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🔖大地に背を預けて空を



 ジドールで一番の大金持ちなアウザーさんは、屋敷の一階で酒場を営んでいる。
 といっても会員制で一般客は入ることができず、彼のお気に召した役者や芸術家たちだけに開放されたとっておきの場所だ。
 で、オペラ座のダンチョーや人気女優のマリアもここの会員だった。
 彼らは目前に迫りつつある大きな厄介事を回避すべくここで話し合いを重ねている。
 私が仲間面して加わっているのは、セッツァーの計画を明かして彼らを助けるためだ。
 ……とは建前で、実際のところ二重スパイよりも尚ややこしい仕事の真っ最中だったりするけれど。

 私はセッツァーから侵入の手引きをするように言われてここへ来たということになっている。
「だから彼の手口は分かっているし、協力し合えばこちらの都合がいいようにセッツァーを誘導することもできますよ」
「で、でも大丈夫なのか? セッツァーを裏切ったりして……君のこと、正直あんまり信用できないんだけど」
「信じるも突っぱねるもそちら次第です。私は正直、誘拐に反対なんですよね。攫ってしまったらマリアの芝居が二度と見られなくなるじゃないですか」

 劇場艇プリマビスタじゃあるまいし、ブラックジャックで芝居はできない。
 いや、ただの演劇ならカジノでの公演も可能かもしれないが、オペラはさすがに無理でしょう。
 セッツァーが一人占めしたらマリアの魅力と才能は大きく損なわれてしまうのだ。
 だから私が“ブラックジャックで働くマリアファンの下っ端”ならば船長を裏切っても不思議はない。

 とりあえず、私はセッツァーに「ダンチョーのところに潜り込んでマリアを攫う準備をしておく」と言ってある。
 そしてダンチョーには「セッツァーの計画を教えてやる」と説得して味方につく素振りを見せた。
 真の狙いは「円滑にセリスを誘拐させたうえでロックたちを飛空艇に乗せる」ことだ。
 誰も彼もに嘘をつかねばならないので、なかなかに面倒くさい。
 でも道筋を作っておかないと、セリスが身代わりになるのはともかくロックたちが飛空艇に先回りできない気がするんだよ。


 この誘拐計画について、セッツァーの側から見て問題がひとつある。
 マリア……本番ではセリスになるけれど、彼女をどうやって劇場から連れ出してスカイアーマーに乗せるか、だ。
 舞台からは華麗に攫えても彼女を荷物みたいに抱えて出口まで走って行くのは大変だ。あと「カッコ悪い」と本人も嫌がっていた。
 ゲーム画面のようにくるくるばびゅーんと飛んで逃げられれば理想的ではある。
 その辺りをダンチョーと打ち合わせておきたいのだ。

「外から忍び込めそうな場所はありますか?」
「天井の近くに作業員用の出入口があるけど……」
「ではそこからセッツァーを侵入させましょう」
「えっ!? 計画を阻止してくれるんじゃないのか?」
「それは危険です。真っ向から邪魔をすると予想外の抵抗をされかねない。そうと悟られずセッツァーを誘導すべきです」
 何かを“してはいけない”では答えがないため誰でも反発する。人を従わせたければ指示や導きを与えるのが鉄則だ。
 誘拐を阻止するよりも、簡単に助け出せる場所に連れて行かせる方がスムーズに事を進められる。

「誘拐されても危険はないですよ。私が何食わぬ顔で飛空艇に戻り、機を見て逃がしてやることもできますし」
 私がそう主張するとマリアは思いきり顔をしかめた。まあ安全が保証されていたからって攫われるのは嫌だろうね。
「でも、強引に阻止して自棄を起こしたセッツァーが建物を攻撃したらどうする? 逃げ惑う観衆のド真ん中にセッツァーが登場、混乱の渦中でマリアも連れ去られ……」
「いっ、いかん! それだけは絶対にダメ!」
 阿鼻叫喚の図を想像してダンチョーが悲鳴をあげた。
 看板女優の誘拐予告だけでも頭が痛いのに、劇場が破壊されたりしたら物理的に首を切られる可能性まで出てきてしまうよ。

