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🔖今更のエンカレッジ



 長老の家を出る間際、ガードと何やら話していたロックがこちらを振り返ると心持ち楽しそうにそれを告げた。
「宝物庫に泥棒が入ったらしいぜ」
「……」
「いや俺じゃないし、俺は泥棒じゃないから!」
 無言ながらも雄弁な視線でマッシュに見つめられ、すかさず察して言い返す辺りロック自身の中でも泥棒キャラは定着している様子。

 それはともかく、倉庫内にあった宝箱からいくつかの品物が奪われて犯人は炭坑方面へと逃亡中だそうだ。
 フィガロ城では顔を合わせなかったけれども例の狼はどうやら無事に脱出したらしい。
 一応、エドガーは追跡に連れて行かない方がいいな。また捕まったら可哀想だ。

「そいつを捕まえればそれなりの礼がもらえるかもな」
 ガードから聞き出した盗まれたものと犯人の特徴を挙げ、ニヤリと北に目を向けるロックの顔はどう見ても火事場泥棒です。
 ティナが目覚めてからちょっとずつ元気が出てきたようで私も嬉しい。

 これは私にとっても願ったりな話だ。どういう理由をつけてモグを迎えに行こうかと考えていたところだから。
 ロックのお陰で、わざわざ誘導しなくても自然な流れでモグを仲間にできるだろう。

 ところで私はここで課される選択がどうも納得いかない。モグか、髪飾りかの二択のことだ。
 四人パーティなのだから手分けすれば両方助けられるはずじゃないか。見捨てる必要性がない。
 そして仮にモグを選んだとして、ご褒美なしでもいいから後でちゃんと狼を助けさせてほしかったよ。

 一応、私は毎度モグを助けていた。
 モグは後でも仲間にできるのだし、プレイヤーとしては髪飾りに惹かれるのが正直なところだけれど。
 それでも画面の中で“金の髪飾り欲しさにモーグリを無視する”のは先頭キャラということになってしまうので、なんだか居た堪れないのだ。
 宝に目が眩んで見捨てたくせに、後にどんな顔で仲間として迎えればいいのか。
 この時に操作していたキャラと崩壊後のモグとの間に微妙な距離を感じてしまう。

 まあ……話が逸れた。
 北の崖には、その場にいたロックとマッシュ、私とティナというメンバーで向かうことになった。
 モグの体重なら私とティナで引っ張りあげられるだろうから、向こうはマッシュたちに任せよう。


 春だというのに変わらず雪深い道をえっちらおっちら歩いて行く。
 マッシュとロックが先導してくれるので、足跡を辿ればちょっとは歩きやすくなる。
 二人はなにやら内緒話……というほどでもないが、私たちとは少し距離を置いて話をしていた。
 はっきりとは聞こえないがどうも私に関することらしいと分かって自然と耳をそばだててしまう。

「なあ、ユリのことだけど、……ありがとうな」
「へ? 何が?」
「俺の責任で拾って来たのにマッシュに任せっぱなしになってるからさ」
 私は幼児か。
 どうも保護者としての役割を果たせていないのをロックが詫びているようだ。

 ロックとは別行動が続いていたし、レテ川で打ち明け話をして以来マッシュが私の保護者というかお目付け役のようになっている。
 でもロックだって私を守るという約束はしていない。
 むしろこっちの勝手で必要もないのについて行ってるだけなのだから、責任なんて最初から負っていないのに。変なところで生真面目だな。

 マッシュは後方の私をチラッと一瞥した。
「責任とかなんとか大袈裟に考えなくても、あいつのことは俺が見張っとくから大丈夫だよ」
 そう言ってロックの肩を叩く。だから私は幼児かと。
 ……目を離せないほど危なっかしいのは否定しない。自分でもそう思うくらいだ。
 気にかけてくれる人のためにも、なんとか自力で立てるようにしなければ。
 さしあたっては攻撃手段の確保を急ごう。

 そんな前方の様子に気を取られていると、不意に視線を感じて横を向く。
 ティナが私を凝視しながら歩いていた。えっと、前を見ないと危ないですよ。

「どうした?」
 尋ねると彼女は一旦立ち止まり、ベルトの小物入れから何かを手に取って私に差し出した。
「これ、前に来た時に見つけたのよ。ユリにあげようと思っていたの」
 前に、というとバナンの護衛をした時のことか。エドガーに預けていたから、暴走中もなくさずに済んだらしい。
 そういえばレテ川で筏に置き去りにした私の荷物も、エドガーが確保してくれていたので今はブラックジャックに置いてある。
 そこら辺の細かい気配りはさすがだった。

