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🔖消えない隔たり
獣ヶ原での修練はおよそ一週間で終わった。
全員それなりに魔法を使えるようになり、ガウは“仲間”から戦い方を学んだし、ティナは幻獣の力を制御できるようになって、ユリは……。
生まれてから一度も武器を握ったことさえなかったやつが一週間ばかりの特訓でまともに戦えるようになるはずもない。
だが、技術はさておき彼女は殺戮に慣れてきた。
獣ヶ原のモンスターは好戦的なものが多く、人と遭遇しても逃げ出すということがほとんどない。
何度も殺されそうになってユリは自分の心と体に“この世界はそういう場所なのだ”と叩き込んだ。
いつでも誰かに殺され得る、そうならないためには先んじて相手を殺さなければならない、元いた世界とは徹底的に違う場所にいるのだと。
お世辞にも強くなったとは言い難いが、少なくとも目の前にモンスターがいても硬直することはなくなった。
俺は今までユリが元いた世界について詳しい話を聞いたことがなかった。
ただ漠然と、平穏な世界で争いに関わらず生きてきたんだと思っていた。
彼女が獣ヶ原に降りる前になんとなく話をして、返って来た予想外の答えを思い出した。
ユリの世界にはモンスターがいない。これが、こっちとの最たる違いだ。
彼女が箱入り娘だから戦闘の経験がなかったのではなく、そもそも向こうの世界では『命の危険』が日常に存在しないのだった。
田舎の山奥や林野に行けば野性動物がいて危険もあるが、そんなやつらはモンスターと違って誰彼構わず襲っては来ない。
猟師を生業にしているのでもなければ生物に襲われたり殺したりという状況を体験することがないそうだ。
そして狩猟と殺戮の間に、こっちの世界よりも大きな隔たりがある。
ユリのいたところは相当な数の人間が住んでいた。それこそ他のあらゆる生物を席巻するくらいに。
家々の隙間を埋めるようにまた家が建ち並び、街道を介さずとも次の街が隣接している。
地図上に境界線が引かれているだけで“街と街の間”ってものがないらしい。ちょっと理解を越えている。俺の想像力ではうまく光景を思い浮かべられない。
ともかくあっちの世界では、人間は強者なんだ。対立した位置に“魔物”がいない。
だからユリは、戦いの経験がないというより……危険の中で孤立したことがないのが問題なんだろうな。
彼女もそれは自覚しているらしく「向こうでは生きる努力なんて要らない」と言っていた。
他者に害される危険がないから容易く他人を信じる。他者と敵対することの意味を肌で理解できていない。
あいつが子供のように頼りなく無防備に思えるのは育った環境のせいだ。
呼吸だけをしていれば流されるように生きていける。そんな世界からやって来たからなんだ。
ユリはオートボウガンの扱いに慣れたから少しは戦力になれそうだとはりきっている。
でも俺は、あいつに武器を持たせたことを今になって後悔していた。
封魔壁の近くには帝国が設置した監視所がある。その近くで兄貴とロックが工作を仕掛けていた。
俺たちが封魔壁へ行こうとしているという情報を流したお陰で、ナルシェを睨んでいた帝国軍の目は南に向けられた。
この一週間のうちに、バナン様をはじめリターナーの面々は警戒の薄れたニケア付近の港からマランダ方面に少しずつ上陸している。
一足先に修行を終えたカイエンが彼らを護衛して兄貴たちと合流したのがつい先日。
正面から監視所を突破すると見せかけ、騒ぎの隙をついてティナを侵入させるという手筈だ。こっちには俺とガウとユリが同行する。
変身して上空から監視所を見てきたティナが手薄な箇所を地図に記した。そろそろ出発するかと腰を上げたところで彼女が俺に尋ねる。
「ねえ、ユリは寝相が悪いの?」
「……へ?」
また唐突な質問だな。
そういやアイツ、野宿と戦闘訓練で疲れ果てたのか風呂に入ってすぐ「出発まで寝る」とか言ってたっけ。
ちょうどいいので暇を持て余してるガウにユリを起こしに行かせる。ガウのやり方は強烈だから一瞬で目が覚めるだろう。
で、なんだって?
