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🔖ちょっと休憩
自分が魔法を使えるようになったという事実を受けて皆の間にちょっとした混乱が広がった。
まあ私だっていきなり「この石を持っているだけであなたも今日から魔法使い!」なんて言われても困るからね。気持ちは分かる。
というわけで、ベクタに乗り込む前に修得訓練をしておくことになった。
講師はもちろん魔法を使い慣れているセリス先生だ。
世に存在する魔法の種類や消費MP、有効な利用法なら知っているけれど、肝心の“発動方法”はさっぱり分からないので私も講義を受けてみた。
魔法というものは、自分の中にあるイメージを魔導の力を用いて具現化する術だ。
帝国の人造魔導士たちが新しい魔法を覚える時、始めは呪文の詠唱を必要とする。
曖昧なイメージに明確な形を与えるために魔法と呪文を関連付けて覚えるのだ。
言われてみれば納得する。何もないところに向かって炎の形をはっきりと想像するのは案外難しい。
しかし「この呪文を唱えればファイアが発動する」と脳味噌にインプットしておけば具体的なイメージを思い描く必要はなくなる。
詠唱からの連想で、自然と炎を形作れるようになっているのだ。
イメージを具現化する行程に慣れて発動コードが不要になれば、もう呪文は唱えなくてもいい。念じるだけで事足りる。
現にティナもセリスも、ケアルやファイア、ブリザドなどの初歩魔法を使う時は黙ってバンバン打ちまくっていた。
逆に高位の魔法はどれだけ経験を積んだ魔導士でも安定して発動させるために呪文を必要とするのだとか。
そしてまた、初歩的な魔法であっても制限がある。
たとえば威力や射程を微調整する時。術者が精神的に弱っていて集中に乱れが生じている時。
呪文に関連付けしてあるデフォルトの魔法で対応できない時、その場に合わせた新しい魔法を作ることはできない。
それが人造魔導士の限界だ。
……限界、なのだけれど、魔石によって修得した魔法は帝国が確立したその規定を逸脱しているようだった。
早速ラムウの魔石でサンダー等々を修得したセリスは、熟練の使い手のごとく念じるだけで易々と新しい魔法をぶっ放している。
これには本人もすごく驚いていた。
人造魔導士は幻獣から魔力の一部を借りているだけなので、本来ならば繰り返し詠唱を記憶させ、自分の想像力で魔法を形作らなくてはならない。
でも魔石は違う。想像力など必要としない。魔法はすでに魔石の中にあり、術者は完成した魔法を取り出すだけでいい。
つまり元来のように魔力だけを奪って自分で魔法を作るのではなく、幻獣自身が作った魔法をそっくりそのまま使っているのだ。
幻獣が具現化したイメージを、対価=魔力を支払って頂戴している、とでも言おうか。
魔法は修得してるのにMPが足りない! なんて事態も起こり得るのもそのせいだ。キャパシティ以上の術を借りているのだから。
そういう難点はあるけれど、大した特訓もせず高位の魔法が使えるのは、凄いを通り越して空恐ろしさすら感じる……とセリスが言っていた。
聞いている限り魔石による魔法はガウが使う魔物の技や、ゴゴのものまねと似たような術なのかもしれないな。
ともかく魔導工場潜入に向けて訓練は進んでいる。
魔石を使えば誰でも簡単にインスタント魔法! とはいえ、自分に魔力があることさえ知らなかった人間にはその簡単な作業も難しい。
まず魔力を捧げて幻獣の能力を借りる、という段階からしてかなり苦戦していた。
魔力の使い方を最初にマスターしたのはマッシュだった。本人含めて全員が意外そうにしていたが、私は深く納得している。
だってオーラキャノンも真空波も鳳凰の舞も夢幻闘舞もダメージは魔力依存なのだ。
ステータスとしてマッシュの魔力値は伸びないけれど、その能力の使い方には無意識に慣れていて当然だ。
実は必殺技の中でいかにも武術って感じの技は爆裂拳とメテオストライクだけ。もう格闘家っていうかほとんど魔導士なのでは?