 でもそんなに大事にとっておいたものを私がもらっていいのだろうかと戸惑いながらティナの手にあるそれを見る。銀色の、小さな……。
「……うっ!?」
 うちの鍵ーー!? う、うちの鍵だよそれ!
 この世界のものでは絶対にない。だって向こうではお馴染みの見慣れたロゴが入っている。
 御丁寧にキーホルダーをつけてくれたのはエドガーの仕業か。
 私はそのままポケットに入れる派で何もつけていなかった。だからここへ来た時に紛失したのだろうけれど。
 いや、そんなことはどうでもいい。

「ど、どうしたの、これ」
「炭坑で拾ったの。ユリ、落ちてるものは何でも拾っておけって言ってたでしょう?」
 そこまでは言ってないです。
 確かにナルシェを出る辺りであまりにもアイテムやギルが手に入らないのが心配になって忠告はしました。
 一見すると要らない物でも後から価値が出てくるかもしれないから注意して、と。
 それは装備品や消耗品のことであって、明らかにゴミアイテムっぽいのは拾わなくていいんですよ。……これはまったくゴミではないけれども。

 硬直する私を不思議そうに見つめ、ティナが首を傾げる。
「こういうの好きじゃなかった?」
「え、いや、うーん」
 べつに私は鍵マニアではないので好きか嫌いかで聞かれると困ってしまうな。
 ちょっと驚いただけだ。気づいた時に手ぶらだったから、てっきり何も持って来なかったと思い込んでいたのに。
 そうか……炭坑で拾ったのか。
 もしかして探せば他にも私物が見つかるかもしれない。見つけても意味がないので探さないけれど。

「ありがとう、もらっとくよ。死ぬほど嬉しい」
「よかった。何に使えるか私には分からないけれど、ユリならきっと役立てられると思っていたのよ」
 確かにこの鍵を“使える”のは世界に私一人だけだろうが、再び使う日が来るのかは私にも分からない。
 それにしたって皮肉なものだ。まさかこのタイミングで私の手に戻ってくるなんて。
 ようやっと決心を固めたところだったのに……。


 さて、ヴァリガルマンダが安置という名の放置をかまされている崖の手前で『こそドロいっぴきオオカミ』を発見した。
 ヤツは追手である我々を見つけるなり慌てて走り出す。さすがに身軽だけれど楽々追跡するマッシュたちも異常である。

 始め、モグがいるのに気づかなかった。真っ白い雪原で完璧に風景と一体化していたのだ。
 しかし狼は嗅覚によってかその存在を敏感に探り当て、雪の中からポンポンを掴んで引きずり出した。なんて乱暴なことをするのかと。
 そして鋭利な爪をモグの顔にあてがい、肉薄する私たちに牙を剥いた。
「動くな! 動くとコイツの命はないぜ!」
「ク、クポ……」
 モグ質をとるとは卑怯なやつめ、でも見た目とても可愛いぞ。

 未だ冬毛とおぼしきモッフモフの狼男がモーグリのぬいぐるみを抱っこしてふかふかしているようにしか見えない。とてもかわいい。和んでしまう。
「やめとけ。後ろは崖だ、どうせ逃げられないさ」
 敵があまりにも愛くるしいために、盗んだ物を渡して投降しろと迫るロックが悪役に見えるのは気のせいだろうか。
 ぶっちゃけ捕まえる気ないよね? アイテムさえ手に入ればいいと思っているよね。私も同感だ。

 こちらが一歩近づくと狼は一歩さがり、じわりじわりと崖っぷちに追い詰められる。後がなくなったところでモグが動いた。
「クポー!」
「お、おい暴れるなっ……うわあッ!」
 更に一歩さがった拍子に一匹狼の足元が崩れた。たぶん雪庇になっていたのだろう。
 雪煙に吸い込まれるように消えた二人を見てまさかと冷や汗が流れた。

 崩落がおさまったのを確認してから慌てて駆け寄ると、モグは短い指でなんとか崖にしがみついている。
 一匹狼の方は少し離れたところで岩肌に爪を立ててなんとか踏ん張っていた。とはいえ掴まる出っ張りもないので今にも落ちそうだ。
 なるほど、これは二択になるのも無理はないな。どちらにもまったく余裕がない。

