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🔖02
この異世界ってトコに飛ばされて何時間か経ったと思う。
リツは街道の近くでキャンプする場所を見繕って、拾い集めた草木で風避けと簡単な寝床を作ってくれた。
それから枯れ草を使って火を起こして俺を振り返り、まずは食べ物と水を探そう、と言った。
……なんか、すげー手際いいのな。こういうの慣れてるんだっけ。
知らない場所へ飛ばされるのに慣れてるって、それも意味分かんないけどさ。ほんと何者なんだよ。
「ティーダ。この世界の住人に会った時のことだけど」
「ん?」
「誰彼構わず『異世界から来ました』とは言えない。だから打ち合わせをしておく」
あー。また頭グルグルって言い訳しなきゃいけないのか。あれ? でも、この世界には“シン”なんていないはずだろ。
毒気がないのにどうやって……と思ってたら、リツはあっさり言った。
「俺は帝国兵に身ぐるみ剥がされた不幸な旅人。ティーダは記憶喪失の正体不明Aだ」
なんでだよ。
「リツだって余所者なんだろ。俺だけ正体不明なんて、不公平ッス!」
「俺は攻略情報があるから余所者でも誤魔化しが効く」
「だからその攻略情報ってのを俺にも教えてくれたらいいじゃん」
俺がそう言ったらリツはフーッとあからさまに息を吐いた。
なんでかは知らないけど口で勝てる気がしないんだ。女版ルールーみたいだよな、リツ……。
やっぱだんまりかと思ったら、意外にもリツは攻略情報を教えてくれるみたいだ。
「北の山腹にあるのが炭坑都市ナルシェ。南西の砂漠にフィガロ城。ずっと南の大陸にあるのが、ガストラ皇帝の治める帝国だ。首都はベクタ」
「え、ちょっと待てよ。いっぺんに言うなって」
「そうそう。いっぺんに教えたって覚えられないだろ? 今言ったことをあるタイミングまで忘れずにいたら、包み隠さず話してやるよ」
他に必要なことはその場その場で教えるから、だってさ。結局うやむやにされた気がする。
リツの態度は腑に落ちないけど、それより今は食料探しだ。腹減りは辛いもんな。
キャンプから離れすぎないように獲物を探してたら白いものが草むらでピョコピョコ動いてるのを見つけた。
「おっ、ウサギだ」
じゃなくて魔物かな。よく見たらめちゃくちゃ狂暴な顔してた。
「捕まえよう」
「マジッスか……」
あれ食うのかよ。ま、仕方ないか。飯抜きよりはマシだ!
俺に気づいてないように見えたウサギは、いきなりこっちを振り返ると牙を剥いて突進してきた。
「うお! 速ぇ!!」
「倒せないようならやめとけ。怪我するよりは逃げた方がいい」
やだね。ここで諦めたら肉食えないってことだ。そんなんで試合には勝てないだろ!
「いいから任せとけって」
剣も無しで魔物を捕まえるのは大変だけど、あれくらいの速さなら魔法でブーストすれば追いつける。
「ヘイスト! …………ん?」
……そのはずだったんだけど。
「ヘイスト、ヘイスト、ヘイスト〜! なんで魔法使えないんだ?」
まさかあの雑魚っぽいウサギが、アルベドの機械みたいに魔法を封じてる? ってそんなわけないか。
焦る俺を無視してリツはなんだか納得したって顔で頷いた。
「物語に取り込まれてる、ってのはこういう意味か。なるほど」
「なるほどね。んで、どういうこと?」
「この世界は大昔に魔法が滅びた世界だ。普通の人間に魔法は使えない」
なんでどこの世界でも何かが滅びてるんだよ……。
よく分かんないけど、魔法が使えないならたかがウサギでも余裕で捕まえるのは難しい。長期戦になるな。
「俺ナイフ作ってるからその間に頑張って」
「うっす……あたたかい声援サンキュー」
リュックみたいに武器の合成でもできるのかと思ったら、リツはそこらに落ちてた石同士をぶつけて削り始めた。
……ザナルカンドからスピラに飛ばされて、初めてビサイド村を見た時も結構ビックリしたけどさ。この世界は、もっと文明が進んでなさそう。
なんだかんだやってたら、あっという間に日が沈んで夜になっていた。
風が吹くたびにナギ平原にいるみたいな寒さが身に染みるけど、リツが作ってくれた風避けと焚き火のお陰で耐えられる。
バージ島に連れて行かれた時とか、ビーカネル島で一人になっちゃった時のことを考えたら、リツがいてくれて助かったと思う。
でも……。
「なあなあ、この世界にもエボン=ジュみたいなやつがいるんだよな? 倒すべき敵! って感じの」
「うん」
「そいつを倒したら、俺って……」
どこに行くんだ? スピラに帰るのか?