 第一にマリアとドラクゥの公演を無事成功させること。
 第二にマリアが身も心も傷つけられず、ちゃんと女優に復帰できること。
 第三に、なるべく金銭的被害を出さないこと。ダンチョーが重視するのはこの三点だ。
 それらの要望を叶えるためにも誘拐は成功させなければならない。
 そう、成功してもいいのだ、とダンチョーに思わせなければいけない。

「セッツァーはいつ来るつもりなんだい?」
「マリアとドラクゥの公演中、客の盛り上がる終盤ですね。ラルスとの決闘シーン辺りを狙ってるんじゃないかな?」
「とても彼らしいわ……」
 こめかみに手をあてて物憂げにマリアが溜め息を吐いた。
 あの派手男ならいかにもやりそう、という、しっかりした人物像ができあがっている。さすがセッツァー。

 ところで本物のマリアは間近で見ても確かにセリスと似ている。
 もしやどっかで血が繋がっているんじゃないのかしらと思うくらい、そっくりだ。
 ただし女将軍として名を馳せたセリスに比べるとマリアの方が気弱で儚い雰囲気ではある。
 誘拐計画は彼女にとっても頭痛の種だろう。美人に物憂げな顔をさせてはおけないよね。

「理想を言えば、誰かの代役として護衛を仕込んで舞台上で“芝居の一幕として”セッツァーを倒すのが一番なんですけどね」
「芝居もできて腕も立つなんて都合のいい人材はそうそういないよ!」
 いやー、たぶん数日のうちにうってつけの人材が現れますよ。
 ダンチョーたちはしばらくここに入り浸るつもりだから、セリスたちもそろそろ到着する頃だろうか。

「まあ、公演までによく考えてくださいよ。船長の邪魔をせずマリアを大人しく誘拐させてくれるなら、こちらとしても悪いようにはしませんので」
 私まるで借金の形に娘を連れて行く地上げ屋のようだな。
 べ、べつにちょっと楽しいなんて思ってないんだからっ。と心の中でニヤニヤしつつ、この辺で暇を告げることにした。
 私もここで皆を待ちたいところだけれど、別件で忙しいのです。

 せっかく来たからアウザーさんに挨拶しておこう。
 彼には競売所で魔石が出品されたら買っておいてほしいと頼んであるのだ。留守中に誰かの手に渡ったら困るからね。
 その後はセッツァーが行った賭けの精算に、方々の貴族邸宅や商人の館や警備兵詰所なんかを回らなければいけない。
 このところやや赤字気味だったのを船長がイカサマで強引に取り戻したので、徴収業務がちょっぴり怖いです。


 そうしてなんやかんやで忙しくしていたらあっという間に公演前日になってしまった。
 ロックたちと入れ違いにならないかと慌ててアウザーの屋敷に向かう途中、疲れきって頬の痩けたダンチョーと遭遇する。
 あれ、今この人アウザー邸から出て来た?

「ダンチョーさん、ヒゲずれてますよ」
「えっ!? あ、ああ。君はセッツァーのところの……。なあ、まだマリアは攫われていないよね?」
「もちろん。劇場にいるでしょう?」
「そのはずなんだけど……そっくりな人を見かけたものだからまさかと思って……ああ心臓に悪い……」
 悄然と呟きながらダンチョーは立ち去る。足元も覚束ない様子で馬車もといチョコボの鳥車に乗り込んでいった。
 明日はマリアとドラクゥの公演初日だというのにそんなお豆腐メンタルで大丈夫なのか。
 いやそれよりもマリアに“そっくりな人”っていうことは。

「ユリ!」
 やっぱり、ちょうどアウザーの屋敷からセリスたちが出て来た。
 同行メンバーはエドガーとマッシュか。基本だよね。マッシュがコインの仕組みに気づくシーンもあることだし。

 いやそれにしても。
「いぇーい、一週間ぶりだねセリス!」
 久しぶりに目の保養だ。あー、満たされてゆくー。
「え、ええ。あなたも無事でよかったわ」
「って再会を喜ぶのはセリスだけかよ」
 呆れたようなロックの呟きにマッシュが乗っかる。
「やっぱりユリって兄貴に似てるよな」
「どういう意味だ、マッシュよ……」
 それこそどういう意味だエドガーよ。私に似てたらショックだっていうのか。