 自分も滑り落ちないよう注意を払いつつモグのぶらさがっている崖に近寄り、そっちは頼むと髪飾りもとい狼側の崖をマッシュに任せる。
「おう。ってもここからじゃ手は届かないな……」
「ロープなら持ってるぞ」
「なんでそんなもの持ち歩いてるんだ?」
「そりゃあトレジャーハンターの嗜みってやつさ!」
 いいから早く助けてやってよ。爪が岩から抜けそうになって、こそドロいっぴきオオカミ君が涙目でプルプルしてるじゃないか。
 崖下に落ちても死なないだろうが彼の性格からするとうっかりトンベリーズの宝箱を開けかねないので心配だ。

 さて、こちらはモグ救出だ。子猿のようなちっちゃい指が雪積もる崖の縁を必死で掴んでいる。
「く、クポーっ」
「すぐ助けるから暴れないで。ティナ、そっち一緒に引っ張って、」
 手伝ってくれないかと振り向いたら彼女は目を見開いて硬直していた。
 心なしか頬は赤く段々と感情をあらわすようになってきた瞳がモグを見つめて潤んでいる。
 どうも私の声は聞こえていないらしい。今トランスしないでね?

「え、えっと……じゃあロック、手伝って」
 一匹狼の方はマッシュが支えているロープを掴んでなんとか自力で上がって来られそうだ。
 というか、ティナがこの調子なので頑張ってもらうしかない。
 崖から身を乗り出してモグの両手を握り、私の腰をロックが掴んで引っ張る。んが〜! 予定より重い!
 この小ささで槍を振り回すだけのことはある。圧倒的筋肉量だ。
 ロックに支えてもらっていなければ引きずられて私まで落ちたかもしれない。

 さすがに五分もかかるようなことはなく、なんとかモグを助け出した。
 はたしてリアルなモーグリってどうなんだろうと思っていたが近くで見ても普通に可愛いな。手触りもすべすべふかふかで素晴らしい。
 目の大きさから考えると開眼時がちょっと怖い気もするけれど。

 体についた雪を短い手でささっと払い、モグは深々とお辞儀をした。
「ありがとうクポ!」
「お前、喋れるのか?」
 あまりの人間臭さにロックが驚いているけれど私からすると、むしろ喋れないものなの? って感じだ。
 狼男には無反応だったのにモーグリが人語を話して驚くのってなんだかよく分からない感覚である。

「ラムウっていう爺ちゃんが言葉を教えてくれたクポ」
「ラムウが?」
「爺ちゃんが夢に出てきて、あんちゃんたちの仲間になれって言ったクポ。だから、僕も一緒に行くクポ!」
「そうか……。前に助けてくれたモーグリだよな? 歓迎するよ」
 ああ、私は姿を見られなかったけれどロックはティナ防衛戦でモーグリたちと会っているんだった。

 モグは物語が始まる前からラムウと面識があったのだろうか。
 それともティナが最初にヴァリガルマンダと反応した時、ラムウが運命を知って動き出したのだろうか。
 モーグリには生まれながらに魔導の力があるという。だからモグに接触したのか。
 言葉を教えたのがいつかは分からないが、ラムウはこの時が来るのを知っていたんだ。

 聞いた話では、ゾゾの街で魔石化する直前ラムウは私に「嘆くな」と言付けをしていたそうだ。これは幻獣の宿命だからと。

 魔大戦よりもさらに昔のこと、三闘神は互いを封じるにあたって幻獣たちに命令を遺した。
 もし悪心を持つ者が魔導の力を求めて神の封印を解こうとした時には、光に属する存在……いわゆる勇者を助けて世界の破滅を防げというものだ。
 帝国が幻獣界に攻め入っただけなら封魔壁を閉じてしまえば魔導の力は流出しない。
 でも研究所に囚われた幻獣たちはガストラの執念が魔導を通り越して封じられた三闘神に向けられていると知り、世界に“その時”が来たことを理解したのだろう。
 研究所を脱したラムウも、ガストラに対抗するため魔導の力を秘めたモーグリの戦士に接触した。

 じっと見つめる私に気づき、モグは首を……首というか二頭身なので上半身を、不思議そうに傾けた。
「お姉さんは爺ちゃんとおんなじ気配がするクポ」
「ああ、魔石……、預けとくよ。これを持ってると魔法を使えるようになるんだ。ラムウの遺してくれた力だから」
「爺ちゃん……」
 なんとなく察してはいたのだろう、それでも恩師の死を証す石を手にしてモグは消沈していた。

