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🔖絶えない笑み、見えない悲しみ



 セッツァーが仲間に加わってくれたお陰で南大陸に渡ることができるようになった。
 しかしこのブラックジャック号も堂々と帝都ベクタ上空へ近づくには目立ちすぎる。
 ということで、夜のうちに街から離れたところへ着陸して夜明けと共に徒歩で研究所を目指すことになった。

 空飛ぶ船に乗っているという事実を意識すると緊張したが、慣れてしまえば地上の宿にいるのとあまり変わらない気もしてくる。
 むしろ移動中の我がフィガロ城より静かで揺れなくて快適かもしれない。

 部屋割りはユリが決めてくれた。
 俺とマッシュとロックで一部屋、ユリとセリスと、今は留守だがティナで一部屋。
 カイエンとガウの分を確保しておくのはともかくとして、他にも空室があるのに「掃除の手間がもったいない」と使わせてもらえないのは少し納得いかない。

 ちなみに食事の準備と洗濯は当番制でという話になったのだが、俺とセリスは料理が苦手……というよりほぼ経験がないので断念した。
 主にユリとマッシュとロックが交互に料理をして、洗濯は俺とセリスがやることになる。
 船のオーナーであるセッツァーと三人の乗組員は日常業務をすべて免除されていた。その辺りはきっちり顔を立てているらしい。やり手だな、ユリは。

 移動可能な拠点という便利なものを手に入れたのは非常にありがたい。男連中はともかくレディたちの安らげる場所が必要だ。
 ユリはあまり旅が好きではないのだろうと前から思っていた。
 いや……少し違うか。帰る家のないことを気にしていたんだ。
 だから彼女が飛空艇を手に入れるために尽力していたのは自分のためでもあったのだろう。
 甲板で夜風を浴びている彼女を見ながらそんなことを考えていた。


「風邪を引くよ」
 びくりと震えた肩に毛布をかけてやる。一人になりたくてここにいたのだろうが、敢えて気づかないふりをして追い払われる前に話を続けた。
「フィガロで君にも扱えそうな機械を見繕っておいたんだ。使ってみないか?」
「えっ……」
 ユリの表情は嬉しさ半分恐ろしさ半分といったところだ。
 ナイフさえ持ちたがらない彼女が、相手を傷つける武器を使うことを嫌がっているのは承知している。だからこそ、彼女の身を守るための機械を用意した。

「軽量化したブラストボイスだ。アタッチメントを付け替えることはできないが、殺傷力はあまりない方がいいかと思ってね」
「あ……え? あ、あり、ありがと、……や、やばいどうしよう、嬉しい」
「喜んでもらえてよかった。何なら惚れてくれても構わないぜ」
「それはない」
「つれないなぁ」

 彼女に対して戦いに参加しろと言うつもりはない。ただ、また単独行動をとる機会もあるかと思うと護身用の武器も持っていないのは不安なんだ。
 これなら逃走の際にも役立つ。それに……。
「音はティナに聞こえないように調整してある。幻獣たちも、おそらくは大丈夫だ」

 ユリは驚愕に目を見開いていた。
 ……ブラストボイスの音にティナは軽い不快感を抱いた。その原因にもなんとなく察しをつけている。
 ナルシェで彼女が獣のような姿に変わり果てた時、その予想が確信に変わっただけだ。
「彼女が幻獣だからモンスターと同じ音が聞こえたんだろう?」
「ティナは……幻獣ってわけじゃないですよ」
「そうだな。俺の予想では人間とのハーフだろう」

 絶句したユリは青褪めた顔でこちらを凝視し、唇を震わせた。
 肩にかけた毛布が音もなく滑り落ちる。困ったな……そんなに怯えさせるようなことを言ったつもりはないんだが。
 毛布を拾い上げて今度は落ちないよう肩に巻きつけた。どさくさ紛れに抱き締めようかとも思ったが、さすがに控える。

「考えたのさ。幻獣であれば魔導の力を持っていても不思議はない。しかし君は『ティナは人間だ』と言い切った。ならば“人間でも幻獣でもある”のが正解じゃないかと思ってね」
 ゾゾで幻獣ラムウと出会ったロックたちが、彼は人間と大差ない姿をしていたと言っていた。
 人に近い姿をしているのなら子供を作ることも不可能ではないだろう。
 もしティナが人間と幻獣の間にできた娘ならすべての疑念は解ける。

 そしてこれから先、俺が美しい幻獣の女性と知り合う機会もあるかもしれないというわけだ。
 人間と幻獣の間にも子ができるとしたら、単純に考えて世界に存在するレディの数が跳ね上がるということだぞ?
 なんて夢のある話だろうかとほくそ笑む俺の横で、ユリは重く溜め息を吐いた。

 苦々しげな呟きは注意して耳を傾けなければ聞き逃してしまうほどに小さい。
「うっかり洩らした言葉で何を気取られるか分かったもんじゃないな」
「君が知られたくないなら私は知らないふりをしているよ」
 だからマッシュに教えたことを話してくれていいんだが。ユリはあからさまに無視して話を逸らした。

「そういや、魔法は使えるようになった?」
「え?」
「ラムウと、キリンとケット・シーとセイレーンの魔石をもらったでしょ」
 やはり話してはくれないのかと残念に思う。まあ仕方のないことだ。
 ユリの秘密はマッシュが共有してくれている。それで満足すべきだ。
 ……で、魔法を使えるようになったか、とは? 俺が魔法を……?