「寝相ね……さあ、俺に聞かれてもちょっと分からんが。何かあったのか?」
一緒にテントで眠ったはずだし、ブラックジャックでも同室だからユリの寝相がいいか悪いかはティナの方がよく知っているだろうに。
もしかして獣ヶ原で何かあったのか。隣で寝てるユリに抱きつかれでもして困ったとか? あり得るな。
なんてことを考えてる俺の頭の上からティナは凄まじい爆弾を落としてきた。
「マッシュ、ユリと寝たんでしょう」
「…………はい?」
ちょっと時が止まったぞ。一体どっからそんな話が出てきたんだ?
ね、寝たってどういう……いやティナのことだから「隣で一緒に寝転がった」程度の意味だろう。それでも充分に人聞きが悪い。
兄貴たちが別行動でよかったと心底思う。今のをうっかり聞かれていたら何を言われたことやら。想像するだけで頭痛がしてきた。
「ティナ、寝たとかそういう誤解を招く言い方はやめてくれ」
「どんな誤解を招くの?」
「ぐっ……!」
そんなこと説明できるか!
そもそもだな、俺はユリと一緒に寝た覚えはないぞ。
野宿した時はシャドウやカイエンがいたし、べつに二人で身を寄せ合って眠ったわけじゃないし、宿はちゃんと別室だったし。
ってどうして俺がこんなに焦らなくちゃならないんだよ。
「でもユリが前に言ってたわ。マッシュに足を向けて寝られないって」
「…………」
「ユリの寝相が悪いから、マッシュを蹴っ飛ばしてしまったんでしょう?」
いろいろな意味で間違ってるよ、ティナ!
「確認するけど、ユリが言ったのは俺に足を向けて寝られないってことなのか?」
「そうよ」
「あのな、それは恩義のある人に失礼なことはできないって意味だ。隣で眠って寝相が悪いから足をぶつけたわけじゃない。だから俺とユリが一緒に寝たなんて事実はないし、今後も絶対ない」
「どうしてユリと寝ないの?」
「えっ!」
ど、どうしてって言われても困っちまうぜ……。
そりゃあ成人した男と女なんだから一緒に寝るわけないだろう。
と答えたら、また「どうして成人した男と女は一緒に寝ないの?」と聞かれるはめになるだけだ。
「お、俺が寝相悪いんだよ! 危ないから打たれ弱いユリの隣では寝ないようにしてるんだ」
「そうだったの」
なんとか納得した様子のティナにホッとしたのも束の間、今度は「私は打たれ強いからマッシュと寝ても大丈夫よ」と笑顔で言われて突っ伏した。
ティナは近頃とても感情豊かになった。それはいいが、人としての常識が追いついてないからたまに困る。
というようなことがあったんだと報告したらユリは腹を抱えて笑いだした。まったく、笑ってる場合じゃないぜ。
ティナがあんな発想に到ったのは俺とユリが親密だと勘違いされているせいだと思うんだが。
まあ、誤解するのも無理はない。
俺はユリが秘密にしたがっていることを暴いてしまったし、それを他のやつに漏らすつもりはない。
だから内々の話をするため人目を避けて二人きりになることが多いんだ。端からは確かに親しく見えるだろう。
「否定しなくていいのか?」
「好都合ではあるよね」
「まあ、詮索されないのはありがたいけどさ」
「迷惑なら放っとけばそのうちおさまるでしょ」
兄貴たちも冗談混じりにからかっているだけで、本当に俺たちが恋仲だと信じて言ってるわけではない。
でもさっきのティナなんかはどうだろう。
今回は誤解というより単なる言葉の綾だったが、周りがそう囃し立てるなら感情の未熟なティナは本気で信じてしまいかねない。
そうなったら誤解をとくのは骨が折れるだろうな。