「あの、差し出がましいようだけど、モーグリの一族はナルシェの街に住めないのかな? ガードと協力し合えればお互いの助けになると思うんだけど」
 兼ねてから考えて、口にするか迷っていたことを無意識のうちに吐き出してしまった。でもそれはロックにあえなく却下される。
「やめた方がいい。元々モーグリとここの住民は住処を巡って牽制しあってた仲だからな。ナルシェにはガードモンスターもいるし、揉めると思うぜ」
 モグもその意見に同感のようだった。

 ……確かに、仲が良ければとっくに巣を出て街で一緒に暮らしていただろうな。
 ナルシェ住民はモーグリの巣がある炭坑を掘りまくっているのだから、いわば侵略者のようなものだ。
 そして魔導の力に怯える人間にとってもモーグリなんて魔物と大して変わらないだろう。今頃になって急に手を取り合うのは難しい。
 でも、崩壊までになんとかしたい。きっとシナリオには影響を与えないはずだ。……せめてこれくらいは、どうか助けさせて。


 うっかり忘れ去りそうになっていた一匹狼も、マッシュの力を借りて崖の上まで登ってきた。
 腰が抜けたのか四つん這いのまま急いで崖っぷちから遠ざかり、落下の危険から逃れたことでホッと安堵の息を吐く。
 また逃走されては困るので、私はヤツの目の前に立ちはだかった。

「それで命の恩人に礼は?」
「あ、あんたは恩人じゃないだろ!」
 ちらりとマッシュに目をやり「どうも……」と小声で呟く。小心者なりにプライドは傷ついているようで助けられたことを素直に認めるのは嫌らしい。
「マッシュがいなきゃ崖から落ちて全身打撲と複雑骨折と内蔵破裂で死んでたかもしれない。岩で頭蓋骨をカチ割り脳味噌ぶちまけずに済んだ礼が一言で終わり?」
「ううっ!」
 具体的に想像してしまったらしく一匹狼は両手で口元を覆った。毛皮がなければ人相の悪いその顔が真っ青になっているのが分かっただろう。

「俺は別に礼なんかいらないけど?」
 なんにせよ助かったんだからよかったじゃないかと鷹揚に笑うマッシュに「よくない」と突っ込むのはロック。
「下手したらモーグリも危なかったんだぜ。やはりここはガードに突き出してきっちり反省させるか……」
「僕もべつに気にしてないクポよ」
 お人好しどもは黙っていろとばかりにロックと私で睨みつければマッシュとモグは揃って口を押さえてそっぽを向いた。

「フィガロがナルシェと同盟を結んだのは知っているかな、こそドロいっぴきオオカミ君。キミを捕まえていたフィガロ王陛下もこちらにいらっしゃるのだけれど」
「城から逃げた泥棒がナルシェで問題を起こしたなんて知れたらエドガーも大迷惑だよな。フィガロに連れ帰るのもありか? 新作機械の実験台が必要だとか言ってたし」
「ちなみにキミを引き上げてくれた彼、フィガロ王の弟君なわけですが」

 私とロックが畳み掛けるにつれ狼の尾は情けなく垂れ下がり、最後には股の間に隠れてしまった。
 雪の上で土下座ならぬ土下寝をするように平伏した彼は鞄から盗んだ品々をマッシュの前に並べて涙ながらに訴える。
「命ばかりはお助けを〜〜!」


 一匹狼を見逃して、金の髪飾りを含むいくつかの宝を手に長老の家へと帰る。
 マッシュは「なんで助けた相手に命乞いをされなきゃいけないんだ」とちょっぴり不服そうだったが、私もロックも満足だ。
 これらはナルシェの物なのでガードの人に確認してもらったら宝物庫に返さねばならない。それでもお宝を手に持っているだけでなんとなく嬉しくなる。
 札束を数えるのが楽しいのと同じだろう。自分の金じゃなくたって、気分がいいのだ。
 ロックも同じ心境なのか、浮かれつつも宝を懐に入れる気はないようだった。

 ちなみに、街への帰りしなもティナは未だ様子がおかしかった。
 目を真ん丸に見開いたままモグを凝視し続け、そのくせ一定の距離を保っている。
 困惑したモグが「あの人はモーグリが嫌いクポ?」と聞いてくるほどだ。
 そんなはずないのですが。むしろティナはモグをふかふかするのを趣味としている……いや、するようになるほど動物好きだ。
 実際、興味はあるのだと思う。一匹狼がモグ質にとった瞬間から彼女の視線は一点に注がれ続けているのだから。

