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🔖全てをかけるディザイア



 あれを『マリアとドラクゥ』と称するのはどうかとも思うが、ともかく舞台の幕を下ろしたことに安堵する。
 決闘シーンの途中、レテ川でも遭遇したタコのモンスターに劇を妨害されるという予期せぬ事態が発生した。
 しかし舞台上で繰り広げられる生の戦闘の迫力に、観客はむしろ沸き立っていたようだ。
 結果よければすべて良しというところだろう。

 ユリが先んじてハプニングありきの芝居だと触れ回っていたのも良い方向へ働いた。
 一応、今回の観客は続く夜の部が無料になっており、明日以降の通常公演も入場券の提示で観覧料が安くなるのだとか。
 本当に『マリア』を見たくて何も知らずに来た、という客にも配慮がなされている。それもユリの助言によるものらしい。
 ……そういうところだけ妙にしっかりしているな、彼女は。

 天井裏から劇場の屋根へと出ると、待機中のスカイアーマーに寄りかかってユリが待っていた。なぜかとても渋い顔をしている。
 上空に浮かんでいる影が飛空艇ブラックジャック号だろう。乗組員として潜り込んでいる彼女が戻るまで船は出発しないので安心だ。
 しかし早速ロックが乗り込もうとしたのをユリが引き止めた。

「とりあえずエドガーだけ乗って」
「なんでだ? 急ぐんだろ」
「よく考えたら四人乗りは無茶だった。絶対飛べない」
「……ああ、重量オーバーだね」
 スカイアーマーは基本的に一人乗りで短距離飛行しかできない小型兵器だ。
 弾薬を積んでいない分だけの余裕はあるだろうがそれでも二人乗るのが限度。特に俺とマッシュは重いからな。
 用意周到で抜け目がないわりに、どこか迂闊でもある。そんなところが可愛いと言っても彼女は誉め言葉として受け取ってくれないだろうけれど。

「セッツァーとセリスが乗ってた分が甲板にあるから、エドガーと手分けして二台で迎えにくるよ」
「男と二人乗りをしろと? 気が乗らないなあ」
「そんなこと言ってる場合かよ! 早く行ってくれ」
 自分からセリスを誘拐させようと言い出したくせに今さら焦っているらしいロックが俺を操縦席へと押し込んだ。続いてユリも乗ってくる。
 狭いので膝の上に座ってもらうことになったが、彼女ならば大歓迎だ。
 ……しかし後でマッシュかロックと同じことをやらなければいけないと思うと憂鬱になるな。

 近くにいたマッシュたちに距離を取らせ、ユリが操縦席を指し示した。
「エンジンはかかってるから、このボタンで離陸ね」
 言われたボタンを押すとスカイアーマーが浮き上がり、思いのほか機体が大きく揺れて傾きユリの体が密着する。
 素晴らしい感触だがしかし後で同じことをマッシュかロックと……うむ、まあいい。今はこの状況を堪能するとしよう。


 俺に操縦を教えつつも、ユリ自身まだあまり運転がうまくないようで四苦八苦している。いつにない必死な表情が愛らしい。
 レバーを握る彼女の手に自分の手を重ねても操縦を覚えるためなので怒られはしない。幸せだ。

 思えばマッシュたちがティナを探している間ずっと辛かった。
 バナン様やカイエンやガウやナルシェ長老やガードたちにジュンなどといったむさ苦しい男連中に囲まれて、本当に、辛かった。冗談抜きで死ぬかと思った。
 それが今はどうだ。まるで恋人同士のごとき至近距離でユリを抱き締めて細い腰の柔らかさを味わい、髪の香りを感じ、白いうなじで目を潤している。
 ああ、やはり女性はいいものだ。ずっとこうしていたい。

 だが一つだけ気になることがあった。ユリから石鹸の香りがするのだ。いや、それ自体は心地好いものでありまったく問題ないのだが。
「ユリ、風呂に入ったんだね」
「え? なんじゃそりゃ今どうでもいいし」
「君の髪は素敵な香りがするけれど、他の男のもとで入浴したのかと思うとショックだよ」
「なんか変な意味に聞こえるからやめて。ていうか操縦に集中しろ」

 レテ川に落ちてからティナと共にゾゾへ飛んで行くまでそんな機会はなかっただろうから、セッツァーのところで念願の風呂に入れたということだ。
「まさか風呂上がりの姿までセッツァーに晒していなければいいんだが。それはともかく、その髪型はとても素敵だね。君は襟足の形が綺麗だ」
「操縦に、集中、しろ」
「そう照れるなよ」
「照れてんじゃなくて、ああ傾いてる傾いてるー!」
 頬を赤くして怒るのが面白く、もう少しからかっていたかったが仕方ないので操縦に集中することにした。