迷惑か。べつに、そういうわけじゃないんだ。誤解されて困ることがあるのかというと、そうでもない。
「……正直、俺も都合はいいんだけど」
「見合い避けになるから?」
「うん。ユリが気にしないなら利用させてもらいたいくらいだ」
「べつにいいよー」
無頓着だなあ、おい。
ユリは元の世界に戻る機会を逃さないために俺たちについて来ている。
俺でも他の誰が相手でも、もとより“こっちのヤツ”と恋愛する気なんて更々ないはずだ。
だから誤解されて困ることもない。むしろ男避けになって助かるってところか。
ユリと恋仲だと思わせておけば俺も城に戻った時、ばあや達に結婚のことを煩く言われなくて済む。
彼女がいなくなった後だって、それを言い訳に結婚話を避けられるしな。
……そう、ユリはいなくなるんだ。元の世界に、身の危険に晒されない世界へ帰る。
それが分かっているからユリを戦闘に参加させるのは今でも反対だった。
彼女の手を血で汚せば、何か決定的なものが変わってしまう気がする。
しかしいずれ帰る日まで彼女には自分の身を守る手段が必要だというのも確かだった。
きっと例の瞬間が近づいているんだろう。
崩壊した後の世界にも生きていることが確定している俺たちと違って、ユリがその瞬間を生き延びられるかどうかは誰にも分からない。
だから少しでも強くなっておきたいのだと思う。だとしたら……俺には止めようがない。
監視所内は慌ただしい雰囲気だ。塀を乗り越えて忍び込んだ者がいることには未だ気づいていない様子だった。
急いで封魔壁へ向かう途中で帝国兵に声をかけられて驚いたが、よく見たら変装したロックだった。
彼が入り口の見張りを引き付けている間に洞窟へ駆け込み、地下深くに埋もれた封魔壁を目指す。
警戒しろとユリが言っていた通り、洞窟内はかなり危険な場所だった。
マディンの見せてくれた幻影では長老が巨大な魔法の扉を閉じただけだったが、その魔力が新たにモンスターを呼び寄せて帝国に対する防壁となっているんだ。
ガストラはあれ以降も懲りずに扉を開けようとしたのだろう。
監視所から攻め入ったものの任務を果たせずに力尽きた兵士たちは、魔力に歪められてアンデッドと化していた。
炎に弱いはずのモンスターになぜかティナのファイアが効かず、倒しても倒しても起き上がってくる死体を退けながら必死で進む。
帝国がこの場所を放っておいてくれたら、ここまで危険なことにはならなかったはずなのに。まったく許しがたい。
奥へ進むと洞窟内に熱気が満ちてきた。始めこそ汗ばむ程度だったが下層へと降りるにつれて耐え難いほどになってくる。
ティナは平気そうな顔をして歩いているが、ユリとガウは汗だくで疲れきっていた。
「ガウ、暑いのは分かるけど犬じゃないんだから舌を出すのはやめなさい」
「がうう!」
「こら、服を脱ぐな!」
「マッシュってお母さんぽいな」
誰がお母さんだ、誰が。ユリに真顔で言われたのも腹立たしいが、微笑ましげに見守るティナにも気恥ずかしさが募る。
「ユリ! ここ、ちょっとすずしい!」
「おーう、ホントだ。風の通り道ねー」
「寄り道するなってば。ほら、行くぞ!」
岩壁の隙間に頭を突っ込んで僅かな涼を取っていた二人の首根っこを掴んで引きずり出すと、ティナに「飼い主みたいでもあるわね」と言われた。
……母親と飼い主ならどっちがマシなんだろう。
更に進むと熱気の原因が判明した。
ところどころ道を塞ぐように熔岩が流れている。これも魔力の影響なのか?
