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🔖互いへの懐疑
ベクタの街が見えなくなるとブラックジャックは少し速度を落とし、ティナが待つゾゾを目指して夕空を駆ける。
魔導工場で多くの魔石を得ることができた。しかし幻獣たちを救い出すという当初の目的は果たせなかったようなものだ。
甲板には暗い雰囲気が漂っていた。
「で、セリスはどうなったんだよ?」
操舵輪にもたれかかりながらセッツァーが俺を見る。そういえば、ベクタを脱出するゴタゴタでまだ説明してなかったな。
「幻獣たちを見つけたところで帝国のやつらが現れたんだ。セリスが魔法でそいつらを追い払ったんだけど」
「追い払った、だと? まさか女を囮にして逃げたんじゃないだろうな」
「そんなわけないだろ。セリスは敵を……ケフカを巻き込んで魔法でどこかへ消えたんだ。俺たちはそのどさくさで逃げ出せた」
いきなり現れた穴に吸い込まれてしまったように見えたが、たぶんドマでケフカがやったみたいに転移魔法ってやつを使ったんだろう。
かなり無茶して高位の魔法を発動させたようだし、直後にあんな爆発が起きたのでセリスの身が心配だ。
ユリが何も言わないところを見ると無事なんだとは思う。ゾゾでティナを見つけたみたいに、すぐ再会できればいいんだが。
セッツァーはあまり納得いってない顔をしつつとりあえず頷き、今度は船尾の方にいる兄貴たち三人を顎で指した。
「なら、あいつの落ち込みっぷりは何なんだ」
あいつというのはロックのことだろうな。
クレーンを退けてからすっかり放心状態で、兄貴もユリもどうやって声をかけていいか迷っている様子だった。
サウスフィガロの街で反逆者として処刑されかかっていたセリスを助け、リターナーに迎え入れたのはロックだ。
そんな事情もあって彼は日頃からよく彼女を気にかけていたし、離れ離れになったショックは俺たちよりも大きいだろう。
それをどうセッツァーに説明すればいいんだ? こういう細やかな気配りの必要なことを俺にやらさせないでほしいよ、まったく。
「別れ際にちょっとばかり揉めたんだ。セリスはスパイとしてリターナーに潜り込んでいた、最初から魔石を持って寝返る手筈だった……というのが敵さんの主張でな」
「そんなもんハッタリに決まってるじゃねえか」
「俺もそう思うけど、納得できてしまう部分があるのは事実だ」
研究所に囚われていた幻獣たちは満身創痍だった。
力にしか興味がないガストラとしては、彼らを使い潰す前になんとしても新たな幻獣を手に入れたいと考えていただろう。
そんな折りにセリスがリターナーに加わり、俺たちは彼女のお陰で氷漬けの幻獣を帝国から守ることができた。
もしセリスがスパイだったと仮定すれば、タイミングが噛み合いすぎているんだ。
ナルシェを攻める軍が手薄だったのも、あれっきり北方に動きがないのも、彼女を俺たちのもとへ潜り込ませるための陽動だとしたら。
……まあ、そんな疑いを抱かせるのが狙いだろう。
実際にセリスが手にしたのは氷漬けの幻獣じゃなくラムウの魔石だったが、結果的には同じことだ。
戦いに勝って奪うよりも仲間のふりをして盗む方がずっと簡単なんだ。
セリスがスパイだった。
彼女自身の気持ちはさておき、確かに帝国のやりそうなことではあるんだよな。
項垂れるロックを見つめ、難しい顔をして考え込んでいたユリが口を開く。
「正直なところ、今セリスについてどう思ってるか教えてよ」
おっと、随分と直球で聞くんだな。
俺は勝手にハラハラしていたが、セッツァーは面白そうに事態を眺めている。
しばらく無反応だったロックはやがて小さく「仕方ない」と溢した。
「彼女は今までずっと帝国で暮らしてきたんだ。離れると決めたからっていきなりすべてを捨てられるもんじゃない」
「じゃあセリスが本当に裏切ったと思ってるんだ?」
「それは……俺に分かるわけないだろ、セリスの気持ちなんて」
彼女は「違う」と言ってたけどなあ。
しかしセリスをスパイだと言ったシド博士とやらも、嘘をついてるようには見えなかった。
彼もまたケフカに騙されていただけなのかもしれないが。ああもう、ワケが分からん。
ユリは尚もロックに尋ねる。
「セリスに戻って来てほしくない?」
「仮に彼女がそうしたいと思っても実行するのは危険だ」
「それは私も同感だよ」
二人の会話を黙って聞いていた兄貴が、ここで珍しくロックの側に立った。
……兄貴もセリスがスパイだったと考えてるのか?