 こちらも久々の再会となったマッシュは私の頭から足先まで見つめて、なぜかあらぬ方に視線を逸らした。
「今度はウェイトレスじゃないんだな」
「おやおや残念がってるのかな?」
「いや、よかった。ここの客は上品な貴族ばっかりだからユリには無理な相手だろうと思ってたんだ」
「どういう意味だよ!」
 くそ、はからずもエドガーと同じリアクションをしてしまった。
 マッシュの中で私はどういうキャラなんだ。もう少し淑やかアピールをしておくべきだな。


 再会の喜びを分かち合うのもそこそこに、この一週間の報告だ。
 ……ラムウの魔石もロックに見せてもらった。
 ああ、もっといろんな料理を作ってあげたかったな。召喚した時に少しでも話すことができればいいのだけれど。

 ティナはラムウの力でまだ眠りについているらしい。いまひとつ頼りないが、ダダルマーたちもいるので大丈夫だろう。
 と思ったらセリスがカイエンたちにティナのことを頼んでおいてくれたとか。それなら安心だ。

「ユリが南へ渡る準備をしてるってラムウに聞いたけど、セッツァーの話は知ってるか? 飛空艇があれば空から帝国に乗り込めると思うんだ」
「ああ、うん。でも帝国まで乗せてくれって頼んでも無理ですよ。二日前に将校との賭けでイカサマを見抜かれて揉めたばかりだし」
 ヘソ曲げて「しばらく帝国領には飛ばねえ」とか言い張ってますからね、あの賭博マニア。

 私の報告を受けてロックが感心したように頷いた。
「詳しいな。もしかして、もうセッツァーと接触したのか」
「イエス。私は今ブラックジャック号で働いてます」
「……は?」
 経緯を説明すると長くなるので、まずは明日セッツァーが来る予定のオペラ座へ向かいましょうと促した。
 チョコボをレンタルすれば夕方には着くだろう。そこから打ち合わせと練習をして本番に備えることになる。

 まだ一人でチョコボに乗れない私はマッシュとのタンデムを強制された。
 なぜだ。重さのバランスからいってもそこはセリスと二人乗りだろ。べつに嫌なわけではないけれども。
 鍛え上げられたマッシュの体に背中を預けていると緊張が解けて心から安堵できる。
 以前は悩まされたチョコボ酔いも今日は平気だった。
 どうも私はホームシックになる代わりにマッシュのそばを唯一の寛げる場所だと思っている節がある。迷惑な話だな。

 始めこそ手綱の取り方を覚えようとあれこれ格闘していたけれど、途中で諦めてマッシュに任せた。
 どうもこの鳥とは通じ合えない。やっぱり育成要素のある最近のチョコボの方が愛くるしくて好きだな、私は!

 春先の心地よい風を受け、背中にマッシュの鼓動を感じながらふと彼の顔を振り返る。
「今回の件、やっぱ怒ってる?」
「……ちょっとな。だけど俺も迂闊だったし」
 迂闊ったって教えてもいない展開を察するのは無理だろうに、マッシュは意外なことを言い出した。
「レテ川で話した時にお前、言ってたんだよな。『ナルシェでティナが暴走する』って。事が起こるまで忘れてたけど」
「そ、そうだっけ」
 言った本人も忘れてました。
 そういえば物語の内容を把握していることを証明するためにちょっと先の展開まで話した気もする。
 マッシュがそれを覚えてたら「ティナと一緒に行く」と言った時点で止められてたのか。迂闊なのは私だ。

「ま、ユリは無茶苦茶するもんだって肝に銘じて、これからちゃんと見張っとくことにするぜ」
「そっか。頑張ってね」
「他人事かよ」
 のんびりした雰囲気のままオペラ座に到着してチョコボを降りると、マッシュは道中の内緒話についてエドガーとロックにからかわれていた。
 セリスに聞いたところによると、ナルシェで私が放った「通じ合ってる」発言のせいでどうも私とできてるように思われているらしい。なんて気の毒な。