行きしなティナはモグを同行させたがっていたが、ブラックジャックに置いてきて正解だ。雪国育ちのモーグリには厳しすぎる。
「これはもう女王様にお出座しいただくしかないでしょう」
暑さのせいか虚ろな目をしてユリが呟く。何を言ってるのかと俺が戸惑っている間にティナは魔石を掲げた。
蒼白い光が吹雪となって舞い上がり、氷の女王が顕現する。そうか、シヴァのことか。
ティナはあの意味不明な言動でよくユリの言いたいことを理解できるよなぁ。
女王の息吹は流れる熔岩でさえ凍てつかせた。ついでに周辺のモンスターもだ。これでちょっと楽になるな。
何時間もかけて洞窟の最深部と思われる場所まで降りてきた。この辺りは上層に熔岩が流れていたのが嘘のようにひどく寒い。
薄着のガウとユリが今度は歯をガチガチ言わせて凍えていた。
イフリートを召喚しても焦げるだけで暖かくはならないだろう。
目の前にはビスマルクが体当たりしても開きそうにない巨大な扉が聳え立っている。
悠然とした姿は向こう側の気配を感じさせない。扉の先に本当に幻獣たちがいるのか、疑いたくなるほど静かだった。
「この奥に幻獣界が……」
彼らが人間の仕打ちを許し、俺たちを受け入れてくれるかどうか、あとはティナにかかっている。
個人的には帝国への攻撃に協力してくれなくても一向に構わないんだ。
今はこちらも魔法が使えるし、俺が単身ベクタに乗り込むだけでも混乱を与えるくらいはできる。命を賭せばガストラを殺すことだって可能かもしれない。
帝国を揺るがす勢力が一つあれば人間は再び自分の力で戦争に立ち向かえるだろう。
ただ、こうして扉を閉ざされたままでは互いに辛い。せめてティナの存在を認め、向き合ってほしいと思う。
ティナが扉の前に進み出て魔力を解放する。
ナルシェで氷漬けの幻獣と反応した時のような光が漏れ出したが、今度は衝撃を受けなかった。力がきちんと制御されているお陰だろう。
「幻獣たち……私を受け入れて……」
彼女の体が淡い光に包まれ、幻獣としての姿が重なる。次第に人間の姿が掻き消され獣の本性が現れた。
暴走せず変身するところを見るのは初めてだが、改めて綺麗な姿だと状況も忘れて見惚れてしまう。
「マッシュ……なにかくる」
「ん?」
不安そうなガウに手を引かれてハッと我に返った。気づけば険しい顔つきでユリが背後を睨みつけている。
どうしたと尋ねようとして、振り返ったところに目障りなものがいた。
「ティナという餌を投げてやれば、窮地に立ったリターナーは必ず封魔壁を開く。ヒョッヒョッヒョッヒョッ! 皇帝の仰った通りだ!」
「ケフカ……俺たちをつけていたのか」
「ヒッヒッヒッ! さあ、何をしているのです? 私の栄光へと続く道を、」
「うるせえハゲ死ね」
道化のように飛び跳ねながら近寄ってくるケフカにユリは問答無用でオートボウガンを射ちまくった。
残念ながらマントで払いのけられたが、道化は甲高い悲鳴をあげて立ち止まる。
「そこで大人しくしてろよ。扉が開かなきゃあんたも困るでしょう」
凍りつくようなユリの声音にケフカの顔が歪む。
こいつが来るのは予定通りか。しかし、それなら幻獣は……?