 操作そのものは単純なのですぐに覚えられそうだ。しかし機体が地面に接していないのでまっすぐ進むだけでも案外苦戦させられる。
 空中では距離感が掴みにくく、気づけば風に煽られて飛空艇の位置とは進路がずれてしまう。なるほど……なかなか難しいな。
 悪戦苦闘の末にブラックジャックの甲板付近に到達する。
 高さを調整しながら着地する場所を探すと、もう一台のスカイアーマーは船尾に敷かれたマットの上に安置されていた。
 すぐ横の床板が踏み割られているのはどうやら練習中にユリが着地を失敗してぶち抜いてしまったものらしい。

「私が向こうに乗るね。もう動かせそう?」
「大丈夫だと思うよ」
 教わった通りに離陸させ、飛空艇の縁を乗り越えて空中に出たところでユリは安堵してもう一台に乗り込んだ。
 重さのバランスを取るため彼女がマッシュを乗せるそうだ。まあ、妥当だろうな。……空いてしまった膝元のスペースが物寂しい。

 少し機体をふらつかせながらではあるが自力で劇場の屋根に戻り、ロックを乗せて再び飛空艇へと上昇する。
 ものの数分で作業が終わったのは俺の飲み込みがいいからであり、運転をマスターした後にユリと乗る時間をわざと長引かせていたわけでは決してない。
 それにしても、どうせならユリとの二人乗りを後回しにしたかった。俺は楽しみを最後に取っておく派なんだ。


 四人揃って船内へ降りたところでいきなり乗組員に見つかった。慌てる我々を横目にユリは素知らぬ顔で「ただいまー」なんて言っている。
「ルーカスさん、セッツァーは?」
「ラウンジで勝ち金を計算しながらニヤニヤしてるよ。その人たちはカジノのお客さんかい?」
「いや、ただの侵入者。悪いんだけど船長に『そのマリアは偽者だ!』って伝言してくれないかな」
 人の良さそうな青年はユリの言葉に目を丸くしたものの「すっかり乗っ取られてるなあ」などと笑いながらセッツァーを呼びに歩き去った。
 ……たった一週間で船員を味方につけたのか、ユリ。

 セリスが閉じ込められているという船長室の前にはなぜだか靴下と枕カバーといくつかの洋服が放り出されていた。洗濯物だろうか?
 何やら怒りに満ちた瞳でそれを一瞥したユリが、いろいろ堪えた末の重いため息を吐いて扉の鍵を開ける。
 室内は掃除も行き届いており清潔だ。鍵をかけて閉じ込めるのはいただけないが、レディを招いても失礼にあたらない部屋ではある。
 それだけに廊下の衣類が謎めいていた。

「ようセリス、立派な女優ぶりだったぜ」
「ひやかさないでよ」
 ……ロックよ、一応は先に「無事でよかった」と一言あって然るべきだと思うぞ。
 自身も戦士であるセリスは芳しい反応を示さないかもしれないが、心配したと伝えること自体が大事なんだ。
 なんて苦々しく思っていたら、ユリも生暖かい目で二人を見つめていた。たぶん俺と同じことを考えているな。

 レディの扱い方というものを説教してやりたいところだったが、残念ながら足音も荒くこの部屋に近づいてくる者がある。
「本番はここから、だな。第二幕の始まりだ」
「おいユリ、マリアが偽者だってのは……な、なんだテメェら!?」
 どうやら先程の青年は侵入者の存在を敢えて伝えなかったようだ。
 彼にとってユリの立場がセッツァーよりも上なのか、単に面白がっているだけなのか。


 舞台上ではよく見えなかったがセッツァーはいかにも渡世人といった雰囲気の、ガラの悪い男だった。
 貴族のご婦人方に好まれる容貌だ。男の顔が良くたって何の価値もないがね。
 しげしげとセリスを眺める目に怒りは浮かんでいない。まだ事態を把握しきれていないのだろう。
 そんなセッツァーに、ユリが助け船を出した。
「ご紹介しますね、船長」
「あぁ?」
「こちらマリアの替え玉こと元帝国将軍のセリス・シェールさん三月十日生まれ魚座の十八歳。身長172cmに血液型はB型で好きな物はアンティークの絵本、嫌いなのは弱い男、趣味は……」

 淀みなく進む言葉に待ったをかけたのはセリスだった。
「ちょ、ちょっとユリ! どうしてそこまで詳しいの!?」
「研究所の資料に目を通してプロフィールは暗記してます!」
 しれっと言い放つユリにセリスもロックもセッツァーまでも困惑しているが、マッシュは慣れた様子でやれやれと肩を竦める。
 体重を伏せる辺りとても紳士的だな。ユリが男じゃなくてよかったと心から思う。強敵になりそうだ。