 劇場のロビーではダンチョーが項垂れていた。
 エドガーが会うのを楽しみにしていたのだけれど、残念ながらマリアは楽屋に隠れているようだ。
「よおダンチョーさん、手紙読んだぜ。セッツァーが来るんだって?」
「君たちは昼間の……。そうなんだよ。それも劇が一番盛り上がった時にね。芝居は成功させたいが、マリアは攫われたくない……、どうしたらいいんだ。もう生きてる気がしない……」
 さらに頭を垂れてしくしくと泣き始めたダンチョーを前に私たちは顔を見合わせる。
 そしてセリスをじっと見つめながらロックがパチンと指を鳴らした。

「いい作戦があるぞ。わざとマリアを攫わせて、俺たちがセッツァーを尾行するんだ。彼女は取り戻せるし、うまくいけば俺たちは飛空艇が手に入る」
「そんなの駄目だ! マリアは前にもセッツァーに口説かれてるんだ。たとえ危険がなくてもブラックジャックに乗るのは嫌だって……」
 なんだと? ああ、だからマリアはあんなに嫌がっていたのか。
 船長、すでにフラれてるんじゃないですか! 賭けの代償にマリアを誘拐することにしたのは腹いせじゃないだろうな。

 渋るダンチョーにロックが詳しい話を聞くよう促した。
「だから囮なんだって。……似てるんだろ? マリアに、さ」
 ロックが視線で指し示すと、セリスは「へっ?」と呆気にとられた顔をする。
 無防備で可愛らしい。まだ女将軍モードなのでギャップがとてもいい、なんてにんまりしていたら同じような表情を浮かべるエドガーと目が合って、衝撃を受けた。
 ……本当だ……私たち思考回路が同じだ……。

「マリアと入れ替わったセリスを攫わせるんだ。本物には隠れておいてもらえばいい」
 おっと、一応は補足しておくか。
「彼女は元帝国将軍、身代わりになっても危険はありません。まさに“芝居もできて腕も立つなんて都合のいい人材”ですよね」
 希望が見えたのか、ダンチョーが目を見開いた。
「それでユリがセッツァーをうまく誘導してくれるわけか。芝居は続けられるし、マリアは攫われない、名案だ!」
「ちょ、ちょっと待って! 私は元将軍よ。そんなチャラチャラしたことできるわけがないでしょう!」

 顔を真っ赤にして怒ったセリスは「絶対にやらないんだから!」と叫んで控え室に逃げ込むと鍵をかけて立て籠った。
 しかし扉からは歌声が漏れ聞こえてくる。
「本人は結構やる気みたいだな」
「よかったよかった」
 よく通るし聞き応えもあるいい声だ。音感も申し分ない。大勢の前に立つ度胸も備えているだろうから意外とマジで才能あるんじゃないのかな。


 早速準備に取りかかった。
 始めはセリスが出るのはラストシーンだけにできないかと相談したけれど、顔はそっくりでも歌声が違いすぎて無理だった。
 結果『マリアとドラクゥ』なのにマリアの出番が大幅に削られることとなる。

 まあ、今回の公演はハプニングが起きると予め喧伝しておいたのでお客様はそのつもりで見に来るし、観覧料も安くしてあるから大丈夫だと思う。
 翌日以降の通常公演を見たい人には今日の入場券を提示すれば割引されるサービスを導入してはと提案もしておいた。
 セッツァーはジドールの有名人だ。彼が何かをやらかすとなればそれを目当てにした客も増える。
 何が起きてもダンチョーがクビになるほどの大問題にはならないだろう。

「それじゃあセリス、一番長いシーンのアリアを。いとしーのー、あなたーはー、遠いーとこーろーへー、はいその次」
「ええと、……色褪せぬ永久の愛、誓ったばかりに……悲しい時にも、辛い時にも、空に降るあの星を、あなたと思い」
「望まぬ契りを交わすのですか?」
「どうすれば、ねえあなた、言葉を待つ……。ここで城の最上階へ移動するのね」
 少し辿々しくはあるが台本は暗記できている。演技に自信がなくて弱気な顔をしている方が役柄に合うと願おう。

