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🔖すれ違いの瞬間



 見張りの目を掻い潜って魔導工場に侵入する。私が足を引っ張る危険性が高いのはここだろうと思っていたのに。
 街の外れでロックがリターナーのメンバーと接触し、そのおじさんが帝国兵に小金を掴ませ、私たちは工場に忍び込んだ。……いとも容易く。
「ザル警備にも程があるわ」
 思わず呟いた私に、セリスが複雑そうな顔で答える。
「もう帝国には敵などいないと思って、気が弛んでいるのよ」
「あー。まあ、それもそうか」

 ナルシェでのヴァリガルマンダ奪取作戦が失敗に終わったのは兵力不足と焦りすぎが原因だ。
 あとケフカがあまりに考え足らずだったせいもある。
 ドマに展開していた部隊の撤収が完了次第、次は全軍を投入できる。まともに戦えば帝国が勝つだろう。
 確かにリターナーとフィガロとナルシェは手を組んだけれど、現在のところ攻勢に出ているのは帝国側なのだ。
 勝ち戦気分で首都の警備がゆるゆるになっても無理はない。


 工場内部に入って以降も順調そのものだ。
 人通りのある作業員用通路は使えないので、クレーンを動かしたり魔導アーマーに隠れてベルトコンベアに乗ったり。
 面倒ではあるが見張がいない利点もある。敵が侵入者の存在に気づかない限り、戦闘も起こらない。
 そりゃあ現実にゲームと同じだけエンカウントしてたら、警備兵全投入で囲まれて終わりだよな。

 しかしここは帝国の最重要施設。もちろん完全に無防備というわけでもない。
 曲がり角やパイプの出口には機械兵士が設置してあり、いきなり天井からトラッパーが現れて冷や汗をかかされることも多かった。
 尤もこちらは全員が……あ、私以外の全員がサンダーを使えるので、周りに気づかれる前に処理できるけれど。

 おまけ程度ではありつつ、私もエドガーにもらった小型ブラストボイスで参戦していた。
 これって生物だけじゃなくて機械にも効くんだな。音波でショートさせているんだろうか。
 工場内にいるサージェントやベルゼキューなんか機械兵というには生々しすぎる外見でちょっと戦いにくいけれど、混乱させるだけなら耐えられる。
 やっぱり、生きてるものの命を奪うのは未だハードルが高すぎた。


 奥へと進むごとに研究所の位置が曖昧になってくる。
 案内役のセリスが記憶しているのは普通の“職員通路”を通る道程なのでそれも当然だった。
 あれだけクレーンだのベルコンだの乗り換えていたら誰だって現在位置が分からなくなる。
 私も工場内のマップはいまいち覚えていないけれど、セリスの方向感覚を頼りになんとか幻獣のいる部屋を目指した。

 途中、他のエリアとは雰囲気の異なる区画に出たところで例の耳障りな声が聞こえた。
「ケフカだ……」
「ここでは見つかってしまうわね。あの魔導アーマーに隠れましょう」
「えっ」
 待って、そのアーマー明らかに廃棄場へと流れるベルコンに乗せられているんですが。
 いやどっちにしろそこに行かなきゃいけないのは分かっているけれども。でもゴミと一緒に流されるのは気分的にヤダ!
 などと内心であたふたしていたらマッシュに無理やり操縦席に押し込まれた。ひどいよ。

 この魔導アーマーものすごく臭い……。それに、悲しくなるくらいボロボロだ。
 廃棄処分されるってのはつまりそれほどの長期間を戦場で過ごした機体だという証。
 血の匂いがこびりついて、胸が悪くなる。

 最悪の気分で操縦席に隠れながらケフカの一人芝居を聞いていた。
 なんか「ぼくちんが神様だー」とか「三闘神の復活だー」とか叫んでいたようだ。
 あいつ、この時点で既に下剋上を目論んでいたのだろうか?
 だとしたらガストラも結局はケフカの掌でいいように踊らされていただけなのかもしれないな。

 流れ着いた廃棄場の隅、満身創痍のイフリートとシヴァが蹲っている。ラムウの兄弟だけあって彼らも人間サイズだ。
 しかし魔導の力を吸い取られて弱っているのは分かるが、どうしてあんなに傷だらけなんだ? まるで虐待でも受けたようじゃないか。
 一応ラインに流れていたアイスブランドとフレイムタンは失敬してあるけれど、あの有り様の相手と戦うのは気分が悪い。

