったら私よりもっとそれを聞かせるべき人がいるではないかと。

「えーと、セリスがね、どうも『似てる』ってロックの言葉を気にしてるっぽいんだ。私が勝手に勘違いしてるだけかもしれないけど。できれば機会を作って話してあげてほしいな」
「……」
 頷いてはくれなかった。レオ将軍に見せた外向きではない、いつもの疲れ顔に戻ったロックはひらひらと手を振って無言で船内に戻って行く。
 ……平和を願っていたのも嘘ではないけれど、リターナーに加わった理由は復讐のため。
 似ているのは、ほかならぬロック自身とセリスのことだったのかもしれないな。


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