×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖恣意



 不時着の間際にセッツァーが呼び出したファントムのバニシングボディーのおかげで、船内にいた皆は無事だった。
 ただしバニシュが効かない私は別だ。必死で操舵輪にしがみついて放り出されはしなかったものの、激しい打撲と擦り傷は避けられなかった。
 肩も外れたけれど、それはマッシュが治してくれたのでもう平気だ。
 一番ひどいのは打撲だった。ちょっとしばらく歩けそうになく、部屋まで運んでもらってそのままベッドで唸っているのが現状。
 むしろその程度で済んだことをありがたく思うべきなのだろうけれども、魔法が効く体ならダメージを回避できたと思うと非常に悔しかった。

 船の方は、セッツァーが見て回ったところ幻獣の体当たりと不時着の衝撃によって船体がかなり傷つけられた他、過熱でエンジンがイカれてしまった。
 ここは帝国領だし修理できるのか不安だったが、手持ちの部品とアルブルグの伝手を辿ってなんとかすると我らが船長は仰せだ。

 さすがのバニシュもブラックジャックまでは守れなかった。ということは魔大陸脱出の時にも使えないな。
 尤も、バニシュが飛空艇に効果を発揮したら魔法で攻撃された際に大ダメージを食らってしまうため良し悪しではある。
 仲間全員に一瞬でプロテスをかけられれば最良だが、残念ながらそんな効果を持つ幻獣はいない。
 ゴーレムのアースウォールは防御結界を張るのではなく眼前の攻撃から味方を庇うものなので、飛空艇が破壊され空から落ちた時の役には立たないだろう。

 さて、どうするかな。
 帝国との和平会食が終わればサマサの村に行ってすぐに魔大陸浮上。
 イベントの内容で言えばまだそれなりに先は長いが、それでも数日のうちに世界は崩壊する。
 せめて今のうちにやれるだけのことをやっておかなければならない。


 ベクタの様子はひとまずリターナー代表格であるティナとロックとエドガーとマッシュが確認しに行くことになった。
 残りのメンバーはしっちゃかめっちゃかになった船内をある程度きれいにしてから追いかける予定だ。
 修理はセッツァーがやってくれているけれど、他の部分も片づけてすぐ飛べるようにしておかなくては帝都で何かあった時に脱出できなくなってしまう。
 ……実際“何か”あるのは分かりきっているのだし。
 私がカイエンたち後発組と一緒にベクタへ行けるかはこの腰の痛みにかかっていた。
 とりあえず今は起き上がることもできないので泣く泣くティナたちを見送るだけだ。

 もしそのまま会食イベントが始まってしまってもエドガーとロックがいれば問題はないだろう。
 そして幻獣を探しに行く前にはティナが一旦ここへ戻って来てくれるはず。
 それまでには動けるようになっておくため、今はひたすら寝転がって体を労るのが私の勤めだ。

 出発の直前にマッシュが「注意することはあるか」と聞きに来て、悩んだ挙げ句、私は「ない」と答えて彼を見送った。
 サマサの村でのイベント後、帝国が和平の約束を反故にする時に、帝都にいたはずのバナンとジュンは無言で姿を消したまま行方不明となる。
 逃げたのか殺されたのか判断できる描写はなく、エンディングに到るまで一切話題にものぼらない。
 おそらくはリターナーの指導者として城内の貴賓室に招かれていたはずだ。
 事が起きる瞬間にもガストラの近くにいたのなら、エドガーたちが助け出す間もなく殺されるだろう。
 予め危険だと注意しておけば助けられるのかもしれない。だが、私は言わなかった。

 彼らに危険が迫っていると教えたらマッシュは間違いなく助けようとする。
 一刻を争って逃げなければならない時、バナンを連れ出すために、もしマッシュが逃げ遅れたら?
 あるいは周囲を警戒するためにバナンの護衛をしていて、巻き込まれて殺されでもしたら。
 ……だから私は、言わなかった。
 助かるかもしれない者と引き換えに、死なないはずの人が死ぬのを避けるために。余計なことは言わないのだ。
 それで誰かを見殺しにするはめになったとしても。


 ベッドに横たわっている間どうせ暇なので、崩壊した後のために魔石の分配についても考えておくことにした。
 プレイヤー目線ではゲームを主導するセリスにすべての魔石を渡したいところだが、皆も再集結までの一年を自力で生き延びなければならないのでそうはいかない。
 マディンはティナ、ラムウはモグに持ってもらうとして、他のバランスを整えよう。

