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🔖精々流転



 迷っても悩んでも時は過ぎる。生きてる限り考え続けなきゃいけないんだ。これからどうする? 私はどうしたい? ……そうだなぁ、すごく疲れた。お風呂に入りたい。
 なにもかもぜんぶ洗い流して新しく生まれ変わりたい。それくらい手軽に新しい人生が手に入ったらいいな。
 でも私には、まだやるべきことがある。

 ほんとにバルバリシア様ってば酷いよ。ゾットの塔をほっつき歩いてた私をよりにもよって戦闘直後のシーンに呼び寄せるなんて。
 たぶん自分が死ぬのをもう分かってて、ゾットの塔をぶっ壊しちゃうのも見越して脱出させるためにセシルと合流させたんだと思う。だけどそれならローザのところに行かせてくれたらよかったのに。
 お陰さまで私はバルバリシア様が死ぬところをばっちり目にしてしまった。トラウマものだ。ああいう感じ……なんだね。魔物が死ぬ時って、血痕も残さず風になって消えちゃうんだ。
 スカルミリョーネもカイナッツォも、ああやって殺されたんだね。
 どうしてバルバリシア様はあれを私に見せたのかな。負けた姿なんて見られたくなかっただろうに。
 ともかく彼女が最期に起こした行動は私の心に強い風を吹かせた。怒りとか憎しみとかいう名前がついてる凄まじい嵐だ。

 ローザのテレポで辿り着いたのはバロン城にある私の知らない一室。ゾットにある……あった、私の部屋に少し似てる気がする。
 きれいな風景画、今さっき摘んできたみたいに生き生きした花、隅々まで掃除が行き届いて、ベッドには洗い立てのシーツ。
 見えるものも置いてある家具も違うんだけど、そこに込められた気遣いが同じなんだ。この部屋に帰っておいでって誰かが願ってる。その証に満ちた優しい部屋。

 窮地を脱したことを実感できたのか、ヤンとシドが肩の力を抜いた。
「まずは一息つけますな」
「にせもんの王も倒したしな、ここなら安全じゃ」
「ふぅん、安全ね。私にとっても同じかは分かんないけど!」
 思いの外、刺々しい声が出た。その場にいた全員がぎょっとして私を見つめる。
 ああもう、心が荒んでる。いろんなもの吐いちゃいたい。せめて元気を取り戻すための時間くらいくれませんか。
 復讐のためにゴルベーザに立ち向かって死んだテラは、その命は美しかった? 質問の代わりに私もセシルに挑みかかって死んでやろうか。……そんなことできるわけないじゃん。
 だけど私が死んだらこの人たちも思い知るだろうに。自分たちが殺した相手もどこかの誰かにとっては大切な存在だったんだ、って。
 何が安全だよ。ここにはカイナッツォもゴルベーザもいない。誰も守ってくれない。私は敵地の只中にいるんだ。

 まるでバルバリシア様の暴走癖が伝染ったみたいだ。こんなこと言える立場じゃないでしょって良心が訴えかける声も無視してセシルたちを睨みつけた。
「バロン王のこと、大事だった? 王様を殺したカイナッツォを憎んでるんでしょ?」
 セシルの眉間に不快そうなシワが刻まれる。似合わないよ優男。
「無理ないよね。大事な人が殺されたら仇を憎むのは当然だもん。だったら、私もセシルを憎んでいい?」
「ユリ……」
 咎めるような声はローザのもので、シドとヤンは年甲斐もなくうろたえるばっかり。そして唯一カインだけが口出しせずに黙ってる。そう、それが一番正しい態度。今の私に何を言ったって無駄だ。
 さすがカインはよく分かってるね。他の人たちも見習って、ちょっと黙っててよ。今の私は怒りを吐き出さなきゃ爆発しちゃいそうなんだ。

「べつにセシルを憎みたいわけじゃないよ? そんなことはできれば避けたい。でも私にも大事な人たちがいたんだよ。それを……っ、私の前で、もう二度と……もう、」
 声も体も震えてる。何が言いたいんだか自分でもよく分からなくなる。
 セシルたちが悪いんじゃない。彼らは殺されそうになって抗った、当然のことをしただけ。大体、私はセシルを死なせる可能性を排除するために本当のことを黙ってたんだから、この人たちに文句を言う権利なんて始めから無いんだ。
 分かってる。でもそんなこと分かってたって無意味だ。頭の中にあるのはスカルミリョーネやカイナッツォやバルバリシア様を殺したのは目の前にいるこいつらだっていう事実だけだった。

 モンスターは人間を見ると襲ってくる。ゾットの塔を一歩でも出れば、ゴルベーザの支配下にない魔物は私にも当たり前のように牙を剥いた。それと同じこと。
 セシルにとって、人間すべてにとって、ゾットの塔にいたみんな……私の家族は、単なる“名無しのモンスター”なんだ。思い出も愛情も抱くはずのないただの“敵”……だから殺したって平気。
 人間だから、モンスターだから、殺して殺されて、憎み合うように生まれついたから。それで喪失が痛みに変わらなくなるのなら、私も魔物だったらよかったのに。
 私が人間じゃなければきっとセシルと“悪役”を比べてセシルを選ぶこともなかった。私が魔物なら何の迷いもなくスカルミリョーネたちの死を回避する道を選べたんだと思う。でも……。
 でも、そうやって四天王を助けてセシルが死ぬなんてことがあったら、最後にはゴルベーザをどうしようもなく傷つける。

 今になってゼムスの目的がよく分かったよ。ゴルベーザを傷つけたかったんだね。家族を与えて、人間らしさを思い出させて、それを取り上げることで絶望させたかったんだ。
 何かを手に入れたら彼はそれを必ず失うはめになる。私はゴルベーザの心に傷を負わせるためだけに、ずっとあの人のそばにいたんだ……。

 怒りが過ぎ去ったあとはただひたすら悲しかった。そんな私を見つめ、理不尽な罵倒を受けたはずのセシルは優しかった。
「僕は……君に謝ることはできない。君が彼らをどう想っていても、彼らは僕の敵だ。でも、あの者たちを大切に想う人がいる……それは覚えておこう」
 私には誰かを許す強さも、憎みきる弱さもない。どっちつかずの心が揺れて目眩がした。

「これからどうすんの? ……私、セシルについてってもいいの?」
 セシルは少し考えてからローザを見る。ローザは黙って頷いた。目と目で会話。それが可能になるほど濃密な時間を誰かと過ごしたことあったっけ。ゴルベーザの素顔でさえ知らないのにね。
「僕らについてくるなら、君は君の大切な人たちと敵対することになる。それでもいいのかい?」
「誰とどこで何をしてても、私はゴルベーザたちの敵になんかならないよ」
「そうか……。分かった。僕は構わないよ、一緒に行こう」
 セシルの口調と態度が少しずつ柔らかくなってくる。その許容量の大きさがムカつくし、羨ましい。私は全然ダメ。今は憎まないようにするのが精一杯だった。


🔖


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