強靭な精神力が必須のジョブという点ではわりと似通っているのかもしれない。
そして次に覚えが早かったのはエドガーだ。
彼もバイオブラストやサンビームを扱ってるお陰だろうか、何度目かの試し打ちでちゃんとサンダーを使えるようになった。
エドガーは現在、回復と補助魔法を中心に後方支援に役立つものを修得中。それもじきに終わりそう。
どこをとっても強い。まったく反則的な兄弟だ。
戦闘回数によるのか、それとも経過時間によるのか。
魔法修得値の溜め方について心配していたのだけれど、どうやら魔石を持ってるだけでいいみたいだ。
コツを掴み次第、相性のいい魔法をどんどん修得している。
パーティ強化のために魔物を殺しまくる必要がないと知ってホッとした。
ただこうなると、個人差によって修得できない魔法が存在する可能性も出てきてしまう。
一戦もせずラムウのサンダーやセイレーンのスロウを修得できたマッシュだけれど、ケアルを始めキリンの魔法は相性が悪いのかやたらと手間取った。
訓練が不要な分、その人が持つ才能や幻獣との相性が強い影響を及ぼしているのだ。
それでも最終的に仲間の人数が増えれば分担して互いをカバーできるだろうけれど。
で、最後まで魔力の使い方が分からなかったのはロックだった。
というか現在進行形でセリス指導のもと猛特訓中なのだけれど、いまひとつ“魔力を捧げる”方法が掴めないらしい。
無理もない。私だって仮に魔力があってもそうなったと思う。
魔力。魔に由来する力。しかし筋力と違って目に見えず物理的に存在しないので使おうにも勝手が分からない。
精神力や気力なら私にもあるわけだが、それを具現化しろ? と言われたところで……意味不明だし、できる気がしなかった。頑張れ、ロック。
ひとまず必要な魔法を修得し終えたマッシュは私の隣に座り込んで休憩していた。
魔石を握り締めたままケアルを発動させようとうんうん唸っているロックを眺めつつ、彼はなんだか疲れた顔をしている。
「まさか俺まで魔法を使うはめになるとは思わなかったぜ」
「貴重な体験おめでとう」
「殴った方が早いと思うんだけどなあ」
まあ、マッシュならそうかもね。
修得が早いといっても威力はそこそこ止まりだし、攻撃魔法の発動を待ってるくらいならオーラキャノンでも打つ方が効率的だ。必殺技ならMPも減らないし。
「でもスロウとかスリプルとか補助魔法で弱体化すれば、もっと戦いやすくなるから。覚えて損はないよ」
「そういう小難しい戦法は俺向きじゃないって」
「被害を抑えつつ敵を弱体化して戦うのは格闘家にとっても重要でしょ?」
これがゲームならダメージを受けても適当に回復して強力な攻撃でごり押しすれば大抵のことはなんとかなる。
しかし、レイズやアレイズなんかの回復魔法効果が現実的にどれほど信頼できるか今のところ分からない。
本当に死んだ人間を生き返らせるわけではないのだ。戦闘続行不可能の傷でも癒せる超強化版ケアルくらいに考えておくのがいい。
そういうわけで、できる限りの雑魚戦は戦わずに済ませ、戦うとしても仲間が傷つかずに終わるのが理想的だ。
打てる手数は多ければ多いほどありがたい。
マッシュはいつも最前線に出る。
だから最低限の回復魔法は覚えてほしいし、敵の攻撃を鈍らせる弱体魔法やプロテス系の強化魔法も必要だ。
「魔法は使い手次第で武器にも防具にもなる。自分に合う使い方を見つけ出すのも修行のうちです」
「好き勝手に言ってくれるぜ」
「いいじゃん、私だって使えるもんなら使いたかったよ魔法。はっきり言って羨ましいわ」
「俺だって、代われるもんなら代わってやりたいよ。頭使って戦うのは苦手だ」
往生際が悪いぞ脳味噌筋肉マン。
ちなみに、私が魔法に触れられない件については別行動中にマッシュがうまく説明をつけてくれてたようだ。
お陰で皆から「お前も魔法修得しとけよ」と言われずに済んでいる。いちいちお断りしなくていいから助かる。
飛空艇を降りる前、どういう説明をしたのか聞いてみた。
魔封剣開発初期の被験者である私は魔法を無効化する肉体となりティナが暴走した時には彼女を制止する役割を負っていた……らしい。
ティナの魔法を封じた上で一緒に始末されちゃう予定だったんだって。帝国ならやりかねないって。確かにな!
