🔖甘受
ショックなことがあった。
どうやらマディンは魔力で幻影を投射していたらしく、私だけ幻獣界の回想シーンを見られなかったのだ。
蚊帳の外に置かれた私が呆けている一瞬に、皆はティナ生誕のエピソードをしっかり見届けたようだった。
羨ましい。私はマドリーヌの御尊顔を拝見する機会が永久に失われたというのに……。
その後、目を覚ましたティナを含めて今後の予定を話し合う。
魔導の源である幻獣を奪われ、帝国がどういう動きに出て来るのか予想がつかない。
リターナーとしても頼みの綱であった幻獣が魔石化してしまったのでバナンに経過を報告する必要がある。
というわけで、全員揃ってブラックジャックに乗り込みナルシェへ向かうことになった。
今まで移動だけでかなりの時間を使っていたけれど、飛空艇があればゾゾからナルシェまで一日もかからない。
その分ストーリー展開も早くなってしまうのは痛いところだ。
あまり関係ない話だけれど、人間の姿に戻ったティナはちゃんと服を着ていた。
ナルシェで貸しっぱなしにしていた私のコートを羽織って、変身する前とまったく同じ姿だ。
自分の服をティナが着ているのってなんだかとてもいいな。
暴走前ティナに「寒かったから、勝手に借りてごめんなさい」とか謝られたけれど、むしろごちそうさまって感じです。
そういえば私がレテ川に落ちた後、筏に縛りつけておいた鞄はどうなったのだろう。
ティナは今着てる服以外の私の荷物は持ってなかったし、あの時は帝国軍が攻めて来てそれどころじゃなかったから私も荷物のことなんて忘れていた。
あるとしたらナルシェ長老の家に置いたままかな。
後でエドガーに聞いておこう。フィガロで貸してもらった着替えが入ってるので、確保しておかなくては。
いや、思考が逸れてしまった。それよりも気になるのは幻獣に変身中のティナがしっかり裸だったということだ。
ウェアビースト的に全身ふさふさなので外見上は問題なかったけれど間違いなく全裸ではあった。にもかかわらず今の彼女はちゃんと服を着ている。
変身シーンを挟むことすらなく、いつの間に脱いだり着たりしたのか?
トランスするたび服が破れて右往左往せずに済むのは非常にありがたいけれども、この服はどこへ消えてどっから出てきたのかと悩んでしまう。
たとえば、変身モノの魔法少女やヒーローのコスチュームみたいなものだと考えてみる。
敵との戦闘でどんなに傷ついたとしても、普通の人間に戻った時には変身前そのままの服に戻っている。
普段着のうえに変身後の姿を纏うことで、その中にいる“変身前の自分”にはダメージが通らなくなっているのではないか。
トランスしたティナは服を着ていなかった。けれどあの獣としての肉体がコスチュームの役割を果たしているとしたら?
ヴァリガルマンダに反応して変身した時からティナは服を脱いでなんかいなかった。人間としての姿のうえに“トランスした姿を着た”のだ。
つまり……彼女は裸じゃない!
幻獣は己の精神を物質化することができるのだろう。
魔石そのものだってそうだし、魔石から召喚することができる彼らの幻影もそうだ。
あれは魔石に残された幻獣の力を具現化したものに過ぎず、試しにラムウを呼んでもらっても会話は成り立たなかった。
でも体に触れることはできるし、マディンなどはラストダンジョンまで自意識を保って会話もできる。
肉体を消失してなお、幻獣の精神が魔石の中に留まっているということだ。
では生身の肉体を維持している幻獣に、精神のみの存在となった幻獣が宿ったとしたら?