「偽マリアはお前の元同僚ってわけか。最初から計画してやがったな」
 じわじわとセッツァーの顔に怒りが沸いてきた。しかしユリに対してというよりは騙された自分に怒っている様子だ。
 彼女は誘拐計画を手伝う名目でブラックジャックに乗ったという。それはマリアの替え玉を用意して我々を手引きするための嘘だった。
 セッツァーは、ユリの真意を見抜けなかったことが悔しいのだろう。

 苛立ちを隠さないセッツァーにも臆せず、セリスが協力を求める。
「騙してごめんなさい。私たちは仲間を助けるためにどうしてもベクタに行かなければならないの。だからあなたの飛空艇を……」
「マリアじゃなきゃ用はねえよ」
 踵を返して部屋を出ようとしたセッツァーの前にユリが立ち塞がった。
「損をさせるつもりはないからセリスの話を聞いてみて。マリアを攫うより面白いかもよ?」

 帝国の目を掻い潜って南へ渡れる船はもうどこにもない。飛空艇はどうしても必要だ。
 力ずくで船を奪うことも可能ではあるが、できるならば手荒な真似は避けたかった。
 これはティナを助けるための行いなんだ。それを悪事に歪めたくはない。

 背を向けたままのセッツァーにセリスが追い縋り、ロックと俺も畳みかける。
「あなたの船が世界一と聞いて来たのよ」
「世界一のギャンブラーともね」
「私はフィガロの国王だ。もし協力してくれたら望み通りの褒美を出そう」
 おだてに乗せられたのか褒美につられたのかは分からないが、セッツァーは少し態度を軟化させ「ついて来な」と言って部屋を出た。
 どうやら交渉くらいはさせてもらえそうだ。


 ブラックジャック号は世界で唯一の飛空艇であるとともに、世界最大のカジノでもある。しかし今は客の姿がなかった。
 マリア誘拐のために休業中なのかと思ったが、戦争の影響で人が集まらないのだとユリが耳打ちしてくれた。
 現在はカジノでゲームをするのではなく仲介人を用いてこっそり賭けを行うのが主流だとか。オペラ座の件でユリが一枚噛んでいたのもそれだろう。
 金持ちの溜まり場に赴いてカードに講じるくらいが精々で、ギャンブル好きのセッツァーとしては鬱憤が溜まっている様子だった。

「近頃じゃ何をするにも帝国の顔色を窺わなきゃならん。おかげで商売あがったりさ」
「あなただけじゃないわ。たくさんの街や村が帝国によって虐げられているのよ」
「ガストラは魔導の力を悪用し、世界を支配しようとしている。それを止めるためにも、ベクタに囚われている幻獣たちの力が必要なんだ」

 バーのカウンターに先程の青年が立っている。どうやら彼がカジノを取り仕切っているようで、「久々の来客が嬉しい」と我々にも飲み物を出してくれた。
 セッツァーはといえば、こちらの話になど興味なさそうな顔で出されたブランデーに口をつけている。
 交渉する気があるのかないのか。

 焦れたセリスが少し怒って言い募る。
「帝国を嫌っている点では私たちと意見は同じよね。だったら、」
「よく見ればあんた、マリアよりも綺麗だな」
「協力を……え?」
「そうだな。あんたが……セリスが俺の女になるなら手を貸してやってもいいぜ」
 何を言い出すのかと気色ばむロックとマッシュを一瞥し、セリスは意外にもセッツァーの申し出を受けた。
 ああいう男が好みなのかな? 気の強そうなセリスとは合わないように思うんだが。

「分かった。でも条件があるわ。私と勝負をしましょう」
「ほう? 喧嘩でもしようってわけじゃあないよな」
「まさか。エドガー、コインを貸してくれない?」
「え、あ、……ああ。いいとも」
 そうか、フィガロ城で聞いたんだな。
 ギャンブラー相手にイカサマを仕掛けるとは肝の据わった女性だ、ますますもって痺れるね。
 ……しかし俺がコインを持ち歩いていなかったらどうするつもりだったんだろう。

 傍目からは自分自身を賭けたセリスの大勝負だが、コインの仕掛けを知っている俺は冷静に事の成り行きを見守っている。
 セリスの頼みとあっては断るべくもないが、実のところ結構な痛手だ。
 なにせ、マッシュが「なんでこんな無茶に手を貸すんだよ兄貴」と言いたげな顔でこっちを見つめているのだから。

「もし表が出たら私達に協力する。裏が出たらあなたの女になるわ。どうかしら?」
「俺と運を競おうってのか。いいぜ、受けて立とう」
 根っからのギャンブル好きらしくセッツァーの機嫌が持ち直した。それに反してロックは複雑な顔でセリスを見つめている。
「いいのか? もしヤツの女なんかになったら……」
 その後に続く言葉はなく、セリスは視線を逸らしてセッツァーに向き直る。