 ラムウの魔石ならセリスが持っている。他の三つはロックとマッシュと俺とで分け合った。
 単なるお守りだと思っていたので、今ベルトにくくりつけているのが何の魔石だったかは記憶にない。
「使い方は聞いてないんですか」
「ロックは何も言わなかったが……ラムウから聞いていないんじゃないかな」
 ああもうしょーがない爺ちゃんだなとまるでラムウを身内扱いするかのような言葉を吐きつつ、ユリが説明してくれたのは驚愕の事実だった。

 魔石を持っていれば魔導の力を注入せずとも魔法を修得できる。更には石に残った力で死した幻獣を一時的に召喚することさえ可能だ。
 これから向かう研究所内には機械兵器がたくさん配備されているので、魔力の高いセリスに雷系の魔法を覚えてもらう。
 そして回復と補助は皆で共有すべきだと彼女は言った。まるで当たり前のような顔をして。

「ちょ、ちょっと待ってくれ、話について行けてない。……ティナやセリスでなくても魔法が使えるってことか? 俺も?」
「そう。本当は、この世界に生まれた人は誰でも魔力を持ってるんだって。ただ、普通は使い方を知らないってだけで」
 帝国の人造魔導士は幻獣の力を取り込むことでその才能を開花させる。
 しかし魔石ならば、自らの魔力を媒介に“幻獣自身の持つ才能”を使うことができる。
 誰もが簡単に強力な魔導士となれるのだ。

「キリンは回復に特化してるから皆で使い回すとして。エドガーはとりあえずセイレーンを持つのがいいと思う。お尻が」
「え?」
「お尻が魅力的なお姉さんらしいから、セイレーン」
「……え?」
 いや、そう聞くと確かに楽しみではあるのだが、俺に勧める第一の理由がそれなのか……。

 ユリはゾゾにいる間にラムウから幻獣たちのことをいろいろと聞いていたようだ。
 研究所に囚われているであろう者たちの能力や、帝国から逃げ出したが幻獣の世界に戻れなかった者たちのことも。
 先を考えての行動は頼もしい。しかし時々、どこまで見越しているのかと恐ろしく思う。


「今も魔石持ってる? じゃあ召喚してみたらどうかな」
「ど、どうやって」
「うーん。仕組みの分からない機械を使う時のような感じで?」
 仕組みの分からない機械と最初から仕組みが存在しない魔石とではまったく感覚が違うのだが、ユリが言うなら一応は試してみようか。

 魔石にスイッチはないが、仮に在ると仮定して……自らの中にあるという魔力をそこに注ぎ込むイメージで念じる。
 今の俺の姿はひどく滑稽ではないだろうかと不安になりつつ。
 しかし魔石に吸い込まれそうなほど集中力が高まった時、透明な結晶の中心に光が灯った。
 それは内側からガラスを舐めるように広がってゆき、やがて魔石から溢れてしまうと夜空に舞い上がり、獣の姿を描き出す。

 緑の鬣を持つ銀色の幻獣だ。光の軌跡を残しながら空を駆け抜け、月に向かって嘶くと幽けき光が零れ落ちてきて辺り一帯を包み込んだ。
 なんてあたたかい輝きだろうか。
「今のはキリンで……す」
 幻獣の名をうろ覚えなのか、ユリは少しだけ言葉を詰まらせて視線をさまよわせた。

「えーと、キリンを召喚すると全員にリジェネをかけてくれますよ。リジェネってのは、弱めのケアルをかけ続けるみたいに体力がちょっとずつ回復する魔法」
 確かに、フィガロから続く長旅の疲れが徐々に癒されていくような気がした。
 だがユリの体に触れた光は消えてしまう。マッシュが言っていた、魔法を無効化するという彼女の特質のせいだろうか。

「……ユリ」
「はい?」
 なぜ魔法は君の存在に弾かれて消えるのだろう。この世界に生まれた時にユリ自身の持っていた魔力はどうなってしまったんだ。
「どうしたの?」
「いや……何でもないよ。これの使い方はセリスたちにも教えておかなければいけないな」
「そうですね。せっかく遺してもらったものなんだから、有効に使わないと」

 彼女は「この世界に生まれた人は誰でも魔力を持っている」と言った。
 まるで“この世界に生まれなかった人”を知っているような言い種じゃないか。
 他人事のような言い方をするのは彼女が、この世界とは違うところから……。
 本当は彼女が隠していることの真実も分かる気がする。あと一歩、踏み込むだけでそこに触れられる。
 だが彼女はそれを笑って隠そうとしているから、俺も見えないふりを続けるんだ。


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