 まず、魔石を持っていなくても問題なさそうなのはセッツァーとエドガーだろう。
 セッツァーはコーリンゲンに着いたら飲んだくれ期間に入るし、エドガーも盗賊と行動を共にし始めたら魔石を使えなくなるから持っていても無駄だ。
 彼らがどこで目覚めるにせよ、修得済の魔法でなんとかなるはず。

 おそらく一番危険なのは、情報収集のあと一人でフェニックスの洞窟を探索するという無茶に走るロックだ。
 バニシュがあれば戦闘回数を減らせるのでファントムは彼に持ってもらおう。場所柄シヴァも預けておくべきか。
 マッシュにはゴーレムを持っておいてほしい。もしかしたらアースウォールがツェンで役立つかもしれない。
 魔石装備によるレベルアップボーナスがどの程度の効果を与えているのか不明だが、少しでも筋力が高められるならビスマルクも彼に渡しておこう。

 狂信者の塔にいる限りある意味では安全といえるが、ストラゴスはどこで目覚めるのだろう。
 しばらくリルムを探して旅するならゾーナ・シーカーでも持っていてもらおうか。
 そのリルムもスタート地点がジドール付近でなければアウザーさんに会うまで一人旅になる可能性があるので、道行きの安全を確保しておかなくてはいけない。
 カトブレパスかセイレーンが打倒なところだと思う。

 ガウは獣ヶ原で打倒ケフカの修行をする予定だからリジェネのあるキリン辺りがいいか。
 確か一度カイエンと顔を合わせたようなことを示唆する台詞があったと記憶している。
 この二人は相談して手持ちを分配してくれるだろうからいくつか余分に渡しておくとして。
 別れ際も再会時も弱っているシャドウには回復のためにセラフィムを。
 そして残った魔石をセリスに預けることにする。


 ティナたちがブラックジャックを発って二時間ほど。ジミーさんが持って来てくれた鎮痛剤のお陰でかなり楽になった。
 ひっぺがしおじさん以外の二人はファルコン号に乗っていないので、崩壊を生き延びる保証がない。彼らを確実に生き残らせたければ魔大陸浮上前に対処する必要がある。

 装備をひっぺがしてくれる人もブラックジャックとファルコンでは別人の可能性があったのだが……。
 グラフィックと比較してダンさんはファルコンに乗っている人っぽいので、同じ人だと思うことにした。
 念のため親子関係や兄弟や親戚、弟子の有無についても尋ねてみたら嘘か本当か天涯孤独だそうだ。
 彼が崩壊で亡くなって代わりにそっくりな親類縁者がファルコンに乗るという心配はない。
 そもそもセッツァーはあまり新規の乗組員を増やしたがらないんだ。
 崩壊後のコーリンゲンで既にセッツァーのそばに控えていることからしても、ファルコン号のひっぺがしおじさんはダンさんで確定と見ていいだろう。

 残る二人のうち、カジノ担当であるルーカスさんは仮に生き延びたとしても乗組員は辞めると思う。ファルコンには職場がないからね。
 たぶんジドールかどこかで新たな仕事を見つけるんじゃないだろうか。
 ではジミーさんは? 道具屋はファルコンにも必要だ。むしろ崩壊後こそ必要だった。
 しかし彼は、崩壊後の船内に存在しないのだ。
 私が崩壊の瞬間に一番危ういと心配しているのが彼のことだった。

 ファルコン号に乗ってくれるかどうかは彼ら次第ではあるけれど、とにかく魔大陸脱出のどさくさで死なせるのだけは避けたい。
 先程の不時着の際、バニシングボディーは三人にも効果があったようだ。
 ちょうどカジノにいたルーカスさんは椅子の背もたれに激突したが痛くなかったと言っていた。
 ただカウンター内であらゆる酒類が割れて混ざって駄目になったので、今も泣き濡れながら掃除しているけれど。

 万が一、ケフカ及び三闘神が魔法を打ってきた時のことを考えてファントムは避ける。
 魔大陸に乗り込まず船内に残るメンバーに、プロテスとシェルとリジェネを切らさないよう注意してもらって……。
 そうだな。やはり事情を把握しているマッシュに残ってもらえるとありがたい。
 その瞬間に防御力と回復力を限界まで高めておけば、崩壊に巻き込まれて死亡する確率は低くなるだろうから。


 ……本当は、これが偽善にさえならないことなんて重々理解している。
 引き裂かれた大地に沈み、溢れ出した海に飲まれて死んでいく人々を見ないふりしているくせに、仲間だけは助けようなんて都合のいい話だ。
 でも私の手は精々ブラックジャックの中までしか届かない。何もかもを救う覚悟なんて決められそうにない。
 だから、大切な人だけが助かればそれでいい。そう、それでいいと、考えることにしたんだ。


🔖


 51/85 

back|menu|index