ティナのトランスはそれを再現しているのではないかと思う。
幻獣の姿に変身するというよりは“人間の肉体を魔石として、眠っていた幻獣の半身を召喚している”という状態。
そしてもう一つ、先のことを考えてしまう。
幻獣は魔石と化しても己自身を保つことができる。
ならばその魔石までも壊れてしまったらどうなるのだろう。
死んだ人間は魔列車によって霊界に運ばれる。幻獣にもそれに類する世界があるのだろうか。
消え失せて、なかったことになるのではなく、どこか別の場所に移動するだけであってほしい……。
なんだかごちゃごちゃと考え事をしてるうちにブラックジャックはナルシェ手前に到着してしまった。
ガードに加えて今はリターナーとフィガロの兵士も応援に来ているので街はやたらと賑やかだ。
ちょっと治安が乱れている気がしなくもない。念のため一人で出歩かないことにしよう。
長老の館ではバナンが主人のような振る舞いをしており、エドガーとロックがベクタの様子をバナンに伝えている。
「なるほど……ナルシェの資源とフィガロの機械を使って帝国を攻める計画だったが、兵力不足かもしれんな」
あ、そうだ。せっかくナルシェに来たんだからついでにモグを仲間にしておくか。
あと研究所で取り返した魔石の魔法を皆に覚えてもらって、カイエンとガウとセッツァーにも魔石を持たせなければいけない。
そろそろゴーレムとゾーナ・シーカーが売られる頃だしツェンやアルブルグ、マランダにも寄っておきたい。やることは多いな。
「封魔壁を開くしかないのか」
おっと、バナン様のありがたーいお話を聞いていなかったわ。
「……では、幻獣界へ?」
「幻獣の助けなくして帝国を倒すことはできんじゃろう」
バナンは以前、こちらが魔導の力を使って帝国に立ち向かえば魔大戦の過ちを繰り返すことになると力説していたはずだ。
正直、じゃあ何を目的として幻獣と接触しようというのか疑問だった。
結局のところ魔大戦の再来を防ぐなんてのはフィガロやナルシェと同盟を結ぶまでの口から出任せに過ぎなかったのだ。
「封魔壁を開き、幻獣たちがそこから帝国に攻撃をしかけると同時に我々が北から攻める」
「挟み撃ちか」
ひとたび戦闘態勢が整ってしまえば「俺たちも強力な幻獣を味方につけて帝国をぶっ潰すぜ」ってな。
なぜ当然のように幻獣がリターナー側について戦争に加わると思っているのだろう。断られたらティナを人質にでもするつもりか。
サウスフィガロは未だ占領されたままでドマも国家として機能していないのに、どうやって北から攻めるのか。
港を押さえられて、たった五人が南大陸に渡るのでさえセッツァーの協力を必要としたのに?
いろいろツッコミたくて悶える私はともかくとして、なぜかセッツァーまでもが凄まじく渋い顔をしている。
バナンを見る目がすごく冷たい。まあ船長は徒党を組んで国家に反乱するタイプではないものね。
個人的にバナンが気に入らない私と違って、生き様からして受け付けないのだろう。
異論が唱えられなかったので、幻獣を仲間に引き込んでの挟撃を前提に話が進む。
「共闘を実現するためには幻獣を説得しなければならん。幻獣と人間の間にもう一度、絆をつくる……その役目ができるのは……」
バナンの目がわざとらしくティナに向けられた。
背後に控えるリターナーの兵士たちも縋るように目の前の少女を見つめている。
そこの指導者さまが本部で彼女を侮辱したこと、もう忘れてしまったのかな?
ガストラのやり方では幻獣との共存など不可能だ。それは確かだけれど、リターナーのやり方だって変わらないではないか。
幻獣界に行く意思すらなく偶然迷い込んでしまったマドリーヌの時とはまったく違う。
こいつらもまた『帝国を倒す』という欲心のために幻獣を利用したがっているだけだ。
絆を作るなんて言葉を飾ったところで、これは単なる戦争の支援要請だった。しかも同盟を結んでいない相手に、一方的にそれを強いるのだ。
「はーい、質問していい?」
「……」
ねえどうしてティナ以外の全員が目を伏せて私から顔を背けたのかな。
私も毎度ブチキレるわけじゃないし、マッシュに“兄貴の性格と口が悪い版”みたいな扱いをされるのが癪なので今回は淑やかにやる予定ですよ。
まあいいや、返事がないので勝手に続けるぞ。
「幻獣に帝国を攻撃させて戦争に勝ったとして、その後は彼らをどうするつもりですか? 協力感謝、それじゃ! ってお帰りいただくわけ?」
バナンが返事をする前に何やら御立腹な声が割り込んでくる。
「褒美を与えるどころか厄介払いさ。平和になったんであんたらの過ぎた力は争いの種になる、もう二度と封魔壁を開かないでくれよ、ってな」
私の言葉を引き継いだのはセッツァーだった。思わぬところから私の援軍が現れたのでバナンはちょっぴり緊張を強めた。
「可能ならば幻獣を巻き込みたくはないが、もはや我々だけでは強大になりすぎた帝国に太刀打ちできん」
「爺さんよ、ユリが言ってんのはテメェで何も賭けないくせに他人をゲームに引っ張り込むなって話さ。力を求めて幻獣を攫ったかと思えば今度はそれをさせないために力を貸せと。随分と勝手な話だな」
「これはガストラが始めた戦争を終わらせるための戦いじゃ。勝ったところで“元通りの平穏”以外の何も与えられはせん。幻獣にも、わしらにも」