どういう意味かとユリが問い返すと、兄貴は無駄にウィンクを飛ばしつつ答えた。
「もし本当に“我々の仲間”だったら帝国に残った彼女がどんな目に遭わされるか。だから、彼女はスパイであるべきだ」
ああ、そういう意味か。驚かせないでくれよ。
でも確かにそうだな。帝国にセリスを痛めつける口実を与えるくらいならいっそ彼女は敵、帝国側の人間だったと言い張る方がマシかもしれない。
「生かしておけば帝国は彼女をもう一度スパイとして利用することもできる。なんせ我々はお人好しだからね。彼女が“改心”すれば迎え入れるつもりだ」
「そうだな。ガストラはその話に乗ると思う。新しい魔法を覚えて戻った人造魔導士をむざむざ殺したりしないだろう」
ひねくれた兄貴の意見にロックは暗い面持ちで同意した。
うーん。……でもそれって、セリスに無事でいてほしいと願ってる反面、彼女を信じきれない自分への言い訳でもある気がするぜ。
「裏切られるのが怖いから誰も信じない、ってタイプだな」
ロックを茶化すようなセッツァーの言葉にユリがこっちを振り向いた。
「裏切りを怖れないのは人を信じた経験がないヤツだけでしょ。人を信じられないのは責められるようなことじゃない」
そうなるだけの過去があったのなら。
王として国を統べる兄貴はもちろんだが、ロックもまたリターナーの工作員として色々な人間と関わってきたはずだ。
あまり他人を信じられない性格になっても無理はない。それを責めるべきじゃないとは俺も思う。
逆に……セッツァーみたいなヤツは裏切りなんて怖れないんだろうな。
自分の命でさえチップにしてしまえるほどのギャンブラーだ。
勝負に負けても賭けの行方を読み誤っただけ、自分の責任だと割り切っている。寛容というべきか、冷たいというべきか。
「迷うのは自分の判断を信じきれてない証拠だろ」
「命懸けで愛してさえ心が揺れることはある。だって人間だし、生きてるんだから、迷って当たり前でしょう」
「瞬間に覆される程度の決意には命なんか懸かってやしねえよ」
「そういう船長は誰かを信じて心を許したことあるわけ? 騙されて裏切られて傷つくのが嫌だから『俺が見誤った』って冷たいふりしてるだけのくせに」
「あァ? 俺の性格を勝手に分かったような気になってんじゃねえぞ」
「そもそも他人を信じようって気持ちがないから人の心の機微や情緒の大切さが理解できないんだ。冷血漢は黙って日陰でとぐろでも巻いてろよこのモヤシ野郎」
「おい、ただの悪口じゃねえか!」
なんでそこまで怒られるんだと不貞腐れつつ、思い当たる節でもあるのかセッツァーは黙って背を向けた。
いや、まあ、俺はセッツァーの言ってることも間違ってはいないと思うぞ。
とばっちりが怖いからフォローはしてやらないけど。反論したらユリは百倍にして返してくるからなぁ。
口論の間に挟まれたロックが困惑している。ユリは一つ息を吐いて彼に向き直った。
「……私は疑ってもいいと思う。迷いがあるから、また信じることもできるんだし」
一切ぶれずに自らの下した結論を貫き通せるほど迷いのない人間は、その強固な意思ゆえに一度裏切った者を決して許さないのかもしれない。
信じられなくなって疑うのなら、その迷いで再び信じようとすることもできるだろう。
疑うことを肯定するユリの言葉に弱った心は救われる。でも俺は、一切の迷いを抱かずに自分を信じ抜けるセッツァーの強さも羨ましいぜ。
セッツァーはセリスが裏切ったとは微塵も疑っていない。その信じる強さの源は、自分の命をセリスに賭けたから、だ。
つまるところ彼が信じているのは彼女ではなく自分の判断ってことで、ユリの言葉はしっかり図星をさしている。
不機嫌になったセッツァーの矛先は手近なところにいる俺に向けられた。
「お前もセリスを疑ってんのかよ?」
「えっ、俺? うーん」
セリスは帝国の人間だ。あの国が彼女の故郷なんだ。そもそも国に帰ることを裏切りと呼べるのか?
