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🔖01



 雪に覆われた山の中腹で街の明かりが揺れている。
 与えられた選択肢は二つだ。あの街を目指して歩くか、ここで休んで待つか。
 風は冷たく、何の装備もないまま野宿をしたら凍死の危険もあった。
 かといって街に向かったところで中に入れてもらえるのかどうか。

 おそらく今はオープニングイベントの真っ最中。ナルシェに近づくだけでも帝国の人間と見做されて攻撃を受けかねない。
 また、仮にガードをやり過ごして坑道に潜入できたとしても、ティナたちと合流するタイミングが難しい。
 手ぶらの俺はどう控え目に見ても不審者だ。緊張状態のナルシェに、そんな俺を仲間として迎えてくれる者はいないだろう。

 幸いにもすぐ近くを街道が通っている。ナルシェに背を向けて道を辿ればサウスフィガロの洞窟に着くはずだ。
 体力に余裕があるうちに、そっちを目指すべきかもしれないな。
 リターナーに加わるつもりで本部を探しているという体裁を整えておけば彼らを味方につけやすくなる。
 もし途中でティナとロックに追いつかれても同じ言い分が使えるし、合流できなくても洞窟前で待てばいい。
 ここにいるよりは、そしてナルシェに向かうよりは安全だ。

 そう決心して一歩を踏み出した矢先、人の気配を感じて振り返る。
「人だ! ってなんか寒っ。え、ここドコ? あ〜っ、またかよ!」
 ……ここにいるはずのない人物がいた。いやまあ、俺だって他人のことは言えないけれど。


 中世の雰囲気が多く残るこの世界観には不釣り合いとしか言えない少年が、俺を見つめて困ったように頭を掻いた。
「あのさ、俺……ティーダって言うんだけど。変なこと聞いてもいいッスか?」
「構わないよ。俺はリツ。ここはフィガロの砂漠とナルシェの中間辺りだと思う。ちなみに、この世界はスピラじゃない別の場所だ」
 なんで聞きたいことが分かったんだ、って顔だな。
「こういう状況に慣れてるんだろ? 俺も同じだよ」
 気がついたら知らない場所にいた。よくあることだ。

 俺だって異邦人なのに言えた義理ではないけれど、ティーダがここにいるのは妙な感じがしてしまう。
 どうしてだろう。俺も彼も似たようなものなのに。俺が、この世界のこともティーダのことも知っているせいか。
 知っているというだけで枠を越えるのは随分と簡単になる。しかしティーダはこの世界の存在を知らない。
 だから彼がここにいるのは、なんだか違和感がある。

「ここがスピラじゃないって、じゃあリツも俺と同じところから来たのか?」
「いや……ちょっと待って。説明の前にもう一人来た」
 ティーダのすぐ隣に亡霊のような影が浮かび上がる。
「祈り子!? お前、なんで……」
 夢のザナルカンドに行くほど簡単には渡って来られないと思うんだけどな。

 バハムートの祈り子は今にも景色に紛れて消えてしまいそうだった。
 それでもなんとかティーダを見上げ、声を絞り出す。
『……どうなったか、覚えてる?』
 俺も気になるところだ。ティーダが、一体“どの時期”から現れたのか。

 祈り子の問いに、ティーダは拗ねたように頷いた。
「デッキから飛び出したとこまでは覚えてる」
 なるほど、あっちのエンディングは無事に迎えてるわけだ。
 ティーダからすると無事にと言っていいのか微妙だけれど。

 一応は顔見知りなので気安いのだろう、ティーダは俺じゃなく祈り子に向かって「ここは異界なのか」と尋ねた。
 しかし祈り子は答えに詰まって黙り込み、俺の方を見つめる。……助けを求められてるんだろうか。
「異なる世界って意味なら異界だけど、スピラで言う意味の“異界”とは別物だな」
「あー……つまり、どゆコト?」
「スピラとも夢のザナルカンドとも違うところに来てしまった、ってこと」
 なんで、とは聞かないでくれよ。俺だって知らないんだから。