 こちらとしては幻獣に力を貸してもらうために来たのだ。警戒しつつ、ロックたちも手を出しあぐねていた。
 するとセリスが持っていたラムウの魔石が語りかけるような光を放ち、イフリートたちが瞠目する。
「ラムウ……?」
「兄弟よ……人間に魔石を託したというのか……」
 力を振り絞ってイフリートが立ち上がり、もはや足の動かないシヴァを支えながら私たちに向き合った。

 彼らに敵意がないのを見てエドガーが前へ進み出る。
「幻獣たちよ、ガストラは魔導の力を悪用して恐怖で世界を支配しようと企んでいる。帝国を止めるために力を貸してはくれないか?」
「あなた方と同じ力を持つ少女が苦しんでいるの。お願いします、ティナを助けて……」
 続くセリスの懇願に、二人の幻獣は互いの顔を見合わせた。

 ラムウはティナの名前をなんとなく覚えているようだった。
 おそらく三兄弟はティナと同じ十八年前に攫われた。封魔壁の閉じる寸前に。
 そして今この時、彼らも二度と帰れない覚悟を決めたのだ。
「もはや死を待つばかりの命……兄弟が託したのならば、我らの力もお前たちに……」
「仲間は、今も研究所に囚われている……。皆を頼む……」

 光の粒子が二人の体を覆い尽くし、やがて弾けるように霧散する。
 輝きの失せた後、廃棄場の床に二つの魔石が寄り添っていた。
 幻獣が魔石になる瞬間というのは胸が苦しくなるような光景だ。
 まるで硝子細工が砕けて壊れるのを為す術もなく見ているみたいに……ただ切ない。

 イフリートとシヴァの魔石はひとまず私が持っておくことになったのだけれど、いいのだろうか。
 今後のことを思うとセリスに持たせてあげたい。でも、ケフカに取り上げられてしまうかな。
 そんなことを考えながらチラッとセリスに目を向ける。光射さない廃棄場で彼女は尚も暗い顔をしていた。

「力を奪い尽くされた幻獣は、こんな扱いを受けていたのね。……私、知らなかった。自分の力が何を犠牲にして得たものだったのか」
 ああもう、あーもうね。ダメ、黙っていられない。
「本当、ガストラがセリスにも魔導の力を与えててよかったよね!」
「まったくだぜ。もしケフカみたいな野郎が力を独占してたら、残りの連中を助けることもできなかっただろうしな」
「ユリ、マッシュ……」

 知らなかったことを悔いても仕方がない。
 そもそも隠されていたんだからセリスは悪くないんだ。知っていながら見てみぬふりをする方が、よっぽど罪深いのに。

 私とマッシュの言葉に乗ってエドガーとロックも口々に言い募る。
「幻獣たちは我々に力を託してくれたじゃないか。そして今度は、君の力で彼らを助けるんだ」
「セリスの力も、ティナの魔法も、悪しきものなんかじゃないだろ。力を持ってることを悔やむなよ」
 そうだそうだと皆で頷き合えば、セリスは少しだけ笑ってくれた。
「研究所へ行きましょう。幻獣たちを助けなくては」
 うーん、でもまだ強張ってるな。やはりすぐには割り切れないか。

「ねえ、セリス。正しいと思ったことの正しさはずっと変わらないよ」
「え……?」
「正義の在り方が変わったとしても、セリスが過去に帝国の旗のもとで戦っていたこと、それも過ちなんかじゃない。見方が変わっただけなんだから」
「ユリ……」
「以上です。じゃ、行こうか」

 廃棄場を去り際、そこかしこで腐臭を放つ謎の液体の中に魔石のかけらが落ちているのに気づいた。
 拾い上げ、汚れを拭き取って大切にしまっておく。
 ラムウやセイレーンの魔石はよく見るとそれぞれに違いがある。中心に宿る光の明度や色合い、温度で誰の魔石かを判別できるんだ。
 でもこの欠片は……、光は弱々しく色も判然としない。この二十年で力尽きた幻獣たちの魔力が廃棄場で溶け合ってしまったのだろうか。
 もう、彼らが“誰”だったのか知る術はない。


 研究所には、いくつか空のカプセルがあった。ここに入れられていた幻獣は死んで廃棄場に送られたのだろう。
 そして奥の部屋には稼働中の六つのカプセル。
 確か壁にあるスイッチを押すと幻獣たちを解放できたはずだけれど、それがどこにも見当たらなくて焦った。

 培養液の中で幻獣たちは虚ろな目をして浮かんでいる。
 胸糞悪い光景を前にマッシュが真顔。どうやらかなりキレているらしく、ドスのきいた声で呟いた。
「ぶん殴って壊しちまうか」
「やめてください警報装置が鳴ってしまいます」
 本当に爆裂拳で叩き割りかねないので慌てて引き止める。