「ティナ、何がそんな気になるの?」
「……分からない。でも……その白いふかふかを見ていたら……何かが込み上げてくるの。まるで氷漬けの幻獣と反応した時みたい……」
「おいおい、また変身しないでくれよ」
「モーグリも古代の種族だから、何か幻獣と関わりがあるのかもしれないな」
「クポ〜……そうだ、仲間になったしるしに、握手するクポ!」

 不意に差し出された小さな手を見つめてティナの頬がポッと染まる。
 恋する乙女のごとき顔を見て一瞬呆気にとられたロックとマッシュもすぐにつられて頬を染めた。
 ティナと違ってこっちは可愛くねえな。

「握手……」
 恐る恐るモグの右手に自分の手を添え、滑らかな毛並みに触れた途端ティナの表情がへにゃりと緩んだ。
「ふかふか……」
 それはもう、蕩けるような笑みだった。直撃を食らったロックたちが顔を真っ赤にして小走りになり先を急ぐ。
 私も少しあてられてしまった。可愛すぎるだろうこのツーショット。
 何のことはない、ティナはただモグを触りたい可愛がりたい撫でくりたいという、自らに初めて沸き起こった衝動の正体が掴めず、戸惑っていただけらしい。


 ナルシェに到着し、泥棒にはぎりぎりで逃げられてしまったと報告して盗まれたものをガードに引き渡す。
 白状すると確かに礼は期待していた。期待していたが、予想外でもあった。
 なんと彼らは金の髪飾りを受け取ってくれと言ってきたのだ。
 私としてはモグと狼を両方助けられれば満足だったので、過分な褒美に気が引けてしまう。

「でも犯人は取り逃がしてるし、割りに合わないでしょう?」
「賊の侵入を許したのはこちらの落ち度。盗品の奪還とて本来ならば我ら自身の義務でした。ご協力への感謝と共に、以後この失態を繰り返さぬよう引き締めるためにも、何卒」
「そ、そう言われるならありがたく」
 これは魔大戦時代より残された貴重な遺物で魔導の力を秘めた逸品だから、魔法を扱えるリターナーの面々が持っていた方が役立てるだろうとのこと。
 まあ宝箱にしまいっぱなしでは装飾品としても装備品としても無価値になるので、使える人が持っているべきだというのは同感だ。

 頂戴した髪飾りは今のところパーティで最も魔法を使う機会が多い人に渡すとしよう。
「はい、ティナ」
 彼女はそれを素直に受け取ったが、じっと見つめるばかりで髪に差す気配がない。
 簪の差し方が分からないのか……私も知らないな。カイエンにでも聞けば教えてくれるだろうか。

 ひとまず皆の待つブラックジャックに戻ろうかと思ったら、ティナはなぜか髪飾りを私に返品してきた。
「ユリにあげる。似合うと思うわ」
「えっ?」
「そうだな。黒髪の方が金色が綺麗に映えるし」
 マッシュから意外な言葉が飛び出したので更に困惑が深まる。
「あー、今マッシュってエドガーの弟なんだって感じがしたよ」
「私も。やっぱ兄弟だわ」
「え……なんか嬉しくないぜ、それ」

 うーん、言われると確かにこんな明るい金色の簪は濃い髪色でなければ合わないかもしれない。
 セリスみたいな元が美しい金髪には埋もれてしまうだろう。デザインがかなり女性的なので男性陣も厳しい。
 いや、でもティナの緑髪には似合うはずだと想像してみる。
 ……なんだろう、変な感じ。
 ティナの煌めく翡翠の髪とゴージャスな金色はとても相性がいい、相性はいいのだが、どうにも和風というか……寺っぽい色合いだ。あまり可愛くはない。

「はい、ユリ」
 私が髪飾りをあげたのと完全に同じ動作で突き返される。満面の笑みである。いらないなどと言えようはずもない。
「ア、アリガトウゴザイマス」
 彼女の気持ちは嬉しいが、せっかくまともなアイテムが手に入ったというのに、私が装備しても何の意味もないではないか。
 このやりきれない想いをどうすれば。

 千年の時を経て髪飾りの金色は褪せることなく輝いている。確かに魔法がかかっているのだろうと感じられた。
 それだけに尚更もったいない。宝の持ち腐れとはこのことだ。
 しかし「似合わないものは身につけたくない」という当然の気持ちもよく分かる。
 もしかしてこの先どこへ行ってもレアなアイテムなんて一つも手に入らないか、入手しても活用できずに終わってしまうんじゃないだろうな……。


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