「次はドラクゥの幻とダンス、花束を空に投げてから第二コーラス。ありがとう私の愛する人よー、はい」
「一度でもこの想い揺れた私に、静かに優しく応えてくれて……いつまでも、いつまでも、あなたを待つ」
「『ラルス王子がお探しです、ダンスのお相手を。もう、お諦めください。我が国は東軍の属国になってしまったのですから……』マリアは夜空を一度振り返るが、決意を胸に婚約者のもとへ赴く」

 大好きなオペラ座のシーンなのでうっかり熱が入って語りすぎた。気づいた時にはセリスがものすごく感心した風に私を見つめている。
「ユリ、記憶力がいいのね。もう台本を覚えたなんて」
「い、いやあ。私はマリアの大ファンだからね」
「観覧に来ることが許されていたの?」
「ケフカの気まぐれでオペラ座に来たことがあります、はい、本当です」
「そう……なんだか意外だわ」
 考えてみたら尤もだね、ベクタに監禁状態だったはずの私がオペラを見たことあったらおかしいよね。

「そっ、それより決闘シーンでセッツァーが来て、天井の従業員通路からスカイアーマーで上空の飛空艇に逃げることになる。頭に入れといて」
「分かったわ。でもあなた大丈夫なの? こんなスパイのような真似をしてセッツァーに恨まれたら……」
「船長は巧妙なイカサマに寛容なので許してくれるよ」
「ならいいけれど」

 万が一怒りを買ってもこっちはいろいろ弱味を握っているからね。
 この一週間でセッツァーの身の回りの世話をして、彼が持つ人脈なんかも把握済みだ。問題ない。
 話題が逸れてセリスも先程の違和感を忘れてくれた。危ないところだった。
 あまり好きじゃないゲームならうっかりボロが出ることもなかっただろうに、愛ゆえの記憶力が仇となった。
 それにしたって最近ちょっと弛んでいる。マッシュに緊張感を持てと言われるのも無理はない。気をつけないと。


 衣装合わせと通し稽古をしてほとんど徹夜で迎えた翌日、いよいよ本番だ。腹を括ったセリスよりも朝からロックの方がソワソワして落ち着かなかった。
「俺、ちょっと控え室の様子を見てくるよ」
「うひひ、ごゆっくり」
「ユリ……」
 何なのマッシュ、どうしてそんな目で見るの。
 ここはマリアとドラクゥになぞらえてセリスとロックの互いを想う気持ちが微妙に変化していく大事なシーンなのですよ。
 本当は覗きに行きたいくらいなのに我慢してるだけむしろ上品だと褒めろ。

「じゃあ私もそろそろセッツァーを呼んでくる。劇場の屋根にスカイアーマーを待機させておくから、頃合いを見て舞台の方へ来てね」
 よっこらせっと席を立った私を、なぜか真顔のエドガーが引き止めた。
「なあ、ユリ。思っていたんだが」
「ん?」
「最初から君が俺たちを飛空艇に案内してくれたらよかったんじゃないのか?」
「あ……」
 言われてみればそうだとマッシュは呆然としている。

 ふっ、そこに気づくとはさすがエドガー、粗忽なロックや脳筋マッシュとは一味違うぜ。
 確かに、私はブラックジャックの乗組員なのだからこんな面倒な手順を踏まなくても皆を船に案内できる。
 そこで船長にお願いすれば、オペラ座イベントはべつに必要ない。
 しかし駄目なのだ。ロックとセリスのことを差し引いても事件は“この舞台で”起こらなければならない。

「セッツァーがマリア誘拐に成功したら私も十万ギル強の収入が得られるのです」
「……君、賭けてたのか」
「当然。稼げる時に稼がないと!」
 今日のお客様の中にはカジノの常連も多く混じっている。このためにセッツァーの誘拐計画を言い触らしておいたのだから。
 舞台の幕が開けるのを尻目に私は劇場を出る。さて、素晴らしいショーの始まりだ。


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