×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖全速迷走



 あっという間だ、ってシドの言葉はあながち嘘でもなくて、三日とかからず本当に世界の主要国家をまわりきってしまった。世界一周旅行、テレポがなくても超手軽。
 乗る前には揺れるのかな、酔うかなって心配だったけどそこはさすがのシドというか、飛空艇初体験の私でも全然問題なかったよ。……まあ、長時間飛んだあと陸に降りた瞬間はちょっと立ち眩みがしたけどね。

 マグマの石をどこで使えばいいか、セシルたちは未だ答えを見つけられずにいる。私は今までと別の種類のモヤモヤを胸に抱えていた。
「のうユリ……カインの奴は操られとる間も下っ端じゃったのか?」
「へっ?」
 辺りを見回したけど、今のところ甲板にいるのは二人だけ。ってことは私に聞いてるんだよね? ていうか操られてる間“も”って何だ。操られてない時も下っ端だったとか言いたいの?
「いやぁ、下っ端ってわけじゃなかった……はず。だと思う、けど」
 あれっ、断言できない。カインは下っ端じゃないと思うけど……けど……うん。でも決して重用されていたとは言えないかもしれない。

 言い淀む私に渋い顔を見せつつシドが更に言い募る。
「あんな石っころ一つ渡されて、入り口になる場所を知らされておらんとはのう」
「あー……」
 そりゃあ他の皆はテレポで直接地底に飛べちゃったからね。カインが鍵をもらったのはたぶん、もう用済みの石が邪魔だったから。
 ……でもそれってつまりは仲間として信用されてたってことでもあるし、だけどシドにそれを伝えたって嬉しくないだろうし。
 いいや、カインは洗脳されてこき使われてた単なる下っ端だったって方が、誰にとっても救われるかもしれない。

 それにしても、この世界一周旅行が始まってからずーっと不思議だったことがある。
「なんで私には『この石どこで使えばいいの?』って聞かないんでしょーか」
「なんじゃお前さん、知っとるのか!?」
「……一応、私もゴルベーザの配下なんですけど。しかもカインより前から」
 ついでに言うなら洗脳されてるわけでもなく自分の意思で、ゴルベーザの仲間なんですけど。
「私なら地底の入り口を教えられてるかも、って思わないのかなぁ」
「たとえ知ってたところで話したくないじゃろうと思っとったが」
 即答されて呆気にとられた。うぅ……そういう気遣いされると落ち込む。私はセシルたちに優しくできないんだから、向こうも同じようにしてほしい。
「で、知っとるのか?」
「どうでしょう」
「なんじゃ、教える気がないなら言うんじゃないわい!」
 べつにそういうんじゃなくてさ〜……。

 セシルの妨害をしたいわけじゃないのに。前に進まなきゃいけないのは私だって同じなんだ。早くゴルベーザのところに帰りたいもん。だけどこっちにもいろんな事情があるんだよ。
 本当、隠してるわけじゃない。ただ単に場所が分かんないんですごめんなさい! いや正確に言うと目的地は分かってても現在位置が分からない。あと現在位置を把握できてもそこから目的地までの正しい方角や距離が不明なんだ。
 私が外出する時はテレポばっかりだったし〜、世界地図とか覚えらんないよね〜。
 入り口があるのはアガルトの村だよ、なんて言って通じるのかなぁ? 他にまともなイベントがないってことはつまりあの村って、他国に知られてないド田舎で、誰も行ったことがなかったりして。

 攻略本があるわけでもなし、このままじゃどんどん時間だけが過ぎていく。
 こういうのはほら、他にイベントも重要施設もない場所が怪しいんだよ。セシルたちがそういうお約束を知ってれば場所の見当もつけられただろう。
 でなければ私がこの世界の地理を完璧に把握できていれば、探し回らなくてもさっさとアガルトに導いてあげられただろう。
 困ったものです。

「えーっと……、なんかこう、北に大きい山があって、深い井戸があるところなんだけど」
「そんな村だの町だのはいっぱいあるわい」
「ですよね」
 だって特徴ないのが特徴ってなところなんだもん。あと何があったんだっけ、あの村。
「あっ、そうだ! 天文台がある村だよ」
「天文台? ……昔立ち寄ったことがあるような……ぬう、思い出せん!」
 頭が痛い、記憶喪失じゃ! 寄る年波には勝てないね。でも用事もなく偶然ちょっと寄っただけの町や村なんか、いちいち覚えてなくても仕方ないか。

 頭を捻って悩む私たちの間に、ひょっこりとセシルが顔を出す。
「それって、アガルトのことかい?」
「おお! そうそうそれだよ!」
「だったら場所は分かる。すぐに向かおう」
 さすが若者は物覚えがいい。よかった、セシルがアガルトを知っててよかった。このまま詰んだらどうしようかと思ったよ。
「マグマの石が鍵だとしたら、アガルトの井戸が鍵穴になってるんだって」
 たぶん。よく覚えてないけど確かそんな感じだったはず。
 マグマの石を掲げるのか投げ込むのか、“アイテムを使う”って動作が現実にどうやるのかはよく分かんないけど。まあその辺は主人公様が本能でなんとかしてくれるでしょ。