さすが本職のチンピラ、じゃなかった賭博師さんは迫力が違うな。だが荒くれの反乱軍を率いてきたバナンも怯まない。
「幻獣を傷つけたのは確かに人間じゃが、そうではない者もおる。それを分かってもらうための対話でもある。ガストラがいなくなれば欲心から幻獣の地を侵す者もいなくなるじゃろう」
「そう? ここに“平和を取り戻すため”と称して侵略しようとしてる人もいますけどね」
「ならば彼らは壁の向こうから出てくればよい。相容れぬ生き物ではなく、同じ世界に生きるものとして、共に平和を守ってゆけばいい。人間も幻獣も、対等な存在として」
「理想論だ。魔大戦以前に人と幻獣の共存する時代はあった。それは既に失敗しています」
相容れるも容れないも、一時的には共に暮らしていけるだろう。だがその平和は崩れるものだと歴史が証明している。
過去から学べば過ちを繰り返さないはず? 残念ながらそれは無理だ。不可能だ。
人間の生は、真理を学び本質を変えようとするにはあまりに短い。たとえ誰かが答えに辿り着いたとしても後の世では同じことが起こる。
千年が経ち魔大戦が単なる御伽話に成り果てたように、ガストラの後にもまた魔導を支配したくなる者は生まれてくる。
平和の後には、また凄惨な戦争が待っているだけだ。
部屋は静まり、緊迫した空気が満ちる。それを破ったのはティナだった。
「……人と幻獣……相容れぬものならば、私は生まれなかった……」
ある幻獣とある人間が結ばれても、別の人間が幻獣を傷つける。マディンがマドリーヌを愛しても、別の幻獣は彼女を疑う。
それは相争う神々から与えられた宿命の力。幻獣が壁のこちら側で力を抑えられないように、人間もまた力ある幻獣を恐れずにいられない。
奪うために戦うガストラも、守るために戦うバナンも、同じだ。理由なんかどうでもいい。戦いを避けられはしないんだ。
……この世界から魔導の力が消える日まで。
「ユリ。私は行くわ。皆と話をしに……」
ティナは不安そうに私の目を見つめた。
幻獣を味方につけることを否定するのは幻獣と人間の絆を信じる彼女をも傷つけるだろう。
でも私は……見ていられない。
封魔壁を開かなければ、幻獣が出て来なければ、ベクタの街が燃え上がることも魔大陸が浮上することもないだろう。
……いや、何をしたところで、ガストラとケフカは諦めないか。
あちらはリターナーがティナを封魔壁に送り込むことを予測している。
ティナがやらなければ、セリスや他の人造魔導士を利用するか、あるいはどうにかしてティナを連れ去りまた操りの輪をつけるのか。
どんな状況になったとしても、どんな手を使ってでも、何年かかったとしても、奴らは執念で封魔壁を開くだろう。
「分かった。私も行くよ」
私が頷くと、ティナはホッとしたように息を吐いた。
封魔壁は帝国の東にある。
監視所を抜けるだけでも困難なうえに扉へと続く洞窟もかなりの難所となるだろう。
聖水を大量に購入するのが金銭的に厳しい以上、実力で切り抜けなきゃいけないからね。
行くのは早い方がいいけれど、それ以上にしっかりと準備しておかなければ危険だ、ということで。
「オートボウガンを用意してほしいんだけど、できる?」
私がもらった小型のブラストボイスは取り外し不可能なので、新たにもう一台もらう必要がある。
「もちろんできるが、使うつもりなのかい?」
快諾してくれたけれど、エドガーはその用途を訝っているようだ。
私には戦闘の経験がない。目の前で生物……モンスターが死ぬ光景すら未だに見慣れない。
本気の殺意、殺傷行為とは縁のない生活を送ってきた。技術以上に精神面でショックに対応できないのだ。
だからこそエドガーは護身用にも攻撃力のないブラストボイスをくれた。私が血を見なくても済むように。
今から剣の修行を始めるのは無理がある。他の武器も同様だ。
ボウガンでは生物を殺めた実感も湧かないまま慣れてしまうのではないかと避けていたけれど、もう悠長なことを言っていられない。
「カイエンたちにも魔法を覚えてもらわないといけないし、ティナも幻獣の能力に慣れる必要がある。封魔壁へ向かう前に何日か獣ヶ原に泊まろう」
「ああ、あそこにはいろんな魔物がいるからね。……訓練期間というわけか」
「私も修行します。付け焼き刃に過ぎなくても、せめて足手纏いにならないように。オートボウガンなら牽制程度でも役に立つし」
「しかし、大丈夫なのか?」
「うん、まあ、たぶんね」
大丈夫にしなければならないんだ。
生き物を殺したり、自分が殺されそうになるという状況に慣れておくべき時期だった。
この先きっと必ず“そうしなければいけない時”がやって来るから。
ここが分水嶺……もしかしたら後戻りできないかもしれないけれど、それも含めて覚悟を決めなくては。
ナルシェを出たら東大陸沿いに南下して、一旦獣ヶ原に降りる。
訓練が必要なメンバーはそこで修行に励む。
マッシュたちにはベクタ以外の三都市をまわってもらうことにしよう。
戦力が安定次第、私たちもそこに合流する。
帝国だってティナが封魔壁に向かうまで何もできないんだ。
こちらの動きを把握しているなら、私たちが仕掛けるまで大人しく待っていてくれるだろう。
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