彼女が帝国と通じていたのか、と聞かれると、分からないな。
もし俺が彼女の立場だったら。想像もつかないが、たとえばフィガロ国王の地位を利用して兄貴が非道な行いを繰り返していたとしたら。
俺は兄貴をブン殴って止めるだろうか。兄貴と敵対してまで、その行いを諫めようとするのか?
もしかしたら「兄貴が間違ったことをするはずがない」と思い込んで、それが正義だと勘違いしたまま手を貸すかもしれない。
セリスもそうだったんじゃないかな。
研究所にいたシドとかいう男も自分のやってることが悪だなんて思ってもみない様子だった。
帝国で生まれ育った人間は皆、ガストラこそが正義と信じているんだ。
だがセリスは己の行為に疑いを抱き、帝国を離れた。裏切られたというならそれはセリスの方だろう。
彼女が祖国に裏切られたんだ。
……たぶん、疑うのも信じるのも俺たちの役目ではない。宙に浮いた彼女の立場を、受け入れるか否か、それだけだ。
「スパイ云々はこの際どうでもいいや。セリスは魔法を使って俺たちを助けてくれた。だからどんな立場でどこにいようと俺は彼女の味方だ」
「物は言いようだな。あいつが裏切り者じゃないとは言ってやらねえのか」
「それを言いきったら、セリスが“帝国を裏切った”ことになっちまうだろ。それもなんか嫌なんだよ」
俺がそう言うとセッツァーは、くっと目を細めて「単純バカ」と笑った。……否定はしないけどさ。
夕食を作ってくるとユリが去り、兄貴は「料理を覚えたい」と理由をつけて一緒に船内へ降りていった。
一暴れして腹減ったし、肉を多めにしてくれるといいんだが。
今日はロック好みの食事になるだろうな。ユリなりに彼を励まそうと必死みたいだ。
とうのロックは相変わらず落ち込んだまま。ボンヤリした目でこっちを見ると、雲を眺めているセッツァーに声をかけた。
「……さっきから思ってたんだけど、舵を取らなくていいのか?」
「自動操縦中だ。ゾゾまでなら航路は仕込んである」
「そんな便利な機能があるのか」
常識だろうと言いたげな口調に俺とロックは揃って感嘆の声を漏らした。
まったく不思議な乗り物だ。と、ユリに言ったら「砂に潜る城に住んでたくせに何をぬかす」と理不尽に怒られたっけ。
「ところで、何しにゾゾなんかに向かうんだ?」
「仲間が待っている。ティナという……魔導の力を持つ娘が、自分の正体が分からなくて苦しんでるんだ」
「研究所の幻獣たちが彼女を知ってるかもしれないと迎えに行ったんだ。……結果はこんなだけどな」
幻獣を連れて来る予定だったのに彼らを助けられなかった。
もし仮にティナが幻獣だったとしたら、やっとめぐり会えた仲間が既に死んでしまっているなんてあまりに酷い話だ。
黙り込む俺とロックをセッツァーが睨む。
「揃いも揃って暗い顔すんじゃねえよ、辛気臭ぇ」
「……そうは言うが、笑えるところじゃないしなあ」
ここらでもう少し楽しいイベントってやつがあればいいのに。
この先、世界がどうなっていくのかという不安もあるが、それを知ってしまっているユリのことも心配だった。
起こると分かってる事態を止められない彼女も心の中に重い荷物を抱え込んでいる。
さっさと手離してくれりゃいいんだが、こればかりは本人の心の問題だしな。
頭を悩ませてたら、そんな俺の内心を察したようなことをロックが聞いてきた。
「なあ、マッシュ。ユリは大丈夫だと思うか」
「え?」