 まったく、煮え切らんヤツだな。そんなことはするなとなぜ言えないんだ。
 いやそれよりも、ロックはあのコインのことを知っているのに気づいていない。他の男の影に動揺する程度にはセリスに惹かれつつあるようだ。

 運命のコインが舞い上がる。セッツァーがそれを受け止めて手のひらを返す。
 見るまでもない、亡き先王と王妃の横顔が表を向いているに決まっていた。
「私の勝ちね。約束通り、手を貸してもらうわ」
 矯めつ眇めつコインを観察し、セッツァーは薄く笑った。なるほど、他人のイカサマを許容するだけの度量は持ち合わせているらしい。
「貴重な品だな。両表のコインなんて初めて見たぜ」

 さて、賭けには勝ったが問題がある。マッシュが胡散臭そうに俺を見つめていた。
「……兄貴? あれは……」
 やはり、さすがにバレるか。
 強いて隠していたわけではないんだが、十年も経ってしまってからこんな形で知られるのはなんとなく気まずい。
 後で言い訳させてくれ、マッシュよ。

「巧妙なイカサマもギャンブルのうちよね?」
 勝ち気に微笑むセリスに、セッツァーのみならずロックもしっかり見惚れている。ついでにユリまで惚けていた。
 さすが帝国の常勝将軍は交渉術にも長けているようだな。自分の魅力を存分に生かしている。

 我に返ったセッツァーは、怒るどころか笑い出した。
「はっ! こんなセコい手を使うとは大した度胸だ。ますます気に入った! いいだろう、手を貸してやる。帝国相手に死のギャンブルなんて久々にワクワクするぜ」
 南に渡るため飛空艇を飛ばしてくれるだけではなく、その後の帝国との戦いにも協力してくれるそうだ。
 ガストラに喧嘩を売ることさえセッツァーにとっては娯楽に過ぎないらしい。
「俺の命、そっくりチップにしてお前らに賭けるぜ!」


 さてこれで一安心、早速ベクタへ向かいましょうということになり、部屋を去りかけたユリの肩を強張った笑顔でセッツァーが掴む。
「おいユリ、お前の給料はナシだからな」
「はあ!? それとこれとは話が別でしょ! 仕事した分はちゃんと払ってもらうから」
「こいつらを手引きしといてなに言ってやがる!」
 正直セッツァーの言い分も尤もだとは思うのだが、ユリはユリで一歩も譲る気がないようだ。

 懐から書き付けを取り出してそれを捲り、順に名前を読み上げていく。
「アルブルグ貿易商のオドリックから3万ギル。ジドール銀行受付のデクストンから7万ギル。画商のエグバートから1万3000ギル。オークションハウスのジェフリーから1万ギル。アウザー邸メイドのイーディスさんから7900ギル」
 どうやら行われた賭事の備忘録だろうか。挙げられた名にセッツァーはウッと言葉を詰まらせた。心なしか顔色が悪くなっている。

 頃合いを見てユリは悪い笑みを浮かべる。そう、リターナー本部やナルシェで見せた凄惨な表情を。
「この一週間船長が“非正規な手段”で勝った方々にその手口と過払いになった金額をお教えしてもよろしいのですが」
「ば、馬鹿野郎。勝ち金を返すことになったらお前の給料だってなくなるんだぜ」
「どうせもらえないなら同じでしょう。それと、この一週間で親しくなった方々には船長の鬼畜ぶりをあることないことしっかりお伝えして助けを求めます」
「あぁ!?」
「資産家の皆様からの援助は根刮ぎ打ち切られるとお考えください。イカサマの手口や船長の癖も洗いざらい暴露するのでこれからギャンブルで勝つのは至難の業ですよ。あと洗濯も自分でしてくださいね。それから、」
「チッ、分かった、もういい! 給料は出す。仕事も今まで通りに続けてくれ」

 焦って遮るセッツァーに、ユリは脅迫材料ならまだまだ用意してたのにと残念そうだ。……末恐ろしいな。
 バーテンの青年が言っていた「すっかり乗っ取られた」というのはこのことか。
 彼女はブラックジャックの経営を握っているのだ。セッツァーは彼女に逆らえない。

「くそっ、お前なんか雇うんじゃなかった」
 よほど信頼の置ける相手でない限り、誰かに己の財布を握らせるのは危険だ。裏切りの代償が大きすぎる。
 しかしまあ信用に足るかはさておき、ユリは間違いなく頼りになると思うぞ。
 そしてまた、敵に回せば厄介な相手になりそうだ。我々の仲間になっておくのは、セッツァーにとってもいいことだろう。


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