 カプセルに近寄ってしげしげと眺めていたロックが台座に並ぶスイッチを指差した。
「やつらが定期的に力尽きた幻獣を廃棄してるなら、各カプセルごとに蓋を開けるスイッチがあるはずだ」
「おお、なるほど。さすがロック」
「ちょっと待てユリ、それ何の“さすが”だよ」
「いや今のは“さすが泥棒”じゃなくて“さすがトレジャーハンター”という意味だよ、一応」
「ならいいけど……。ん? 一応?」

 確かに、共通のスイッチですべてのカプセルが開いてしまったら元気な幻獣まで逃げてしまうものね。そんな非効率的なことってないよ。
 考えてみれば当たり前なのに、やっぱりどうしてもゲームでの知識に引きずられてしまう。

 台座には何十とスイッチがあって迷ったけれど、エドガーが適当なひとつに手を触れた。
「ふむ。これかな」
 当たり。ほんと、機械に関しては異様に勘がいいな。
 手分けしてスイッチを押してまわると培養液が排出されて蓋が開く。
 魔力が中和されたことで弱体化していたのか、カプセルに収まる程度の大きさだった幻獣の肉体が外へ出た途端に膨れ上がった。

 私の目の前に、ギガース族とおぼしき大柄な幻獣が力なく膝をついた。
「マディン、だよね」
「……お前は……どこかで……」
「え?」
 三兄弟の魔石のことを言ってるのかと思ったけれど、どうやらマディンは私自身を指して「どこかで見た」と言っているようだ。
 魔力の有無で異世界人だと分かったのか、それにしても彼らが私を知っているはずないのに。
 もしかしたらケフカのように、プレイヤーの存在に感づいている……?

 呪縛を逃れた幻獣たちの体からは既に命の光が零れ落ち始めていた。
 なんとか繋ぎ止めようとセリスがケアルを唱えるけれど、間に合わない。
「我々を助けようというのか、魔導士よ」
「だが、この命は……尽きた……」
「……ここで朽ちるくらいならば」
「我らも共に……お前たちの力になろう……」
 硬質な破砕音があちこちで響き渡って思わず身が竦む。そのあとに痛いほどの静寂。
 あれは、魔石になる時の音は、つまり断末魔の悲鳴なんだ。だからこんなにも心が掻き乱される。

 マディンの魔石を拾い上げると、まだ鼓動を感じる気がした。
ーー俺を連れて行ってくれ
 ……ティナのもとに。


「誰か居るのか!?」
 静けさを叩き壊すような音を立てて開かれた扉から、防護服に身を包んだ男が現れる。
 シドは一瞬だけ私たちを見たものの、すぐ魔石に目を奪われた。
「なんと! これは……力の結晶? 幻獣は死ぬ時に魔力を結晶化するのか。肉体から抽出する力の何倍……いや、何百倍もある。ふーむ」
 ちょっとあのジジイをブッ飛ばそうと思って足を踏み出したところでマッシュに羽交い締めにされた。
 なぜ考えてることが分かるんだ。悔しい。マッシュも帝国が嫌いならあいつを殴ってやればいいのに。

 目を輝かせて魔石を見下ろすあの男には罪悪感がない。
 それが幻獣たちの命の名残だと分かっているくせに、彼らの死に何も感じていない。
 ……虫酸が走る。

 不躾な手が魔石に向かって伸ばされた瞬間、セリスが静かな声でシドを止めた。
「シド博士」
「セリス将軍! この怪しいヤツらは何者じゃ? お前さんの部下かい?」
「いいえ。私は……」
「反乱軍にスパイとして潜り込んでいると聞いたが、戻っておったのかね」
 場が凍りつくってのはこういうことだ。誰も身動きができないほど周囲の空気が重くなる。
 シドだけが純朴な目をして不思議そうに首を傾げていた。彼女を今まさに断崖から突き落としたことに気づきもしないで。

「セリス……?」
「違う! 私はリターナーに、」
「でかしたぞ、シド博士。そして……セリス将軍。さあ、もう芝居はよい。そいつらの魔石を持って帰って来るのだ」
 そしてケフカの登場で、ロックの表情がはっきりと強張った。

 セリスが裏切ったなんて誰も思いたくはない。でも、思いたくないってことは、どこかでそれが真実ではないかと疑っているんだ。
 もはや帝国の極秘施設であるこの研究所に易々と侵入できたことさえ怪しく感じられるだろう。
 行く手を阻まれなかったのは誘われたからなのか。罠だったのか。嘘をついたのか。
 彼女を信じたいと願うほどに信じられない気持ちが強くなる。