だけど“俺”って存在を夢見てたエボン=ジュはもういないんだ。やっぱ、帰ったところで異界に行くことになるのかな。
聞くに聞けなくて固まったのに、なぜか俺の物語を知ってるリツは、呑み込んだ言葉が何かも分かっちゃったらしい。
「ティーダは異界じゃなくてスピラに戻れるはずだ」
「それも攻略情報ってやつ?」
「いや。攻略を吟味すれば帰れない可能性もある。だから、俺がそうであればいいなと思ってるだけ」
ふーん。……俺が帰れたらいいって思ってんだ。
なんか淡々としてるから冷たく見えたけど、案外いいやつなのかもな。
ついでだからって前置きして肉を焼きながらリツが言う。
「紆余曲折ありすぎて詳しくは省くけど、エンディングまで少なくとも二年くらいかかるよ」
「へ……? そ、そんなに!?」
スピラでの旅と同じようなものって言うからてっきり半年もかからないと思ってた。
「そんな長旅になるのに、仲間が二人ってのも淋しいッスね」
「心配しなくても、すぐ同行者が増える」
その言葉に返事するみたいに、キャンプに近寄ってくる人影が二つ。
すぐ同行者が、ってほんとすぐだな。リツは予知能力でもあんの?
あ、でもリツも驚いてるから、いくらなんでもこんなに早く増えるとは思ってなかったみたいだ。
焚き火に照らされて顔が見えた。バンダナを巻いた男と緑髪の女の子だ。
全然似てないのにルッツとガッタを思い出した。武器を持ってる二人組、だからかな。
「旅人か?」
男の方が聞くのに頷いて、リツが二人を手招きする。
「よかったら肉をどうぞ。代わりに水と塩を分けてくれないか?」
「ああ、そうだな……。休まず行こうと思ってたんだけど」
チラッと後ろの女の子を振り向く。でも彼女が無反応だったから、また男の方が答えた。
「お言葉に甘えさせてもらうよ」
バンダナを巻いた方はロック、表情硬い女の子はティナっていうらしい。
「俺はリツ。旅の途中で帝国兵に身ぐるみを剥がされてね。一度、北に避難しようかと迷ってたところだ」
リツの言葉にティナが少し反応した。でも何を思ったのかはよく分からなかった。
なんであんな無表情なんだろう。キマリじゃあるまいし、笑顔の練習した方がいいんじゃない?
「こいつはティーダ。記憶が混乱しているようで何も覚えてないんだ。だから俺も彼の事情は知らない」
いきなり話を振られてちょっと慌てた。
記憶が混乱って聞いてロックはめちゃくちゃ驚いてるし、ティナも変な顔をしてる。
また嘘ついて誤魔化して可哀想なやつ扱いされんのは嫌なんだけど。
抗議しようと思ったら、リツに先手を打たれた。
「向こうの山にある炭坑都市の名は? 帝国の首都はどこだ? 皇帝は誰だ?」
「え!?」
あ、さっき言ってたやつ。……だーっもう、忘れた!
「ご覧の有り様だ」
「かなり状態が悪そうだな」
ううっ、そんな真剣に心配そうな顔されたくないッス。
俺が一つも答えられなかったんで、頭グルグルな人で確定してしまった。
でもそのお陰かロックたちの警戒がゆるくなったのはラッキーだ。
「俺たちは南のフィガロ王国を目指してるんだ。もし宛がないのなら一緒に行かないか?」
「そうしてもらえるならありがたいよ。なんせ文無しでまともな武器一つ持ってないから」
ティナも俺と同じで主導権がないらしい。リツとロックが情報交換するのをボーッと聞き流してる。
またワケ分かんないトコに来ちゃったって思ったけど、目の前にリツがいたからあんまり不安はなかった。
仲間がいるなら、一緒になんとかやっていけると思う。
ほんとにスピラに帰れんのかーとか、帰っても俺死んでるんじゃないのーとか。そういうのは置いといて。
今は目の前のことに全力投球、だな。
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