封魔壁の向こうに集中しているせいか、ティナは後ろの騒ぎに気づいていない。
彼女の体がゆっくりと宙に浮かび上がり、輝きが増すと同時に扉が轟音をあげて開き始めた。
あの時、ティナとマドリーヌが吸い出された時のような凄まじい風が吹き荒れる。
飛ばされそうになったガウの手を掴んで地面にしがみついた。
ユリは戸惑いながら俺とティナを見比べている。アイツが平気で立ってるってことは魔力の風か。
よかった。俺ですら飛ばされそうで二人も掴まえてる余裕はない。
「むむ胸騒ぎがががっ、何か来るっ!」
「くそっ、手を離すなよガウ!」
地面ごと引き剥がす勢いで猛烈な風が吹き、封魔壁が、開いた。そこから無数の幻獣が飛び出して来る。
だが彼らはティナにも俺たちにもケフカにも目をくれず、洞窟の天井をぶち破りながら嵐を纏って飛び去った。
「すごいエネルギー! ぬわー」
向こうでケフカが吹き飛ばされたような気もするが目を開けていられなかったのでよく分からない。勝手にどこへでも消えてくれって感じだ。
永遠に続くかと思われた風がようやっと収まって、よろよろと立ち上がってみれば景色が一変していた。
封魔壁の真上から空が見えている。幻獣たちは洞窟を完璧に破壊して外へ出たようだ。
膨大なエネルギーにあてられて頭がズキズキと痛む。ガウが呆然と見上げているのにつられて俺も封魔壁を見た。
……扉は閉ざされていた。しかも鉄扉の上から幻獣たちが破壊した洞窟の岩が崩れ落ち、内からも外からも開けられなくなっている。
変身の解けたティナを支え、ユリがこっちへ歩いてくる。
「一旦、飛空艇に戻ろうか」
「あ、ああ」
幻獣はどうなったのか。聞くに聞けない状況だが、彼らとの対話が叶わなかったことだけは間違いなかった。
洞窟の入り口にはカイエンたちが待っていた。監視所は無人になっており、ケフカもいなくなったようだ。
「マッシュ殿、無事でござったか!」
「なんとかな」
まだ具合の悪いティナを心配そうに見つめるロックに状況を聞いてみる。
「何が起きたんだ? 幻獣たちが群れをなして飛んでいったが……」
「見たよ。その直後に帝国軍も撤退したんだ。雑兵まで、全員な」
「全員だって?」
ガストラは俺たちを利用して封魔壁を開こうとしていたんだ。
研究所に捕らえていた幻獣を攫った時のように、出て来た幻獣たちを捕獲する目論見だったのだろう。
いざそれが叶ったって時に監視所を空にしてどこへ消えたんだ?
暴走する幻獣を怖れて逃げたのか、彼らを追って行ったのか。
「幻獣はどっちに向かった?」
「帝国首都の方角だ。バナン様たちが先行している。俺たちも行こう」
兄貴の言葉に、青褪めた顔でティナが頷いた。……幻獣はベクタに向かったのか。どうも嫌な予感がするぜ。
封魔壁のこちらから、ティナの声は幻獣界に届いた。だからこそ彼らは扉を開ける気になったんだ。
ということは、扉が閉ざされている状態でも完全に隔たれていたわけではないのだろう。
彼らはこちらの様子を知っていたのかもしれない。
人間の世界に取り残されていた幻獣たちが、どんな仕打ちを受けていたのかを。
飛空艇に乗り込みベクタへ向かう。ティナは浮かない顔のまま甲板に立って空を眺めていた。その目がハッと見開かれる。
「どうした?」
「感じるの……近づいてる……」
彼女が見据えた先の空に光が瞬く。それはどんどん大きくなって……いや違う、ブラックジャックめがけて猛スピードで飛んで来る?
「ぶつかるぞ!」
寸前にセッツァーが思い切り舵をきって直撃は免れたが、避けた先にも無数の幻獣が待ち構えていた。
「セッツァー、伏せろ!」
暴走する幻獣たちが船体のあちこちにぶつかりながら飛んでいく。
もう避けられる数じゃない。全員甲板に伏せて嵐が通りすぎるのを為す術もなく待つしかなかった。
礫が降り注ぐような衝撃が収まってみるとブラックジャックはボロボロになっていた。それでもなんとか飛び続けている。
へたり込んだまま立ち上がれないのか、ティナは幻獣たちの去った空を悲痛な目で見つめた。
封魔壁を飛び出してベクタに向かった幻獣が、怒り狂ったままで戻って来た。
これが何を意味するのか、察しはつくが誰も口に出せない。彼らがどんな“用事”を済ませて来たのか。
一人、沈みつつも冷静さを失っていないユリがセッツァーを抱えて立ち上がらせた。
「船長、舵が壊れた」
「くそっ、今すぐ全員船内に戻れ!」
言うや否や船体が傾き始めた。慌ててガウを捕まえ船内に駆け込む。まだ呆けていたティナはロックが引っ張っていった。
ユリとセッツァーだけが操舵輪のもとに留まっている。
ユリが何かを言って、セッツァーが慌てて魔石を取り出すのを見た。
その瞬間に立っていられないほどの揺れが起こり、ブラックジャックは帝都から大きく逸れたところへ不時着した。
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