「……騙して……いたのか?」
「違うわ! 私を信じて!」
「ヒッヒッヒッ! 裏切り者か。セリスにぴったりだねえ。リターナーの暗躍するサウスフィガロに潜むというお前の策は、大当たりだ!」
「俺は……俺は、君を……」
「ロック!」

 ケフカが右手をあげると魔導アーマーが突入して来た。
 私を押さえていたマッシュが力を緩め、どうするんだと小声で囁く。
「エドガーと一緒に下がって。たぶんカプセルの後ろなら魔法は通らない」
「ユリは?」
「魔石を拾って来る」
 マディンは私が持っている。カトブレパスはマッシュ、ビスマルクはエドガー、ユニコーンはロックが確保しているからあと二つ。

 私の動きに気づいたケフカが憤怒の形相で魔導アーマーに命じる。
「殺せ!」
 腹立たしいことにビームじゃなくて私が無効化できそうにないミサイルが飛んで来た。
 ファントムの魔石に滑り込んでキャッチ、そのまま転がってカプセルを楯にする。ガラスが砕けて警報が鳴り響いた。
 魔力依存なのにやっぱり物理攻撃扱いか。ミサイルの外殻は実体だもんな!

「ユリ!」
 誰だよ二発目が来るんで後にしてくれ、と思ったら私を呼んだのはセリスだった。
 ブリザドが魔導ミサイルを破壊する。そして彼女は足元に落ちていたカーバンクルの魔石と鞄から取り出したラムウの魔石を私に向かって放り投げた。

 道化が喚きながらセリスに走り寄る。
「ロック……今度は私があなたを守る番……。これで私を信じて……」
「や、やめろセリス!」
 空間が捻れてセリスとケフカを飲み込んだ。
 無意識に手を伸ばしていたが、歪みは私を残して消え去った。


 未習得の魔法を無理に使ったせいか、室内は惨憺たる有り様だ。カプセルは粉々になり魔導アーマーも煙を噴いている。
 吹き飛ばされて倒れていたロックたちがよろめきながら立ち上がった。
「セリスは……」
 頭を抱えつつ周囲を探すロックに返事をしようとした途端、地面が揺れて舌を噛んだ。
 部屋中を這うパイプが唸り声をあげ、カプセルの残骸が変な色の煙を吐きながら爆発し始める。

「こ、こりゃいかん! 今のショックでエネルギーが逆流し始めたんじゃ。ここは危ない、わしについて来い!」
 呆けているロックをエドガーが引き摺り、急いでトロッコ乗り場へ。余計なことを……考えるな。
「わしは……セリスを娘のように可愛がりながら、魔導戦士として教育するという、惨いことを……。もう一度会えるなら謝りたい……わしの過ちを……」
「私たちに言い訳してる暇があったらテレポしたセリスを探して助けようとか思わないのかね、このジジイ」
「ユリ」
 嗜めるようにマッシュが私を呼ぶ。でも冷静でいられなかった。

 幼い頃から彼女を知っていたくせに、セリスがスパイ行為をしているという嘘に何の疑問も抱かなかったのか。
 彼女が将軍としての自分の行いを思い詰め、遂には帝国を裏切る決心をし、サウスフィガロで拷問を受けていた時も、あんたは何をしてたっていうんだ。
「そうじゃな……。確かに、その通りじゃ。皇帝と話をせねばならん。この戦争の愚かさを理解していただかねば……」
「言葉じゃ信用できないね」

 この男が魔力を中和する術を開発したのは二十年も前。戦争の愚かさと言いながらこいつは無秩序に広めた知識の後始末をしない。
 幻獣を魔石化する能力でさえ、サマサのイベントまでに開発を終え実用化されてしまっている。
 結局このジジイは、何もしないのだ。それが分かっているから私も信用してやらない。


 武器運搬用トロッコに乗って工場を脱する。出口でセッツァーが待っていた。
「よう、あんまり遅いんで心配したぜ。セリスはどうした?」
 唇を噛んで俯いてしまったロックに代わり、エドガーが「後で説明する」とセッツァーの背中を押した。
 飛空艇は上空で待機しており街の外には三機のスカイアーマーが用意されている。
 船長……どうして降りて来たのかと思ったらギャンブルのためかよ。
 というかまたしても大事な兵器を賭けてまたしても負けたバカ兵士はクビにしろ。今はそのバカさ加減がありがたいけれども。