「俺を励まそうとしてくれてるのはありがたいけど、あいつ自身……ちょっと……様子がおかしかったよな」
というと、クレーンを剣で殴りまくってた時のことか。
あれはさすがに怖かった。鬼気迫る表情を通り越して殺人鬼みたいな形相になってたからなあ。クレーンが可哀想に思えたくらいだ。
「研究所の様子に怒りが抑えられなくなったんだろ。ラムウのこともあったし、幻獣を助けられなかったのが悔しいんだ」
「あのシドってやつにキレてたのはそのせいか」
……ロックも気づいてたのか。あの時は力ずくで止めなきゃ殴りかかる勢いだった。
魔石を見るシドの目つきが気に入らなかったんだ。幻獣の命が尽きた事実に心を動かされることなく、新たな研究の手がかりに輝かせた瞳が。
そりゃあ俺だってあの態度は不快だったが、後で反省してたんだし、充分だと思うけど。
「ユリはいい人が好きじゃないからなぁ」
「なんだそれ」
好意から為した行いには憎しみをぶつけられない。すまなかった、反省していると言われてしまえば、心がまだ癒えていなくても許すしかなくなる。
シド博士は今までセリスにしてきたことを謝ったが、半生を「過ちだった」と否定されたセリスは一体どうすればいいんだ?
確かに彼が謝ったのは、自分の罪悪感を薄めるための身勝手な言葉だ……。
でもな。それで怒るも怒らないも、そんなのはセリスの勝手じゃないか。
ユリが自分のことのように背負い込んで傷つく必要はないんだ。
まるで物語のヒロインに同情して悪役に憤るみたいに……あいつにとってこの世界は、まだ現実じゃない。
ユリの話になると途端に機嫌の悪くなったセッツァーが、八つ当たりじみた口調でまた俺に矛先を向けた。俺で鬱憤を晴らすのはやめてほしいもんだ。
「いい人が嫌いなら、お前はユリに嫌われてるんだな」
「えっ?」
「ユリがマッシュを嫌ってるわけないだろ」
「じゃあ、こいつは嫌なヤツだってのか」
「そういう意味じゃなくてだな……。ユリはマッシュが好きだよな?」
そんなこと俺に聞かれても返事に困る。
しかし……自分がいい人かはいまひとつ分からんが、俺はもしかして嫌われてるのか?
そうかもしれない。あいつの秘密を知ってるし、それを聞き出した時も脅したようなもんだし、鬱陶しいと思われても無理ないぜ。
俺が未来を知ったせいでユリは先のことを無視できないんだ。いろんなことを何もできない自分の責任だと思い込んじまうのも、俺のせいなのかもしれない。
逆にもし嫌われてないとしたら、俺はあいつに“いい人ではない”と思われてるわけだ。どっちにしろ、ちょっとショックだな。
「マッシュ、気にするなよ。セッツァーはユリに虐められたから八つ当たりしてるだけだって」
「うーん」
「誰が虐められたってんだよ、誰が!」
あいつはシナリオが変わってしまうのを極端に怖がっている。
だから、未来を知らないふりして、得た知識を利用しないのが……いい人でいるのがあいつのためだと思ってた。
やりたいようにやれ、未来が変わっても構うもんかと、言ってやるのは簡単だ。でもユリは破滅の後に訪れる幸福な結末のことも知ってるんだ。
書き換えられた未来で、どっちにしろ喪うものがある。
ユリにとって一番望ましいのはさっさとゲームをクリアして元の世界に帰ることなんだ。
だから俺は知らん顔をし続けてる。……やっぱり俺は、充分すぎるくらい嫌なヤツだよなあ。
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