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 後悔せずに生きていくのは難しい。理想を実現するためにどうすればよかったのか、分かるのはいつも事が終わってからだ。
 そしてもし今この後悔の記憶を持ちながら過去に戻ったとしても、未来は思う通りにならないのだろう。
 この日、私は死ぬ。
 未来の私がそう告げたところで、私はきっと信じないから。

「だが、知っていれば避けられることがあるのも事実だろう」
「避けた先に更なる問題が待ってるかもしれない。そう考えて動けなくなるなら、どっちにしろ意味がないって話よ」
「後ろ向きだなあ、君は」
 底抜けにポジティブな顔でそんな台詞を吐くのはケイラン・セイリンという男だ。

 竜の時代の僅かな期間にフェレルデンの国王を勤めた青年。彼はビデオゲームの登場人物だった。
 ここは死後の世界か夢の中か、私は人生を終えた次の瞬間、なぜかケイランと同じ場所にいた。
 妙なことが起きている自覚はあるのだけれど違和感はなかった。
 死が二人を繋いだのかもれない。彼、ケイランもまた物語の中で虚しい死を遂げる。
 どうせ死人と死人。私と彼が会話を交わしているのもあり得ないことではない。

 ケイランは、自分がどうして死んだのか覚えている。そして前にもこんなことがあったのだと主張する。
 オスタガーの戦場でダークスポーンと戦い、殺され、闇の中で“以前も同じように死んだ”という記憶が蘇るのだ。
 そして苦い後悔を何度も味わっている。
 あの時ロゲインの忠告を聞いていればよかった。あの時、突出しすぎなければよかった。
 今ここに抱く記憶を持っていたら馬鹿な行動をとって死ぬこともなかったのに。

 ゲームの登場人物だから、だろうか。
 誰かがプレイした数だけ同じ死の記憶を蓄積しているとしたら相当に気の毒だ。
 けれどケイランは、そんな悲愴感など微塵も思わせない能天気な顔で笑っている。

「どうしてかは知らないが、君も私の運命を知っているんだろう?」
「知ってるからって変えられるわけじゃないんだってば」
「だが、挑戦してみることはできる」
「挑戦してみる義理はない」
 ケイランは私に、彼の運命を変えろと言うんだ。
 運命に翻弄される彼に未来を教え、定められた死から救ってくれ、と。

 私は彼が登場するゲームを何度も遊んだから、彼が辿った運命を確かに知っている。
 腹心の部下ロゲイン公爵の裏切りによってケイラン王は死ぬ。それも、序盤中の序盤で。
 で、それを知っているから何になるというのか?

「私とあなたは別世界の住民だもの。ゲームの世界に行って救えってのは無理があるよ」
 タイムスリップしてシナリオライターに顛末を変えるよう頼めとでも言う方が現実的だ。
 ……まあ、ケイランが生き延びるとその後のシナリオが破綻するので、どちらにせよ無理な相談だけれど。

 頼むと無理だの不毛な応酬を繰り返すこと数回。ケイランに諦める様子はない。
 結局、先に折れたのは私の方だった。

「今ここで私と君は会話している。だったら“あっち”で出会えないわけもないさ」
「あー、分かった分かった。じゃあ仮に出会えたとしてよ。あなたは、生きてる間は記憶がないんでしょ?」
「そうだな。何が起きたのか理解できるのはいつも死んでここに来たあとだ」
「なのに、何も覚えてないあなたのもとに私が現れて『死にたくなければオスタガーに行くな』とでも言うの? 言ってあなたが聞くと思う?」
「聞かないかもしれないなあ」
 聞くわけない、怪しげな初対面の他人の言葉なんて。
 私がやめろと言って聞くなら最初からロゲインの忠告に従って前線には出なかっただろう。

 どうやって彼がいる世界に干渉するんだ。
 どうやって国王と会えばいいんだ。
 どうやって信じてもらえばいいんだ。
 どうすれば、彼を生き延びさせることができるのか。
 それ以前に、私が彼の望みを叶えたいという前提で考え事をしているのが自分でも不思議だった。

「……生き返って、どうすればいいか事前に分かってたら変えられると思う?」
「もちろん」
「自信満々ですねえ」
 皮肉を籠めて言えばケイランは急に表情を変えた。怒ったのかと思ったけれど違うようだ。

「ユリ、君が知る未来では、フェレルデンは救われるんだろう?」
「うん、まあ」
「ダンカンが連れて来た新しいグレイ・ウォーデンと、我がアリスターの手によって?」
「そう。アリスターじゃなくロゲインの場合もあるけど」
「しかし私はウォーデンに会わなかった。ダンカンは、三人目を見つけられなかったんだ」
 それは……ハッピーエンドが用意されていないということになるのではないだろうか。

 ケイランの死は序章に過ぎず、物語の大勢に影響を及ぼすことはない。
 しかし彼が持つ生前の記憶に主人公の姿がないというのは少し気になった。
 主人公のいないゲームは、敵の思うままに蹂躙されるほかない。バッドエンド一直線だ。

「君が現れても“私”の行動は変わらないかもしれない。しかしユリがそこにいること自体が変化の一つとなる」
 少なくとも何かが変わる。あるいは小さな変化が運命をもねじ曲げるのか。
「君の人生がやり直す価値のないものだったと言うなら、ユリ、残っているはずだった時間を私に貸してくれないか?」
 死を回避できなくてもいい。次に死して人生を振り返る時、前とは違う結果になっていればそれでいいと彼は言う。
 後悔せずに生きられなくとも、この手で何かを変えられるなら……悔やむだけの価値ある人生を送れたら。

 どうせこんな会話は夢みたいなものだ。人生が終わった後の単なるオマケ。
 その夢の続きにゲームの世界へ身を投じるのもそう難しいことではない気がした。
 ケイランを生かすのはとても難しいけれど、失敗しても何かが変わりさえすればいいと彼が言うのなら、試してみるくらいは構わない。

「一つだけ条件をつけさせて」
「いいとも。何かな?」
「もし“あっち”であなたに会って、私が名乗った時に私のことを覚えてたら。……覚えていられたら、なんとかして助けるよ」
 展望は見えている。主人公がいないとしても代役を立てればケイランが望むハッピーエンドに辿り着ける。
 でも、誰も感謝してくれないのに奔走するほど私はお人好しではないんだ。

「もしあなたが覚えてなかったら、私は何もしないからね」
「分かった。ユリ、君のことを魂に刻んでおくよ。約束だ」
 そうね。そちらが約束を守ってくれたら私も頑張ってみてあげる。


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