 これ以上の事情を説明できるとすれば祈り子だけだ。俺とティーダは揃って彼に視線を向ける。
『……君はエボン=ジュの夢。彼がいなくなって、夢は砕けた。その欠片が誰かの物語に紛れ込んでしまったんだ』
 ポエジーな表現やめて端的に説明してもらえませんか。

「えーっと、デッキから飛び出したあと異界に行くはずだったのに、迷子になったってことッスか?」
『そう』
「んで、帰れるんだよな?」
『……』
「おーい、黙るなってぇ……」
『ごめんね』

 死ねば召喚士の手により異界に送られるのがスピラの理。
 夢のザナルカンドだってエボン=ジュを通してスピラと繋がっていた。
 それに比べて“ここ”はティーダが元いた場所とは完全に隔たれた異世界だ。
「でも、ここまで来られたんだ。あんたが帰るついでにティーダを連れて行ってやれないのか?」
 俺がそう言っても、祈り子は悲しげに首を振るだけだった。
『もう物語に取り込まれてしまってるんだ』
 はあ。こっちを終わらせるまで自分のシナリオには戻れないってわけね。

「仕方ないな。じゃあ一緒に行こうか。俺も結末を見なきゃ帰れないし」
「え、あ、うん。えっ?」
 混乱するティーダをよそに祈り子がホッと息を吐く。
『君がいてくれてよかった』
「光栄だね。終わったらちゃんと帰れるんだろうな」
『……大丈夫。ちゃんと、迎えに来るよ』
 ただでさえ曖昧だった祈り子の姿は、その言葉を最後に掻き消えた。

 自分も消える寸前だったのに無理してティーダを追って来たのかもしれない。
 罪悪感があるにせよ、律儀なやつだな。
 俺も大きすぎる責任は負えないが、ティーダがスピラに帰れるようなるべく協力してやるか。


 祈り子が消えた草原を見つめ、ティーダは呆然と呟いた。
「何がなんだかって感じッス」
 まあ、そうだろうな。
「単純な話だよ。ユウナと出会ってエボン=ジュを倒したみたいに、一つの物語が始まろうとしてる。その結末を見届けた時、スピラに帰れるはずだ」
「うーん……」
「無駄に考え込むな。とりあえず、夜になる前に移動するぞ」
 野宿の準備もしておかなくちゃいけない。俺もティーダも手ぶらだから、やることは山積みだ。

 ぶらぶらと南に向かって歩きながら、ティーダが話しかけてくる。
「なあ、リツだっけ。さっき聞きそびれたけど、あんたもスピラの人間なのか?」
「いいや。ここともスピラとも違う別の世界から来たんだ」
「じゃあさ、なんでこの世界のこと知ってんの? ……スピラのことも」
 へぇ。混乱してたわりにしっかり話を聞いてたんだ。
 あれだけ何度も見知らぬ場所に飛ばされたりすれば、いい加減に慣れてくるよな。

 ポケットからスマホを取り出す。いつもながら、何を受信してるのか不明だが、ある程度の機能は使える状態だ。
「俺は攻略情報を握ってる。だから自分で体験してなくても、いろんな世界の物語を知ってる」
「攻略情報……って何ッスか?」
「うーん。たとえば、バージ=エボン寺院に流れ着いた時のティーダが、ユウナたちやシンのこと、エボン=ジュについて予め理解してるようなものかな」

 ティーダがピタリと足を止める。
「なんだそれ、ズルくないか?」
「知ってるものは仕方ないだろ」
「俺にも教えてよ」
「ダメ」
「ケチ!」
 人聞きが悪いな。

 結末を知ってると、そこに向かおうとしてしまう。
 今なにをすればいいか、自分がどうしたいのかという簡単な事柄さえも時には見えなくなるんだ。
 ティーダだって、召喚士の末路やエボン=ジュについて始めから知っていたら……きっと今の彼は存在しなかっただろう。
 必要な知識なら差し出そう。だが、この世界で生きていく知恵は、俺もティーダも自分で身につけていかなければならないんだ。


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