いや、どんどん悲劇的なキャラになっている気がするんですが。設定増えすぎじゃないですか?
実際のところ、魔法が通用しないというこの特質は長所以上に短所となり得るのだ。
怪我してもケアルで治せないし、毒を盛られてもエスナは効かない。
そんなものアイテムで治せばいいと思うだろうが、実は毒消しの効果だって信用ならなかったりする。
たとえば、だ。
この世界の街角では「毒消し」なるアイテムが普通に売られているわけだが、あれはすべての毒に効くわけではない。
先代のフィガロ王、エドガーとマッシュの父親は毒殺された。一般的な「毒消し」は効かなかったのだ。
戦闘中、毒を受けた仲間たちが毒消しを使った時の様子を見ていて気づいたことがある。
あれは解毒剤のように少しずつ効いてくるのではなくて、エスナをかけたかのごとく一瞬で毒素が抜けてしまうんだ。
そもそも一口に「毒状態」といっても毒には様々な種類がある。
ヘビ毒やフグ毒、貝や虫やキノコや植物、それぞれに人体への影響は違っており、無毒化の方法だって異なる。
たった一種類の「毒消し」で解毒することは不可能なはずだ。
おそらく戦闘時に起こるステータス異常としての「毒」は“ポイズンという弱体魔法にかかっている状態”なのだろう。
つまり毒消しは“エスナの効果をもたらすマジックアイテム”だということになる。
この事実が一切の魔法を受けつけない私の肉体にどう関わってくるのか。
攻撃魔法も回復魔法も効かない。状態以上にかかった時、アイテムですらそれを癒せない。
毒もそりゃあ嫌だけれど、死ぬほど苦しくて最悪の場合は本当に死ぬという、ただそれだけだ。
私が真に恐れているのは、死ではない……。
もし、もしも、だ。魔法以外でカッパになってしまったら。
カッパッパーーーーとかでカッパになって、イエローチェリーで戻れなかったら、私は一生カッパのまま!
しかもカッパ効果のある攻撃のいくつかは物理属性だ。無効化できないのは間違いない。
マッシュがチャクラを覚えたら、たぶん毒は大丈夫だ。あれは魔力依存の技ではないので私にも効くだろう。
封魔壁の前後で使えるようになるはずだから、毒消しがマジックアイテムだったとしても毒は治せる。安心だ。
「でもさ、チャクラじゃカッパは治らないんだよね」
「は? カッ……パ……?」
カエルやブタよりはマシかもしれない。でもカッパだよ? 妖怪だよ? 肛門が三つもあって尻子玉を食べる河童だよ?
なってみたい妖怪ランキングなんてものがあったとしても知名度のわりには意外と上位に食い込めないであろう河童だよ!
大体なんでイエローチェリーでカッパなんだ。黄桜ってことか。
っていうかイエローチェリーを食べてもカッパになるのは果物自体にカッパーの効果がある証拠では?
だとすればカッパを治すのもやはり魔法効果ということになり、私にはイエローチェリーが効かないということだ。
そもそも治る治らない以前に、一度でもカッパになった後で私は本当に元通りの私に戻れるのだろうか?