 面舵いっぱい、飛空艇は全速力でアガルトを目指す。舵を握るシドの横でセシルがぽつりと呟いた。
「そういえばアガルトには、ドワーフの子孫だっていう人たちがいたな」
「よく覚えとるのー、お前さん」
「ユリの言葉で思い出しただけだよ」
 ふーん。でもさ、思い出すきっかけが私の言葉だとしても、やっぱりそんなことを覚えてるのはすごいよ。
 些細な情報まで頭の隅に留めてるのって、記憶力がどうこうじゃなくてセシルがちゃんと人の話の一つ一つを真面目に聞いてるってことなんだろうね。……だからきっと、何気なく言ってしまったこともセシルはずっと覚えてて、後で何度も傷つくんだ。
 後悔したってやり直せないけど、どうしてセシルを憎んでいいかなんて言っちゃったんだろう。あの時は……ホントにそうしてもいいって、思ったけど。

 甲板に気まずい沈黙が満ちたところでシドが口を開いた。
「ユリ、一つ聞きたいんじゃがな、お前さんはゴルベーザに操られてはおらんよな?」
「……んー?」
「シド! そんなこと今更、」
「ワシゃ分からんまま黙って従えるほどお人よしでもないんでな」
 そうだよね。むしろこれまで誰も聞かなかったことの方がおかしいくらいだ。僕たちはお人好しです! って宣言してるようなものだよ。

「仮に私が操られてるとしたら、絶対それ言わないんじゃない?」
「……実は今、自分でそう思ったとこじゃ」
 ははー、会話に頭使わないタイプだねおじいちゃん。だけど思考直結の言葉はこっちも安心する。表も裏もないって、いいよね。嘘と隠し事ばっかの私とは違って。
「逆にさ、私は怪しいよって敢えて言っといて“正直に打ち明けてます”ってふりで油断させてるのかもしれない」
「確かにそれも有り得るな」
「自分では操られてないつもりだけど知らない内に操られてるかもしれないから信用しないで、って言っといて実はやっぱり操られているのかもしれない!」
「う、む……? だああっ! 混乱させんでくれ!!」
「シド、手を離してる! 手!」
「おおっ、すまんすまん」
 実際問題、操られてるわけないんだよ。だってゴルベーザは私を洗脳する必要なんかないんだもん。ゴルベーザ自身がどう思ってるかは、ともかくとして。

 ヤケクソ気味のシドが叫んだ。
「もうええわい、ごちゃごちゃ考えるのは性に合わん! ワシはお前さんを信じる!」
「えー、でも私が裏切ったら?」
「そりゃ信じたワシが悪かったんじゃ」
「……そのあとまた『やっぱ仲間にして』とか言って戻ってきたら?」
「改心したなら歓迎するぞい」
「また裏切るかもしれないのに?」
「そん時はそん時じゃ!」
 何も考えていない!? 思わずセシルの顔を見た。肩を竦めて苦笑しつつ、なんか嬉しそうだ。
「シドはすごいね……私には見習えそうにないです」
「ユリよ、若いくせに考えがまとまりすぎると、そこの堅物のようになっちまうぞ」
「放っといてくれ。先のことを考えずに生きるのはシドくらいの歳になってからでいいよ」
 わー、セシルが軽口叩いてるよ……。すごいな、いいな……。見習えそうにないけど見習いたい。肩の力抜いて寛がせてあげられるような、そんな存在に私もなりたいよ。

 ……実はゴルベーザも操られてるんだって、ここで言っちゃえば、受け入れてもらえるのかな。
「どうしたんじゃユリ、酔ったか?」
「うーん。なんでもないでーす」
「町に降りたら少し休もうか」
「そうじゃな。逸りすぎて失敗するわけにもいかん」
 そんな無意味なこと言えるわけないんだけどさ。このタイミングで打ち明けたらセシルは戸惑ってゴルベーザと戦えなくなるだろう。そしてゴルベーザは、弟を殺すはめになる。
 私を受け入れてくれるセシルたちの心なら簡単に変えられるのに、一番触れたい人には届かないんだ。
 自分の行動が自分の意識の下にないのって、どんな気分なんだろうなぁ。それを知らずに私はゴルベーザと分かり合えるのかな。彼が味わってる本当の苦しみは、私には想像もできない。

 考えたくないことは見ないふりしてやり過ごしてきたけれど、もう自覚しちゃったから逃げられない。このままセシル側につくのか、ゴルベーザのところに帰るのか、選ばなくちゃ。
 考えなしで突っ走る勢い、それとも考え尽くして立ち止まる勇気……。いっそ自分の意思を捨てるほど、でなければ他人の意思を無視してしまえるほどの、弱さ、もしくは強さ。
 どっちつかずの中途半端では進めない。どっちでもいいから振り切って、あとは全力で進むんだ。その先に何があるとしても……。


🔖


 57/75 

back|menu|index