「長居は無用だ。早いとこ脱出しようぜ」
「じゃあ私はロックと乗る」
「えっ?」
 セッツァーは一人でさっさと愛機に乗り込み浮上してしまったので、必然的に二人乗りすることとなったエドガーとマッシュが顔を引き攣らせる。
 二人とも体格がいいので、さぞや狭苦しいだろう。頑張れ。


 この機会にロックにもスカイアーマーの操縦を覚えてもらうことにする。
 上昇と旋回の方法を教え、操縦桿を任せて私は自分の作業を始めた。
 ロックは細いから二人乗りでもそれなりに身動きする余裕があっていいね。
「お、おい、まっすぐ進まないんだけど!?」
「わりと風に煽られるから気をつけて」
「なんか気持ち悪くなってきた」
「加速なしで上昇するから感覚に慣れにくいよね」

 私の手には炎を纏ったフレイムタンと凍りつく刀身のアイスブランド。
 柄の部分をロープでぐるぐる巻きにしてくっつければ互いの魔法が反発しあって水が滴り落ちてくる。
 操縦席がびしょびしょになってしまうので慌てて刃を機体の外に出した。
「ユリ、さっきから何やってるんだ」
「武器の合成」
「はあ?」
 エドガーよりは遅れたものの基本的に器用なロックも数分で運転をマスターして飛空艇の上部に辿り着いた。

 甲板の着陸場にスカイアーマーを降ろし、セッツァーが舵を握った瞬間だった。
 船底から轟音をあげて巨大なアームが伸びあがり、飛空艇の両サイドをがっちりと固定した。
「くそっ、振り切れねえ!」
「何だコイツは!?」
「クレーン、大きな荷物や重い荷物を運搬するための機械」
「そういうことを聞いてるんじゃないって!」
 なんでこんなものがベクタ城の天辺にあるのかって意味なら私だって知りたいわ。

 またしても機械兵器が相手だからとサンダーを使おうとする皆を慌てて止めた。
 こいつらのどちらかは雷吸収なうえ三回攻撃ごとにカウンターで100万ボルトを放ってくる。
 左が雷吸収だった気がするけれど、船首から見て左だったか船尾から見て左だったか思い出せないのでどっちもやめておこう。
 ちなみにもう一方は炎吸収。両方に効くのは水属性だ。

 間違ってもクレーンが街に倒れないよう、飛空艇をベクタ城の真上に移動してもらう。
「ユリ! 前に出るなっ、て……なんだその剣?」
「炎と氷の兄弟剣で作る特製フラタニティのようなもの」
 私は今ものすごく鬱憤が溜まっている。なんでもいいからブッ壊したい。クレーンなら生物ではないから心置きなくやれるだろう。
「水に弱いからエドガーはビスマルクを召喚、弱ったところをマッシュとロックが武器で破壊。そっち任せるわ」

 鉄球にだけ注意すれば私は魔法を気にする必要がない。
 飛空艇を掴んでいるアームを水属性(仮)の剣で無造作にぶん殴った。
 斬れなくてもいい。ただひたすらぶん殴った。
 ダメージが微々たるものでもいい。とにかくぶん殴った。殴った。一心に殴り続けた。

 今頃一人でケフカたちに抗っているだろうセリスを思う。
 二十年も飼い殺しにされ廃棄に処された幻獣たちを思う。
 善意に覆われた下劣さに気づかない馬鹿どもを思う。
 敵も愛すべきこの世界を作り上げる要素のひとつだなんてそれを許容していた自分を思い、クレーンを殴りつける。

 炎と氷の混じり合うところから滴る水が機械の内部を浸食し、アームが脆くなる。
 叩くのをやめて突き刺す動作に変えた。大嫌いなヤツの顔面をアイスピックでメッタ刺しにする妄想のように。
 煙をあげて痙攣するアームに足をかけ、何度も何度も何度も何度も突き刺した。

 みんな平等に愛しているつもりでいた。ここはゲームの世界で私はこの作品が大好きだから。
 主人公たちのみならず名もなき街の人々やモンスター、レオ将軍にシド博士、ケフカでさえも、プレイヤーでいる間は同じように好きだったけれど。
 ……同じでいられるわけがないんだ。

 私はここに生きている。私を守り、想ってくれる人が周りにいる。
 その人たちを傷つける者を、同じように愛せるわけがない。
 視界に影が射した。空を巨大な白い鯨が横切っていく。
 無数の水塊がクレーンを押し潰し、バラバラになったアームが落下すると同時にブラックジャックは全速力でベクタから飛び去った。


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