たとえ一時的にもカッパとして生きた経験を持つ私は、それまでの私とは、決定的に違っているんじゃないだろうか。心の在り方とかが。
人間に戻れたところで“以前カッパだった”という過去は消せやしないのだ。
「カッパになりたくない……カッパには、なりたくない……」
「おいユリ、大丈夫か。いろいろと変だぞ」
気がついたらなぜか青褪めた顔のマッシュが私の肩を掴んで揺さぶりまくっていた。
ああそうか、ちょっとカッパになるゆめを見て放心していたようだ。
「ごめん、大丈夫。治癒魔法が効かないことの問題点を考えてボーッとしてた」
「カッパがどうとかってのは何だったんだ?」
「……それは言わないで……」
「す、すまん」
ホワイトケープはニケアに売っていたけれど高すぎて買えなかった。
後日セッツァーに給料をもらってからなら買えるかもしれない。
でも、防具の付加効果もアイテムと同じくらい信用ならないんだよな。私が被るとただの布と化してしまう可能性もある。
とにかく今は迂闊にカッパにならないよう気をつけるしかない。フィガロの酒は口にするまいと密かに誓う。
心配事の一番はカッパ化とその治療法だが、他にもいろいろと問題があった。
傷を負ったマッシュが自分にケアルをかけたとする。傷はたちまち癒えるが、そこに私が触っても、傷口が再び開いたりはしない。
私の体に触れた魔法は消えてしまうけれど、既に発揮された効果までは消せないってことだ。
ということは、魔法攻撃による間接的なダメージならば私も食らってしまうんじゃないだろうか。
「マッシュ、ちょっとサンダーでそこの地面を抉ってみてくれる?」
うーんと唸りながらマッシュが目を閉じて再び開けると、私の足元近くに雷が落ちた。
落雷の衝撃で砕けた小石の破片が飛んできて私の足に当たる。……やっぱり。
「魔法攻撃は無効化できても、それによって派生した物理攻撃は有効。この小石が大規模になると余裕で死ねるよね」
「……なるほど、確かにな」
サンダガで砕けた岩が飛んできたり、ファイガで溶けた壁が崩れてきたり、ブリザガで凍りついたモンスターが倒れ込んできたり。
直接“私を対象とした魔法”でなければダメなんだ。
きっとクエイクなんかも無効化できないと思う。あれはおそらく“大地を対象とした魔法”だから。
私の立ってるところだけ揺れないということはないだろうし、地割れに挟まれる可能性もある。そして私には、レビテトをかけられない。
セリスの魔封剣にも味方の魔法まで封じてしまうという欠点があるが、なかなか使い勝手の悪い能力だ。
いや、私の場合は能力ではなく単なる体質なのだろうけれど。
改めて私を眺め、マッシュは渋面で「飛空艇に残った方がいいんじゃないか」と言い出した。
「まあね、回復手段が限られてる分だけ皆より死にやすいし」
「もし帝国に捕まったら実験台にされかねないぜ」
「それもあるねー」
真面目に聞けと怒られてしまった。命が懸かってるんだから、自分としてはものすごく真面目に答えているつもりですが。
安全な場所に引き込もっているべきではないのかと思う機会が増えている。
これから戦闘もどんどん激化していく。皆だって自分の身を守るのに精一杯で、非戦闘員がうろちょろしてる余裕なんてないのだ。
でも私は“主人公”についていって、この物語を見届けなくてはいけないから……。
離れたところで歓声があがった。
どうやらロックはスリプルを始めいくつかの補助魔法を修得できたようだ。喜びのあまりセリスに抱きついて怒られている。
ああほらもう、あのセリスの顔。未熟ながらも恋が始まりつつあるのが分かる。
もう、彼らをキャラクターとして見ることができなくなっている。
人間として、現実として、この世界に馴染みつつある。
ゲームをクリアしてエンディングを迎えれば向こうの世界に戻れる……私はそれを目指していたはずだ。
でも、そのためにシナリオを変えない、という拘りがなくなってきた気がする。
自分の都合で迷惑をかけるのが嫌なんだ。戦う力なんて欠片もないくせに、そこまでして彼らにつきまとい、足を引っ張って。
私は一体なにを守ろうとしているんだ?
本当にそうまでして帰らなければいけないのか?
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